策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 四十六 需要愛先生「思為双飛燕」

二十三章 挙賢 賢士を推挙する

 いささかの波瀾曲折を経たものの、呉郡の境目までやって来たとき、孫権はまったく意気阻喪もしていなかった。彼は随行の者達に言った。
『今は乱世で相争っている、それはみな仕える主のためにである』
 孫権は陸家の屋敷にも事の道理をわかっている者がいると信じていた。きっと全員があの盗賊の陸議のような者達ではないと。
 屋敷で名刺を差し出してから、程なくして、主の陸休が庭の見える客間に茶を用意してもてなした。孫権が客間に入ると、すっと冷えた空気を感じた。小さな客間だが、中も外も人がいっぱいで、表面上は遠くからの客を厚くもてなすようにみえて、鉄の桶のように固く陣を敷いていた。手のひらに冷や汗をかいた。
 これはぼくをおどかすためにか?孫権はこっそりと冷笑した。胸を張って頭を上げて客間へ進んだ。遠くから白い袍の老人が主座に座っているのが見えた。そして描いたような眉の少年がその後ろに控えていた。
「あ、おまえのこのこと出てきたな!」
 主の反応を待つまでもなく、遠来の客の孫権は二、三歩で客間へ飛び込み、少年を指差して怒鳴った。
「ぼくの馬を返せ!」
 少年は弱みをみせることを良しとせず、白眼視で対応した。
「もう馬肉のスープにして、昨晩みんなでわけて食べたぞ」
「食べたのなら、吐いて返せ!」
「吐かない!なんだおまえは」
「恥知らず!」
「おまえこそ恥知らず」
「お、お、おまえー」
 孫権は普段は言語が巧みだと自分では思っていたのだけれど、このときは怒りすぎて言葉が出てこなかった。
 座っていた老人は我慢しきれず、怒鳴った。
「伯言、無礼なことはやめなさい」
 もともと陸休は孫策の弟が来ると聞いて、孫権に一発威勢を示さんと、家来に申しつけて陣を敷いていた。はからずも孫権が目の前に現れると、背丈もまだ足りない少年で、顔も幼く、陸休はちょっとこの陣容はやりすぎだったと後悔した。弱いものいじめの嫌いを免れない。また孫権と自分の族孫の陸議の口ゲンカを聞いていると、陸議は孫権の何かを取ったようで、道理も礼節にもかなっていない。
 しばらくして、客間の家来と武人たちは尽くさがらせた。陸休は陸議にいくつか説教した。また孫権の乗っていた馬はどこにあると問うた。陸議は恭しく答えた。あの馬たちは後院の厩の中にいます。孫権は長いため息を吐き出した。馬は貴重なもの*、もしなかったら、自分の持っている旅費では買い戻すのに足りなかった。
 孫権はその陸休と型通りの挨拶を済ませると、いいひとに会ったとおもい、やっと安心して座り茶を飲んだ。しかし、半分の茶を飲まないうちに、孫権はわかった。なるほど陸家の人はみな同じだ!陸休は表面では遠慮していても、言葉では少しも曖昧なところがない。本来孫権は我慢して過ごすつもりだったが、陸休が自分のうちのお兄ちゃんを深謀遠慮がなく、力自慢によく戦うだけの奴だと皮肉ると、孫権は我慢できなくなり、さっとひと息に大声で言い放った。
「鴻鵠が鯤鵬の志を、どうして知り得ようか!」
 陸家の屋敷はあちこちで鳥の声もなく静まり返った。陸休はしばししかめっ顔を崩した。幸い彼は人間ができた人だったので、怒ることはなかったが、顔色は青ざめさせていた。
 孫権は自分がどれだけ無作法かわからなかった。ただ、今日一人で陸家に突入するのに、彼は準備してきていて、来るまでに話の内容を一文一文練習してきたので滔々と語ることができた。
「当年我が父は戦場で力をふるい、漢室に忠節を尽くしたことは天下の皆が知ること。しかるに危機の時に、一兵一卒の助けも得られず、未亡人と孤児となり、誰が憐れみ同情するでしょう?我が兄は身分が低く両手を上げて、あちこちに転戦し、今やっとかすかに名声を得ています。どうして一地一城の得失、一官一爵の位に拘りましょうか?!孫家のものはこれほど多年にわたり戦ってきて、各地方で罪を為しても、自分勝手に権力を振り回したり、卑劣下品なことをしたとは、おじさますこしでも聞いたことはありますか?武将は義を崇めるもの。それぞれの主に尽くすのみ。どうして罪がありましょうか!いわんや兄の志は遥かに高く……」
 陸議は冷笑しながら言う。
「天下の人はもちろん令兄の志を知っている。令兄は何度も何度も袁術に官職を願って許されず、恐らくは笑いものとなっているだろう」
「笑いものとすべきは袁術
 孫権はほっぺたをふくらませて言う。
「英才を知らず、天子を都落ちさせ、宝剣は箱から出されず、これは人主の過ち。我が兄になんの過ちがありましょう」
「まぁ、すべておまえに道理があるとして……」
「伯言!」
 陸休はは陸議の話を止めると、孫権の方へ振り返って問うた。
「お若いの、令兄の本当の志を述べないのかね?」
「もちろん漢室の社稷を扶け、天下を平らげて清めることです」
 孫権はすっくと頭を上げて言う。
「これはまた我が兄の志であり、天下の仁士、志あるものの共同の願いです」
「うっ……」
 陸休はしばし黙った。
「その言を聞き、またその行いを、見なければならぬ。お若いの、今日の発言はわしはしかと覚えましたからな。誰かある」
 陸休は手を振った。
「二百金を持ってきなさい。伯言のお若いのの罪のつぐないとする。その実わしとおじさんとはいつも付き合いがあって、彼がきみのことを言っていたのを聞いてもいた。今日会ってみて、おじさんの言うことに嘘はないとわかった。そうだ。お若いの功名は建てたことがあるかね?」
「功名?」
 孫権はびっくりした。
「そ、それはまだないです」
「え、その実、お若いのの才を以てすれば、早くに推挙されるのがよい。わしが手紙をひとつしたためて、郡守さまにお若いのを孝廉に推挙してもらおう。お若いのどうじゃ?」
「あ?」
 孫権は驚いてぴくっとした。まさか陸休が自分の話を聞いてくれてまもなく、わずかな時間で自分の推薦人となろうとしている。
「それでよろしいんですか?」
「なにが不都合なことがあるかね。どれほどの凡才俗人が推挙されたときでも都合が悪いとは言われない。お若いの謙遜なさるな」
 孫権は内心密かに喜んだ。あわてて態度を改めて整え、長揖の拝礼をした。
「これはありがとうございます。陸大人」
 これには陸休が驚く番だった。もうはや笑納しおった。二、三度断っても多くないのに。やっぱりこどもだな。陸休は陸議に言いつけた。
「速やかにお若いのの馬を返してやりなさい」
 陸議は陸休が以前から孫権のおじさんの呉景と付き合いがあるとはまったく知らなかった。呉景が陸休に孫権の推挙を頼んでいるとも知らなかった。少しめまいがした。ただ、陸休はすでにこう言ってしまったので、腹立たしくも命令に従うしかなかった。
 孫権は陸家の屋敷を離れる時、意気揚々としていた。出世も順風満帆だった。馬に乗るなり、急いで側の侍従に言いつけた。
「ぼくが手紙を三通書いたら、ひとつはおまえが早馬でお母さんに届けて見せて、孫鳴に持たせて一通はお兄ちゃんにと、あと一通は舒城の公瑾の屋敷に届けさせて」
 その侍従はちょっと不思議に思った。
「二公子、手紙を書いて奥さまにと大公子にで十分では、なぜ周公子の屋敷にまで送る必要が?」
「おまえは何もわかってない、公瑾は身内だ」
 言っておいて露骨すぎると思い、孫権は付け足した。
「当年、周家の屋敷で勉強した、公瑾には多くを教わった。人は初心を忘れてはならない。いまちょっと戦果を得たのだから、もちろん一声知らせておくべきだろう」
 侍従はしきりにその通りだと褒めたたえた。目を回して言う。
「そうだ。二公子、わたしは陸府のあの小公子、周公子とちょっと似て美しいですね」
「馬鹿をいえ!」
 孫権は笑った。
「公瑾は天人の姿、どうして馬泥棒とくらべられよう」
 言ってから孫権はぼーっとした。一時天外に思いを馳せ、思わずブツブツと呟いた。
「思うに、もしぼくが出仕したら治績も良くなければならない。手紙で公瑾によくよく教えてもらったほうがいいかも」
 半月後、孫権周瑜から返事をもらった。返事では周瑜はこう言っていた。彼は孫権は伯符の弟と認め、また、生まれつき人より聡明で賢く大胆、無論なんの官職でも必ず期待以上だろう。役人はもちろん民に幸福をもたらすものである。治所を太平にし、百姓を安んじてそれぞれの業を楽しむようにするのが役人の徳である。
 孫権周瑜が錦帛に丁寧に書いた返書を読んだ。龍が飛び鳳凰が舞うような筆跡を透かして目の前に周瑜孫権に向かって微笑んでいるのが見えるようだった。孫権が役人として出世して、功業を建てるようにはげましているようだ。
 ぼくはすごい徳があるなぁ、孫権はうっとりした。これは公瑾にもうちょっと理解して貰わないと。
 翌年、満十五才になった孫権ははたせるかな孝廉秀才に推挙され、陽羨の県長に就任した。孫策は手紙で孫権孫堅の旧部下朱治を付き従えるように言ってきた。お母さんと家族を連れて、陽羨に着任へと向かった。



*この、馬は貴重品。と言うことばは伏線で効いてきます(笑)