孫権は硯をつかんでまっしぐらに駈けだして、周家の大門を飛びだし、向かい側へ行き、自分の家に飛び込んだ。寝室まで駆け込むと床台へと倒れ込んだ。怒りで手足をバタつかせて、むせび泣き、全く以て面子が潰れ恥さらしになった。
ドキドキしながら周瑜の前まで行って送別の礼を欲したのに。部屋の外に人も下がらせて充分だった。目も閉じていたのに。
でも、周瑜は何の好意も見せずチューせず、どうやっても冷たい物を寄越した。
(何だよこんなもの!)
手を上げて硯を地面に放り投げようとしたが、しかし、涙で朦朧とした中、見直すと、その硯はしっとり艶やかに整い、まるで宝物のようだった。
孫権は鼻をぐずぐずさせ、捨てるに捨てられず、荷物の中へ放り込んだ。ぐじゅぐじゅしながら考えるに、今日のことは大いなる屈辱だと思った。
涙目の中、竹簡を取り出し、もう恥はかかないとか刻み、泣きながら倒れた。
程なくして、外から周瑜の来訪を告げる声がしたが、孫権は寝台の上で動こうとせず、心中謝りに来たって会わないと思った。
しかし、二時間足らずで、ついに我慢できなくなり、起き上がって戸から見ると、ちょうど周瑜が外にでるところで、その影もすばやく大門の外へ消えていった。
孫権は部屋に戻るとガシャンと戸を閉めた。
竹簡を取り出して永遠に周瑜のことを許さないと刻みつけようとするつもりが、考えているうちにほどなく寝台に腹ばいになって寝てしまった。