「夏至」
孫堅が亡くなり、袁術の心の中では、悲喜こもごもといったところ。
ある面では、孫堅は彼の麾下では第一の猛将で、二人で共同し、南北を征戦し、負けることなどほとんどなかった。もっとも袁紹との争いでは、よくよく袁術の威風を四方に満ちあふれさせた。
もう一方では、孫堅と袁術は、矛盾を抱えていなかったわけではなかった。
孫氏の勢いはとても激しく、手段は思いきりがよく、戦力は強すぎた。
虎を養う憂いは、防がねばならない。
孫堅が洛陽で天子の玉璽を得たことは、諸侯の知るところであった。袁術が問うた時、孫堅はひたすら知らないと言い張った。軍営の中では孫堅の威は袁術にとってもひどく強く、再三問いただすのも無益だった。
そこで面白くなく別れた。
しかし、表面上孫堅は依然として彼の部下であり、出動命令にも従い、劉表も討ちに行った。
しかし、孫家の独立の日は差し迫っていた。
しかしながら、袁術も誠に予想だにせず、孫堅は黄祖の手にかかり、流れ矢に当たって死んだ。
今、その人は亡くなり、惜しむ余り、いやほっとしている。
両家の関係が実際にどうであれ、表向きにしなければならないことがある。
いわんや、袁術は指折り数えた。まだ長いこと会っていない孫家の幾ばくもない幼い息子のことを。
二年前、袁家が南陽から戻ってくると、孫家はすでに引っ越していた。
問うと、孫家のご長男の意思で、全ての家のものを何台かの大きな車に載せ、疾風迅雷の如く盧江郡に行きました。言うには親友が招いてくれて、一切の用意は滞りなくなされ、入居するだけだとか。
それから、孫策は孫堅について寿春に一、二回きたが、慌ただしくて一目も会っていない。董卓を討つのに袁術もとても忙しかった。目に映る各人馬が互いにだまし合い謀略を張り巡らすのに忙しかった。自分の分を刈り取るのにも欠かせない。思い出すに、孫策は少し小さな鎧兜を着けて父親の側に立ち、ものも言わずぼんやりとした影となっていた。
十六歳。猛将である父親を亡くし、麾下の将兵は四散し、夏の日の暑さは激しく、春の花は早々に散ろうとしていた。
袁術は自分の気分が優しいものになっているのに気づいた。そう思い、ためいきをついて、誇り高い将門の息子がとても可哀想に思えた。
それで、彼から来ないことを咎め立てすることなく、自ら忍んで見舞いに一度行くことにした。故人を弔うだけではなく、世叔が晩輩を慈しむことでもある。
使用人が屋敷に案内し、もともと背を向けて跪いていた孫策が立ち上がり、漆黒の目を袁術に向けた。
彼は思わず内心賛嘆した。
孫策は依然と同じではなかった。それは勿論のことである。
彼の体つきは、もっと背が高くなり、子どもっぽかった輪郭は消えて更に深くなり、眉も目も前よりすっと伸びやかになっていた。しかし、袁術の目には、かれはまだとても幼く見えた。
彼の顔色は青白く憔悴していた。最近疲れがたまっているせいだろう。以前はふっくらとしていた頬も削げてしまった。大きな黒眼の下も青黒いくまができている。唇血色も昔のような鮮やかな色ではなく、薄らとした桃色で、かすかにひび割れもできていた。
長い時間跪いていたせいか、彼は立ち上がってお辞儀をしようとしてふらりと揺らいだ。
袁術は素早く手を伸ばして支えて、彼の袖に隠れていた腕を握った。
その日は暑く、孫策は二重の孝服に身を包み、下には中衣を着ていなかった。
たとえ最近会っていなくとも、袁術にはこの少年がきっとひどく痩せたのは明らかにわかった。彼の皮膚は玉石のように滑らかで冷たかった。手首などは握りしめられるほどの太さだった。
完全に軍中の伝説の幼虎らしくはなかった。
いくら聡明だったとしても、子どもにすぎず、わざと強気に振る舞うのも可哀想で可愛らしい。
彼はお辞儀したとき、長い黒髪が流れるように肩から滑り落ちた。髪の先が袁術の手にあたりむずむずした。髪の中に一本の白い鉢巻きが混じり人目を引き心揺らいだ。
「ようこそ袁将軍遠くからお越しになりました、小姪は喪中で出迎えず、将軍にはお許し下さい」
袁術は彼の手を放さず、重苦しくため息をついた。
「策児なぜそのように水臭いのだ。依然と同じく袁叔叔と呼びなさい」
彼はちょっと後ろに下がると、孫策の肩を撫でた。
「夏至の時は、飲食に気をつけるものだ。そなたの父の喪は、わたしもそなたの苦労や辛さはわかっておる。しかし、自分の体をいといなさい」
孫策は頭を垂れて彼の話をしていた。
「はい。袁叔叔の教え、ありがたくたまわります」
袁術遠くから来た客で、身分はその他来訪して来た客の誰よりも尊貴であった。
孫策は歓迎の意を表したが、家では喪中で行き届かない。
袁術はただ笑うばかりで、袁家の使用人が出かけるのに準備がないことがあろうか、彼は連れてきた使用人達を使いに出した。
袁家の料理人は烏飯と筍のスープを送ってきた。それはこの季節に食べるべきものだ。袁術は孫策と同じ卓につき、彼が少しずつ食べていくのを見ていた。
「策児、今のところ、袁叔叔の身辺に来るがよい。一に父の元部下がいるし、二に頼りとするがよいだろう」