策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 七十 需要愛先生「思為双飛燕」

四十七章 説客(下)

 翌日の昼、将軍府の中から怒声が聞こえてきた。
「なに?!同じベッドで眠っただと?!」
 報告した兵士は思わずびっくりして後ろへ下がった。この目の前の若い呉侯は彼の話を聞くなり突然激怒したのだ。めちゃくちゃ怖い! 
 茶碗が飛ぶ!
 竹簡が投げられる!
 机がひっくり返された!
 孫権は三つの動作を一気呵成に行った。振り返って壁に掛けてある宝剣を抜き出して、兵士に突き出した。
「言え!まだなにかあるのか!」
 その兵士は驚きの余り震えていた。
「な、な、ないです。そ、その、だ、大都督は酒を飲んで酔って、テントに泊まり、蒋幹も引き留め、む、昔話に興じて……」
「飲んで酔っ払った?引き留めた?」
 孫権の声はだんだん変わった。のどから絞り出されるようであった。剣を握って一振りした。
「大都督のテントまで行くぞ!」
 孫権はあたふたと大都督の駐屯地まで行き、直接テントまで行った。しかし、そこの兵士が周瑜はテントの中にはいない、長江の岸辺に行ったと報告すると、孫権は二の句も告げずに馬の首を返して長江に向かった。長江に来ると、孫権は何人かのものが渡し場に立ち、一艘の小舟がゆっくりと江の中心まで流れていくのを見送っていた。
 数人のうちに暗紅色の錦袍を着ているのがまさしく周瑜であった。孫権は馬から降りて真っ直ぐやってきた。
「公瑾はなぜここにいるのだ?」
 周瑜は微笑んだ。
「これは主公、わたしは子翼が江淮に戻るのを見送りにきたのです」
「あの船には蒋幹が乗っているのか?」
 孫権は暗い顔をして尋ねた。
「そのとおりです」
 孫権は突然振り返って大声で叫んだ。
「みなのもの!弓を構え!目指すはあの小舟だ。矢を放て!」
「主公!」
 周瑜はとても驚いた。
「主公は何をなさっているのですか!」
「角弩!長弓!一斉に放て!」
 孫権はかっとして怒って叫んだ。
「主公なりませぬ!」
 周瑜孫権の後ろの周泰が背中の長弓を取り出してきたのを見て、急いで体を張って阻止した。
「幼平、だめだ!」
「幼平、矢を放て!」
「主公!」
 周瑜はすぐさま驚きまた怒った。多くのことをかまってはいられなくなった。
「主公、きみはなにをばかなことをやっているんだ!」
周瑜!どけてくれ!あなたはあの悪党に騙されているんだ!」
 孫権は怒りが続いていた。
「幼平!」
 この二人の口ゲンカが止まず、さらに小舟はまだ遠くまで行っていなかった。船上の蒋幹には孫権周瑜の話しているのがはっきりと聞こえた。ただちにびっくりして魂が吹っ飛ぶかと思った。船頭にすぐに加速するよう言いつけた。蒋幹は内心まずいと思った。まさか昨晩書状を盗んだことが呉侯に知られたのではあるまいか!彼の前後の見境がないほどの怒りの様子をみると、あの蔡瑁、張允たちが江東に内通していた手紙は本物だったようだ!天よ!丞相はまだこの二人を信じていて、彼らに水軍の訓練の重責を任せている。だめだ!孫権は殺して人の口を塞ごうとしている。私は必ずや速やかにここを離れなくては!
 焦っていると、空を切る音がして、羽のついた矢が空から飛んできた。周泰はすでに動いていた。蒋幹は頭を抱えて船倉にに潜っていった。水夫に催促した。
「もっと速く!速くだ!」
 その後、蒋幹が曹操陣営に戻って、泣きながらもう少しで殺されそうになった経過を曹操にむかって話した。曹操はそれではっと悟った。やはりな。蔡瑁、張允のふたりは水軍の訓練をしていても、引き延ばして、騎兵と同じではないなどと言ったり、北方の兵士は泳ぐのに馴れていない、効果が現れるにはまだ日にちが必要だとか、江東の周瑜が水戦に長けているので軽はずみに攻めてはならないなどと言って、結果半年経っても変わらない様子だ。曹操自らその二人にまだだめだといつも言っているが、ではいつになったらいいんだ?と尋ねていたが、なんと江東からのスパイだったとは、憎むべし!
 もちろんこれは後日のことで、蒋幹はまだ知らない。当時孫権周泰に矢で攻撃させるだけでなく、部下に命じて船に乗り蒋幹を追撃しようとさえ思っていた。幸い周瑜孫権をなんとか止めた。
 周瑜は怒りで顔が紅くなっていた。
「主公はご存知ですか蒋幹が重責を負って来たのを、彼を殺したいなんて、きみはおかしくなったのか!」
「何の重責だ?曹操のために仲人でもする重責か?」
「きみは!」
 周瑜孫権をつかんで隅へ連れて行き、小声で話した。
「主公!蒋幹は私の所から書状を盗んでいきました。それは曹操にみせるためのものです。すなわち蔡瑁、張允がわれわれとこっそりと秘密のやりとりをしていた証拠です。きみはぜったいに蒋幹を追って殺したりしてはいけませんよ。大事を誤らせることになります!」
「あ?なんだと?」
 孫権はやっぱりそこは聡明なので、蔡瑁、張允は曹操が任命した水軍の提督ではなかったか?と思った。この二人はもともと劉表軍で、曹操に降って間もない。曹操陣営は水軍の人材が乏しいので、重要なポジションをまかされることになった。孫権はいままでこのふたりが江東に何の関わりがあるとも聞かなかった。しかし脳が高速回転した。簡単なことはわからないけれど、こういう複雑なことはかえってお見通しなのである。
「あーー公瑾またあなたは悪いことをーーもともとあなたはーー」
 孫権ははっと息を飲んだ。そしてすこし黙っていた。
「わしはわかった。公瑾はほんとうに人並み優れて賢いなぁ。だから蒋幹と同じベッドで眠って、やつに手紙を盗ませた」
「その通りです」
「計画はいい計画だがな。公瑾、わしはあなたが一心に江東を想っていることをわかっている。しかし、あなたは自分の身分も考えなくては、つまりーー」
 孫権はまたしばらく黙り込んだ。
「次はだめだ」
「何が次はだめなのですか」
 周瑜はびっくりした。
「あなたはわしが大事に大切に想っているひとである。わしはあなたに色香で惑わすような計をして欲しくはないのだよ、公瑾」
「主公はなにをばかなことをおっしゃっているのです?」
 周瑜は苦笑いした。
「わからないふりをするなよ。ぼくは昨晩大きなテントの近くまで行ったんだ。蒋幹が分不相応にあなたをみていたよ。公瑾、わしに言うんだ。昨晩彼はあなたに何もしなかったか?」
「孫仲謀!」
 周瑜はこのとき怒りで鼻も歪んでいた。
「きみは一日中ずっと妄想ばかりして、天下の人がきみと同じと思うなよ!」
「ぼくはべつに妄想なんてしてないよ、ぼくはこの目で見たんだよ」
 孫権は不満に思った。
「あなたは気づかなかったのか?あの蒋幹が欲に満ち満ちていた様子は誰にでもわかったはずだよ。奴は昨晩何もしなかったのか、公瑾、公瑾行かないでくれよう!あなたはわしを信じてくれ。わしの心は鏡のように透き通って明るいぞ。奴の様子、奴の徳行、わしはよく知っておる!公瑾、公瑾!」

 その晩、家僕が応接間に報告しに来た。
「だんな様、呉侯が門外でお待ちです」
「会わぬ!」
 周瑜は手の中の竹簡を放り投げた。
「門外に立たせておけ」
 夜になり、家僕がまた報告に来た。
「だんな様、呉侯はまだ門外にいらっしゃいます。暑気あたりしそうですよ」
「会わぬ!」
 周瑜は食事中だった。手にもっていた箸を放り投げた。
「暑気あたりにでもさせとけ」
 しばらくして、家僕がまた報告に来た。
「だんな様、呉侯は本当に暑気あたりしそうです」
 このとき、孫権は都督府の門外に立っていた。頚を長くして眺めていた。
「どうしてまだ出てこないのかな?もうそろそろ出てもいいころだ。あ、幼平、なにをそんなに眉間に皺を寄せている、話があるなら申せ」
「主公、わたしにはわかりません。なぜ主公は長江の所で大都督に大声でどなっていたのですか」
「これは話せば長く奥深い事情でな、ぼくときみとでもはっきりとは話せないな、幼平よ、きみは知っているか人の心は人間のもの、歳月は無情、堅く節操を守る人でも寂しさに耐えかねて、ついにはみだらなこともするのだよ」
「寂しさに耐えかねて、ついにはみだらなこともする?」
 周泰はびっくりした。
「主公がおっしゃっているのは大都督の家庭のことですか?」
「孫家の家庭のことだ」
「しかし……大都督夫妻は挙案斉眉(お盆を眉の高さまで捧げる)、賓客の如く相い敬する礼儀正しい仲だと、世間のみな知るところ……」
「賓客の如く相い敬するとはいいかえればこの上なくつまらないだろ?」
 孫権は話が終わる前に、すぐさま、ニコニコ顔になった。
「公瑾出てきたな!」
「主公お帰りください」
「あなたが出てきた、それなのにお帰りくださいとは優しくないな。わしはあなたと話したくてこんなに長く立っていたんだぞ。どうしてあなたに会ってここで帰ったら、笑いものになるだろう。公瑾はきっとわしを笑いものにはしないだろうね」
 周瑜は身を翻して中へ入っていった。
「わしがすんでのところで大事を誤らせそうだったのは、わしが悪かった。公瑾、公瑾はわしに入るなとは言わないよね」
 孫権周瑜のあとについて門の中へ入っていった。