策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 七十四 需要愛先生「思為双飛燕」

五十一章 進退 ふるまい

 周瑜は最近の孫権が変わったと気づいた。朝議のときには以前より厳粛にさらにまじめになった。前のように自分に対して時々じっと見つめてきたり或いは小さな動作をするようなこともなくなった。後殿で相談をするときなどは、机の前に行儀良く座り、公瑾公瑾と近づいて来なくなった。また、小喬が桃花の蒸し菓子を持ってきたとき、周瑜はこれは舒城での想い出のもので、昔孫権が気に入って食べていたのを思い出した。それで、人に将軍府に持たせて送ると、結果孫権は受け取らず返してきた。持って帰ってきたひとによれば、大都督も故郷を思っているのだから、ふるさとのものは自分のうちで食べたらいい、とのこと。
 理屈から言えば、孫権が世間のことをわきまえて、もう纏わり付かなくなったのだと、周瑜はやっと心が慰められるべきだった。しかし、ここ数日間の孫権の厳粛な鉄板みたいな無表情を見ていると、周瑜は心が落ち着かなかった。
 孫策の忌日がいよいよ近く、孫権は皆を連れて墓地に行き法事を行った。周瑜は行かず、一人で濁り酒を一壜持つと長江沿いにやって来た。日が暮れて西に沈み、江風はひとしきり冷たくなってきた。周瑜の戦馬は岸辺を散歩し、しばしば振り返って木の根元に寄りかかっている主を振り返った。そして頭を下げて草を食んだ。
 突然、戦馬は一声嘶いた。孫権が随従を連れて林のあたりに現れた。このとき周瑜はすでに泥酔していた。孫権は様子をさっと見ると、随従を手で止まれと合図して、自分は抜き足差し足で周瑜のそばまで歩いてきた。少しためらってから、周瑜にもたれかかるように座った。
 周瑜は朦朧とした酔いのなかで誰かが自分の腕を押しているような感じがした。目を見開くと孫権の縋るような顔がどアップで目の前にあった。周瑜はすぐにびっくりして飛び上がり、手を突き出して、孫権を押しのけた。
「アイヤー!」
 孫権は頭をさすった。
「石にぶつかった」
「権児!」
 周瑜は慌てて手を伸ばして孫権を助け起こした。話し方にはまだ酔いがあった。
「きみはどうしてここにいるの?」
「公瑾……」
 孫権は何かを言いかけてやめた。一声公瑾と呼んだ声は人を引きつけるような悲しみがこもっていた。しかし、それから孫権はせきを一つして、語調も変えた。落ち着いて言う。
「ああ、わしは兄上の法事が終わって、長江沿いに巡視をしている」
 周瑜は笑った。この時の彼の顔は赤々として、笑う表情は夕焼けに映えてますます鮮やかであった。孫権の目には甘やかな色合いを帯びていた。
「権児、きみはどうして冷たく非情なふりをしているんだい、その……」
 孫権はやや体を傾けた。周瑜をまっすぐには見つめず、目線は側の木の幹に向けた。
「公瑾は酔っ払った。公瑾は酔ってもわしを押し退ける。わしはどうしたらよいのだ。わしは公瑾の同窓の親友でもないし、また公瑾の知音でもない、父もいない、兄もいない、子どもすらいない。わしはこんなことでどういう希望がもてるだろうか。ぼくは冷たく非情なのでもない。これからは公瑾に心配をかけないようにするよ。公瑾とはすでに君臣で、わしもただ君臣でいる。でもわしの心のなかでは公瑾は臣下ではないんだ。ただ数年来の人情ですら氷のように冷たい公務の合間にすり減ってしまった。蒼天はわしを厚く待遇し、わしに公瑾を与えてくれた。蒼天はまたわしを罰するのに、公瑾を与えたのだ」
「仲謀!」
 このとき周瑜はいささか酔いが醒めてきて、孫権を少し訝るように見ていた。孫権は続けて木の幹を見ながら、振り返らなかった。
「江の風は強く冷たい。公瑾は一緒にかえろう」
 言いながら孫権は外套を脱いで、周瑜に着せかけた。周瑜は突然心に悲しみを強く感じた。無理してちょっと笑った。
「主公、わたしは酒を飲んだばかりで寒くはありません」
 外套を孫権の手に返した。
「わしも寒くない」
 孫権は言いながら震えていた。周瑜は多くを語らず、外套を孫権に着せてやった。孫権は俯いて木の根を見ていた。周瑜も俯いて、二人とも立って無言でいた。
 翌日、孫権は朝議に出てこなかった。周瑜は内心不安で、将軍府に見舞いにやって来た。案の定、孫権はベッドに横たわり、両眼を閉じていた。側の医官が言うには『主公は昨夜ずっと側殿で服も重ね着せずに座っていたので、少し風邪をひいたようです。今さっき眠り薬を飲みました。気分がしばらく落ち着いたら、目覚めた後には無事なんともないでしょう』
 医官が下がったあとに、周瑜孫権の額に手を伸ばした。右手が額に触れるやいなや、孫権が布団から左手を伸ばしてきてつかんだ。孫権は小さな声で呟いた。
「公瑾……」
 周瑜は長いため息をした。手を引っ込めようとしたが、なぜかはわからないままに、孫権の手につかまれていた。孫権は布団から右手も伸ばしてきて、両手で周瑜の右手をつかんだ。それからまた呟く。
「公瑾、あなたか?」
「主公、わたしです」
「うそつき、公瑾はわしに手をつかませたりしないんだ。彼はわしを突き倒すだけだ」
 この話にギクリとした周瑜は無言でいた。細かいことを思い出そうとすると、はたしてそのとおりだった。自分は孫権に対して厳しすぎなかったか?江東の主公である孫権は、その実あまり幸福を享受できていなかった。父と兄から受け継いだ江山を維持するために、時々戦々恐々としてとし薄氷を踏むが如くすごしてきた。外には敵がおり、中には賊がいた。平時は朝堂に言い負かすことのできない江東の豪族たちがいるときには、馬鹿やアホの振りをして心にもなく笑うふりしたことは少なくないのでは?また孫権の肩には責任が重くのしかかっている。恋情のことに一心のあまり、健康にも影響が降りかかった。結果も虚しく、あるいは……。
 周瑜はためらった。孫権が幼い頃を思い出すと、天真爛漫で無邪気で楽しさに満ちていた。自分と孫策の不注意が彼をこんな辛い目に合わせてしまった原因ではないとは言いがたかった。このことは、自分にも責任があるな。
「仲謀、ほんとにわたしだよ」
 周瑜の声はとても優しげだった。
「だったらあなたの匂いを嗅がせてみて、ぼくは公瑾の香りはわかるんだ」
 この話はでたらめもいいところだったが、しかし、この時の周瑜は穏やかな気持ちで、朦朧としながらも、自分の手を離さない孫権を見ていた。周瑜はもう冷酷に拒絶するのは難しいと感じていた。魔が差したように、周瑜は顔を近づけていった。
孫権は両手で周瑜の右手をつかみながら、頭を少し持ち上げて、唇を差し出した。直接周瑜の薄い唇にちょっとチューをした。周瑜はまさか孫権が口を突き出して自分にチューするとは思っていなかった。やわやわとした感触が伝わって、驚き体を起こすことも忘れていた。
 ちょうど孫権はすぐに枕の上に戻り、ごちゃごちゃつきまとわなかった。
「あなたは公瑾じゃない。公瑾はわしにチューなんかさせない。おまえは去れ。わしの気持ちをだますな」
 将軍府を去るとき、周瑜は心の中が落ち着かなかった。
 
 屋敷の中では、孫権がごろりとベッドから起き上がり、ぜんぜん朦朧とした状態でもなかったし、なんとも眠気などなかった。孫権は得意の絶頂だった。
「退くを以て進む、果たして妙計だったな。わしは本当に天人だ!なにが知音だ、なにが旧友だ、おまえたちは公瑾にチューしたことがあるのか?チューまでだぞ?ははははは!」
 門外の護衛達は顔を見合わせた。『主公はご病気のはずでは?』『なんで部屋の中から主公の大きな笑い声がえんえんと続いているのだろう、病気がよくなったのかな』『この笑い声の時間も、ちょっと長すぎねぇか!』