策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生39

「懐璧」

 袁術は中庭で、目を閉じて静養していた。榻椅子のもとには二人の侍女が跪いていた。やや遠くには二人の刀を持った兵士がいた。
 刺客事件の後、彼はやることにかなり注意深くなっていた。
 孫策は中庭に入ってきたとき、とくに少し重々しく歩いてきた。

 袁術も身を起こして、直接彼に手招いた。
「座りなさい」
 また侍女に言いつけた。
「用意したものは使えるか?」

 付き従う女は大人しく、孫策に向かってお辞儀をした後立ち上がった。長袖を捲り上げ、雪白の腕を水の中に浸し、透明な水晶の瓶を取り出した。琥珀色の液体を銀碗の中に注ぎ、袁術孫策の目の前に差し出した。
 袁術は言った。
「これは酒ではない。医官に言われた。最近酒を避けるように、また氷を用いてはならないと。なので蜂蜜を混ぜた水を流れる水の中に置き、少しは涼しく流れるのを感じられる」

 孫策は彼に相伴し、ゆっくりと一碗の蜜水を飲みきった。彼と少し話をした。袁術の目線はなんとなく彼の手許をさまよい、問うた。
「ここにくるのに、何を持ってきた?」
 孫策は立って身を起こした。
「袁叔にはどうかお側のものを下がらせて下さい」
 袁術は眉をしかめた。
「なぜ?これらの近侍は、無二の忠臣で、絶対に口を割ることはない」
 孫策は俯いた。
「だから袁叔もむざむざ彼らの命を無駄にしたくはないでしょう」
 袁術はせせら笑った。
「どんなに珍しいものなのか、命を取るほどのものか?わたしがまだ見たこともないものか」
 さらに手を振った。
「そなたたち下がれ、門の外で待っておれ」

 孫策は外の包みを外すと、中の錦の箱を鄭重に捧げ出した。
「まさしく天下でもっとも貴く、重要なものです」
 袁術はすでに座り直した。つるつるとした絹の表面を撫でた。手指はかすかに震えていた。彼もまた中身を当てていた。周囲は静だった。彼の血液はこめかみのツボで激しく脈うち、ぴーぴー鳴っていた。
 孫策は二歩下がって、片膝を折った。
「殿、どうぞ」

 受命于天、既寿永昌。
 秦王は天下を平定し、和氏の璧を磨いてこれをつくり、万世に伝えられた。二十年たたずして、子嬰は咸陽で左道に献げた。さらに二百年して、王政君は夢に月を見て生まれ、天命を受けて世に現れたが、ほどこすすべもなく、怒って玉璽を壊した。夜に玉璧はつやがあり、柔らかなきめが細かい。欠けた一角は伝説では金で補っている。手に捧げ持ち、十分に細かく見た。万里の河山を持ち上げるように。
 袁術は内心感嘆していた。
(つかんで手放せなくなる、そんなに重くはない。まるで、手放すのに忍びないように)

孫策は声も表情も揺るがず、袁術の様子を見ていた。緊張から一瞬の放心と狂喜、そしてつぎには迷夢を見ているごとく、幻境にいるようだった。
 それから袁術の顔色が落ち着いてきた。

 彼の下顎の線は不満と傲慢でこわばった。
「策児、そなたが兵を率いて丹楊に行きたがっていることについては、われわれは二度話していた。そなたはこのときこれをわたしに献じようと思ったのか。わたしが喜んでそなたの求めを許すと?」
 孫策は首を振った。
「袁叔がそういうのも道理です。わたくしの魯鈍、無理解をお許し下さい」
 袁術は座り直し、玉璽を膝に載せ、ゆるゆる摩った。
「初め、わたしはそなたの父親に聞いたことがある。洛陽で玉璽を得たのかと」
孫策は瞬きした。
「父上が言ったのは、噂や嘘です」
 袁術は言った。
「それではこれはなんだ?」
 孫策は声を出さなかった。
 袁術は重ねて聞いた。
「そなたの父親が生きているとき、信義を以て天下に聞こえていた。却ってこのことではわたしを騙していた。すぐに亡くなった。そなたはわたしの麾下に数年いて、わたしはそなたをいかに遇した?そなたは依然としてこのことをわざと隠して出さず、一字も言及することもなかった。そなたの父の元部下の何名かの将は、おおよそが我が手にあり、盧江攻めの折に尽く返した。今この時玉璽を献上して、我がもとの何と交換しようとしているのだ?」
 孫策は首を振った。
「もしわたしが言ったら、兵馬、兵糧、秣、なんでも要りませんと言ったら、袁叔は信じますか?」
 袁術はせせら笑った。
「本当になにも要らなかったら、そなたはどうして舅父や従兄を水火から救おうとするのか?」
 彼の表情にはあざ笑う様子が見えた。
「しかし、そなたの舅父従兄は、もし先の早さで負けて撤退したなら、そなたの出征を待つまでもなく、彼らは寿春についてしまうぞ」

 孫策は立ち上がって、椅子の方へ二歩寄ってまた跪いた。仰向いて袁術と見つめ合った。
 彼の瞳の深いところはよく知った翠色がにじみ出していた。袁術は突然話をやめた。もし孫策が彼の膝を押さえていなければ飛び跳ねていたかもしれない。

 その両手は温かく落ち着いていた。半寸上にずれて、玉璽の上のあまりょうに触れた。
 孫策は言った。
「そのとおりです。わたしの父はこの物のために、命を捧げました」
 彼は胸の前の襟を開き、傷跡に手を当てた。
「わたしは袁叔のために、半分すら死を恐れるものではありません」
「今この時、わたしは我が父と自分の生命を、すべて袁叔の手の中におまかせしています」
 彼はまっすぐ上半身を伸ばし、袁術は息をひそめた。
「殿にはわたしを信じて頂きたい」

 袁術は彼を見つめた。しばらくしてついに言った。
「服をちゃんと着なさい」
 外に向けて大声で呼ばわった。
「楊長史を呼んで参れ、相談することがある、速やかに呼んで参れ」