策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 七十五 需要愛先生「思為双飛燕」

五十二章(未完の最終回) 長河吟

 周瑜孫権の正面で、兵の配置部署のことについて孫権と相談していた。孫権の表情はとてもまじめで聞きながら頷き、目つきも厳粛で、ときどき机を叩いて賛同を示した。体は厳然たる国の主としての覇気に包まれていた。周瑜は少しばかり注意力を欠いた。彼は思い出していた。とても昔のことで、このように孫策と対面で話していたときのことを。孫策は机を叩くのが好きだった。あるときは机をひっくり返しさえした。喜怒哀楽が余す所なく自分の前で表現された。覇気の二字は孫策には必要ではなく、なぜなら孫策自身が覇気の化身そのものだからだ。
「そういうことなら、わしはわかった」
 孫権は話題を変えた。
「公瑾、先日あるひとがわしに古琴を贈ってくれた。珍しい宝物であるそうだ。わしは音律はそんなに詳しくないので、あまりよくわかっていない。あなたがわしに少し聴かせてくれないか……なぁ、公瑾?」
 周瑜はぼうっとしていたようで、孫権の話を聞いて聞いていなかった。顔に浮かんだぼんやりとした表情から孫権は今周瑜が遥か遠いところに身を置いていると感じた。それは孫権の心を静まり返ったうら寂しさで震わせた。疑いなく、周瑜は今孫策のことを考えている!周瑜はいつもは自分をひどく厳しく律していて、主公の会議の時に心ここにあらずということはない。淋しげな表情は孫権には稀に見ることがあった。孫権周瑜がいったい何を考えているかはわからなかったが、ただし、かならず孫策と関係しているのはわかった。周瑜の両眼が暗く光がないことを見ればそれはすぐさまわかった。
「いいでしょう」
 周瑜は遠いところから戻ってきた。また落ち着いた感じにもどった。
「主公は古琴を運ばせてください、少し弾けばわかるでしょう」
 古琴が周瑜の前に運ばれてきたとき、孫権の目はきらきらと光った。
「公瑾、長いことあなたの演奏を聴いていない。今日はいっそわしのために一曲弾いてくれないか?」
「主公はなにがお聴きになりたいですか?」
 周瑜の注意力は古琴に吸い寄せられていた。
「素晴らしい琴だ!」
「あーー公瑾が弾く曲ならわしはなんでも聴きたい」
 このとき、側殿では香の煙がか細くたなびき、宮殿の入口にかかっていた帳が揺れ動いていた。樹木の陰が窓の格子からちらほら映り、殿内に斑模様の陰影をつくった。周瑜は飾り気のない青色の長袍を着て、細長い指で琴の弦の上をなぞり、調弦をした。曲はまだ始まらず、音が少し鳴らされた。ほんの短い数音試しに弾いた音だったが、趣があった。
 孫権は眉を上げて周瑜を見つめた。目にはいささか元気がないように見えた。ただすぐに溌剌さを取り戻したようだった。内心公瑾のお兄ちゃんへの思いはぼくが知ってから十数年はたっている。まだ何の苦しみを感じる理由があるのだろうか。彼が懐かしく思い出すことはぼくには止められない。ただ先日の肌の触れ合い、チューのことは彼はどう思っているのだろう?
 周瑜は何の曲を弾こうか悩む様子もなく、指先から自分の意思を表すように、留まることのない水が勢いよく溢れかえるように音が流れた。曲は激昂のようで激昂しておらず、悲歌のようで悲歌ではなく、いつも家で演奏するよりはリズムが速かった。思いがとても多くこめられて、始まってからは周瑜自身も驚いていた。このような音は胸の奥から直接指先に流れて、明らかにすこし心中とも異なっていた。しかし、それがどのようであっても、すぐに水の流れのような曲は周瑜が感じたよろこび、金戈鉄馬の響き、心のなかにわだかまる悲しみ、乱世の危うさ、初めから一曲のうちに様々な思いを込めた長吟となった。わずかな他人に言えない痛み、抱負、帰らない一日一年の心を乱す、過去は返らない不可能が指先にこめられて、音楽となって流れた。
 尽きることのない、まるで天に咆吼する長河、薄暗い遥か果てしない、天地の間のかすかな薄霧のようで、孫権も聞き惚れた、これが公瑾の今まで感じてきた思いなのか?彼は琴の音色でわしに気持を伝えてきているのだ!
 殿内の家僕、侍衛も聞き惚れた。『以前にも曲に誤りあれば、周郎が顧みると聞いたことがあるが、ほんとうに大都督は音楽に造詣の深いお方なのだなぁ』しかし、彼らは周瑜が自ら弾いているのを聴いたことはなかった。さらに言うなら、この曲も聞いたことがなかった。とてもうつくしいだけにとどまらず聞いた人の心をかき乱して平静でいられなくした。
 一曲演奏が終わり、周瑜の手が琴の弦の上に留まっていた。黙ってなにも語らなかった。孫権は目の縁を擦った。なぜかはわからないが、少し辛かった。
「公瑾、これはなんという曲だ?」
「思うままに弾いたままです。主公はお笑いになりますね」
「そ、それはあなたは書いて残すべきだ」
 孫権は無理して笑った。
「この曲は長く世に伝わるべきである」
「ちょっと曲が急ぎすぎです。わたしは少し変えてみようかと」
「変えないで!そのままでとてもいいです」
 殿外から突然だれかが大声で変えるなと叫んだ。うっとりと曲の余韻に浸っていた孫権はびっくりした。
「だれだ騒がしいのは?」
 孫権は眉をひそめて入口をみた。誰だ、周瑜とのプライベートな時間を邪魔するのは。
「主公、私です」
「おう、子敬」
 魯粛の声だった。その他にもうひとりの声がした。
「呉侯にお目にかかります」
 孫権はちょっと考えると、この声は聞いたことがある。さっき変えるなと叫んだのはこの声……。
 話しながら、門外の二人は目通りを許されて入り、孫権は全身白い服に身を包んだ諸葛亮が入ってきたとき、目の縁がピクピクと痙攣した。
 『呉侯にお目にかかります』と孫権に拱手しながら、進む方向は偏っていた。諸葛亮の足取りは軽く周瑜の方へと傾いていった。
「子敬、そなたが諸葛先生をつれてきたのはどういうことか?」
 孫権魯粛と話しながら、目は魯粛を見ておらず、ずっと諸葛亮の行動を見ていた。
 はたせるかな、諸葛亮孫権を適当にあしらいおわり、すぐに周瑜の方へと向いて感動した様子で言った。
「私は今日はなんというしあわせでしょう。この耳で大都督の琴の音色を聴くことができたとは。古人曰く、壮志を表現するものは琴でないとならない。まことにその通り。大都督の琴の音色は妙なるもので、壮志は高遠、感情は壮烈、まことに尊敬、感動いたします」
「先生は褒めすぎです」
「ああ、しかしですな、古人又曰く、壮年は憂いを語らず、若くして苦しみを語らず。大都督の音はすこぶる優美に響いてはぐれ燕の悲しみがありましたな」
 周瑜は眉を上げて諸葛亮を見て、あっさりと告げた。
「古人がそんなに言っているのですか。先生もよくたくさん覚えていらっしゃる。感服いたします」
「大都督のお気になさる必要はありませんよ。私の言うことはみな肺腑から出たもので、いわせてもらうなら、わたくしには一計がありまして、大都督のご心配を取り除くことができます」
「え、先生はわたしの心痛がなにかおわかりで?」
「ごほんごほん」
 孫権は力を入れて咳をした。
「先生が今日きたのは、公瑾の琴を聴きにきたのではないだろう?」
「あ、呉侯に笑われてしまいましたね」
 諸葛亮はあわてて再び拱手して孫権にあいさつした。
「私が今日来たのは、呉侯にお礼を述べるためであります。呉侯は深く道義を理解されておられます。我が君と城下の盟を結ぶことにあいなりました。我が君は近いうちにここに参り、呉侯に感謝の意を申し上げるでしょう」
「皇叔が来られるのか?それはよい。わしも皇叔と会って、いろいろと話してみたい。子敬よ、そなたはわしの代わりに皇叔に手紙を書いてくれ」
「え、主公自からお書きになったのでは」
 魯粛は小声で孫権に注意した。劉備への親筆での手紙は数日前に出していた。
「あ、一通で足りるかな」
 孫権はにこにこ笑った。
「わしと皇叔ははからずして心が相通じているようだ。前回の手紙では言い尽くせない。そなたがもう一通書いてくれ。それで、孫劉両家は同じ敵を持つのみならず、同じ気持ちであると。かつ皇叔の大事な人も我が江東の清らかな淵に遊ぶ魚の如く、鷹が大空を羽ばたくように悠々自在である。両家が固くよしみを結び、万世に睦まじいめでたさだ。ははは」
「……」
 そういう話しで、魯粛はとても心配そうに諸葛亮の顔を見つめた。やはり、諸葛亮のはギョッとした顔をしていた。しかし、すぐに正常に回復した。
 宮殿を出てから諸葛亮魯粛に笑いかけた。
「呉侯はどこか私に誤解があるようですな」
 魯粛は丁寧に言い含めた。
孔明よ、主公はきみを困らせているわけじゃないんだよ。公瑾に関することとなると、いつもああなんだよ」
「ええっ、私はいつ大都督のことにこだわりましたか。わたしは大都督の琴の音色を少し褒めただけにすぎません」
「それではこれからはほんのちょっとだけ褒めることにしようか」
「……」
 諸葛亮は瞬きをした。
「子敬は嘘をつきましたね」
「わたしがどうして嘘をつくかね」
 魯粛は汗を拭いた。
「前回子敬は私に言ったではありませんか。主公の面前では大都督のことはかならず慎み深くものを言って大人しくして、かならず褒めるようにと。どうしてそんなに日数も経たないうちに子敬はまた褒めてはならないというのですか。子敬は私に嘘をつきましたね」
「それは……ごほん」
 魯粛は顔を赤くして、やっとの事で言った。
「私が嘘をついているのではない。これは主公のやることが予測がつかないからなのだ」
「うそはついてないとして、そうだ子敬、私はあなたに皇叔がどんな危機に遭っても仁徳で皆のものを従えてきたか話しましたか?」
 魯粛は口では言わないが内心で呟いた。きみはもう十七、八回は話したじゃないか。この情熱はなあ、ほんとうに覆い隠せないものだなあ。
孔明よ、私は君に似た一人を知っているよ」
「え、私が誰に似ていると」
「ずうっと昔の公瑾だよ。昔の公瑾は口を開けば毎回討逆将軍がどうしたこうしたで、何年も経つが、耳に残っているよ」
 諸葛亮は少し驚いた。黙ったまま、羽扇をゆらゆらと揺らし何かを考えていた。

 側殿の中では、この時とばかりに孫権周瑜に古琴を贈ろうとした。
「ここまで繊細な音を出せるのは公瑾しかおるまい。だからもちろんこの琴は公瑾のものだ」
 周瑜も断らなかった。見た様子これが心から気に入ったようだった。
「そうだ、わしは最近少し過労気味だったようだ」
 孫権は突然自分から哀れっぽく悔やんでみせた。周瑜にはよくわからなかった。孫権は後ろ手をして立ち、上を向いて話し始めた。
「何日か前にわしが病気になっていたとき、夢で公瑾あなたが現れたようなのだ。公瑾はわしのベッドの前にまで来て……」
 目線が周瑜に向いた。周瑜は俯いて何も言わなかった。孫権は続けた。
「わしをいくばくか慰めてくれた」
「主公……」
「公瑾、あなたはわしの夢に出てきたのか?」
 周瑜は心が震えた。指先は琴の弦の上を掠めた。そして孫権を見つめるとゆっくりと言った。
「主公はかくの如く聡明ですから、弦を聞いてその意を知るでしょう。わたしが言うこともありません」

 数日後!周瑜の長河吟の楽譜が完成した。江東の人は皆転写して、これは周郎の作った曲なんだ、絶対きくべし。むろんこれはめでたいことであったが、孫権の周りのものには却ってそうではなかった。楽譜ができて初めて、孫権の身辺のあらゆる謀士、幕僚、周泰に至るまで命令が下された。全員孫権のために千言をついやして、大都督の長河吟を聴いた感想を述べるように、と。
「そ、それは!」
 周泰は泣きそうになって、孫権に言うしかなかった。
「主公、わたしは楽譜を読めません、大都督の曲は、見てもわかりませんよお」
「関係ない」
 孫権は慌ただしく言った。
「わしは楽団をつくって演奏をさせるから、そなたにもわかる」
「ああ」
「幼平よ、ため息をつくな。わしは思ったのだ。あるときそなたが言ったことがぴったりとあたっているとな。わしは広く良策を求めている。だから、みなのものにそれぞれ千言の感想文を書かせるのだ」
「主公、千言とはちょっと多くはないですか?」
「多くない、多くない。考えは広くなくては、よく練った有益な精華も得られないのだ」
 孫権はまじめな顔をして言った。
「これはまたまじめなことなのだ。わしはもちいるところがあるから皆にも頼むのだ」
「はい。主公」
 周泰は仕方なさそうに拱手した。


(残念ながら、需要愛さんの連載はここでストップしたきり、続きは書かれていないのでした。気になるところなのに~)