策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生15

「夜談」

 馬日磾は普通の儒学者ではない。
彼のような出身、そのような経歴、今いる立場、当然普通のものではない。
 普通ではないゆえに、彼は煩瑣な儀式礼節にこだわらなかった。
 使用人が言う。
「孫郎はもう休みました」
 馬太傅は答える。
「知らせに行け。来たのはわたしだと」
 使用人は一度行って戻ると言った。
「孫郎は身繕いが整わず、太傅には不敬にあたり、明日自ら伺いますと」
 馬太傅はよしとせず言った。
「わたしが用があるのだ。格好などどうでもよい」
 使用人はもう一度行って来て、言った。
「孫郎はまだ寝室におります。太傅様には広間でややお待ちください」
 馬日磾はさっさと中へと歩き出した。
「必要ない。このことは重大である。寝室の方が秘密には却って向いている」 
 側に居たものも、道を遮ることもできず、ずっと側で喚いた。
「太傅、太傅……」

 その一方で 、袁術孫策の目の上の束縛を解いていた。
「わたしは今は出られない。そなたは帳を広げて隠しなさい。彼の言うことをちょっと聞いてみて、早急に帰すのが良かろう」

 孫策は身を起こして、鏡の前で、自分の髪を乱雑に櫛を通し、束ねた。
 袁術は袖からとても小さな玉製の瓶を取り出した。一つの暗紅色の粒を取り出し手の中で転がした。
 孫策上着を着ようとしていると、引っ張られた。薬の粒の甘辛い匂いが、唇に近づけられる。
 彼は頭を上げて袁術を見た。目の中には疑問と抗議の色があった。

 袁術は一笑した。
「そなたが飲まないというのなら、わたしはこうやってここに座り、馬翁叔が入ってくるのを待とう、必ずや見物になろう」
 孫策は仕方なく、彼の指から丸薬を舌に乗せ、含んで速やかに溶かした。呼吸すると濃厚な香りが漂う。
 袁術は彼の手を軽く叩き、寝台の帳を広げて、固く遮らせた。

 馬太傅が踏み込んで来ると、手の中の錦織の包みを広げて、青玉のような色の竹竿を持った。頭には赤と黄色の二色のヤクの毛と鳥の羽毛で飾りがなされていた。朗らかな声で述べた。
「故破虜将軍の子孫策よ聞け」
 孫策は年若く見たことはなくても、なにかはわかった。ただ一瞬意外に思ったあとに、すぐにその場に伏した。
 馬日磾は息をつき、前に進んで、彼を助け起こした。

 身を動かすと小さな鈴がなって、孫策は顔に薄らと汗をかいた。顔の紅みも目立った。
 馬日磾と彼は机を挟んで座った。口を開く。
「わたしはそなたの父上とは会わずに終わったが、その勇名はかねがね知っていた」
 彼は俯いて少し考えた。
「あの日そなたの父上が兵を率いて洛陽に進んだとき、惜しいことに董卓は天子様を巻き込み、西の方長安へと奔った。そして公卿百官も同行させられた」
 孫策は襟を正して正座して、手を膝に置いていた。ぎゅっと服をつかんでいた。
「太傅は深夜にここまでおいでになり、いったいどうしたことですか?」

 馬日磾は黙り込み、手指は節の上を撫でていた。深慮の上、口を開く。
「数日後、わたしは寿春を離れなければならぬ。東行を続ける。そなたはわたしについて来られぬか?」
 孫策はびっくりして、顔はさらに鮮やかな色に染まった。

 馬日磾は眉をしかめた。
「そなた病か?」
 孫策は首を振った。
 馬日磾はため息をついた。
「わたしが先にした話は嘘ではない。わたしはすでに文書にしたためて、朝廷に使者を送った。上表してそなたを懐義校尉となすとな。形とはいえ、わたしはすでに節を持っているから、これはもちろん問題ない」

 孫策は膝の上を固く握り締めていた。こめかみからは汗の珠がにじみ出ていた。

 馬日磾は続けて言った。
「そなたは破虜将軍の子。そして虎威もある。袁術の麾下に留まれば、せっかくの大材をつまらぬことに使うことになろう。惜しいかな。そなたが許すなら、わたしに付き従い天下を安撫し、長安へと帰り、漢室を尊び奉る。それがお父上の当時の願いでもあろう」
 
 孫策は躊躇う様子を見せた。
「その、左将軍のほうは……」
 馬日磾は気にせず言った。
「それは安心せよ。袁公路のことは、勿論わたしが話をつけよう。袁家と我が家は長年付き合いがある。校尉一人でわたしの面子に逆らうこともなかろう。いわんやわたしは節を持って行動している。そなたへの官位は朝廷が賜ったものである。彼がどうして阻めよう」 

 孫策は黙っていた。室内には暖かさと、濃厚な香りが漂う。彼の息は重苦しく乱れていた。
 孫策の足はすでに痺れていて、身体は硬直し、時々ちょっとの動作もできなくなっていることに気づいた。
 馬日磾は彼の肩を慰めるように叩いた。
「袁公路の性格は自惚れていて、眼中に人なく、疑り深い。そなたが彼の麾下におさまれば、おそらくは浅瀬での蛟の如く、志を得られないだろう。いつかの日、他の所へいくべきだろう。このたびわたしと一緒に離れれば、名分も正しく道理も通るだろう」

 孫策の手の中は汗で湿っていた。ついにはそれ以上話せなくなってしまった。馬日磾に向かって伏して一礼した。
「太傅のご指導に従います」  
 馬日磾は立ち上がった。
「よし、それではそなたは安心するが良い、数日は大人しく安静にして準備しなさい。上表が戻ってから、わたしは袁術に告げて、すぐに出発だ」 
 彼は戸口のところで、振り返って孫策に言った。
「見送りしなくても良い。わたしは夜に乗じて来たのだから。人を騒がせたくはない。夜も深い。そなたはやや病気のようだ。早く休め」

 門扉が閉じると、孫策はその場に立ち上がった。背後で寝台と衣服の衣擦れがささやかに聞こえた。
 袁術は彼の後ろに歩み寄り、上着を脱がせ、目を覆い、縛った。小声で囁く。
「浅瀬の蛟が西の長安に帰る。そなたは本当にこの太傅の指導にしたがうつもりかね?」