数年という時間は慌ただしく過ぎ、今や諸葛亮も周瑜が赤壁を焼いた年となっていた。歳月は諸葛亮の身の上に年を取った証明を残しただけではなく、一種のまさに壮年の独特の魅力を加えていた。もともとぼんやりとしていた若くて意気盛んな様はなくなり、諸葛亮の微笑みはさらに落ち着いたものとなっていた。この四年、周瑜は諸葛亮の側で彼の変化を目にしてきていた。
夜になり、諸葛亮はほんのりと黄色い灯りをともして軍事の研究をしていた。周瑜も邪魔をせず、美しい歌詩の載っている巻物を眺めていた。
突然かすかな音が静寂を破った。何かが窓を破って周瑜に向かってきた。飛んできたのは鳥くらいの大きさだが、矢のように早かった。諸葛亮は打ち落とそうとするも、一歩遅かった。それは周瑜にぶつかり、周瑜をつまづかせて壁に衝突させていた。
「公瑾」
諸葛亮はすぐに周瑜に駆け寄った。どうしたことか周瑜の目の中はうつろで、表情もぼんやりとしていた。ぼうっと壁にぶつかったままの姿勢でいた。諸葛亮が呼びかけても答えない。動きもしない。諸葛亮はよく見ると、さっき飛んできたらしい一枚の御札があった。今ぴったりと周瑜の額にくっついてどうしても引き剥がすことができない。
「臥龍先生」
諸葛亮は声の方を見ると、誰かが部屋に大股で入ってきた。それは白髪の老人であった。青色の葛布の服と頭巾を被って、世俗を超越した風格があった。すでに六十近くのようだが、体格は健康そうで壮年の男子のようである。
諸葛亮は内心では驚いた。やはりこの人からは逃げられない。やや周瑜の前に庇うようにして名前を呼んだ。
「元放先生」
呼ばれた元放なる老人は諸葛亮の警戒する目もものともせず、さきほど周瑜の手から落ちた巻物を拾った。机のあたりに座る。
「孔明はわたしには会いたくなかったようだな」
諸葛亮はまだ周瑜をどうこうするつもりが無いようなのをみて、ゆっくりと身を起こして、彼の側に立った。
「元放先生が公瑾のためにならないと思ったからです」
左慈は自分の純白の髭を撫でつけると、はっきりとした声で言った。
「彼の陽寿はすでにつきておる。もはや現世にとどまっていることはできない。ましてや孔明そなたに纏わり付いているのなら、わたしが孔明のために解消してやろう」
「公瑾は人間界に恋々としてとどまっている訳ではありません。わたしが無理にわたしの側に引き留めているのです」
諸葛亮は注意深く左慈の一挙一動を見ていた。扇を揺らす動作で隠しながら。
左慈は横を向き、諸葛亮を見つめ、決然とした目をして大声で告げた。
「孔明、人と幽霊は遠く隔たれている。もう執着するな」