策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 六十 需要愛先生「思為双飛燕」

三十七章 取暖 暖まる

 孫策の死後、江東六郡では非常に多くの人々が敵となって今にも動き出そうとしていた。多くの者は孫権が若い主で弱いと見て、孫権の出す政令をこっそりと行わなかったりしたり、もしくは公然と反抗してきたりした。孫権はこれらの人を落ち着かせて安堵するのを主とし、征伐するのは次とした。ただし、歯ぎしりするほど悔しかった。父上が亡くなったときの未亡人となった母上と孤児が冷たくされる、あの一幕が再現された。幸いに今の孫氏はかつての孤独で漂泊していた孫家の比ではない。孫権を慰めたのは、始終一定の人達が動揺せずに孫権の後ろに付き従っていたことだった。
 建業を落ち着かせて、地方に命令を下し、恩恵を施すほか、さらに威儀をもって政策を施行した。周瑜はずっと忙しくて片づかず、些細なことは気にとめなかった。ある日小喬が控えめに周瑜に言った。
「夫君は公務で忙しく、多忙で休みもありません。月の殆どは将軍府に暮らしていらっしゃいます。どうか身体にはお気をつけてくださいな」
 周瑜は不意にはっと気づいた。数日間自分の屋敷で過ごすのを除くと、一ヶ月以上知らないうちに、夜もいつも将軍府で過ごしていた。あるときは孫権に至急相談したいことがあると夜まで引き留められたり、あるときはなにも急ぎのことがなくとも、孫権孫策の当初の国土開拓の策を教えてほしいと言ってきて、周瑜も気分が乗って夜中まで話し込んだりして、泊まったり、またあるときは、群臣を集めて宴を開いて飲み過ぎて泊まったり……。
 呉国太が孫権に兄と思って仕えよ言ったとはいえ、臣下の身で毎晩主公の家に泊まる道理はどこにもない。それから泊まるのは避け始めた。
 孫権は最近すっきりしない。ひどくすっきりしない。明らかに自分が様々に好意をもって近づいていたのに、周瑜も喜んで受け入れていた。将軍府は気に入らないのか?自分の表現がダメなのか?いったいなんで周瑜は自分から距離を置くようになったのか?孫策の喪が始まってまもなく、気持ちがすっきりしない。孫権は出せるかぎりの精力をもって周瑜がなぜはっきりと将軍府に常駐しなくなったのか、何も言わず去ったのか探りはじめた。孫権とて直接問うのは好ましくない。腹立たしい余り、悩みが動力となって、いつもの倍、勤勉になった。本来孫策が亡くなったのは孫権にとってひどい打撃だとわかっていた。呉侯の位についたあとは、悩みに継ぐ悩みで、心情は依然として荒れていた。加えて周瑜に遠ざけられて、連日の辛労があった。孫権はずっと周瑜が病に倒れるのではと心配していたが、結果周瑜は倒れず、孫権自身が倒れてしまった。
 病状は急に悪化して、呉国太は気が動転してしまった。長男が亡くなり、次男が呉侯の位を継いだばかりで容易ではなく、突然病に臥すとは。孫権は夜に書房でいきなり倒れた。呉国太はすぐに秘密裏に医者を呼び、医者は孫権のこの病気はすぐには治らないだろうと言った。時局は緊張しており、呉国太は誰にも知らせたりできなかった。焦った余り、周瑜が最も頼りになると思いつき、周瑜を密かに将軍府に召した。
 周瑜はベッドに横たわり、顔色が蠟のような黄色みを帯びた孫権をみて、非常に驚いた。すぐさま医者に問いただした。医者は風邪をひいたのだろうといい、ほぼたいしたことはない、と。しかし、孫権は最近肝機能がひどく亢進し、考え事も多すぎて、精神力、体力ともにいささか不足している。しばし静養する時間が必要であり、最も重要なのは心が平穏になり、再び精魂の限りまで疲労しないことである、と。
 孫権は直接聞いていて、布団をはねのけて、怒鳴った。
「なにがしばし静養する時間だ。おまえたち医者はわざと大袈裟なことを言って人をびっくりさせる。おっかなびっくりとして。こんなちっぽけな風邪くらい……」
 話が終わらないうちに、無理やり身を起こした孫権は前に倒れた。周瑜が素早く受けとめ、医者に目配せした。医者は赦されたとみて喜んで逃げ去った。
 孫権は悲しみと辛さでいっぱいで不満を募らせた。
「小さいときから病気になんてならなかったのに、肝心なときに病気になるなんて」
 振り返って周瑜を見てちょっと驚いた。孫権はますます辛くなった。
「顔色があんまり良くないんだ。公瑾見ないでくれ」
 周瑜はすぐに目を伏せがちにして、孫権をベッドに横たわらせた。
「明日城の南方で程普将軍のための行事があります。主公みずからのおでましが必要です」
 孫権は頭を上げた。
「もちろん行く」
「わたしは行かないほうがいいと思うわ」
 呉国太はため息をつきながらこぼした。
「そんな病弱なさまで出ていったら見た目が悪いわ」
「奥様の仰るとおりです。そこで、わたしが一計を案じますに、明日はまさに雨を祈願する時期です。われわれは主公と似た者を選んで城の外の山頂で雨降の祈祷をし、ならびに程普将軍の凱旋帰還を祝いましょう。程普将軍と主公は離れたところからあいさつすれば、人の口を塞ぐことができましょう、またしくじることもありますまい」
「その考えはよい。ゴホゴホ!」
 孫権は横になるなり咳をし始めた。
「アイヤー、もう話すのは止しなさい」
 呉国太は子どもが愛おしくてならなかった。孫権は無理に呉国太に笑顔を見せた。
「お母さん、焦って怒ったりなんてなんの病気さ。心配しないで。早く戻って休みなよ」
 振り返って周瑜にも言った。
「公瑾、あなたが前に言った推挙したい人って、どんな人?」
 呉国太は言っても聞かないし、孫権周瑜と仕事の話をし始めたので、自分の部屋に戻った。
「主公はお身体を大事になさってください。このことは後日話しましょう」
 孫権は呉国太が行ってしまってから、表情が急に活き活きとしてきた。
「公瑾、さっき見ていたけど、ぼくの顔にけがはある?」
「主公……」
 周瑜はちょっとためらいながら話した。
「病気の時に落ち着いていられないのは、先の主公と似ておられます」
「えっ……」
 孫権は黙って、にわかに声も変わって一変した。
「公瑾はぼくの力になってくれるよね?」
「もちろんです」
「じゃあ留まってお話ししてくれるかな。医者は肝機能がひどく亢進して、考え事のしすぎだって。でも医者は知らないんだ。公瑾がいてくれるときはぼくは心が落ち着くんだ」
「……」
「どう?」
 一時間後、孫権はぼーっとベッドに横たわっていた。横たわる孫権のそばで周瑜があの魯子敬という人はナントカカントカと話していた。孫権は丸薬を服みどうしようもなく疲れていて天からの音楽のように聞こえていた。一文字も耳に入らない。意識は完全に昼寝寸前で、孫権の手はあたりをしばらくまさぐり、ついに周瑜の手に触れた。きゅっと両手でつかんだ。周瑜孫権の手を解こうとしたが、最後は動かずにいた。