策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生28

 「拝月」

 袁術は濁った熱を吐き出し、ひとしきり孫策の顔に触れていた。再び室内の水蒸気がもうもうとたちこめる。
 彼は孫策の乱れた髪の一条を捻った。柔らかで黒々とした湿った髪からは水滴が零れ落ち、指に沿って流れ落ちる。
「あしたには朝雲となり、暮れには雨となる」
 彼はため息をついていたが、口ぶりは軽く話題を変えた。
「そなたの父が亡くなって数年、そなたも家にいることが少なく、弟達が恋しいだろう」
 彼はまた笑って言った。
「世間の人はそなたの二弟が生まれつき異相で、青い目だというが、却ってそなたが怒って、気持ちが昂ったときには、瞳の色が少し翠色を帯びることを知らない。そなたの家の祖先には胡人の血統があるのではないか?」

 孫策の眼は暗く、瞳は逆に輝いて、暗い火が飛び跳ねているようだった。
「わたしを拘束するために、袁叔は我が二弟を寿春に迎えましたが、もうわたしが寿春に戻ったからには、彼を曲阿に送り返して下さい。もし早ければ、家で年越しして、母を心配させることもありません」

 袁術は語る。
「おぉ、彼は寿春にいて、わたしは半分も悪い待遇をしていないぞ。今夜も周到にもてなしている」
 彼はつかまれている五指がやや力が抜け、そしてまたすぐにしっかりと握られるのを感じた。
 孫策の瞳の中の翠色の火はさらに盛んになり、唇は冷ややかにしっかりと閉じられた。
 袁術はまたため息をついた。
「わたしはそなたが生まれつき非常に力が強いとしっておる。わたしの手は痛くなってきた。そなたが放さなければ、わたしは声を出して、外のものにそなたの弟を連れて来させるぞ、そのときは……」
 孫策の顔は憤怒で赤みが上った。
 彼はついに手を離した。


 孫権は茫然としばらく立ちつくしていた。突然足音が向こうから近づいてきた。金石がぶつかる音が混じっていた。多くを考えずに、すぐに隠れ場所を探した。急いで門の影の中に入る。一隊の武装した兵士が巡視に回ってきた。彼は暗闇にいて、身動きしようとしなかった。
 すぐにその部隊は遠くへ去り、孫権は立ち上がって、ほっと一息ついた。
 背後から柔らかな声が問いかけた。
「あなたは誰?どうしてここに来たの?」
 孫権はびっくりして飛び上がりそうになった。突然振り向いた。

 彼と同じくらいの年の女の子が、銀灰色の縁飾りのある上着を着て梅の木の下で蹲っていた。彼女の目の前には石の机が有り、机の上には一つの陶器のうつわがあった。
 その少女は彼を見つめていたが、突然驚きの色が顔に表れた。
「まぁ、あなたでしたの。あなたは孫校尉の……」
 孫権も訝しんだ。
「あなたはぼくを知っているの?」

 彼女は笑った。月光の下で見ると、清清しく可愛らしい。
「わたしが以前に太傅のお屋敷に薬をお届けしたとき、あなたがちょうど訪ねてきたの。男女のお客が相まみえるのはよろしくないから、太傅がわたしを屏風の後ろに隠したの。だからわたしはあなたを知っていて。あなたはわたしをしらないのよ」
 孫権は数歩近寄って、器の中の清水を見て、思わず好奇心を起こした。
「あなたはこの屋敷の侍女?この時間にここで何をしているの?」

 彼女はうっすらと頬を赤らめた。
「とくに何も。でも拝月の礼をしていただけよ」
 孫権はおぉと声をあげた。わかったように。董卓が討たれてより、女傑貂蟬の麗しい名は天下にあまねく広がった。女子の間では拝月の礼というのが盛んに流行になった。清らかな月夜に簡単なお供えをして、美貌と婚姻の縁を願うのだ。

 彼女は立ち上がろうとした。長いこと跪いていたようで、体が傾き、頭の歩揺に梅の枝がひっかかった。
 孫権は多くを考えずに、前に進み、彼女の髪と肩を守った。枝から固まった霜が彼の袖にパラリと落ち、袖から地に落ちた。
 孫権は意識して、自分が失礼なことをしたと感じた。また庭の外から人の声がした。彼女は孫権を押しやって、彼女の後ろの部屋を指し示した。隠れるように示して、来た人には自分が対応すると。

 月は明るく、彼ははっきりと見ることができた。まさしく彼に道を教えてくれたあの女であった。
「婧お嬢様この時間にまだお休みではないのですか?ここでしらない男の子をご覧になりませんでしたか?」
 彼女たちは小声で話していた。袁婧は突然声を大きくすると、冷たく言い放った。
「ないわ。早く別の所を探したら?もし父上が戻ってきて、そのひとが見つからなかったら、罪となるのでは?」
 その女は唯々諾々としてすぐに小さな庭から下がっていった。

 袁婧は上着をきつく合わせて、振り向いたとき、孫権はすでに側に立っていた。
「あなたは袁家のお嬢様でしたか」
 このとき二人は肩を並べて立っていた。年頃は同じくらいの少年少女だが、袁婧の方が少しだけ背が高かった。孫権は頭を上げて彼女を見た。
「袁お嬢様、あなたならおうちの庭の道筋をご存知でしょう」
 袁婧はため息をついた。
「あなたが抜け出してきたのは、孫校尉を探したかったからなのね?」
 孫権は頷いた。
「悔しいことに迷いました。でも袁お嬢様がぼくを助けてくれたら、きっと探し出せます。左将軍を探し出せたらいいのです。彼は仰いました。ぼくのお兄ちゃんと相談事があると」

 袁婧の顔色はやや変わり、俯いた。
 彼女はしばし思い悩んで、やっと口を開いた。
「屋敷の中は部屋がたくさんあるわ。わたしも父上がどこにいらっしゃるのかはわからないわ。わたしが元の部屋に案内します。安心してお兄さんが戻ってくるのを待ったらいいわ」

 彼女が前を進み、孫権は彼女の袖を引っ張った。彼女は身軽で体からは淡く梅の香が漂った。知らないうちに灯りの下へ着いていた。
 袁婧は手を抜き出すと、彼にお辞儀した。
「送るのはここまでです。孫二公子お元気で。後日孫校尉にもどうか……お元気でと」
 孫権も一礼した。鄭重に告げる。
「ありがとう袁お嬢様。あなた方袁氏の恩に、孫家は必ず報います」



「あなた方袁氏の恩義には、孫家は必ず報います」
 孫策の目の中の光りは、燃え上がったあと、だんだん薄暗くなっていった。
 袁術は彼が最後に自分の手の下でかすかにもがくのを感じると、首を仰け反らせ、両眼を閉じた。

 朝な夕な陽台の上にあり。
 ついに自分の手の中に戻ってきた。もう離すものか。