策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 六十八 需要愛先生「思為双飛燕」

四十五章 説客(上)

 孫権はある日の夏の風に吹かれてほろ酔い加減の午後に、あるものから北方から文人が今都督の屋敷に来ていると聞いた。
文人?何という文人だ?」
 孫権はびっくりしていた。
「公瑾に北方の旧友がいるのか?」
「聞くところによると大都督の旧友で、姓は蒋、名は幹というそうです」
「蒋幹?」
 んん?この名前はなにか聞いたことがあるような?孫権はなんとか思い出そうとした。ついにこの名前をどこで聞いたのか思い出した。幼いときに周家の屋敷に預けられていた時、自分が見た人物だ。この人は何度も周家を訪れて、周瑜との付き合いもとても深くて、当時自分は憤りを込めてお兄ちゃんにこのことを訴えたものだった。だから、あの時は蒋幹には内心敵意があった。それゆえ年月が経っても、まだ覚えていた。
「まさか弁舌の才を以て江淮に知られる蒋子翼ですかな?」
 魯粛が傍らで言った。
「主公、この蒋子翼は曹操麾下の謀士ですぞ」
「うむ……」
 孫権はしばらく黙っていた。
曹操麾下の謀士が公瑾を訪ねてなにをしようとするのだ」
「主公よ」
 魯粛は焦った。
「あの曹操は他のところの才能ある者達を集めるのが大好きなのです。主公これを防止しませんと」
「才能あるもの?」
 孫権は笑った。
「子敬のこの言葉には誤りがあるな。公瑾は他のところの才能ある者ではない。彼はぼくたち孫家の人間だ」
「主公のおっしゃることはもっともです」
 公瑾は孫家の人というのは孫権の口癖だったので、魯粛ももはや変だとも思わなかったし、反論もしなかった。ただしきりに頷いた。
「これはわたしの考えすぎでした」
「なんでもない。彼らは想い出話でもすればいいさ、おしゃべりしてさ。せっかく公瑾に北方から旧友が会いに来たのだからな」
 孫権は片手を背中に、もう片手を胸に置いて、頭はやや上を向いた。一種寛大な姿を見せた。魯粛はため息をついて言った。
「主公はやはり寛大な器量をおもちである。やはりわたしは余計なことを申し上げましたな」
 魯粛が書房を退出していくと、孫権は彼が去ったのを見るなり、顔色がすぐに暗くなった。顔には怒りが表れていた。
「誰かある!都督府へ行くぞ!」

 周瑜はまさか孫権が真夏の暑い昼日中に屋敷にやってくるとは思わず、中庭のほうでひと休みしていた。暑い日だったので、極薄い白の蜀産の絹の中衣を着て、さっき髪を洗ったばかりだった。まだ髷に結っておらず、長い髪がベッドの上にひろがっていた。あるものが呉侯が訪ねていらっしゃいましたと報告したときも、周瑜はまだ眠くて朦朧としていた。孫権が来たと聞いても、第一の反応は権児がきたのかと、物憂げに少し指を動かした。
「わかった」
 ややもして、夢から醒めて脳が動き出すと、仲謀が来た?とゆるゆると身を起こした。またしばらくして、脳が正常に動作し始めると、あの個人的にはずっとこんがらがり、ときに、色欲で知能が下がる呉侯がわたしの屋敷に来ただと?このときには、さっとベッドから飛び降り、眠気も跡形も無く消えた。
 孫権が都督府の入り口に着くと、門番が伝えに走った。孫権は他の者に尋ねた。大都督はどこにいる?中庭の見える応接間にいらっしゃいます。孫権はそこで待つこともなく、直接大股でさっさと中庭までやってきた。周家の家僕も止めることもなかった。それでまっすぐ応接間に進んだ。
 孫権が入ってきたとき、周瑜はちょうどベッドの上着を肩にかけているところだった。孫権が入っていって、目にしたのは、物憂げに上着を肩にかけて、中衣は極薄く、髪は背に流れ、目の縁に微笑みを湛えた、ほんのりと頬を染めた美周郎であった。孫権は上から下まで眺めて、まず周瑜のややつり上がった眉に目がいった。どこか自分が先触れもなく入ってきたのを責めているようでもある。もともとが特別色っぽい美人の目が眠りから醒めて、さらに潤いを含んだ様子は感動ものである。唇は深い紅色で、肩にかかった指は白くて長く形も美しい。白の中衣は飾り気がないものだが、蜀産の絹はつややかで周郎が着るとなおのこと美しい。ややつやを帯びた絹地の中には柔軟で強い体が包まれている。さらに、周瑜の足元をみると片足は下駄を履いたばかりで、もう片足は裸足で床に立っている。足先はまるまるとふっくらとしており、孫権に見つめられてちょっと縮こまっていた。
 腹に話すことをつめてやって来た孫権は驚いてその場に固まった。太陽はぎらぎらと暑く、心の怒りも燃えていて、鼻血が流れてきた。
 周瑜孫権が突然侵入してきて、まずちょっとびっくりしたのと、孫権が入り口でぼーっと立って、鼻から突然一条の鮮血を流し始めたので、二人とも見つめ合ったまま声もでなかった。それから孫権が口を開いた。
「天気がひどく暑くてな、わしは鼻血がでたようだ……」
 周瑜は額を抑えた。顔を向けて部屋の外の家僕に声をかけた。
「水を汲んできて。緑豆湯をもってきなさい」
「水はいらない。緑豆湯*もいらない」
 孫権は振り返って周りの者達に言った。
「みな外で控えておれ。わしの言いつけがあるまでは入ってくるな」
 自分の手で入口の扉を閉めた。それから切迫した様子で話し始めた。
「公瑾、わしは聞いたぞ、あなたに旧友が訪ねてきたと」
「おっしゃる通りです」
 周瑜上着を着ようとすると、孫権はじっと見つめてきて言った。
「天気がこのように暑くてはな、わしも鼻血がでたし、公瑾は上着を着ない方がいいよ」
 周瑜は啞然として、手に上着をもったまま、着ないなら着ないでどうしたものかと困った。
「あーー、あなたのその旧友の蒋子翼はわしも知っているよ」
「えっ?」
 周瑜はびっくりした。
「主公は子翼をご存知で?」
「わしが幼いときに公瑾の屋敷でその人を見たことがある。公瑾は忘れたか?そうだ、彼は曹操の説客として来たのか?」
「いまはまだ説客とは言っておりませんが」
 周瑜は笑った。
「ここ数日わたしは子翼を連れてあちこちに行きました。彼にわたしたち江東の水軍の雄壮さを見せつけてやりました。これでわたしの気持ちが揺るがないことは明らかになり、子翼も道理のわかる人ですから、自然と話はもちださないでしょう」
「うんうんうん。奴に諦めさせるのだ」
 孫権は揉み手をした。内心自分は考えすぎだった、みたところ蒋幹が来ても無駄骨で、公瑾と彼とは何の感情のもつれもないようだ。心の内でそう考えていると、そとから周泰の声が聞こえた。
「お待ちあれ!」
「誰が来たのか?」
 孫権は声を大きくして尋ねた。
「公瑾、私だ」
 男の声が答えた。
「ちょうどいい、子翼が来た」
 周瑜は場所を移った。
「主公は上座にどうぞ」
 孫権はこっそり蒋子翼の様子を見てやるぞと思い、急いで側にあった周瑜上着を取ってきた。
「公瑾、体を冷やすなよ」
 周瑜は泣くことも笑うこともできなかった。外は夏の盛りだとわかっているし、自分の背中にも薄らと汗をかいていたし、どこが冷えるというのか。孫権の様子はまるで妻を盗まれないかと心配する男のようだった。非常にやりにくい。しかし、周瑜はいわれるまま上着を着た。ひとつは客に対する態度であり、ふたつめにはいつもは周瑜はその実、孫権に逆らうことはとても少なかった。各種大事を決めることでも補助を主とし、事情が違うのではないかと思ったことでも、孫権が硬く主張するなら、周瑜は普段は孫権にむりやり意見を押しつけることはしなかった。ただしあのプライベートなことは除いてである。
 蒋幹が入り口で周瑜を見たとき思わずぼうっとしてしまった。急に感極まって言った。
「ポン友よポン友よ、人は皆君が才能、美徳の賢さを兼ねていると言うが、私がみるにきみの才能美徳は十分で、美貌は十二分だなぁ」
 言い終わると周瑜が側に目配せしてみせた。そこで蒋幹が視線を移すと黒檀の机の所に一人のきらきらしい服を着た若者が座っていた。みるからに立派な容貌でひとかどの人物と知れる。しかし、表情はおかしく、首は前に伸び両眼は大きく見開かれて自分をみており、目ん玉が今にも飛びだしそうであった。
 蒋幹は内心思った。この奇妙で残忍な表情をして見てくるこいつは誰だ?
「子翼、こちらは呉侯だよ」
「あ、これは呉侯のご来駕でしたか。迎えに出ず失礼いたしました」
 蒋幹は長揖の礼をして、再び顔を上げて呉侯をみると、表情は正常に回復していた。蒋幹は固唾を呑んだ。この若い呉侯は孫伯符の弟だしな、まことに感情の起伏が激しいらしい。
「ここはそなたの屋敷ではないから、失礼にはあたるまい。子翼先生お座りなされ」
 孫権は咳払いをした。
「さきほど子翼先生は美貌の二字をおっしゃったが、これは女子の形容で男子のためのものではあるまい。先生は言葉遣いを間違ったかな?」
「違います違います。あなた様はご存じないようだが……」
 もともと蒋幹は人と論争するのが大好きで、言葉遣いを間違ったと孫権が言ったのを聞いて、なかなか結論を出さず、滔々と絶えず『尚書』から引用を始め古今東西におよび、あらゆる男子の美貌の典故を一々列挙してきた。完全に対面する若い呉侯の顔色がだんだん見るに耐えなくなり、だんだん暗くなっていくのに気づいていなかった。
 最後にひとこと付け加えた。
「呉侯は私の言ったことに理があるのをおわかりになられましたかな」
 孫権は笑い飛ばした。
「ああ、道理にかなっている。しかし、きみは公瑾のことをそういうのはやめてもらおう」
「それはなぜ」
「きみは公瑾をからかってはだめだからだ」
「私めはからかってはおりません。真心からの話です」
「真心からならなおさらだめだ」
「それはまたなぜ?」
「なぜなら公瑾はーー」
「主公!」
 孫権が孫家の人という前に、周瑜はすぐさま止めに入った。
「子翼は冗談を言っただけですよ」
 つづいてひとしきり時候のあいさつをし、内容もつまらない話をして、蒋幹は北方の風土人情について語り、孫権周瑜を二言三言褒め、周瑜は自分達の主公をちょっと褒めた。

 蒋幹は部屋に戻った後すぐさま手紙をしたためた。秘密裏に人に許昌に届けるよう持たせた。手紙の中にはこう書いた。
『わたくしは呉侯に目通りいたしました。その喜怒哀楽は普通と異なっていて変です想うに必ずや愚か者に違いなく、丞相の大事はきっとはたされるでしょう!』

*緑豆湯 わたしはまだ食べたことがないのですが、緑豆の粒の薄皮をむいて、甘いスープにして砕いた氷を入れた暑さ対策のスイーツらしい。