九章 摯友 親友
棺を運んで家に帰った時、孫策は孫権を連れて星の浮かぶ夜に入城した。
何人も騒がすこともなかった。
遠くに、孫権は喪服を着たお母さんが家の門の入口で立っているのが見えた。顔には風に吹かれて乾ききった涙跡があり、月光に照らされていた。
家の中に入ったあと、呉夫人はほとんど虚脱して座っていた。ぼーっと床を見て、しばらくしてから口を開いた。
「策、あなたはどうするつもりなの?」
「先に父上の棺を江東に連れ帰って安置します」
孫策は膝の上にのせた両手を握りこぶしにした。
「ほかのことは、また後日話しましょう」
「ええ、いいわ」
呉夫人はぼんやりと頷いた。それから、突然何かを思い出したように、
「我が子よ、あなたのおじさん呉景が曲阿にいるわ、わたし達はおじさんを頼って行ったほうがいいわ、今はそなたの父上もすでにいないのだし、わたし達母子は……」
と呉夫人は喉がつかえて話せなくなった。
「母上、安心してください」
孫策は身を起こすと、
「たとえ父上が不在でも、われわれ母子を馬鹿になどさせません!」
「申し上げます。若殿!」
家僕が外から慌ただしく入ってきた。
「周公子がいらっしゃいました」
呉夫人は目の縁を擦りながら言った。
「わたし達は周家に長く寄寓してきました。今故郷に帰ることになりますが、策よ、あなたと権は一緒に行って、周瑜にお礼を言いなさい。くれぐれもわたしたちが無礼と言われないようにね」
「母上、公瑾は身内です。そんな遠慮は要りません」
孫策は孫権の手を引いて立ち上がった。孫権は顔を上げてお兄ちゃんを見た。まるで一夜の間に、もとの頑固でちょっと不良のお兄ちゃんから成長して新しく家の柱となったようだった。その上、話し方の語気すら以前のような落ち着きのなさはなく、十七歳の少年の落ち着いた語調で、亡くなったお父さんにいくらか似てさえいた。
兄弟二人が部屋から出るとまもなく、素衣戴孝(*父親等親族が亡くなった時の格式)の喪服を着た周瑜が出迎えに走ってきた。周瑜は孫策にぶつかる寸前に両手を伸ばして、しっかりと孫策の左手を握り締めた。
周瑜はあきらかに興奮していて、口を開くなり、
「伯符!」
と叫んだ。
孫策はもとは落ち着いた表情をしていたが、周瑜を見た瞬間、飾らない内心の感情があふれ出て、ひどく辛い涙が目の縁を濡らし始め、唇は薄く開き微かに震えていた。それは自分が周瑜に会えてわずかながら慰めになったのを表すかのようだった。
「公瑾!」
孫権の手を引いていた右手を離すと、周瑜の両手の上に重ねて握った。二人とも手を取り、涙を流しながら見つめ合い、久しく何も言い出さなかった。
庭の中は静かで声もなく、寂しげな虫の声がどこかで鳴いているだけだった。孫権はびっくりしてお兄ちゃんを見て、また周瑜を見た。この時の彼らの眼にはあたかもその他はなく、ただ相手のみがいるかのようだった。孫権は自分が余りの人間のように思えて、しょげてしまった。
長い時間がすぎて、ようやく握った手は離された。
「オレはできるだけ早く父上を故郷に埋葬したい。明日出立する」
孫策は目線を外して、遠くを見つめた。
「明日すぐ出立?」
周瑜はちょっと驚いた。
「何か手伝えることはある?」
「いらないよ。今回オレ達が発つのは慌ただしいが、家の中の細々としたものは面倒かけるが後日人に曲阿のおじさんの所へ送らせてくれ」
「伯符……、きみ」
周瑜はちょっと俯いて、訊いた。
「今後の予定は何かあるの?」
「歩いてみて、見てみるかな」
孫策はちょっと立ち止まって言った。
「オレ……徐州に行く」
「徐州?」
周瑜は微かに表情を変えた。
「そうだ。徐州は古来兵家必争の地、民の風俗は剽悍で、豪傑も多い。オレはそこで最初の天地を創業しようと思うんだ」
孫策は話すたびにだんだん興奮してきて、
「袁術の部将は父上の兵馬兵糧、秣を尽く回収していきやがった。ふん、それでもいい。おれだって大事をなすこともできない公卿王侯の奴らになど頼らない」
「伯符」
周瑜は急いで言った。
「わたしを待って、わたしが家のことをかたづけるまで待ってよ。わたしはきみのところへ行くよ」
孫策は沈黙して語らず、しばしの後ダミ声で言った。
「おまえが来る必要はない」
「どうして?」
周瑜は立ちつくした。