策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 六十九 需要愛先生「思為双飛燕」

四十六章 説客(中)

「大都督が長江の岸辺で諸将を招いて宴会だと?さらには楽人達も揃えて興を添えるだと?」
 書斎の机のところに座っていた孫権は猛然と頭を上げた。
「そんな楽しそうな話に、なぜわしは誘われないのだ?」
「オホンオホン」
 魯粛がそばで二回咳をした。
「主公、これは大都督が将士達の毎日の訓練の苦労をねぎらって褒美として行うのです。主公がもし出向いたら、皆のものは主公の存在で堅苦しくなり、楽しくありません」
「なぜわしが行ったら楽しくないのだ?」
 孫権は納得しなかった。
「わしはいつも人に親しみやすく、親切だと知られておる。みながどうして堅苦しくなることがあろう」
 少々考えてから言った。
「まあよい。そなた達は楽しんでくるがいい」
 魯粛が去ったあと、孫権はすぐさま周泰を呼んだ。
「幼平、明日の晩ちょっと準備してくれ、わしは長江の岸辺に魚釣りに行く」
「主公が夜に釣りですか?」
 周泰は驚いた。
「夜風がそよそよと吹いて、まさに釣りにちょうどよい。そなたは自らちょっと準備して、他の者に知られるなよ。連れていく人数も少数だ。連れはみな黒色の服に着替えさせて、馬は長江まで連れていくな、あ、それから長江近くまで行ったら松明もあげるな」
 これは何を考えているんだろう?周泰はぶつぶつと呟いた。
「それから、命令の符を持っていくように」
「はっ!」

 翌日の晩、江辺の大きなテントではとても明るく灯火が燃やされていた。音楽の音色、笑い声が絶えなかった。大都督周瑜はこの宴に各軍の将士を招き、さらに自分の旧友の蒋幹も連れていき、諸将と共に楽しんだ。
 それから、誰にも発見されずに、ある一行がしんと声もなくテントの外についた。先頭に立つものは精悍な猛将であった。テントの外までくると、呉侯の令符を出して示した。
「われわれを中に入らせろ」
「はっ!わたくしめは知らせて参ります」
「待て待て、おまえはだれに知らせようというのだ?」
「百人長?」
「おまえなよく見ろ、これは呉侯の令符だぞ」
「それじゃあ……騎都尉さま?」
「ばかもん」
 男は罵った。
「おまえは直接魯校尉、魯子敬さまに通報してこい!」
 その下っ端兵は額にかいた冷や汗を拭きながら走って行った。すぐに魯粛が慌ただしくやって来た。遠くから見慣れた孫権の影を見つけて内心ヤバイと思った。
 孫権魯粛が来て十分喜んだ。魯粛が来る前に、孫権からすぐに近づいていった。喜びに目を輝かせて、目配せし、えくぼを見せて笑った。
「子敬、大きな声を出すなよ。牟仲孫が来たぞ」
 その瞬間、魯粛はマジで頭を地面に打ち付けたい衝動に襲われた。
「主……牟公子、あなたはなぜに……」
「子敬そなたには我々の座る場所を用意して欲しい。テントから近いといい」
 孫権はワクワクしながら言った。
「ぼくはそなたらを邪魔するつもりはない。そなたならぼくの気持ちをわかってくれるだろう?」
 魯粛は唖然とした。しかし、孫権はもう来てしまった。追い出そうとしても帰らないだろう。しかたなくテントの外へ案内しようとした。
「わたしは公瑾に一言知らせてこようと思います」
 魯粛が向きを変えて行こうとすると、孫権は慌てて呼び止めた。
「子敬よ子敬、我らは長年の知己だぞ、なぜわからないかな。もし公瑾に知らせたら、どうしてここまでしていると思う」
「しかし、しかしですなぁ、この令符が出されたからには、公瑾は必ずや知るでしょう!」
「明日公瑾に知らせても遅くはあるまい。誰か公瑾に知らせるものがいたら、半年分俸給をさっ引くぞ」
「……」
「子敬、ぼくを助けてくれるよな」
「よろしいでしょう……しかし、少なくともテントの内外の警備の責任者の呂蒙には知らせましょう。でないと誤解を招きます」
「それはよいな」
 孫権は申しつけた。
「子明には必ず言うのだぞ、明日大都督に知らせよ、さもなければ半年分の減俸だとな」
「わかりました」
 魯粛は汗を拭きながら走って行った。
「ああ」
 孫権は振り返ってそばの周泰に声をかけた。
「わしはみなと楽しみたいだけなのに、こうも複雑なことをやらねばならぬ。君主とは難しいものだなぁ」
 わずかな時間で、孫権はついに望んでいた場所にたどり着いた。テントから遠くなく、比較的静かで、視野は広く開けていて、テントの中の様子がはっきりとわかった。
「距離はちょっと遠いな」
 孫権は頷き、満足した。だが、様子を窺うのに熱心ではなく、孫権は自分で思うことがあった。数年来かれは周瑜との間に発展させてきた感情があった。しかし、周瑜は兄としての姿勢を崩さずに落ち着いて事態を受けとめていた。それが孫権には悩ましかった。あらゆる手段さえも使って、試しても、毎回孫権が勝利を得たと感じたときには、周瑜はするりと水で泳ぐ魚のように手の指のあいだから流れて、逃げてしまう。
 昔のことだが、周瑜は将軍府で孫権と一緒にベッドで眠ってくれた。今では千回万回呼んでも来ない。公瑾はなぜこんなに防備にまわるのか。孫権は長いため息をついた。まさかほんとうに恐れているとか?もし恐ろしいなら、いつも公瑾はぼくに優しい丁寧な言葉で大事を話しているし、目は想いがこもっているし……。かれもぼくを恐れたりしないのは、情と義とで藻掻いているときだけだ。ぼくはかれの力に少しでもなりたいのだ。公瑾は無意味なごたごたから早く抜け出して、胸の内を解放して、明日の春の花のように鮮やかに笑って欲しい。
 それから孫権は自分の前にいないときの普段の周瑜の様子を見ることにした。諸将と楽しみを同じくするとき、どんな様子なのか。主公として、恋人としても、偏って信じることも、偏って聞くこともしてはならない。彼を知り己を知ればまさに百戦して危うからず。朝堂での公瑾、将軍府での公瑾、目の前のこの酒器を持ち上げている公瑾はかならず同じではないところがある。孫権が突破口を見つけられるかも知れない。一気にゲットできるかもしれない。
 やっぱり公瑾はぼくがいないときのほうが少し思い通りに笑っていて、孫権は大きなテントのなかで周瑜が立ち上がり酒器をみなに向けて酒を勧めているのが見えた。目は微笑んでいて、全身暗紅色の錦袍に包み玉樹臨風としてますます際立ち、その美しさは人の心をかき乱した。
 笑いたかったら笑う。なぜこんなに笑っているのが心に気にかかるのか。世間には無頼の徒も多いというのに、公瑾は思う通りに世間に縛られず、いやでも惹かれてしまうものの想いが、ぜんぜんわかっていないのだ!
 孫権は続けて注意して観察した。もっとも注意したのは周瑜の周りの人達の反応である。みなのものは自然と星たちが月を取り巻くように周瑜を囲んでいた。多くのものは尊んで敬重して見ていた。
 これはよし。わが江東はやはり正人君子が多いな。それはこの呉侯の指導がよいからだな。みんな風紀がとてもよろしい。孫権はすこぶる慰められた。目線が一回りした。突然釘付けになった。周瑜の右手のお客人の席には蒋幹が座っていたのだが、彼は酒を飲むのに夢中であった。周瑜が振り向いて、蒋幹に何か話しかけた。蒋幹が突然ものすごく喜んだ顔になった。次にはある者が宝剣を捧げもってきた。周瑜の席の前に差し出した。周瑜は立った。顔は酒を飲んだせいでほんのりと紅く染まり、口許には笑みがこぼれていた。片手で剣の柄を握り徐々に抜き出した。ゾクゾク人に迫るような宝剣の光がかれのとても整った顔立ちに映えて、知らず知らずのうちに孫権には妖媚の二字が浮かんでいた。
 かれはどうしてぼくにこんなふうに笑ってくれないのだろう?ああああ、かれは蒋幹に対して邪気を含んだ笑い方をして、いったいなにをしようとしている?
 周瑜は手に宝剣を持ち、席を離れて、真ん中に立った。突然剣を振るい舞った、袂がふわりと浮かび、剣は虹を描いた。見ていた諸将達は感動して拍手し、好と叫んだ。
「大都督英武!」
「大都督の剣法はさすがだ!」
 賞賛の声がやまなかった。
 かれは蒋幹のために剣舞をした!かれはぼくのために剣舞をしたことなんかないよ!孫権の脳内ではブーンと少し音が鳴り響いた。江東の大都督の身で、普通の来客をもてなすのに、自ら剣舞をする必要があるのか?ほろ酔い加減で、足元もちょっとよろめいて、しかし、美しい、本当に美しい。人は玉の如く、その剣は龍の如く、身の凍るような光が深紅の身の前で上下する。玉山が傾き倒れる様、また地面から起き上がるさま、その身は微笑みのうちに上昇回転し、じっと集中していた。とても離れているのに、人心を惑わす蠱惑的で感動的な美しさだった。
 孫権は一時うっとりした。酔い痴れるが如く見ていた。周瑜が剣を収めた後にも、まだ落ち着きを取り戻していなかった。もし公瑾が自分の歓心を買おうとするなら、ぼくはなんでもあげちゃうのにな!孫権はぼんやりと考えながら周瑜が席に戻る姿を眺めていた。それから周瑜が蒋幹の前で何か言っているのを見た。そして、蒋幹ーー蒋幹はぼーっと府抜けている!孫権は突然はっきりと目が覚めた。目を擦って子細をもう一度確かめた。蒋幹は本当にぼーっとしている。その上、口からよだれまで流れ出している!彼の薄ぼんやりとした目はいったい何を意味している?!
 孫権はただ事ではなく怒った。この蒋子翼め、おまえはわが江東に来て、曹操のために命がけで我が大将を引き抜こうとしただけでなく、スケベったらしく公瑾のことを見つめて、いったい廉恥心というものがないのか。やはり曹操が用いるのは才のみで徳を知らぬものか、ちょっと見てみろ曹操がよこしたこの説客の徳行とやらを!
 しかし、公瑾はなぜ彼にむかって機嫌がよさそうなのか。まさか公瑾には蒋幹の凶悪な野心が見えていないのか?
 孫権はこのとき大きなテントの中に突撃していけないのを深く恨んだ。蒋幹を周瑜のそばからひっぺはがして、長江に投げ込んでスッポンたちの餌にしてやりたかった。公瑾はどうしてまだ奴の手を握っているのだ。そんな奴の手は握るものではない!
 孫権は怒ることもできず、しかとて見続けてもいられず、周泰を連れて袖を払って去って行った。