策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生17

「秘議」

 孫策は枕の上に伏せていた。寝台の側で水の音がした。誰かが絹布をお湯で絞り、肩から腰まで彼の背をゆっくりと拭いていた。一通り拭くと、またきれいな乾いた布で水分を拭き取っていた。
 その手には薄いタコがあり、彼の背を揉んでいった。やり方はよくわかっていて、優しい。

 覆い被さってきたのは下着ではなく人肌の暖かさと、隠しようのない柔らかさと慈しみだった。
 彼は顔を傾け、かすかに手を起こして、人を引きつけるたおやかなものを受け容れた。
 舌先が彼の傷跡を舐め、彼はチッと言うと、後ずさった。

 細長い指が彼の髪に潜り込む。彼の頭にかかる帯に触れた。
 その人は耳元で囁いた。
「きみは他の人に対して、こうも積極的なのか?用心しないの?」
 孫策はせせら笑った。
「おまえだってわかっているからさ」

 周瑜は心細やかで、まず帳を降ろして、それから孫策の目の上の束縛を解いた。
 このようにすれば、孫策も少しの時間が必要だが、突然戻ってきた光に適応することができる。
 孫策は半ば目を閉じていて、睫毛には薄らと涙がにじんできた。そこで周瑜の太ももに甘えて、彼の腰を抱き、彼の身体の側に顔を埋めた。ぼそぼそと言った。
「お前はなんで来たんだよ?」

 周瑜は腰をかき寄せる手を摩りながら、その腕に残る青紫色の印を薄暗い中で怪しい蛇のように思った。
 彼は問い返した。
「どうしてわたしだとわかったの?」

 孫策は身をどけて、枕の上に戻った。彼の方を見ながら、眼には薄らと光りが滲んでいた。
「おまえの香りがした」
 周瑜は彼の側に座った。逆光の中で少し眉目が動いたのがわかった。孫策も彼が笑ったのに気づいた。
 さらに重ねて聞いた。
「どうして突然来たんだ?」
 
 周瑜は身を傾けると、耳元で一言囁いた。
 孫策はがばりと起きて座った。
「ほんとうか!」

 周瑜はかすかにつり上がった鳳眼を細めて言った。
「もちろん。こんな大事なこと。わたしがどうしてでたらめを言うの」
 孫策は問う。
「おまえはどうやって知ったんだ?」

 周瑜の唇はとても薄く、閉じるととてもまじめに見えた。つり上げて微笑むと却って明らかに艶めかしい。
「彼は早朝に屋敷に戻ると、すぐにわたしの叔父を召して相談した。叔父は風邪がまだ治っていないから、当然わたしが側で付き添った。袁家と周家は代々付き合いがある。彼はわたしがいても気にしないよ」

 孫策はしばし黙った。
「彼はイカレている」
「彼は馬鹿げてる。わたしたちには却ってなんの悪いところもない」
 孫策は首を振った。
「その実、オレだってもともと馬翁叔について行けるわけもない。でも袁術がこうも大胆に妄動するとは、予想外だったな」
 
 彼は起き上がり、足下に落ちていた中衣を拾って着た。周瑜の手が伸びてきて、彼の襟元を整えた。
「馬日磾は太傅の名目があり、節を持っているけれど、今の朝廷は李傕、郭汜ののさばるところで、天子は幼く、その位は危うく、多少名分が正しくなかろうと、道理がなかろうともどれほどのことか。馬家と馬翁叔は離れて久しく、また西涼は遠い。彼の事情があろうと、袁家に不快な顔をさせることもないだろう。袁術のこのたびの行いは馬鹿げていて大胆不敵で、名声を傷つけるものだ。どれほどの危険があるかもわからない。長い目で見ても、十分馬鹿だ」

 孫策は冷笑した。
「オレはここのところ彼の麾下となっているが、彼の少しの智謀も見たことがない。袁氏の偉業のお陰がなかったら、あの兄弟がここまでのさばることはなかったぞ」
 周瑜は親指で彼の下唇の傷を軽く触れた。
「彼はきみに対して、本気みたいだね」
 彼の指は孫策の目の縁にそっと触れた。そこには一瞬血のように紅い殺気が掠めた。

 帳の中はしばし静かで、ひっそりと熱を持ち、形のない蛇が音もなくかすかに薫る空気の中を流れているようだった。
 周瑜孫策の髪を撫でて、彼の頭を自分の肩に寄せた。
「自分を苦しめすぎなんだよ」
 周瑜孫策は初めて知り合った時には背丈も似たようなもので、孫策は生まれつき力強く、武芸も一流で、常々周瑜を揶揄った。今や数年経ち、周瑜の方が背が高く肩幅もやや広い。彼の墨色の上着には金銀の刺繍がしてあり模様は吉祥雲紋で緩やかに巻いていた。
 孫策は彼の肩に寄りかかり、小声で話した。
「おまえはおれも馬鹿だと思うか?」

 周瑜はゆるゆると身体を横たえた。孫策も一緒に寝台にまた伏せた。
「きみは薬のつけようがないほどの馬鹿だよ。でもわたしがずっと側にいるよ」
 孫策は顔を近づけて彼の唇に口づけた。
「おまえは面白くないのか?」
 周瑜孫策の肩を押さえた。
「わたしは面白くないんじゃない。わたしはただ……犠牲が大きすぎると思うんだ」
 彼らは近くにいて、見つめ合った、孫策の目は明るく冷静だった。
「犠牲は必要だ。亡くなった父上のためにも、オレしか頼るもののない弟妹達のためにも、孫氏の将兵のみんなのためにも、そしてオレたちのためにも」

 周瑜は黙り込んだ。
 犠牲はもとより要る。しかし、どうしてさらなる我慢を強いられるものではなく、婉曲的な手段を選び、妥当な方法がなかったものか。
 だが、かれは言葉にはしなかった。孫策が決定したことには、彼は絶対反対しないし、彼ができる最大限でこの馬鹿が成功できるように助けるのだ。

 彼の心の声が聞こえたかのように、孫策の息がふたたび近づいた。湿った睫毛が彼の頬をくすぐる。
「怒るなよ。オレには他に方法がなかった。オレは手間取らない。ずっと待っていたくはない。オレは必ずもっとも直線的で、もっとも鋭利で、もっとも素早い速度でオレの目的を達成する。一旦完成したら、オレは振り向きもせずに離れる。その時には、おまえもオレと行くんだ」

 周瑜は反対もせず、返事もしなかった。
 孫策の声音は優しい。けれども周瑜は知っていた、彼のこういういつも通りではない静かな時は、嘘であると。
「しかし、今はもし必要なら、自分を犠牲にする、それがもっとも容易で穏当な方法なんだ」