策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生18

「奪節」

*馬日磾の権威の印であった節(飾り房の着いた杖)を袁術が奪い、勝手に官職を決め始めた。

 孫策は部屋の中で一人静かに座り、精神修養をしていた。
 目の前には碁盤が置かれ、ほんのわずかな黒と白の石があり、その他は手許にあった。

 時刻はもう早くもなく、周瑜勿論戻るし、留めておけない。
 窓の外には両対の梨の木があり、花が白く繁り咲いていた。盛りの枝が一、二枝部屋まで伸びてくるようだった。
 日は傾き碁盤の上の花影も緩慢に伸びていた。
 ゆっくり、遅いのは人には我慢できない。

 空の迅雷がかまびすしい混乱を引き起こしていた。さらに予測しがたく。さらに辛抱できない。
 周瑜はすでに彼に雷の到来を予想していた。しかも周瑜の性格は緻密で慎重であり、把握するに足りないことがあれば、嘘はつかない。
 周瑜が帰る前に、彼らはまた別のことを話していた。

 以前、孫策が正式に袁術を頼ると表示するとき、袁術はかつて彼を九江太守の地位につけようとしたが、その後本当に着任したのは丹楊の陳紀であった。
「予想の内、でしょう?」
 周瑜の指は細長く、関節ははっきりとしていて、孫策の髪を結うのに口に櫛を銜えていて、もごもごと尋ねた。
「九江太守のような位置では、もしオレに回ってきたとしても、かえってとても面倒だ」
 九江郡は寿春を治所とし、孫策がもし九江太守になったなら、一には若くして功無く、全面的に袁術の恩寵によるものとなり、必ず他人の妬みを買うことになる。二には、袁術の身辺に引き留められ、羽ばたく余地が無い。

 周瑜は滞りなく孫策の身支度を整えた。身体を傾け、耳元で囁く。
「もし盧江だったら、とってもいいのにね」
 孫策は振り返らず、二人は鏡越しに微笑みあった。
「盧江、そうだな確かに上物だ」

 誰かが戸を叩いた。二人とも離れると、兪河が入ってきて報告した。
「太傅はすでに左将軍府に連れて行かれました」
 孫策は頷き、周瑜が言った。
「わたしは帰ります」
 孫策が言う。
「気をつけろよ」
 周瑜が戸口まで行って振り返て彼を見つめた。
「この話は、わたしがきみに言ったことこそ正しいよ」
 孫策は笑みの中にもふざけていて自嘲した。
「心を動かし性を忍び、其の能くせざる所を増益せしむる所以なり」(『孟子』)

 天がまさに大任を斯の人に降さんとするや、まず彼に数多の忍耐と偽装を強いる。

 空の色はすでに暗く、彼の待っている人物はやって来た。

 先触れの使者は意味深長な笑みを浮かべていた。
「左将軍のお言いつけです。今日は家宴でございます」

 家宴、孫策に鎧兜や、武将の出で立ちは不要ということである。
 衣装も袁術が人を遣わして送ってきた。新竹の葉のような青、上質の絹は艶も水の如く、また柔らかさも春風のようである。
 袁術の手の中のあの節杖の色と十分似ていた。

 広間の外では完全武装した兵士達が立ち並んでいた。広間の中では、袁術が主座に一人座り、数名の女達が侍妾の格好をして側に控えて、渠のためにうちわで扇いだり、酒を注いだりしていた。
 その中に大胆かつ静かに周りを伺いながらちかづいてくる少年がいた。
 惜しいことに彼は微笑みを浮かべていたが、却って彼女らには一目もくれず、女達の秋波は無駄に終わった。
 彼もお辞儀もせず、ご機嫌伺いの一言も無く、袁術の座る机のところまで直接進んだ。美しい両眼を丸く見開いて。

 袁術も怒らなかった。却って侍妾たちに指示した。
「孫校尉に酒を注げ」
 女達の一人が羞じらいながら返事をして酒器を孫策の面前に捧げ持った。彼は杯を受け取り、まず問うた。
「太傅は無事ですか?」
 袁術は手の中の節杖を撫で回し、少々不機嫌さを見せた。
「太傅?太傅は少々病気でな、わしは医者を呼んで太傅を屋敷に迎え入れた。彼には寿春にしばらく滞在してもらい、安静にして養生させよう」
 孫策は杯を口にした。袁術が語る。
「数日もしたら、朝廷には上奏しよう。わしが太傅に代わって、執り行おう。そなたに懐義校尉の称号を与えると」

 孫策は微笑んだ。
「ありがとうございます。袁叔」
 袁術は彼を見つめて、ため息をついた。手を振り侍妾たちを後ろに下がらせた。
「そなたとそなたの父上は、その実あまり似ておらぬな」
 孫策は黙って、俯いた。自分と袁術に酒を注ぐ。
 袁術は言う。
「そなたはそなたの父上より、時勢をよくわかっておる」

 孫策はあざ笑った。
「袁叔はご存知ないかもしれません」
 袁術を見て眉根を寄せた。
「わが父がわたしと同じく時勢を知っていたならば、袁叔は今ごろ董卓陣営のなかにわたしを探していたはずです」
 彼は机に肘をついた。身体はやや後ろに仰のき、下顎の線がなめらかで美しかった。もみあげの髪が少し解けて、幾筋か頬を流れた。
 袁術は手を伸ばして孫策の耳の後ろへ整えた。
「そなたの身辺に仕えるものは丁寧ではないな。髪の結い方もなっておらぬ」
 孫策はびっくりしたあと、却って笑えてきた。机に伏して、肩をふるわせ、ひとしきり笑うと身を起こした。
「袁叔心配をかけました。これからは気をつけます」

 袁術は言う。
「そなたの身辺には、面倒を見るものが必要だ。そなたはすでに十八、娶りたいとは思わぬか?」
 彼は後ろにいた女子を指差した。
「そなたが見て、もし気に入ったものがあれば、わしは即刻贈るとしよう」
 女達は抑えきれずさざめきあった。あるものはすぐに顔を伏せ、あるものは顔を上げ、目線がぎらぎらと向かってきた。
 孫策は表情を硬くした。
「袁叔はご存知のはず、わたしはまだ父の喪中なのです。また新参者で功もありません。妾を持つなど、今さら急ぐことではありません」

 それは明確な拒絶であった。袁術は却って手を打って笑った。
「良く言った、良くぞ申した」
 彼は酒を飲み干して、二回手を打った。すぐに近侍が急いでやって来た。袁術が言う。
「婧児を連れてきなさい」

 袁婧は年は十一、二歳で、小さな体で、侍女に手を引かれて来た。薄紅色の上着に五色の飾り房をつけて、刺繍した香袋を下げ、裾をさらさらと衣擦れさせながら階段の前までやって来た、歩くのはゆっくりとしていて注意深い。
 彼女の髪は長く豊かで、明らかに子どもなのに重々しい髷に結っていた。頭の上には金色の玳瑁の櫛があり華やかなことこの上ない。彼女が伏してお辞儀をする際、孫策は思った。こんな幼く小さな身体には栄華の外側が重すぎると。

 袁術は手招いた。
「婧児おいで」
 袁婧はもとは庶出の娘で、生母の楊氏はこの子ひとりを産んだだけで、十分に寵愛を受けている訳ではなかった。いつもは父に会えるのはごくわずかだった。今夜袁術に突然これらの言いつけを受けて、母は驚き、娘は却ってぼんやりとしてどうしたらいいのかわからなかった。
 彼女の顔には厚く白粉と臙脂が施されていて、眉は太く濃く書かれ、唇には太く紅が塗られていた。元々は生まれつきうつくしい。恐れと驚きは覆い隠すことはできなかった。
 袁術は娘を面前まで歩かせ自分の前に座らせ、孫策に会わせた。
「策児、我が子にはなれなくとも、我が婿になるのはどうだ?」

 孫策は静かな声で答えた。
「袁叔は揶揄わないでください」
 袁術は言う。
「どうして揶揄いになる?そなたが父の服喪を守るというなら、喪が明けてから、婧児も成人になっておろう。よいことではないか?まさかわたしの娘では、孫氏の子弟に釣り合わぬとでも?」
 孫策はちらと袁婧を見た、彼女の肩が硬く強ばっているのが、驚いた雛鳥のようだった。
「袁叔はよその子どもを困らせるのがお好きだ。どうして自分の娘まで困らせるのですか」

 袁術の顔色が曇った。
「袁家の娘がどうして困るというのだ」
 彼は立ち上がった。袁婧はすぐにその場に拝み伏した。耳の真珠が細かに揺れる。頭も上げられなかった。

 孫策は顔を仰のいて彼を見つめた。恐れの色はなかった。
 袁術は高みから見下ろして、彼の下顎をこねた。
「まぁよい。我が娘を娶らぬというのなら、わたしも無理にとは言わぬ。ただそなたには改めて誓ってもらうぞ。我が袁氏に忠実に仕え、永久に逆らわぬと」
 孫策は深く黒い眼の瞳には袁術の後ろの灯火を映していた。
「袁叔はわたしにどうしても誓いが欲しいのですか」
 
 袁術は彼を見つめた。突然当時咲き誇った杏の花が思い起こされた。
 熱烈で、鮮やかで、早春に早々と咲いた。
 散り落ちる時は雨の中の血の珠のようだった。

 袁術は身体を傾け、小声で囁いた。
「そなたは誓うのだ。以後もし袁氏に背けば、必ずや鋭い矢がその顔を貫き、どんな薬でも救えず、流血して死すとな」