策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 二十一 需要愛先生「思為双飛燕」

八章 失怙 父を失う

 孫権の父に対する心配は陽城から始まった。大軍が陽城を離れて四日後、斥候に出ていた騎兵が戻ってきて報告した。袁紹が兵を出して陽城を奪った、と。
 孫堅は大いに驚き、大軍はすでに離れているとは言え、陽城は自分の治所なのに、隙につけこんで奪い取るとは。激しい怒りの余り、兵を返そうと思ったが、それは不可能だった。かつ十八路の諸侯が董卓討伐にきて、未だに董卓は誅滅されないのに、先に味方と戦う道理がどこにあろうか。
 孫堅はぼんやりとここ二年来至る所での外征や殺し合いで感じていた、いわゆる董卓を討つ大業がひとつの浮雲のようにあてにならぬものになるのでは無いかと恐れた。
「義兵を興して社稷を救わんとするのに、逆賊は未だに破ることができず、すでに己のために争いはじめた。この世にいったいどこに事をなすことができる者がいるだろうか!」
と言い終わると、いつもは孫権の目には毅然として思い切りがよく、偉大で力強い父が雨のように涙を流していた。
 孫権はぼうっとして、その時どうしたらいいかわからなかった。これははじめて父が負の感情を表したのに出会したので、孫権に何かよくない感覚を与え、父がなぜ泣くのかまで思い至らなかった。ただ心が心配で恐怖に包まれるのを感じていた。
 小さな手はお兄ちゃんの孫策につかまれていた。孫権はぼうっとお兄ちゃんを見上げた。孫策も眉根を寄せていたが、孫権のように恐れてはいなかった。それは孫権に少しばかり安心感を与えていた。
「父上!」
 孫策は決然として言った。
「袁家の兄弟と揉めるのはやめましょう、我らは単独行動だ!」
「ガキのたわごとだ!」
 孫堅は虎のような目でひと睨みして孫策を見つめた。
「せめて江東に戻って親戚のおじさん達を集めて……」
「江東のおまえのおじさんや従兄弟とでどこの地盤や人馬で大事をなすというのか!」
 孫堅孫策の話を遮った。
「んー」
 孫堅は俯いて黙り込み、孫権は怯えてお兄ちゃんの側に寄り添った。

 一路続けて行軍し、ついに孫堅の軍は洛陽に入った。ただし、このときの洛陽はすでに空城だった。孫堅が城の中で軍の整備や城の防備を命じていると、部下がなにやら持ってきた。云うには、引っ越して空っぽになった皇宮の後宮の庭の深い井戸から取り出されたもので、あたかも印璽のようであった。孫堅が布包みを開けて手の中でよく見てみると、印璽は一個の玉でできていて、一辺の角が金をはめ込まれていた。印璽には「命を天より受け、寿くまた永昌ならん」とあった。
「これは!」
 孫堅は厳めしくも驚いた。
「これは伝説の天子の玉璽か?」
 孫堅はすぐに命令を出して、部下に秘密厳守とした。井戸から得た印璽のことを外に漏らしてはならない。違反者は斬る、と。
 夕方、孫堅は灯りの下で玉璽を出し、しばらくそっと撫でていた。
 孫策孫権は左右に立っていた。
「父上」
 孫策は我慢ならなかった。
「その玉璽はどうなさるおつもりですか?袁術には決してやってはダメです!あの袁術袁紹兄弟がいつも我らをどれだけ苛立たせてきたことか!」
「うむ」
 孫堅は手の中の物を放した。
「玉璽は天下の重要な宝だ。とはいえ天下の者皆狙うものである。わしがしばらく代理で管理しておこう。それからまた考えよう」
「お父さん」
 孫権は暗さを帯びた顔色の父と兄を見ていて、にわかにとても心配になってきた。
「ぼくは本で読んだことがあります。『匹夫無罪、懐璧其罪』※『春秋』 もし天下の重要な宝であらゆる人が狙うものであるならば我々が持っていて災いや罪になりませんか?」
「ハハ」
 孫堅は笑って孫権の頭を撫でた。
「いいこだ。おまえはほんとうに成長した。勉強して父の助けとなれる。安心しろ。もし、どこかのだれかが軍を出して罪を問うというならば、そいつは父さんの所へ突っ込んでこさせたらいいのだ。ハハハハ」
 孫権は少しぼうっと孫堅を見て、それから傍らの孫策を見た。孫策の顔に浮かぶ表情は孫堅と同じく傲慢不遜だった。
「仲謀、父上が何者を恐れるか!天下の重要な宝は我々孫家が得たもの、なんの不都合があろうか。天下のものが狙うものであるというなら、なおさら速くこれを取り、危険な地に勝ちを求め、領土発展の要とする。おまえも大きくなれば自然とわかる」
「おい、なにが領土発展だ。策、おまえはだんだん話がずれていってるぞ」
 孫堅は厳しく孫策を窘めたが、顔の上では褒める色がありありと浮かんでいた。
 その瞬間、孫権は忽然とちょっとわかってしまった。それは今まで考えたこともなかった。父とお兄ちゃんについて、彼らの勝手気ままな精神と雲の果てまで突き進む理想は、この乱世のあらゆる事情を顧みないのだった。
 孫権は自分とお母さんの数年来の寂しい家の中に思いを致した。父の歩みに随い、なんと困窮流離した生活を送ったことか。常に引っ越し、いつも一年、半年も父の姿に会えないこともあった。それらは、もとは父とお兄ちゃんの代償で、待たされていたこと、我慢すべてはこのためだった。
 あるいは、生まれてきてから、彼、孫権孫堅の子どもとして、父の歩みに随い、父親の理想を追う生活が運命づけられているのだ。
 ふだん、孫権も軍営中で父の部将達が論議するのを聞いていた。袁術は如何に無能か。かれらはまた何ともし難く、言葉ではすこぶる自立を願っていた。お兄ちゃん孫策はいつもちらりとそういうつもりをあらわすが、見たところ、彼らとお父さんの心はひとつのようだった。