策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 二十六 需要愛先生「思為双飛燕」

 それから数日中、ちゃんちゃんバラバラと十数人が舞い戻ってきた。
 お兄ちゃんの孫策の初めての出陣はここに終わりを告げた。

 周瑜孫権の気持ちが一番落ち込んでいた時に訪ねてきた。当時、孫策は不撓不屈の精神でやりくりの難しい自分が自立して主にならんとする事業を続けていた。失敗したとしても、孫策のことである、孫策はがっかりして落ち込んでいるような人ではない。呉夫人と孫権孫策がしているよりもはるかに心配していた。孫策と亡くなった孫堅は同様に、頭の中に負けるとか憂慮するとかの語彙はないようだった。
 孫権周瑜がちょっとお兄ちゃんの孫策に忠告してくれるのを願った。
 周瑜が訪ねてきたとき、孫策は不在で、孫権はすぐに姿や声を巧みに真似て周瑜に一連の出来事を伝えた。孫策がどうやって兵を興し、どうやって失敗したのか。
「でもお兄ちゃんは僕の言うことを聞かないんだ。休養はいらない、まだ兵を募ることを続けるって。あの祖郎とかいう山賊をもう一度とっちめてやるって。お母さんはお兄ちゃんをすごく心配しているんだ。公瑾お兄ちゃん、お母さんに代わってお兄ちゃんに忠告してくれない?」
 周瑜は最初は眉根にシワを寄せて、手は膝の上で握り締められていた。孫権がじーっと自分のことをみつめているのに気づくと、ふっと微かな微笑みを孫権に見せて言った。
「わたしは曲阿にくる道すがら、ほんの数日の旅程だったけれど、仲謀が話してくれたことはみんな知っていたよ」
「それはよかった」
 孫権はちょっと考えて、
「ねぇ、きっとお兄ちゃんに言うよね、己の力量を考えてことを行えって」
と言った。
「わかったよ」
 孫策が家に帰ってきたとき、周瑜は立ち上がって話しかけた。
「兄上、鳳凰は九天をを旋回しなければならないのに、どうして山鳩のようにぼうぼうの野原の間を飛び回っているのです」
 孫策周瑜を見つけてまずは喜び、この話を聞くと怒った。目線が部屋を一周し、端っこから無垢な眼で見つめている孫権の上に止まった。
「仲謀がなにかおまえに言ったのか?」
 孫策は思わず言った。
「勝敗は兵家の常。たかが、山賊ひとつ恐るるに足りん」
 周瑜は笑った。
「山賊はもちろん畏れるにたりないでしょう。わたしは伯符がいっとき察しが足りなくて、今後はきっと大勝全勝できると信じています」
 孫権はかたわらでこの話を聞くと、目を見開いて周瑜を見つめた。孫策をよく諌めると言っていたのではなかったの?周瑜はいま何をしているの?
「一時的に察しが悪くて、ごほん、そうだな、一時的に察しが悪くてな」
 孫策の顔はやや熱っぽくなった。
「なぁ、おまえがオレのところに訪ねてきたのは……?」
「ええ、わたしは道すがらここに来ただけです。伯符、きみは江東に長くいて二張のことを聞いたことがありますか?」
「二張?」
 孫策はせきばらいをして座った。
「聞いたことがあるような、でも、公瑾詳しく話してくれ」
「一人は彭城の張昭、字は子布。一人は広陵の張紘、字は子綱。二人は天地を経営できるような極めて偉大な才能の持ち主です。戦乱を避けて江東に隠居しています。伯符が今後大事をなさんとするならば、まさしく優秀な人材を求めるべきです。どうして訪ねていかないのですか?」
「張昭、張紘?」
 孫策は指でテーブルを叩いた。
「おまえが言うのも道理だ。しかし……オレは大業を始めたばっかりで、二人が味方についてくれるかな?」
「もちろんだめでしょうね」
 周瑜は正直に言った。
 孫策はちょっとプンプン怒って言う。
「公瑾!」
「だめといっても、万事転ばぬ先の杖です。伯符にもし大志があるならば、早々にこのことには着手すべきです。まず先にこの二人の許を訪れさせて、生涯の目標を託して、改めて自ら訪ねて賢才と対策をもとめるのです。もし、この二人を招くことができなくとも、良策の一つや二つ得られれば、大いに役に立つことでしょう。それに、二張は江東内外で有名です。伯符は今、父上のお陰で名を知られていますが、この機会に、孫伯符本人は賢才を尊び招いているという名声を高めましょう」
「うんうんうん」
 孫策は聞いていてしばしば頷いていた。二人の頭はだんだん近くなり、話すたびに興奮してきた。
「公瑾おまえの考えはもとより良い。しかし、オレが思うに、この二人はすでに名士である。いつも来訪する人物はきっと往来が絶えないだろう。どうして才能明らかな我らの孫家はその他と同じで良かろうか、かれらにひとつ忘れ難い印象を留めてやらねばなるまい」
「それは考えたことはなかった」
 周瑜はちょっと驚いた。
「なぁ、公瑾、全くの無名なのだ、やってもむだなら、やらねば、大規模にな!」
「じゃあ、このたび訪ねるのは、どうやって大規模にするの?」
 周瑜は固唾をのんだ。
「少なくとも、あきらかに特別な才能があってだな、ん……」
 孫策はしばし黙考した。
「公瑾お兄ちゃん……」
 孫権は二人の傍らでやきもきした。かれらの喜色満面の顔といったら!賢才を尊び求めて名声を高めるって、孫家のお金は孫策にすっからかんに使われて、また戦に負けたし、彼らは現在の緊迫した事情に気づいてないとでもいうの?収入と支出のやりくりは?
「仲謀……」
 二人の目が突然孫権に集中した。それは一種孫権にぞっとさせながらも、あちこちと観察した。
 孫策の口が裂けたように笑った。
 そして、孫権を手招いて、ひどく魅力的な優しい声で言った。
「仲謀、ちょっと来い。お兄ちゃんは相談がある」

よちよち漢語 二十五 需要愛先生「思為双飛燕」

十章 窮途 行きづまり

 孫策のやることはいつも疾風迅雷の如くで、母と弟を連れて曲阿に父を埋葬した後、おじさんの呉景が引き止めたのにもかかわらず、一家の人馬を率い、蹄も停めず徐州江都に向かった。
 いったん江都につき、住居を整えると、孫策はすぐに家の前に故破虜将軍の旗を挿した。父親が生前残した財産を使い、兵を集め馬を買い求め、広く人材を探し集め始めた。
 しかしながら、大勢の人は孫策がたったの十七で、孤児と未亡人の一家と見ていた。そこに、学者で励ますものも現れたので、笑われることは免れたものの、身を投じてくるの無頼の徒やごろつき、さもなければ流民や飢民であり、成果とはならなかった。
 孫策が神経をすり減らした一方、徐州牧の陶謙は驚いていた。別人の目から見ると単にむやみに騒いでいる孫策が、陶謙には喉に引っかかった魚の骨のようだった。陶謙は思い起こした。孫堅は今まで横暴無礼で、以前自分に対しても失礼な振る舞いが多かった。彼の子も又同様で、もし孫策が徐州の地で一軍を指揮し始めたら、自分には全く以て耐えがたい。
 このニュースが陶謙の耳に入った次の日、配下の部将に命じて孫家宅に人馬を向かわせた。
 早朝、孫権は玄関を開けて学堂に向かおうとした時、目撃したのは並んだぴかぴか光る剣戟と鎧の一隊であった。
 白日の下、孫家の一家は陶謙に押し出されるようにして、徐州の州境までほっぽり出された。孫権は馬に乗っていて、頭を捻って後ろのお兄ちゃんの孫策を見た。孫策は一言もいわず、顔を背けて側の陶謙の人馬を見ようとしなかった。
 孫権は心中憤り、尋ねた。
「お兄ちゃん、あいつらはどうしてぼくたちを追い出そうとするの」
 孫策は傲然と言った。
「それはな、陶謙がオレを畏れているからだ。堂々徐州の牧でもこの始末だ」
 孫家の一家が船に乗り出発したのを眼で確認した副将は戻って復命したときに、孫策の話をそのまま伝えた。陶謙は思わず怒り、また、笑った。
「わしがまだ乳臭いような孫伯符を畏れるだと?やつはどうしていわなかったのだ。やつら孫氏はいつも野蛮なことこの上ない。名声もよろしくない!」
 曲阿に突き返された孫策はますます励んで、曲阿でも続けて旗を立て、兵を集め馬を買い求めた。江都での挫折は少しも彼の兵を集める気持ちに影響はないようだった。毎日孫権は、お兄ちゃんの孫策がいつも元気いっぱいで出かけて、ニコニコ顔で帰ってくるのを見た。夜に灯りの下今日の収穫、いくらかの新兵、買った戦馬数匹を組織立てていた。暇な時を見はからって、孫権とも少しおしゃべりしたりした。
 もともと遠くの希望が、あたかも彼らを手招きしているようだ。ほんの短い半月のうちに、孫策は数百人の部隊を率いていた。編成して始めに次男の孫権を自分の新しい駐屯地に連れてきた。孫策は大いに自慢げに孫権に言った。
「権、よく見ろよ。これがわれら孫氏のこれからの希望だ!今日は数百人、明日は数千人、数万人、いつかオレ達は江東を掃討し、天下を駆けるぞ、その日は遠くない!」
「お兄ちゃん!」
 その時の孫権は自分の心もお兄ちゃんの自信満々ぶりに元気づけられた気がした。孫権は簡単に感動するような子どもではない。彼は自分が同年齢の子どもより早熟しているところも多いとわかっていた。落ち着いてもいたし、ただし、彼は認めざるを得なかった。お兄ちゃんの孫策はいつもほんのわずかな時間で人に勇気を奮い起こさせることができると。そのような天賦の才が孫権は羨ましくてしかたがなく、対して孫権は同窓の友達との友誼も得ることができなかった。孫権は自分を本当によくよく変えていくことが必要だと思った。
 軍営から戻った後、孫権は鄭重に竹簡の上に、「孫氏復興、広く賢才を招く」の文字を大きく刻んだ。
 ただし、数百人の軍隊を集めるのは容易でも、維持するのは却って困難だった。兵糧、秣、輜重をどこから得てくるのか?孫策は軍人の家系で自分で考えた。公然と隊伍を組んで家屋敷を襲えない。脳内に霊感の光りがさした。決定する。山賊を撃つ!
「山賊夜盗、皆でこれを討伐します」
 家を出る前に孫策はこう言って母に説明した。
「地方の安寧のために、わたしは兵を率いて討伐に行こうと思います。すぐに戻ってきます」
 孫策はまさしく早く帰ってきた。彼と共に逃げ帰ってきたのは十数人の従者だった。孫権は急いで軍営に走ると、見えたのは顔中土埃だらけの肩を落とした十数人の士兵、そして服はボロボロ髪はバサバサの満面血だらけの主帥だった。
「お、お兄ちゃん……」
 孫権は呆然と孫策の傍に立った。
「その他の人達は?」
 孫策は剣を支えにて立ち上がった。普段は明るい瞳も明らかに暗かった。
 しばしの後、呟いた。
「負けた」
 顔を仰のいてきらめく瞳に涙を隠しながら言う。
「みな逃げ去った」
 孫権はひどく辛かった。絶望に近かった。この新しい部隊を集めるために、彼らは殆ど家財を使い果たしていた。これからどうしよう?彼はどこに行き何に従えばいいのか?

よちよち漢語 二十四 需要愛先生「思為双飛燕」

「大丈夫が立つ寸土もあらず、寸功もならず、今両手は空っぽ。どうして親友をもてなすことができようか?おまえが来ても、失望するだけだ。おれが立身の地を得るまで待っていろよ、それからおまえに手紙を書くよ」
 周瑜は泣くに泣けず笑うに笑えなかった。
「伯符きみはいったい何の話をしているんだい?きみはわたし周瑜をどんな人間だと思っているんだ?はじめわれわれは升堂拝母して、義兄弟の契りを結んだ。まさかわたしだけ座って待って、きみが功名を建てて財産と爵位を得て、それからわたしに一杯の羹を分けるとでも?きみは忘れたのか、我らが初めに建てた天下を駆けるという誓いの言葉を?」
「オレは忘れていない!ただ」
 孫策はため息をついた。
「公瑾、おまえは長いこと舒城にいて、代々官吏の家の子弟の生活に慣れてしまった。まだ、戦場も経験していない。オレは……」
「おしゃべりは無用」
 周瑜孫策の話を打ち切り、傲然と言った。
「きみがもしわたしを役立たずと嫌うなら、わたしは以後きみの邪魔をしないよ。これから、もう兄弟の恩情とかなんとか二度と持ち出さないでくれ。昔の誓いの言葉も、すべて子ども時代のおふざけだ!」
 孫策周瑜の怒りを見て、却って声もなく笑った。そっと右手で周瑜の肩を抱き、周瑜の話の終わるのを待たずして自分の懐にしっかりと抱き締めた。
 周瑜は驚いた、すぐにその意がわかり、孫策を抱き返した。
「よし!オレ達は天下を駆けるぞ!オレがお前を再び押しとどめるなら、我らが孫家に相応しくない」
「伯符!」
「公瑾!」
 この後、孫権の記憶にあるのは、舒城に戻って母子で抱き合って泣いたのでもなく、死ぬほど悲しい夜でもなかった。もっとも深く刻まれた記憶は家族がどれほどかなしんだかではなく、お兄ちゃんと隣の家の周家のお兄ちゃんの長い抱擁だった。
 当時、孫権は二人の身辺に立っていて、本当に泣きたかった。感動、哀しみというものではない、あるいはお父さんが亡くなってから、この一路の冷たい扱いを受けてきた旅路の終点で、ついに孫家を励ましてくれる人に出会ったのだ。
 その晩、孫権は竹簡の上に涙を流しながらいくつかの細々とした話を刻んだ。
「不離不棄、天下を駆ける、公瑾を得られたら平生を慰むるに足るべし」
 並びに心中でこそっと誓った。
 今後自分は友を選んで交遊し、お兄ちゃんみたいに、周瑜のような友達を得たい。彼は危難の中、雪の時期に炭を送ってくれ、屋敷を提供してくれるような良き友で、身を惜しまず生涯連れ添い、いかなる困苦も関係なくただちに駆けつけてくれる。

 翌日、孫家の一家は舒城を離れ、再び転々と引っ越しする旅路を出発した。

よちよち漢語 二十三 需要愛先生「思為双飛燕」

九章 摯友 親友

 棺を運んで家に帰った時、孫策孫権を連れて星の浮かぶ夜に入城した。
 何人も騒がすこともなかった。
 遠くに、孫権は喪服を着たお母さんが家の門の入口で立っているのが見えた。顔には風に吹かれて乾ききった涙跡があり、月光に照らされていた。
 家の中に入ったあと、呉夫人はほとんど虚脱して座っていた。ぼーっと床を見て、しばらくしてから口を開いた。
「策、あなたはどうするつもりなの?」
「先に父上の棺を江東に連れ帰って安置します」
 孫策は膝の上にのせた両手を握りこぶしにした。
「ほかのことは、また後日話しましょう」
「ええ、いいわ」
 呉夫人はぼんやりと頷いた。それから、突然何かを思い出したように、
「我が子よ、あなたのおじさん呉景が曲阿にいるわ、わたし達はおじさんを頼って行ったほうがいいわ、今はそなたの父上もすでにいないのだし、わたし達母子は……」
と呉夫人は喉がつかえて話せなくなった。
「母上、安心してください」
 孫策は身を起こすと、
「たとえ父上が不在でも、われわれ母子を馬鹿になどさせません!」
「申し上げます。若殿!」
 家僕が外から慌ただしく入ってきた。
「周公子がいらっしゃいました」
 呉夫人は目の縁を擦りながら言った。
「わたし達は周家に長く寄寓してきました。今故郷に帰ることになりますが、策よ、あなたと権は一緒に行って、周瑜にお礼を言いなさい。くれぐれもわたしたちが無礼と言われないようにね」
「母上、公瑾は身内です。そんな遠慮は要りません」
 孫策孫権の手を引いて立ち上がった。孫権は顔を上げてお兄ちゃんを見た。まるで一夜の間に、もとの頑固でちょっと不良のお兄ちゃんから成長して新しく家の柱となったようだった。その上、話し方の語気すら以前のような落ち着きのなさはなく、十七歳の少年の落ち着いた語調で、亡くなったお父さんにいくらか似てさえいた。
 兄弟二人が部屋から出るとまもなく、素衣戴孝(*父親等親族が亡くなった時の格式)の喪服を着た周瑜が出迎えに走ってきた。周瑜孫策にぶつかる寸前に両手を伸ばして、しっかりと孫策の左手を握り締めた。
 周瑜はあきらかに興奮していて、口を開くなり、
「伯符!」
と叫んだ。
 孫策はもとは落ち着いた表情をしていたが、周瑜を見た瞬間、飾らない内心の感情があふれ出て、ひどく辛い涙が目の縁を濡らし始め、唇は薄く開き微かに震えていた。それは自分が周瑜に会えてわずかながら慰めになったのを表すかのようだった。
「公瑾!」
 孫権の手を引いていた右手を離すと、周瑜の両手の上に重ねて握った。二人とも手を取り、涙を流しながら見つめ合い、久しく何も言い出さなかった。
 庭の中は静かで声もなく、寂しげな虫の声がどこかで鳴いているだけだった。孫権はびっくりしてお兄ちゃんを見て、また周瑜を見た。この時の彼らの眼にはあたかもその他はなく、ただ相手のみがいるかのようだった。孫権は自分が余りの人間のように思えて、しょげてしまった。
 長い時間がすぎて、ようやく握った手は離された。
「オレはできるだけ早く父上を故郷に埋葬したい。明日出立する」
 孫策は目線を外して、遠くを見つめた。
「明日すぐ出立?」
 周瑜はちょっと驚いた。
「何か手伝えることはある?」
「いらないよ。今回オレ達が発つのは慌ただしいが、家の中の細々としたものは面倒かけるが後日人に曲阿のおじさんの所へ送らせてくれ」
「伯符……、きみ」
 周瑜はちょっと俯いて、訊いた。
「今後の予定は何かあるの?」
「歩いてみて、見てみるかな」
 孫策はちょっと立ち止まって言った。
「オレ……徐州に行く」
「徐州?」
 周瑜は微かに表情を変えた。
「そうだ。徐州は古来兵家必争の地、民の風俗は剽悍で、豪傑も多い。オレはそこで最初の天地を創業しようと思うんだ」
 孫策は話すたびにだんだん興奮してきて、
袁術の部将は父上の兵馬兵糧、秣を尽く回収していきやがった。ふん、それでもいい。おれだって大事をなすこともできない公卿王侯の奴らになど頼らない」
「伯符」
 周瑜は急いで言った。
「わたしを待って、わたしが家のことをかたづけるまで待ってよ。わたしはきみのところへ行くよ」
 孫策は沈黙して語らず、しばしの後ダミ声で言った。
「おまえが来る必要はない」
「どうして?」
 周瑜は立ちつくした。

よちよち漢語 二十二 需要愛先生「思為双飛燕」

 孫権の心の中は瞬間ドキドキが強まった。彼とお父さん、お兄ちゃんは似ておらず、彼らの意気軒昂に天下を睥睨しているのを見るとき、孫権の家の心配、彼ら一族の未来の心配が始まるのだった。
 失敗と心配という言葉は現在の孫堅の頭の中に浮かび出ることはないようだった。孫権はお父さんが彼と同じくこの憂慮を認識しているかわからなかった。とても幼い歳で、普通の軍営中で、天下垂涎の重要な宝を前にして、孫権は深く心配な気持ちをあじわった。一種、人を責めさいなみ、寝食も満足にとれないような気持ちは、一匹の毒虫のようでもあり、一本の毒草のようでもあり、孫権の心の中に根を生やした。彼はまだ自分で功績を打ち立てる能力も無い時分に、功績のもたらす悪い結果を味わうはめになっていた。彼の生まれつき豪放磊落な父親と、さらに多くの困難を取り除いて創業しようとするお兄ちゃん、彼らの思いのままに振る舞う性格はかえって小さな孫権の心の負担になっていた。
 ただし、孫権がどうして予想できただろうか。彼の心中の名も無き不安が現実になろうとは。孫権が見たところ、父と兄が戦場で得た最悪の結果、それはかれらのさらなる困窮、流離、幾多の移転にとどまらなかった。
 孫権は考えたこともなかった、お父さんが死ぬなんて。
 袁術孫堅劉表攻めに派兵した時、孫堅は言った。
「老匹夫、憂うに値せず」
 しかし、まさに彼らと劉表の手下の黄祖と激戦も酣というとき、孫堅は勝ちに乗じて追撃した後、前方から情報が伝えられた。
孫堅は複数の矢に当たり、落馬して命を落とした!」
 この情報を聞いたとき、孫権はたった今戦闘から戻ったばかりの孫策の側にいた。
 その後、孫策が鋭い矢のように飛びだそうとしたのを見た。
 程普、韓当が懸命に孫策を押しとどめた。
「若殿!」
「若殿なりませぬ!」
「オレは父上を取り返してくる!どけてくれ!」
 孫策は気が狂ったかのように外へと飛びだそうとしたが、程普らが孫策の手や足に殴られたり、蹴られたりして鼻を青くしたり、顔を腫らしたりした。それでもかれらは懸命に止めた。
「若殿、もしこのとき黄祖に追撃されたら、自ら網にかかりにいくようなものですぞ若殿!」
 地面の上の黒山の人だかりで膝をつき、孫策は失望し、動転した。
 一声、心の臓も肺腑も張り裂けんばかりの痛切な声が山林に響いた。
 孫権はお兄ちゃんの後ろに立ち、ふらふらと今にも倒れそうだった。
(あり得ない、絶対あり得ない!お父さんは死なない。彼は戦神。孫家の永遠の守護者、ぼくとお母さんの頼みの綱、お父さんは死なない。きっと死なない……)

 三日後、孫策劉表から父の遺体を引き取り、棺に収めて帰還した。
 袁術が人を派遣して孫堅の旧軍部を引き取った。見ていると、袁術の派遣した部将も孫策も何の話もせず、身を翻して去った。
 孫堅の亡くなったその年、孫権は九歳、孫策は十七歳。

よちよち漢語 二十一 需要愛先生「思為双飛燕」

八章 失怙 父を失う

 孫権の父に対する心配は陽城から始まった。大軍が陽城を離れて四日後、斥候に出ていた騎兵が戻ってきて報告した。袁紹が兵を出して陽城を奪った、と。
 孫堅は大いに驚き、大軍はすでに離れているとは言え、陽城は自分の治所なのに、隙につけこんで奪い取るとは。激しい怒りの余り、兵を返そうと思ったが、それは不可能だった。かつ十八路の諸侯が董卓討伐にきて、未だに董卓は誅滅されないのに、先に味方と戦う道理がどこにあろうか。
 孫堅はぼんやりとここ二年来至る所での外征や殺し合いで感じていた、いわゆる董卓を討つ大業がひとつの浮雲のようにあてにならぬものになるのでは無いかと恐れた。
「義兵を興して社稷を救わんとするのに、逆賊は未だに破ることができず、すでに己のために争いはじめた。この世にいったいどこに事をなすことができる者がいるだろうか!」
と言い終わると、いつもは孫権の目には毅然として思い切りがよく、偉大で力強い父が雨のように涙を流していた。
 孫権はぼうっとして、その時どうしたらいいかわからなかった。これははじめて父が負の感情を表したのに出会したので、孫権に何かよくない感覚を与え、父がなぜ泣くのかまで思い至らなかった。ただ心が心配で恐怖に包まれるのを感じていた。
 小さな手はお兄ちゃんの孫策につかまれていた。孫権はぼうっとお兄ちゃんを見上げた。孫策も眉根を寄せていたが、孫権のように恐れてはいなかった。それは孫権に少しばかり安心感を与えていた。
「父上!」
 孫策は決然として言った。
「袁家の兄弟と揉めるのはやめましょう、我らは単独行動だ!」
「ガキのたわごとだ!」
 孫堅は虎のような目でひと睨みして孫策を見つめた。
「せめて江東に戻って親戚のおじさん達を集めて……」
「江東のおまえのおじさんや従兄弟とでどこの地盤や人馬で大事をなすというのか!」
 孫堅孫策の話を遮った。
「んー」
 孫堅は俯いて黙り込み、孫権は怯えてお兄ちゃんの側に寄り添った。

 一路続けて行軍し、ついに孫堅の軍は洛陽に入った。ただし、このときの洛陽はすでに空城だった。孫堅が城の中で軍の整備や城の防備を命じていると、部下がなにやら持ってきた。云うには、引っ越して空っぽになった皇宮の後宮の庭の深い井戸から取り出されたもので、あたかも印璽のようであった。孫堅が布包みを開けて手の中でよく見てみると、印璽は一個の玉でできていて、一辺の角が金をはめ込まれていた。印璽には「命を天より受け、寿くまた永昌ならん」とあった。
「これは!」
 孫堅は厳めしくも驚いた。
「これは伝説の天子の玉璽か?」
 孫堅はすぐに命令を出して、部下に秘密厳守とした。井戸から得た印璽のことを外に漏らしてはならない。違反者は斬る、と。
 夕方、孫堅は灯りの下で玉璽を出し、しばらくそっと撫でていた。
 孫策孫権は左右に立っていた。
「父上」
 孫策は我慢ならなかった。
「その玉璽はどうなさるおつもりですか?袁術には決してやってはダメです!あの袁術袁紹兄弟がいつも我らをどれだけ苛立たせてきたことか!」
「うむ」
 孫堅は手の中の物を放した。
「玉璽は天下の重要な宝だ。とはいえ天下の者皆狙うものである。わしがしばらく代理で管理しておこう。それからまた考えよう」
「お父さん」
 孫権は暗さを帯びた顔色の父と兄を見ていて、にわかにとても心配になってきた。
「ぼくは本で読んだことがあります。『匹夫無罪、懐璧其罪』※『春秋』 もし天下の重要な宝であらゆる人が狙うものであるならば我々が持っていて災いや罪になりませんか?」
「ハハ」
 孫堅は笑って孫権の頭を撫でた。
「いいこだ。おまえはほんとうに成長した。勉強して父の助けとなれる。安心しろ。もし、どこかのだれかが軍を出して罪を問うというならば、そいつは父さんの所へ突っ込んでこさせたらいいのだ。ハハハハ」
 孫権は少しぼうっと孫堅を見て、それから傍らの孫策を見た。孫策の顔に浮かぶ表情は孫堅と同じく傲慢不遜だった。
「仲謀、父上が何者を恐れるか!天下の重要な宝は我々孫家が得たもの、なんの不都合があろうか。天下のものが狙うものであるというなら、なおさら速くこれを取り、危険な地に勝ちを求め、領土発展の要とする。おまえも大きくなれば自然とわかる」
「おい、なにが領土発展だ。策、おまえはだんだん話がずれていってるぞ」
 孫堅は厳しく孫策を窘めたが、顔の上では褒める色がありありと浮かんでいた。
 その瞬間、孫権は忽然とちょっとわかってしまった。それは今まで考えたこともなかった。父とお兄ちゃんについて、彼らの勝手気ままな精神と雲の果てまで突き進む理想は、この乱世のあらゆる事情を顧みないのだった。
 孫権は自分とお母さんの数年来の寂しい家の中に思いを致した。父の歩みに随い、なんと困窮流離した生活を送ったことか。常に引っ越し、いつも一年、半年も父の姿に会えないこともあった。それらは、もとは父とお兄ちゃんの代償で、待たされていたこと、我慢すべてはこのためだった。
 あるいは、生まれてきてから、彼、孫権孫堅の子どもとして、父の歩みに随い、父親の理想を追う生活が運命づけられているのだ。
 ふだん、孫権も軍営中で父の部将達が論議するのを聞いていた。袁術は如何に無能か。かれらはまた何ともし難く、言葉ではすこぶる自立を願っていた。お兄ちゃん孫策はいつもちらりとそういうつもりをあらわすが、見たところ、彼らとお父さんの心はひとつのようだった。

よちよち漢語 二十 需要愛先生「思為双飛燕」

 地面には何着もの華美な錦袍が広げてあった。その衣服には雲状の細かな刺繍があり、つやがあって洒落ていた。
 孫策はひとしきり迷って、一着の暗紅色の錦袍を引っ張り出して、側の親衛隊兵に渡した。
「収めておけ」
「お兄ちゃん。これはどこから来た服なの?」
 孫権は暗紅色の錦袍を撫でてみた。さわり心地は柔らかく、厚く重みがあり、確かによい物だった。
「おぉ、ぜんぶ裏の倉から鹵獲したものだ」
「お兄ちゃんが着るの?」
 孫権はちょっと考えて、
「お兄ちゃん、これ着たらきっとかっこいいよ」
と言った。
「オレは着ない。人に送る」
 孫策会心の微笑みで笑って、孫権の手を引っ込めさせた。
「人に送るの?誰に?」
「おまえの公瑾お兄ちゃん」
「え?」
 孫権はびっくりして固まった。そしてやっと云う。
「お兄ちゃん。また周瑜と口ゲンカしたの?」
「してないよ。あいつは遠く舒城にいるのに、おれがどこでケンカするんだ」
「じゃあ、お兄ちゃんはどうして服を送るの?」
 今度は孫策が驚いた。
「服を送るのになんかまずいことがあるのか?」
「お母さんが言ってたよ、『きもの(女紅)は女子の物、綺羅は美人に送るもの、宝剣は英雄に贈るもの』お兄ちゃん、錦の服を贈ったら、お前は英雄には相応しくないって悪口にならないの」
「はは、はははは」
 孫策は大笑いしはじめた。
「ばかちび、英雄は宝剣を愛すれども、服も着るし飯も食う。衣服を送ることがどうして悪口になりえようか」
 孫策はしゃべりながら自分の考えにいい気に調子に乗ってきて、
「オレと公瑾とは兄弟で気持ちを同じくし、知らない奴がよい品を贈って寸志を表すのとはくらべものにはならない。オレは行軍、戦争の合間に、あいつに普段着る服を送る、するとあいつは一見してオレの気持ちを知るのさ。これはちびにはわかるまい」
「公瑾お兄ちゃんは一見してわかるの?ほんと?」
 孫権はちょっと半信半疑だった。
「確かだ。信じないか?お前と賭けるか」
 孫策は腰を屈めて、ヒヒヒと笑った。
「オレは公瑾が錦袍を受け取って、三日以内にオレに返事を寄越すのに賭ける」
「三日?舒城とここは馬を飛ばしてやっと三日の距離だよ。お兄ちゃん、大きくですぎだよ」
 孫権は認めなかった。
「じゃあ、お前は賭けるか?負けたらオレの馬の世話当番だぞ。餌やりをするんだ」
「賭ける」
 孫権孫策の手とパチンと打ち合わせた。

 七日後、彼らが軍営を出発する前の晩、軍営の外から早馬が一匹やってきた。舒城の周家の門客で手紙を携えてきていた。
 周瑜からの返事を受け取った後、孫策は大いに喜んだ。
 一言問うに、早馬はやはり、三日前孫策の贈りものを受け取った後すぐに舒城を出発し、飛ぶように素速くやってきた。
 孫権は目を見張って、ただただ驚くばかりで、
「お兄ちゃん、神様みたいにお見通しだ」
と言った。
「神様の予想なんかじゃないさ。そうだな……んーお前にはわからん、ちょちょっとあっちいけ。おれは手紙を読みたい」
「手紙になんて書いてあったの?」
 孫権は首を伸ばして見ようとした。
孫策は手の中に絹布を隠して、
「他人の手紙を盗み見るのは、君子のやることじゃないぜ」
と言い、手紙を読み、手を少しだけどけて、
「じゃあ、ちょっとだけ見せてやる。おまえが思っているような悪口はないからな」
 孫権はプンプン怒りながら見てみると、絹布の上には力強さ漂う筆跡があった。
『伯符殿 贈られた錦袍は毎日身に纏い、伯符兄の帰る日を待っています……』
 その後は孫策に隠されて見えなかった。
「見てはいないが、公瑾はすでに着たようだ」
 孫策は絹布を握りながら、るんるんで走って行ってしまった。
 孫権は口をとがらせ、長いこと驚き呆れていたが、側の厩をちらりと見て、ぷんぷんしながら馬に草を食べさせに連れて行った。
 夕方遅く、軍営の自分のテントにもどると、孫権は自分の衣服を片付けて出発の準備をした。
 竹簡を取り出して、じっくりと刻んだ。
『公瑾、篤く錦袍を愛す、宜しく之を贈るべし』とかなんとか。