孫策は落ち込んで一時話すこともできずに、ただ周瑜を見つめた。
長いこと憎々しげに見つめてから身を起こそうとして顔を上げたとき美しい眼の中に微かな泪の光がきらめいた。
「伯符!」
周瑜は身を起こすなり、突然聞いた。
「君は後悔しないのか?」
孫策は怒鳴り返した。
「お前は孫伯符が後悔したのを見たことがあるのか」
周瑜の手が伸ばされ、孫策の怒鳴り声に答えた一瞬、孫策の頬を安心させるかのように撫でた。
孫策は最初は強情で顔をそむけて、素直な気持ちになれなくて周瑜の手をつかんで外そうと思ったが、しばらくしてとうとう息を吐いた。
「オレはもうすぐ出発しなければならない。お前とケンカしたままでいたくない。幼稚すぎる」
周瑜は笑った。
その笑みは、晴れ渡った空の暖かい春風が顔を撫でるが如き笑みだった。
「出発するんだったら、眼をつぶって」
孫策は大人しく目をつぶり、周瑜は彼の頬を撫で、身を起こすと、ゆっくりと自分の唇を押し当てていった。
二人の唇はひとつにつながり、しばしくっついて離れず、離そうとしても離れないかのようだった。
樹のうしろの孫権は元々お兄ちゃんと公瑾お兄ちゃんの口ゲンカが興味津々で面白かった。
それが、この時この状景をみるとびっくりして声も出ないほどで、自分の口を押さえて後ろへ七、八歩後ずさった。目はまんまるにしたまま、孫権は逃げるように家へと飛ぶように走った。一目散に走って、途中ずっと脳内ではさっきの場面が再現されていた。
お兄ちゃんと公瑾お兄ちゃん、二人とも目を閉じていて酔い痴れたが如く一つに抱き合って、二人の唇や歯がふれあい、二人の手が優しく相手に触れ合い……。
孫権は顔を押さえて走った。石ころに躓いてよろめきながら千鳥足のように乱れた足取りで、家に走り着いた後、自分と弟達の部屋に入り、戸を閉めた。
大きな口をあけて、繰り返し息をして、しばらくしてやっと冷静になってきた。
夕方、孫策が家に帰ってきて入る時に、孫権が庁堂の後ろにかくれて孫策のことをこっそりみていた。
「おい?」
孫策が孫権の方へ手招きした。
「権、何こそこそやってんだ。こいよ」
「ふんっ!」
孫権は許すも許さないもなく、くるりと逃げていった。