策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十五

比翼 中

「オレの帰りを待ってろよ」
 周瑜の頰に乱れた幾筋かの髪を耳の後ろに掻き上げ、孫策は軽く周瑜の額に口づけた。
「かわいこちゃん、週末会おうぜ」
 ごく軽いドアを閉める音がして、孫策が起きたときにはすでに目覚めていた周瑜はやっと目を見開いた。さっき口づけられた場所をさすりながら、彼はどうして目を開かない開こうとしなかったのか自分でもわからなかった。だがこっそりと孫策が口づけしてくるのを待っていたのはさらにおかしくて、「恋愛中の女の子でもあるまいし、ふん」と呟いた。
 孫策が留守で、周瑜は独り自宅で過ごすのが特別苦痛に感じた。ソファの上にダウンコートが置きっぱなしになっているのを見て、彼は早々にスーツを買いに行くことにした。
 少しは名の売れたスタイリストとして、周瑜はファッションを選び抜く有名人ですでに手慣れていた。でも、ただ孫策一人のために服を買うとなると、いつものようには決めかねるのだった――この暗紅色のジャケットと孫策は雰囲気がぴったりだ!この灰色のセーターのアクセサリーと孫策のピアスはきっと似合う!この茶色のエナメルの靴は孫策の黒のジーンズと合わないだろうか?待て待てこのリバーシブルも悪く無さそう。
 午前中出歩いて、もうすぐ行かないと仕事に間に合わないという時間になった。周瑜はついに二着の細々と違いのあるスーツを選び、二着とも買ってきた。
 夕方家に帰ると、周瑜は二着のスーツを掛けて見てみた。スーツをじっと見ながら、孫策が帰ってきて試着する様子を想像した。彼は思わず小声で呟いた。「策策、早く帰ってこいよ」
 「小瑜児~小瑜児~電話だぞ~策策哥からだぞ~」
 楽しそうに通話ボタンを押した。周瑜は何度も孫策に自分のスマートフォンにいたずらで録音するなと文句を言ったが、その実全然変える気もなかった。
「策策兄さんは疲れて死にそうだ!何件も実験が続いて、今晩は実験室で寝ることになりそうだ!」
 電話口での孫策の声からは疲れた様子が伝わってきた。だが元気いっぱいな口調は保っている。
「根を詰めるなよ、できるだけ早くやすめるものなら休めよ」
 ちょっと心配して孫策にアドバイスした。周瑜ははっきりと彼に何ごとも少しずつできることからするのがよい習慣だとはっきり言った。
「疲れちゃってもうダメだぁ、オレは早く実験を終わらせて小瑜児に会いに帰りたい!」
 甘えた声が電波から伝わってきた。周瑜は自分と離れたところで孫策がおかしな顔をしているのが見えるかのように感じた。
「そうだ、わたしは今日スーツを買ってきたんだ。二セット、どちらもきみは気に入るよ」
 目線を近くのピンとしたスーツに移す。ダブルベッドでゴロゴロする周瑜はますます孫策が早く帰ってこないかなと想った。
「アイヤー、それじゃあオレさらに頑張らないとな、週末前にきっと帰ってみせる!」
 周瑜がすでに自分にスーツをちゃんと買ったと聞いて、孫策はすぐに元気になった。
「わかった。待ってる」

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十四

 比翼 上

 陸遜は自分がどうやって家まで帰ったのかもわからなかった。寒い夜の中、孫尚香の涙混じりの声がずっと脳内に残り続けた。あのような抑えきれない哀しみ、まるで心臓に針を刺されたかのような。そしてずっと彼に思い起こさせた。周瑜のたまにいたずらっぽい笑顔の中にはどのくらいの絶望と嘆き悲しみが隠されているのか。蜜月のあの空虚な華やかさの装飾の下にはどれくらいの優しい過去が埋葬されているのか。
「明日はわたしの大兄ちゃんの七回忌なの。瑜兄さんは毎年いつも前日にお参りに行って、自分で作った新しいスイーツをお供えするの」
 パソコンの画面はすでに暗くなっており、陸遜は画面を明るくしようともせず、マウスを動かそうともしなかった。彼は自分の心の中で壊れそうなほどの辛さがどこから来るのかわからなかった。自分がどうして孫策という会ったこともない人物のために涙を流しているのかもわからない。

 おまえは今まで彼と兄弟を名乗ったことはないだろう、違うか?
 おまえは今まで彼とケンカして仲直りしたこともないだろう、違うか?
 おまえは今まで彼と肩を並べて夢や理想を語ったことがないだろう、違うか?
 おまえは今まで微笑みながら彼のためにお茶を淹れたことがないだろう、違うか?
 おまえは今まで彼と共に旅の途中の風景を眺めたことはないだろう、違うか?
 おまえは彼と一緒に両親の愛に包まれたことはないだろう、違うか?
 でもなぜ涙は止まらないんだ?
 でもなぜ眼はもう痛くてたまらないのに心の中の激痛は半分にもへらないんだろう?
 それは孫策周瑜幼年時代、少年時代、そして青年時代を身近に追ったからだろうか?
 それは自分の心の中で二人の未熟で青く、多彩で、そして深味わい深い愛情に惹かれたからだろうか?
 それはあのようなあまりにも美しく温かい物語を聞いてしまい、最後になって初めてそれはもうすでに残酷に粉々になってしまったとわかったから?
 
 陸遜はいつも人を春風のように爽やかな気分にさせる周瑜のことを思い起こす。
 すでに自分のような些細な傍観者ですら耐えられない心臓をつかまれるような鋭い痛みを覚えたのに、あんなに本当に孫策と共に美しい想い出を過ごしてきて、さらに輝かしい未来にも向かっていた周瑜が、七年前にどんな姿で真に愛する人がだんだん氷のように冷たくなっていく身体を見守っていたのだろうか?
 冬の早朝、もうすぐ春だが依然として骨に染み入る寒さだった。
 冬の空、もうすぐ春を迎えようとしているのに、暖かい陽光の時間は来なかった。
 眠れない一夜はついに終わり、周瑜との約束を思い出した。陸遜は今日どのようにあのいつも微笑んで自分を揶揄う美しい男性と向き合えばいいのかわからなかった。
 その日の蜜月はとても特別だった。巨大なガラス窓から中が見える。店には孫尚香孫権も不在だった。入口の「本日は休業」の看板も陸遜が唯一の客だと暗示していた。
 陸遜は注意深くドアを推して入った。カウンターには全身黒服の周瑜がいて音に気づいてやって来た。陸遜は自分を招き寄せる彼の手を見つめた、やや青白い顔には依然として人を安心させるような笑顔が浮かんでいる。
 前もって予告もなく、まだ腫れのひかない眼から再びぽとぽとと涙が溢れてきた。陸遜はカウンターには駆け寄り、思った。目の前の優しくたくましい男性に、彼は周瑜の背を叩きながら言いたいと。
「瑜兄さん、泣いてもいいんだよ?」
 だが、陸遜は温かく笑う周瑜はもうそれ以上泣けないのだとわかっていた。涙もすでに七年前に流し渇ききったのかもしれない。過去の二人の甘やかさもすでに未来の独りぼっちの生活を支えるのに足りたのかもしれない。陸遜はさらに自分にはけっして成熟した周瑜をして勝手気ままに喜びや悲しみを表すような振る舞いをさせてあげることはできないと思った。唯一その資格のある人間はこの世界にはもういなかった。
「瑜兄さん……」
 なにもできないという絶望感が心の中に広がり、耐えられなくなった陸遜は口を開いた。だが掠れた声でそっと呼んだ後それ以上何を言うべきかわからない。
「遜くん、彼を連れてきたよ」
 心臓の上のポケットから一枚の写真を取り出した。
「ごめんね。孫策はもういないんだとずっと言わなくて、本当のところいつ言うべきかわからなくて……」
 陸遜はその写真を見つめた。今まで自分の頭の中で想像した人物、太陽の光よりも暖かい笑顔人がいるのだ。なみだがまた溢れてきて、周瑜の手から受け取る勇気が出なかった。
「瑜兄さん、あなた方は……」
「七年だよ、今日は彼の命日なんだ」
 指先で写真をなぞった。周瑜の声は微かで哀しみの色は聞こえなかった。
「これは彼が満二十五歳になったばかりの写真だよ。撮した時もうすぐ就職だからわたしに写真用のスーツを買ってくれと騒いでいたよ」
 まるで写真の中の人物に不満を言うように、周瑜はぶつぶつと言った。
「でもねぇ、年をとらない人はスーツを着る資格もないんだよ。本当にずるいんだからきみは、これで永遠にこの複雑な社会に足を踏み入れることはなくなったんだからね?」
「瑜兄さん」
 周瑜をそれ以上みていられなくて、陸遜は彼の震え始めた手をすぐにつかんだ。
「あ、ハハわたしとしたことがもう少しできみに七つめのスイーツを紹介し忘れるところだった」
 落ち着きを取り戻すと、周瑜はカウンターの下から白鳥の形のシュークリームを取り出した。
「これは比翼だよ。申し訳ないがこのスイーツは本来孫策のためだけにデザインしたものなんだ、でもわたしは本当にこの二羽の白鳥が気に入っていて、比翼という二文字も好きなんだ」
 陸遜はフルーツが添えられた二羽の白鳥を見つめた。一羽は頭を上げ羽を広げ、もう1羽は静かに側に随っていた。見るものには羽を広げた藍色の空だけでなく、ゆったりとした紺碧の波も感じられる。二羽とも影と形のように離れがたかった。

 

 七年前の冬の終わり、突然暖かくなった気候が少し前に大雪の洗礼を受けた街をゆっくりと目覚めさせていった。
 研究生三年目の最後の冬休みが終わろうとしたこと、ダウンコートを鮮やかな薄いコートに着替えた孫策はまた周瑜のマフラーを巻いた首元に顔を埋めて言った。
「小瑜児、もうすぐ大学が始まる、始まったらまた研究室に閉じ込められる、一緒に映画を見に行かないか、どうだ」
孫策、ここは大通りだよ、きみは二十五だよ!」
 くっついてきて離れようとしない上、文句を言うたび甘えてくる孫策をちらりと見て、周瑜は内心こっそり悲鳴を上げた――これのどこがお願いだ、明らかに命令、命令じゃないか。クエスチョンマークもつけない命令だ! 
「大通りがどうしたって、無料のイケメン展覧会だぜ、一度に二人もだ!」
 周瑜の肩に覆い被さってだるそうに身動きした。孫策はウンウンと鼻音をたててまるで我慢している子どものよう。
「きみはなんの映画を観たいのさ?」
 孫策が自分の首元から頭を離そうとしないので、周瑜は彼をくっつけて行くしかなく、おそらく街中の人達がみな周りを囲んでストリートのアートパフォーマンスかと観ていた。
「なんでもいいさ。小瑜児が策策哥と一緒に観てくれるのなら、どんな映画でもいいさ」
 周瑜の手はひどく冷たく、孫策は彼の左手をつかんで自分の大きいコートのポケットに入れた。
「策策哥のあったかい右手がないんだからちゃんと面倒みろよおチビちゃん、冷やすんじゃないぞ」
 午後四時半、人の頭が波打つ映画館には『めぐりあい』という映画の切符しか残っていなかった。ファンタジー映画で大人よりも学生に人気があった。多くの人が腹を立てて帰ってゆく中、孫策は全然興味なさげな周瑜を引っ張って中学生に混じって並び、真ん中あたりに座った。
 血腥い殺戮の場面から始まった。前列の男の子達は美しい女戦士が時空を越えて異世界にやって来て悪魔と戦うさまに興奮し、彼らの側の女の子達は女戦士が異世界での若い勇者との出逢いに両目を輝かせた。戦争が終わると、女戦士は運命により無理やり元の世界へと旅立つ、心より愛する人がだんだんと消えてゆくのを目撃した勇者が独りもとの鏡に立ち尽くす姿は女の子達の涙を誘った。
 百二十分の映画で、百十五分は戦闘、三分は広告と新作情報、最後明かりがつくまで二分、だるそうに座って起き上がろうとしない孫策周瑜が観たのは―― 
 元の世界に戻った女戦士はしばらくして嫁に行き、子どもをなし、平凡な生活を送った。数十年後、真っ白な髪の彼女が孫の女の子に看取られて亡くなった。
 泣き声と祝福の中、武装を解いた老いた女戦士が雪が舞い散る庭を歩く。そこでは、雪の中で彼女を待ち続けた若い勇者が微笑んで両手を広げていた。
「わたしたちはついにまた巡り会った」
 映画館から出て来ると、まだ七時にならない街はすでに夜の色に包まれていた。
 自分のマフラーをちょっと震えている孫策の首に巻いてやり、周瑜はあったかい冬用の帽子を深々と被った。
「きみはこの映画はいったい悲劇だと思うそれとも喜劇?」
「当然喜劇さ」
 考える暇もなく答え、孫策は全身を縮めてダウンコートに身を包んだ周瑜をぎゅっと抱き締めた。
「でも彼らの別々に人生の大半を送ったんじゃないか?」
 孫策に寄りかかりながら、周瑜は何層もの服越しに伝わってくる体温がダウンコートよりずっと暖かいと感じた。
「それでも彼らは最後にはまた巡り会えただろ?それにだな、女戦士には幸福で楽しい人生があった。それに彼女は勇者のことを忘れなかった。平凡な人のように適応した暮らしを送りながら、暮らしの外ではずっと一人の愛してやまない人がいた。どこに残念に思うことがあるんだ?」
 周瑜のまだ冷たい手に息を吹きかけ、孫策は続けて語った。
「宇宙はあんなに無限だし、時間もあんなに無限だったら、本当に会いたい人にいつも特定の時間に特定の地点で会えるのは願いが叶っているだろう。どうしてしばらく別れていてひどく落ち込まなきゃならないんだ。自分を一生閉じ込めて過ごすのか?もし女戦士が元の世界に戻って一生嫁にも行かなかったら、勇者もうれしくないぞ」
孫策、ときどきわたしはマジできみは化学を勉強した理系バカとは思えないときがあるよ」
 孫策の人とは違った思考回路にはまったく驚かないけれど、周瑜は彼がまじめな目つきをしているので思わず揶揄った。
「まるでいっぱい詩を暗記して風流人ぶっては少女を騙す文系女たらしみたいだ」
「オレは孫策だぜ、そんな詩なんぞいらないよ」
 悪ふざけをして周瑜の帽子を引っ張った。ふわふわのつばが周瑜の目線を閉ざした。
「小瑜児がいるから心から抱き合いたいんだな、ハハ」
孫策、きみは二十五だぞ」
 一日のうち二回目の孫策の年齢への注意だった。周瑜はこの人の性格がどうしてその優れた外見や知能と結びつかないんだろうかとわからなかった。 
「そうだ、二日後わたしも一緒にきみがスーツを買いに行くのに付き合うよ。今学期から仕事探しの始まりだろ」
「来週はダメだな、何件か昨晩も急いでいる実験があるんだ」
 悩ましげに頭を引っかき、孫策は大学が始まったらすぐ実験室に閉じこめられるのが相当不満なようだった。
「小瑜児がオレのため選んでくれよ、ついでにオレの他の服も選んでくれ、そうしてくれたらオレは実験を終えたらスーツを着てすぐに仕事探しに行ける」
「それでもいいよ、じゃあわたしが週末大学に届けるかそれともきみが取りに来る?」
 頭の中で孫策のスーツと革靴を身につけた姿が容易にイメージできた。周瑜は自分が愛するこの男こそが理想のスタイルだと認めざるを得なかった。青春のスポーツウェアだろうが、気ままな休日の服だろうが、それとも成熟した職業の制服だろうが、彼はどれでも自分のものに着こなしてしまうだろう。
「当然オレが取りに行くよ、実験が終わったら大学にはいられない。オレはついに戻って仕事探しをしながら小瑜児と……」
 わざと口の端をつり上げながら周瑜の顔に自分の顔を引き寄せた。孫策はもう二人の未来の幸福な生活が手招きしているように見えているらしい。
「きみのその大変な実験を終わらせてからの話だね、色魔!」
 微笑みながら孫策の首にすがりついた。周瑜はやっとディープキスを避けなかった。

学期が始まったその日、孫策が何冊もの専門書と一週間分の着替えをリュックに詰めて出かける支度をしたとき、昼から出勤の周瑜はまだベッドで安らかに熟睡していた。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十三

感謝 下

子どもにとっては、二ヶ月の夏休みは週末と同様にあっという間に消えてしまった。四歳でまだ学校に閉じ込められることのない孫尚香は、この二日は三年生の孫権と同じように辛かった――何でもできる大兄ちゃんと小瑜児お兄ちゃんがもうすぐ家に帰って学校に戻ってしまうのだ。
 夜、布団に横たわっても眠れない孫尚香は木製のベッドの柱を叩いた。
「お兄ちゃん、寝ちゃった? 」
「まだだ、どうした?」
 二人のお兄ちゃんがもうすぐ自分の側から離れていってしまうと思うと、眠れないのは孫尚香だけではなかった。
「お兄ちゃん、まだ小瑜児お兄ちゃんのことが嫌いなの?」
 上の段から降りてきて、周瑜の贈ったピンクのパジャマを着た孫尚香孫権と並んで横たわった。
「ぼく……ぼくは小瑜児お兄ちゃんが大好きだ、もう嫌いじゃないよ」
 恥ずかしそうに孫尚香に背を向け、孫権はかつて周瑜を嫌ったことを悔いて居たたまれなかった。
「大兄ちゃんよりも大好き?」
 孫権の肩にくっつき、孫尚香はしつこく聞いていた。
「違ってたっていいだろ!」
 孫尚香にじっと見られて怒りだした孫権は突然座りだし逆に聞いてきた。
「それじゃあおまえはどっちが好きなんだ?」
「どっちも大好きよ!」
 口を尖らせ、孫尚香はまた何か考えて言った。
「でも大兄ちゃんは永遠に大兄ちゃんだわ。小瑜児お兄ちゃんは違うの、香ちゃんが大きくなったら、きっと小瑜児お兄ちゃんのお嫁さんになるわ」
「おまえよく考えつくな!」
 軽く孫尚香はげんこつを喰らった。孫権は大人ぶってみせた。
「小瑜児お兄ちゃんはぼくのだぞ!」
「お兄ちゃんは男だもの!」
 幼くしてすでに男女の区別がわかっていた孫尚香は不思議そうな顔をした。
「男がどうしたっていうんだ!」
 潜在的に静かに二人の「ラブラブなかよしこよし」のお兄ちゃんたちの影響を深く受け、孫権は自分が男であることも気にしなかった。
「ぼくたちで明日一緒に小瑜児お兄ちゃんに告白しよう、どっちが選ばれるか!」
「告白、告白!」
 素早く木のはしごで上の段に上り布団に入った。挑戦を受けた孫尚香はこの時すでに孫権を打ち破らなければならない敵とみなした。
 翌日、心の中で告白のセリフを一晩暗記してきた孫尚香は抜き足差し足で孫策周瑜の寝室の入口に近づいた。孫権がまだぐっすりと寝ている隙に機先を制するつもりだった。
 印象の中での小瑜児お兄ちゃんは大兄ちゃんよりも落ち着いた性格で、彼も冗談がすきだったが、大兄ちゃんみたいに大笑いして大声を上げたりすることはなかった。
 印象の中での大兄ちゃんは、格好よくて強い英雄だった?彼はニのお兄ちゃんを連れてサッカーをすると香ちゃんをいじめてくる隣のいたずらな小さい男の子みたいだった。大兄ちゃんはとっても小瑜児お兄ちゃんのことが大好きなようだったが、却ってよく怒らせてばかりいた。
 孫尚香は思った。気に入られるのは自分の中最大の武器だと。
「香ちゃんは小瑜児お兄ちゃんを怒らせたりしないもん!」
 だがこっそりとドアを開けると、気合い十分の孫尚香はドアの隙間で見たことのないふたりのお兄ちゃんを目撃した――
孫策、早く起きて!」
 部屋着のTシャツを着た周瑜が隣の涼んでいる孫策の身体に覆い被さった。二言漏らしたきり眠ったふりをした人はなんの反応も示さない。
「策策、策~策~、策~策~哥~!」
 布団を捲り上げ、周瑜はあごを孫策の裸の胸の上にのせた。一声も反応がなく、彼は呼び方を様々に変えて呼んでいた。
「オレの小瑜児よ、秋はまだ来ないし、春はさらに遠いじゃないか!」
 心の底から愛してやまない相手が胸元でふざけているので、孫策は起き上がって周瑜のあごをつかんだ。
「アイヤー策策哥は何のお坊さんのふりをしているのかな!」
 そっと孫策の鎖骨に噛みつき、周瑜のまとめていないセミロングの黒髪が肩に広がった。
「お坊さんがオレみたいにこんなにかっこいいか?」
 自分の顔を相当な自信があり、孫策は何気なく周瑜の黒髪を撫でて、また優しく彼の額にキスをした。
「でももっともかっこいいのはわたしだよ!」
 不満そうに身を起こした、周瑜のこの時の笑顔は孫策だけが見ることができた。
「わかったわかった、オレの小瑜児が一番かっこいい!策策兄さんよりもっとかっこいい!」
 自分の正面にいた周瑜をまた懐に引き寄せ、孫策の語調はまるで大事な恋人をあやすかのような口調だった。
 そっとドアを閉め、まだぐずぐずとしていた元気いっぱいの孫尚香は突然周瑜に告白する勇気を失い、彼女はゆっくりと自分と孫権の部屋に戻っていった。頭の中では周瑜のやわやわとして優しい声音が響いており、また大兄ちゃんの愛情たっぷりでやさしい目つきも記憶に残っていた。
 もともと小瑜児お兄ちゃんは決して大兄ちゃんよりも落ち着いているわけでもなく、小瑜児お兄ちゃんも大兄ちゃんに甘えるし、彼が甘えたら自分より大兄ちゃんに羽目を外させてしまうようだ。
 大兄ちゃんは決して小瑜児お兄ちゃんを怒らせるだけでなく、揶揄って笑わせたりする。笑う様子は見えなかったけれど、きっと香ちゃんが笑うより大兄ちゃんの心を刺激する笑顔なのだ。
 こっそりと孫権の布団に上り、孫尚香は眼からパタパタと孫権の顔にこぼした。
「あ!おまえ何泣いてんだよ!」
 目を見開くなり両目を赤く泣きはらした妹がいて、孫権はびっくりして大声を上げた。
「お兄ちゃん!」
 傷心のあまり孫権に飛びついた、孫尚香はさらに激しく泣き出した。
「わたしたちふたりとも小瑜児お兄ちゃんとは結婚できないわ……」
 孫尚香はその実なぜ周瑜のお嫁さんになれないのかはっきりとは言えないものの、ぼんやりとしたカンが彼女に訴えていた。ベッドでいちゃいちゃする大兄ちゃんと小瑜児お兄ちゃんは根本的にお嫁さんなんかいらないのだ。彼らは眼中にお互いのことしかないようだった。
「香ちゃん、権ちゃん」 
 大人の女性の優しい声がドアから聞こえた。孫尚香が泣く声に気づいた孫ママがベッドでがっかりと気落ちしているおばかさんを抱き締めた。
「どこに弟や妹をお嫁さんにする人がいますか?あなたたちの小瑜児お兄ちゃんは、永遠にあなたたちのお兄ちゃんよ、彼と大兄ちゃんは一緒に香ちゃんと権ちゃんを守ってくれるの」
「どうして!」
 最初からずっと孫尚香が言う「小瑜児お兄ちゃんのお嫁さんになれない」話がどうしてかと理解しなかった、孫権はママの口から答えを聞くことができた。
「小瑜児お兄ちゃんはね、あなた方が大きくなってもずっと大兄ちゃんと一緒なの。あなた方が小瑜児お兄ちゃんを無理に独り占めしようとしたら、大兄ちゃんがとっても辛いとおもわないこと?」
 我慢強く孫権に言って聞かせた。孫ママの眼の中にはいささかの諦めと自責の念が表れていた。
「大兄ちゃんはあなたたちにあんなによくしてくれるのに、あなたたちは大兄ちゃんに辛い思いをさせても、いいの?ましてやあなた方はずっとパパとママがいたのに、大兄ちゃんには小さいときから小瑜児お兄ちゃんしかいなかったのよ」
 無言のまま手を伸ばしてママの顔に触れた、孫尚香孫権はわかったようなわからないような様子でどうやら辛そうなママの様子を見た。
「ママ、権ちゃんと香ちゃんはわかったよ。ママも哀しまないで。わたしたちはずっとママとパパのそばにいるよ、小瑜児お兄ちゃんが大兄ちゃんのそばにいるみたいに」
孫策、どうやらきみの両親はもう……」
 孫尚香の泣き声が聞こえたのは孫ママだけではなく、ドアの外に、壁によりかかって眉をひそめた周瑜が恥ずかしそうな孫策を見つめていた。
「うん」
 静かに天井を見上げ、沈黙していた孫策は丸ですすでに責任を負う立場の男性のように見えた。
「もともと両親は知っていた。おまえの両親もきっと知ってる……でも彼らは却ってこんな風に我々を受け容れ包み込んでくれている……」
「何か作ろうよ」
 自分から孫策に抱きついた。周瑜の口調はさらに冷静だった。
「うちのパパとママも呼んで彼らの許し、包容、そしてわれわれへの愛情への感謝を表すんだ」
 学校に戻ったその日、周瑜は荷物が多すぎて運べないという理由で別の街に住む両親を呼んだ。周パパ周ママと孫パパ孫ママはもともと子どもを預けるくらい仲のよいつき合いをしていて、四人は久しぶりにテーブルを囲んでにぎやかに語らった。加えてうるさい孫尚香孫権もいて、両家の人たちは孫策周瑜がキッチンを締め切ってクリームの山を伸ばしているのにも気づかなかった。
「パパ、ママ、周おじさん、周おばさん」
 正午になると、キッチンのドアを開けて孫策が八枚の花びらの歪んだ花のケーキを両親達の前に捧げ持ってきた。後ろからは周瑜がキッチンから着いてきて、八枚の皿をテーブルに並べた。
「おやまあ――瑜児と策児がわたしたちのために作ったの?」
 まさか自分のうちの子と周瑜が帰る前にこんなことを考えていたとは、孫ママは嬉しくてすぐに周ママの手を握り一緒に美しいとは決して言えないカービングの花を眺めた。
「パパ、ママ、周おじさん、周おばさん、みんなありがとう」
 周瑜の手を引き、四人の大人の前で跪き、孫策は多くを語らず、一言で彼の心が感じるままの感謝を言い尽くした。
「おまえたちは何をするのやら!」
 周瑜孫策をそれぞれ引っ張り、孫ママと周ママは彼らと一緒に跪かんばかりで、一方声も出さなかったふたりのパパはそれぞれどっと笑い出した。訳がわからず顔を見合わせる孫権孫尚香
「ごめんなさい……」
 孫ママに寄りかかり、周瑜はそっと一言心の中にずっと抱えてきたやましさを謝った。
「ばかな子ね、ふたりとも……」
 慰めるように周瑜の髪を撫でた。孫ママは側にいる沈黙して語らない孫策と周ママを見つめた。
「どこの父さんも母さんもね、自分の子の幸せを願わないことがありますか、わたしたちの希望は策児がしあわせなことよ。あなたの両親の幸せはあなたの幸福よ。あなたが策児を幸福にしてくれる。策児があなたを幸福にする。どうしてごめんなさいなんて言う必要があるの?」
「言いたくないことも、言うには辛いことも、わたしたちにもあったわ」
 孫ママの話のつづきを周ママが孫策の手を握って言った。声は慈母が我が子に語りかける独特の優しさがあった。
「でも息子の一生の幸せに比べれば、なんて言うことはないわね?策児、覚えていてあなたと瑜児は何も謝ることはないのだと。あなたがたの喜びがわたしたちの最も嬉しいことなのよ」
「みんな立ちなさい、おまえさん達を見て弟も妹も逃げ出したぞ!」
 訳知り顔で孫策周瑜の背中を叩いた。周パパは話すとふたりのママよりはずっと自由闊達だった。
孫堅早くきみの息子も立たせろよ。そんなに背が高くては、成長を見守ってきたおじさんでももうおんぶもできやしないな」
 寝室のドアに隠れて、孫尚香孫権はこっそり客間で起こった一幕のよくわからないホームドラマを見ていた。なぜかはわからないが突然鼻の奥がジーンとした。
「お兄ちゃん――」
「うん?」
 振り返って妹を見た孫権もこの時心の中が疑惑よりちょっと優しい感覚に満たされた。
「香ちゃんは大兄ちゃんからは絶対に小瑜児お兄ちゃんを奪わないわ。お兄ちゃんも小瑜児お兄ちゃんの気持ちを邪魔したらだめよ!」
 まじめに孫権を見つめ、孫尚香は彼と共にふたりのお兄ちゃんを守ると誓った。
「もちろん!」
 小指を出して、孫尚香の小指と引っかけて、孫権は自分の気持ちも絶対に四歳の妹に負けないと示した。
「約束よ、大兄ちゃんも小瑜児お兄ちゃんも、ふたりともわたしたちが一生守るんだから!」
 
 四歳の孫尚香の物語が語り終わると、陸遜ははっと気づいた。なぜさっきのケーキの八枚の花びらがどこか違和感を覚えたのか。
「ああきみにはもう一人お兄さんがいたんだね!」
「え?あなたまだうちのニのお兄ちゃんに会ってないの!」
 振り向くとカウンターでコーヒー豆を挽く青年がいた。孫尚香はあれが孫権だと示した。
「あ?彼は孫策さんじゃないの?」  
 眼を大きく見開いて孫尚香を見つめた、陸遜は心の中で突然閃いた恐れを抱いた。
「うちの大兄ちゃん?」
 元気な目の色が途端に曇った。孫尚香は下を向いて陸遜を見ようとしなかった。
「瑜兄さんは……今まであなたに言わなかったの?」
「何を言わなかったって?」
 頭の中でグワンと音がした。陸遜の全身の神経が恐怖につかまれた。彼はじっと孫尚香を見つめる。早く答えを聞きたい、だが聞いたその後の突然の崩壊 も恐ろしかった。 

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十二

感謝 中 

 ひねくれた孫権とは違い、孫尚香は初めて周瑜を見たときから、うちの大兄ちゃんと同じくかっこいいこのお兄ちゃんが大好きになった。彼女の心の中では、小瑜児お兄ちゃんは大兄ちゃんみたいに変なオバケの話なんてしないけど、いつも大兄ちゃんに一種表現しがたいが相当リラックスした顔をさせていた。
 なにはともあれ、孫尚香がそんなに周瑜が気に入ったのかと問われれば、彼女の答えはきっとこうだろう「大兄ちゃんが小瑜児お兄ちゃんが好き、大兄ちゃんが好きな人は香ちゃんも好きになるの!」と。あるとき周瑜を見るなり遠巻きに避けていた孫権を見て、孫尚香はいつも思っていた。
(もしニのお兄ちゃんも小瑜児兄ちゃんのことを好きになったらいいのに)
 わざとかどうかは知らないが、面白く無さそうな弟を揶揄うつもりかそれとも気分が乗ったのか、夏休みの二ヶ月間、孫策はいつも夕陽が西へ沈むころいつも表立っては不満そうだが内心は期待でいっぱいの孫権を連れて広場にサッカーをしに出かけた。この時は数本のミネラルウォーターをぶら下げて出かける周瑜はいつも孫尚香の頭を軽く撫でて彼女がお利口に水を持つのにつき合い、広場に着いてからはちっちゃな孫権が背の高いお兄ちゃんに対抗するのに助けを出していた。
 小さな子どもの気分は変わりやすい。一緒に遊んでケンカした育ってきた孫策周瑜は疑いなくこの道理を会得していた。この二ヶ月で、周瑜が何度もパスを出して孫権にシュートを決めさせた。孤立無援の孫策はコテンパンにやられた――だが周瑜が十回の絶好の機会を与えたとしても孫権がものにできたのはそのうち一つくらいしかなかった。
 のんびりと、広場の縁で座って三人のお兄ちゃんたちを見守りながらお水当番と球拾いをしていた孫尚香は思った。ひどく小瑜児お兄ちゃんのことを嫌っていたニのお兄ちゃんはだんだんと小瑜児お兄ちゃんにべったりし始めた。毎回大兄ちゃんの守るゴールを破るたび、小瑜児お兄ちゃんの反応を待たずに、両手を広げて叫んで小瑜児お兄ちゃんに抱きついた。顔にももはや嫌がる気持ちは見られず、十歳の子どものちょっとひねくれた甘えが見られた。
 毎回この頃には、思い余って怒りだした孫策が軽く孫権の尻を蹴飛ばした。
「おいおい、欲張りすぎじゃないか、大兄ちゃんの大事な人におまえみたいなガキが簡単に抱きつくな」
孫策、弟をいじめるもんじゃないよ」
 孫策の足を引っ張り、周瑜はそれ以上の魔の手から孫権が逃げ出すのを手伝った。
「そうだよ!お兄ちゃんはぼくをいじめたらだめだ!」
 小さな拳で孫策の腹を叩いた。周瑜にしがみついている孫権には恐れる物などなかった。
「アイヤー終わり終わり!」
 まったく痛くもない腹を抱えて広場に座り込み、孫策はいじけて言った。
「オレは今日ついに武松の兄の辛さを理解したぞ、やっぱり弟と言うものはみな災いだな、うーうーうー」
「武松の兄の辛さはそんなに痛いの?」
 孫策が痛そうに倒れたのを見て、孫尚香はミネラルウォーターを置いて孫策の元へかけつけた。心配そうにさっき孫権に叩かれたところを摩った。
「大兄ちゃん泣かないで、香ちゃんが大兄ちゃんのかわりにニの兄ちゃんをやっつけるわ!」
「ハハハハハ!」
 まさか孫尚香が「武松の兄の辛さ」を「権ちゃんに叩かれた痛み」だと理解するとは思わず、孫策のめちゃくちゃに文句を言おうとしていた周瑜孫策と一緒になって笑い涙まで流した。

 

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十一

感謝 上

「青梅、光源、繽紛、傾心、蝸牛」
 キーボードで十文字の要旨を叩いた。陸遜はこの五つの多くはスイーツとは関係なさそうな名前をじっと見つめた。頭の中に三月の暖かな陽気のような優しい笑顔が浮かんできた。沈黙すると絵に描かれたかのような美しい顔。
「あなたは何者なんだ?」
 パソコンの側の灰皿はもう吸い殻でいっぱいになっていた。陸遜は頭の中でますますはっきりしてきた顔に落ち着かなくなった。
「あなたは物語の主人公なのだろうか?」
  急に頭を振り、陸遜は現実的でない考えを振りほどこうと試みた。
「瑜兄さんは笑うと春風のように優しく、あの孫策という人はひどく愛想がないようだけれど……」
 また一本タバコを燃やし尽くした。陸遜は椅子に寄りかかり目を閉じた。
「でも春風のような笑顔は優しい暖かな陽気のような笑顔を際立たせるものかな?」
 リン――ごく普通の電話の音が陸遜の持て余したぐちゃぐちゃな思いを打ち消した。電話の相手は「周瑜」の名前が表示されていて、その本人の与えるイメージのように暖かな色合いの光りを発していた。
「瑜兄さん、こんなに遅くにわたしに用とはどうしました?」
 電話を取ると、陸遜は遠くのスイーツ店の主人が意外にも編集者と同じように辛くて寝るのも遅いのかと不思議に思った。
「遜くん、明日わたしは用事があって店を留守にするんだ。きみは来たら直接香ちゃんをたずねたらいいよ」
 電話の奥で、周瑜の声は聞いているといささか疲れているようだった。
「いいよ、その次の日は瑜兄さんは店に戻ってくる?」
 明後日は七つのスイーツのおすすめの最後の一品で、陸遜はフィナーレはきっと周瑜が飾るものだと思った。
「戻ってこれるよ、おやすみ遜くん」
 周瑜の返事はごく短く、いつも陸遜と話している時よりユーモアが少なかった。
「それじゃあ……」
 今にも周瑜が電話を切りそうなので、陸遜はついに口に出した。
「それじゃあ、孫策さんも瑜兄さんと一緒に写真を撮らせてもらえますか。わたしたちの雑誌ではいつも一枚店主の写真を載せたいと思ってるんです。孫策さんはいつもお店にはいらっしゃらないようで……」
「いつも?」
 陸遜から孫策の名前を聞くと、周瑜の平静な声が微かに動揺をみせた。しかし、数秒後の沈黙の後、彼は気を取り直していつもの陸遜の知る口調で言った。
「いいよ、わたしは彼を連れてくるよ、明後日会おう、遜くん」
 電話を切ると、陸遜の心は少しうきうきとしてきた。待ち焦がれてできなかったのに明後日孫策周瑜の写真を取るという考えは陸遜を特別な思いにさせた。
「わたしにまさか問題があるかな?」
 ほっとため息をつくと、さっきの頭の中でとてもはっきりしていた笑顔もぼんやりとしてきた。
「よし関係ない、明後日の最後のふたりのインタビューをよいものにするため集中だ。この記事は注目を集めるいい記事になるぞ!」
 次の日、陸遜が蜜月にやって来たときやはり周瑜の姿はなく、焦げ茶色の青年は今日は紺色の大きめのチェックのシャツを着ていた。活発でよく動く孫尚香は腕をまくり手早く床を掃除していた。
「わたしも手伝うよ」
 鞄をいつものひとりがけの席に置き、陸遜孫尚香の手のモップをつかんだ。
「ハハハ今日のわたしにお願い事をするからわかっているわね?それはいいやり口ね!」
 がさつに陸遜の首を引っ張る。会って一週間にもなると孫尚香はもはや陸遜を普通の客とは見做さなくなった。
「香児、少しは礼儀正しくしなさい」
 冷ややかな声がカウンターから聞こえた。紺色のチェックのシャツの青年が孫尚香に注意すると同時に陸遜にも申し訳なさそうな目線を送ってきた。
「わかったわよ、お兄ちゃん」
 お利口そうに答えながら、陸遜にはペロッと舌を出して見せた。
 孫尚香は小声で文句を言った。
「面倒くさいなぁ、気にしないで。掃除が終わったらわたしが今日のスイーツを食べさせてあげる」
(この孫策って男は、どうも瑜兄さんの話の主役とは重ならないなあ、まさか恋人の目から見たら西施みたいな美人に思えるとか?)
「どうぞどうぞ、早くこのスイーツを食べてみて、これはうちのお兄ちゃんと瑜兄ちゃんが特別に私達両家の家族のために作ったのよ。あのときはこの店もまだなかったの!」
 掃除を終えた陸遜をひとりがけの席へ引っ張り、孫尚香は八枚の花びらがカービングされた丸いケーキをテーブルにのせた。
「なんて大きさだ!これは何人で食べきれるんだい?」
 スイーツ店の誕生日ケーキなどで提供されるケーキの体積とは信じられないほどの大きなケーキだった。
 陸遜はちょっと孫尚香周瑜の不在に乗じて自分を揶揄っているのではないかと疑った。
「八人よ、私達孫家と周家の全員よ。わたしの小さい頃はこのケーキが一番好きなケーキだったわ。瑜兄さんのカービングした花はきれいだし美味しいの」
 一切れケーキを切って小皿にのせて陸遜に差し出した。孫尚香は自分の分の一切れも忘れなかった。
「そうなんだ、仲がほんとうにいいんだね……」
 なぜかは知らず、陸遜はいつもどこかおかしいと感じていた。だがどうしてそんな考えが起きるのかわからなかった。
「そうだ、孫策さんと瑜兄さんはどうして家族のためにこのケーキを作ったのかな?」
 もうどこかおかしいとは思わず、陸遜は軽く直接孫尚香にこのスイーツの裏側の物語を聞いてみた。
「急かさないで、わたしが話してあげるわ」
 注意深くケーキの上の精巧な作りの花を持ち上げ、孫尚香はまだフォークを動かしていない陸遜に手を振った。
「このケーキは名前を感謝というの……」


 同じ父母から生まれた血の繋がった兄弟だが、小さい頃から両親と一緒にいた孫尚香は四歳になってやっと初めて自分の本当の一番上のお兄ちゃんと暮らした。
 あの年の夏、高三になったばかりの孫策は故郷からほとんど離れたことのない周瑜と汽車に乗って両親の働く街へやって来た。駅に入ると、二つのおだんごを結んだ孫尚香が一目で駅の改札から出てくる二人の背の高くすらっとしたお兄ちゃんたちを見つけた。大きな荷物をもっている赤毛の青年はひどく男の子には着こなせないピンクのシャツを着ていた。彼の服の裾は歩くと風に吹かれて揺れ、恥骨の上辺りまで覆ったジーンズが半分隠している炎の刺青が見え隠れしていた。簡単に眺めの黒髪を括った白いシャツの青年は赤毛の青年の後ろを着いて歩いてきた。彼はいささか襟を開けて片方立て片方折れていた。抑えて整えておらず、きれいな鎖骨も赤毛の青年の恥骨の上の刺青と同様に、えりからチラチラと見え隠れしていた。
「策策お兄ちゃんだ!お兄ちゃん見てみて!策策お兄ちゃん達が着いたわよ!」
 待ちきれず側の一回り大きい男の子を引っ張って改札口へと走ろうとした。小さいときから次男の孫権と一緒に育ってきた孫尚香は習慣で自分より七歳上の孫権をお兄ちゃんと呼び、孫策がいるときはお利口さんに策策の二文字を付けて呼んでいた。
「引っ張るなよ、行きたきゃ一人で行け!」
 孫尚香のちっちゃな手を放り出し、両のほっぺたをふくらませた孫権はその場に立って動こうとしなかった。
 今まで両親の口癖の「聡明で格好よくて自立している」お兄ちゃんと一緒に生活したことがなかったとはいえ、幼い孫権は心の中で矛盾を抱えていた。恐れと憧れとを――かっこいいお兄ちゃんと一緒にサッカーをしたい、だがお兄ちゃんは年が離れすぎている。たまにユーモアのある愛嬌をみせたいと思っても、却って自分も堂堂とした男の子なのだと自覚していたりもした。現在自分の方へ向かってくるお兄ちゃんを目の前にすると、孫権は突然ちょっと話もしたくなくなった。
 だが、もし孫権孫策に対して矛盾した感情をもっているとしたら、孫権周瑜に対する感情は単純な嫌悪感だった。孫策と肩を並べて自分の方へ来る周瑜を見ると、孫権は憎々しげに思った。
(ぼくこそが孫策の弟だ。血を分けた弟だ!なぜいつも一緒にいるんだ、お兄ちゃんをぼくに返せ!)
「アイヤー香ちゃんいいこだな、早くお兄ちゃんにキスしてくれよ!」
 軽々と飛びついてきた孫尚香を抱き起こし、孫策は若くてかっこいい顔を起こして、心から愛おしい小さな妹にくっつけた。
「権ちゃんは香ちゃんを連れて私たちを迎えに来たのかい?しっかりしてるね」
 悶々として悩んでいる孫権の側にしゃがんで、周瑜は楽しそうに彼の鼻をつついた。
「一年会わなかったらこんなに大きくなって、権ちゃんはこれからきっとお兄ちゃんよりも背が高くなるよ」
「ふん!」
 不満げに周瑜の手を押しやり、孫権は突然酒に酔ったように顔を紅くした。
「鼻に触るな!よくもぼくの鼻を!お兄ちゃんだってぼくの鼻をつついたことないのに!クソ周瑜!ぼくはこれからお兄ちゃんより背が高くなくても気にしないもんね!でも大きくなったらきっとあんたよりかっこよくなるもんね!」
「小瑜児は権ちゃんと仲いいな!」
 片手で懐に楽しげに笑っている孫尚香を抱きながら、孫策は軽く顔を少し歪ませた孫権の頭を叩いた。
「鼻をつつかれて猿の尻みたいに顔を赤くして、おまえはそんなに小瑜児兄ちゃんが大好きか?」
孫策、子どもの目の前ではちょっとはお兄ちゃんらしくしてよね!」
 孫策を目を細めて見つめると同時に、周瑜は彼のいつでも思ったことをすぐ言う徳性にひどく頭を痛めた。
「本来だったらな、こいつはオレを見ても一言もお兄ちゃんとも言わないのに、おまえに揶揄われて顔を紅くして、節操もないし理不尽だな!」
 孫尚香を降ろすと、孫策はさっきの周瑜と同様に孫権の目の前に蹲り、両手で孫権のふっくらとした顔を包み、にこにこと笑った。
「小瑜児はお兄ちゃんのものだぜ。権ちゃんは邪魔すんなよ」
 記憶の中で成長してから初めてこの近距離でお兄ちゃんと接した。孫権は男として生まれながら、大勢が集まっているところで顔をつかまれるのは大いに恥だと思った。けれども孫策のあの近づいてきた笑顔を見ると、頭の中が空っぽになり嫌がる意識もさっぱりと消えてしまった。
「策策お兄ちゃん、小瑜児お兄ちゃん」
 二人と手を繋ぎ、孫尚香はとてもよく通る子どもの声で孫権を弄っている孫策に声をかけた。
「早くうちに帰ろうよ、パパがお兄ちゃんたちをお迎えしたらすぐに家に帰ってご飯だぞって言っていたわ」
「わかったわかった、香ちゃんおいで」
 また片手で孫尚香を抱き起こし、孫策は荷物を引っ張り後ろの周瑜に引っ張られてぼうっとしている孫権に合図した。
「策策お兄ちゃん、香ちゃんお兄ちゃんが大好き!」
 孫権と同様ぷくぷくとした顔を孫策の首に押しつけた。孫尚香はこのすごくかっこいいお兄ちゃんの胸元から心臓の鼓動が聞こえて楽しかった。
「香ちゃんよ」
 孫策は横を向いて小声で孫尚香の耳元で囁いた。
「これからはオレを大兄ちゃんと呼んでくれ、香ちゃんわかったか?」
「え?どうして策策お兄ちゃんと呼んだらだめなの?策策お兄ちゃんは大兄ちゃんよりかっこいいわ」
 孫策のお日様の下できらきらと光る黒のピアスを触りながら、孫尚香はわからないと言った顔で涼やかな目を輝かせた。
「それはな、この大兄ちゃんが只一人のために与えた呼び名だからさ!」
 振り向いて後ろで腰を屈めて唸っている孫権周瑜を見つめた。孫策は言葉柔らかに言い訳した。
「香ちゃんの大兄ちゃんは嘘をつくか信じられないか、どうだ?」
「うん、大兄ちゃん!」
 孫策の顔にキスをして、孫尚香はまだどうして只一人のひとが自分のかっこいいお兄ちゃんを「策策お兄ちゃん」と呼べるのかまったくわからなかったが、自分にはこんなに格好よくて、優しくて、信用できるお兄ちゃんがいて誇りに思わずにはいられなかった。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十

蝸牛 下

「それじゃあオレが卒業したら、オレたちで天のはしごを見に行かないか?」
 周瑜の想いをくみ取って、孫策は二歩下がって一緒に立った。
「今日のところはオレたちはこの小道を天のはしごとしよう、見るとこの小道はでこぼこだ、石板でできた天のはしごと比べてもどっちが歩きづらいかな!だから、おれたちふたりはどちらも登ろう、どんな珍しい天のはしごでも」
「きみは無駄口が多いよ」
 ぱんと孫策の背中を叩き、周瑜はすっと右手を孫策の左の手のひらに滑らせた。
「行こう行こう、廟に行ってお参りしよう」
「それから夫婦で天地を拝んだりするか?」
 周瑜の手を握りため息をついた。孫策のわんぱくな顔つきは完全に彼が大学院でも意気揚々としている学生会の会長とは思えなかった。
 古い廟に着くと、空には天に轟く爆竹が花を開いていて真っ盛りだった。山のふもとの細々とした爆竹の音もだんだん聞こえてきた。古い廟の外側の石段に腰掛けて、周瑜孫策の肩にもたれかかりながら、一つ素早く上昇する冲天砲を見ていた。
「近いな、こんなに近くで冲天砲を見たのは初めてだ」 
「それはだな、オレたちがもう天上にいるからさ」  
 周瑜の目線を追って、孫策の眼にも赤い花が咲いた。
「ハハ孫策きみは人を騙して財産を奪うつもりかほんとうにケチな奴だな、それともほらを吹くか?天上で我々は仙人になれるかな?」
 人差し指と親指でそっと孫策の上下する喉仏を押さえた。周瑜は笑ってだんだん成熟した男性の魅力を備えつつある顔を見つめた。
「そうだな、神仙のペアだ。我々以外の誰がいる?」
 我慢できずに首から痛みが伝わってきた。孫策周瑜の揶揄う手を押さえつけた。
「さわり足りないか、はたまた見つめ足りないか?」
 素早く手を引き抜き、孫策の太ももに座り込んだ、周瑜はにこにこと笑いながら孫策の顔を軽く叩いた。
「おい策策兄さんや、こんなにイケメンな顔を、きみはどうしてムダにするのかな?」
「ハハハ!」
 両手で周瑜を抱き締め、さっと自分の身体の下にした。孫策はずるそうに笑っていたがそれはかえって「この人は笑うと天真爛漫」という錯覚を起こしていた。
「それはな小瑜児、いつもおまえが一緒にいてくれるから顔なんてどうでもよくなるんだよ」
 新年の鐘の音が遠くから近くまで響いた。周瑜孫策の背後の天に昇る花火みたいな冲天砲の眩しく咲く様子を見た。
孫策
「うん?」
 周瑜の身体の上をうきうきとまさぐっていた手を止め、孫策は軽く返事をした。
「きみの後ろの冲天砲がとてもきれいだ」
 身体を起こして、周瑜の目線はまた孫策と重なった。
「そうか?」
 孫策周瑜の瞳の奥深くを見つめた。
「でもオレはおまえの眼の中に映るオレの方が冲天砲よりもっとかっこいいぞ」
孫策、恥を知らない奴だな?」
 孫策から自慢され機嫌良く揶揄われまたおかしかった、周瑜は膝を彼の無防備な股の付け根に押しつけた。
「おい小瑜児!恥知らず!」
 空にまた無数の爆竹が昇った。孫策はぎゅっと自分から抱きついてくる周瑜を受け止めにぎやかな除夜を過ごした。まるで夜空に咲く花火よりもさらに美しいものがあるかのように。
 小さな長江の埠頭の街を離れるその日、周瑜孫策は初めてボロボロのバス停で同じくぼろぼろのバスを待った。
 来たときよりも少し軽くなったたくさんの旅行鞄を手でぶら下げ孫策とぶつかった。周瑜はちょっと恨みがましく文句を言った。
「きみのスマートフォンの電源も充電できてなくて、バレンタインデーがすぎてもわからないなんて!」
「アイヤーおまえのスマートフォンだって半月も充電してなかったじゃないか!」
 旅行鞄の藍色の持ち手をつかむと、孫策は自分ひとりの過ちではないと示した。
「死にぞこないが、こんなに遅いのもきみのせいだ。車はみな行ってしまってわたしたちは待たなきゃならない!」
 この辺でバレンタインデーを間違って過ごしたせいでお互いに責任を押しつけ合った。そこに七十過ぎの老婆がもうひとりさらに年上らしい旦那を引っ張ってゆっくりと孫策の側にやってきた。彼女が夫に言う方言は今や周瑜孫策にも基本的に聞き取れるようになっていた。
「アイヤーわたしがのろいだって、何を文句を言って!」
 妻にずっとべらべらと文句を言われて苛立つも、杖をついた夫はむっとして言い返した。
「わたしがあんたよりもわかってないとでも?なんで動かないのよ、昨日のあんたは隣の李老人とあんなに元気にくっちゃべっていたのに!」
 支えてもらうのに嫌になった夫だが、妻はいつも何をするにでも夫のことを愚痴をこぼさないではいられないようだ。
「俺にかまうな!」
 震える手で妻の手を振りきろうとした。老人は腹に据えかねた語調だったが、孫策周瑜には却って妻に甘えているように思えた。
「かまうなだって?わたしだってあんたにかまいたくないね、死にぞこないが!」
 妻はぎゅっと夫の手を握った。ふたりの服のシワ同様誰にも承服しない顔はふたりで築いてきた数十年の暗黙の約束が見えるようだった。
 地面から一陣の土ぼこりが巻き起こり、小さな街の唯一のバスが四人の目の前に止まった。
「死にぞこない、急ぎな!」
 妻は慌ただしくバスのドアを押さえた。凶悪な顔で夫を呼びつけ、愛想良くドライバーに話しかけた。
「すみません少し待ってくださいな。うちの旦那の足の調子が悪くてね」
 小石だらけの道で揺られて、周瑜は前に肩を並べて座っている老人達を見ながら周瑜は言った。
孫策、わたしが年を取ったら嫌いになる?」
「きっとおまえの方が先にオレのことがいやになるぜ!」
 考えもせず、旅行鞄に押しつぶされた孫策が隙間から答えた。
「なんで?」
 振り返って不思議そうに孫策を見つめた。周瑜は彼が笑いを必死に耐えているのに気づいた。
「たいがいおばあさんがおじいさんを嫌がって相手にしないだろう、どこにおじいさんがおばあさんを嫌うことがある。おまえさっき見ただろう?」
 大きく見開いた目で周瑜を見つめた。孫策は揶揄いつつも言葉の中に愛情がこもっていた。
「ばか孫策!」
 自分の抱えていた旅行鞄を孫策の手元に投げた。周瑜はもうふまじめな義兄をかまわない振りをすることにした。
「見ろよ見ろよ!今は孫策って呼んでいても将来はきっと死にぞこないって呼ぶんだぜ。それでもおまえはおじいさんを嫌うおばあさんじゃないってか。策策兄さん傷ついたな」
 周瑜のそばでごそごそするのをやめず、孫策は今にも泣きそうでかわいそうなかおをして見せた。
「あのおばあさんはほんとうにおじいさんが嫌いなわけじゃないだろ……」
 うつむいて小声でぶつぶつと言う。周瑜はぼんやりとこのとき孫策がふるえているのが見えた。
「なあ小瑜児もほんとうはバレンタインデーを忘れてしまった策策兄さんのことは嫌いじゃないんだろう?」
 横を向いた周瑜に迫った。孫策は機嫌をとるように尋ねた。
「バレンタインデーを覚えていたとしたら、おまえはオレたちでどうしようとするつもりだったんだ?」
 また孫策の喉仏に爪を立てて、周瑜は自分だけ触ることはできないことに気づいた。
「うん、ちょっと考えさせてくれ……」
 孫策は眉根を寄せて考えに耽る振りをした。
「食事をしにいく?一緒に街を歩く?一緒にベットに転がる?あ、バレンタインデーにするべきことで特別なことはないな」
「そう言ったら、じゃあ特別にわたしがすることはおかしくないね?」
 こっそりと起き上がって孫策の額に口づけを一つ落とした。周瑜は何ごともなかったかのように車の天井を見つめた。
「年を取ってきみがわたしのこともわからなくなっても、わたしはきみを嫌いにはならないよ……」
 埠頭に向かったバスはまだ揺れていた。冬の季節初日の出が上り車窓を照らした。そっと揺れ動く苦労を知り尽くした皺だらけの顔の上、また揺れている青春を謳歌している憧れいっぱいの顔の上に浮かぶものは、似たような幸福と笑顔だった。

 

「どうだい?このケーキに毒はなかっただろう?」
 話を終えた当事者のみが平凡なつまらないことでも真心がこもっていると経験していた。
 周瑜は蝸牛のケーキが深く話に聞き入っていた陸遜にきれいに食べ尽くされているのに気づいた。
「味はどう?きみのおすすめメニューになるかい?」
「おや?どうやってリラックスしてるのかな?」
 この蝸牛のケーキを作った蜜月の主人として、周瑜は「リラックス」の原因がわからない訳もなかった。だが、目の前の髪をかきむしって理由を探している陸遜を簡単には手放さなかった。
「えーと、わたしもうまく言えないけど、その他のおいしい美しいケーキに比べて、この蝸牛のケーキは見た目も良くないし、ものすごくおいしいというわけでもない。でも人の心にある種のリラックスするような感覚を与えるんだ」
 顔を上げてそっと手を合わせた。陸遜は楽しいたとえよりも自分の到達した合理的な理由を思いついた。
「わたしたちが毎日食べているごはんと同様に、レストランのごちそうのように魅力的ではないけど、かえってほんとうに不可欠なものだよ!」
「ははそうだね」
 陸遜の肩を叩いて賛同を示し、周瑜は意味深長につけ足した。
「それは欠くべからざるものだよ。多くの時は意識しないかもしれないが、でも蝸牛のから同様、いつもきみとは離れられない、家のような存在だよ」
 

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』九

蝸牛 上

「これは?」
 昨日蜜月でもっとも新しいスタイルのイングランドローズティーを知り、今日は孫尚香に無理やり一皿のごく普通のケーキを薦められていた。陸遜はこのらせん状のスイーツを前にしてほんとうに泣くに泣けず笑うに笑えなかった。
「蝸牛よ!」
 フォークを陸遜の手に押しつけ、孫尚香は自分は関係ないといった風情を見せた。
「瑜兄ちゃんがわたしにあなたに食べさせるようにって、編集者さんは食べたくなくても食べなきゃね!」
「ハハハ、遜くんはわたしの腕前を信じないのかな?安心したまえ毒できみが死んだら魯粛に二十元払っておくよ!」
 それを聞いた孫尚香は店の中で大騒ぎした。周瑜は中から出てきて陸遜がケーキを一口すくってのろのろと食べないでいるのを見つけた。
「なんと瑜兄さんの目から見てわたしはたったの二十元ぽっちですか、フン!」
 ただの冗談だとわかっていても、陸遜は「フン」の後に恨みつつ自分の舌をしまった。自信なくカウンターの方を見ると、焦げ茶色の青年がまだいなくて、ほっとひと息ついた陸遜はこっそりと思った。さいわい孫策には聞かれなかった。
「遜くん、大学卒業してからどこかに旅行に行った?」
 いままで大声で冗談を言っていた陸遜が突然ケーキをむしゃむしゃと食べ始めると、周瑜は話題を変え、同時に習慣でタバコに火をつけた。
「わたしは卒業旅行には行ってません……」
 卒業旅行と聞いて、陸遜はクリームのついた顔を上げ、大きな眼に少し影がさした。
「当時、『都市』の実習をするために、わたしはどこにも行かなかったんです」
「残念だね」
 ウェットティッシュ陸遜に差し出し、周瑜は彼の顔にクリームがついているのを教えた。
「これから暇があったらきっと機会を見つけて気になる人と一緒に行ってみるといい、場所はどこでもいいよ」
「でもわたしは結構オタク気質なんで、家でぼんやりしているのも好きなんです」
 漆黒のスマートフォンのディスプレイについたクリームを拭き取り、仕事に取りかかろうとしている陸遜はどうも周瑜とは旅行に対しての考えがまったく違うようだと思った。
「そうだ瑜兄さん、このケーキはなぜ蝸牛というんです?」
「蝸牛はね、どこに行っても家がある、とても幸福だね」
 指先の火がチラチラと光り、周瑜は溜まった白いタバコの灰を落とすのを忘れていた。 
「好きな人と一緒なら、どこに行こうと、どこの家でもいいんだよ」

 

 その年のバレンタインデーはちょうど春節の休みのマイカーの流れとぶつかり、すでに三年は年休を取っていなかった周瑜は会社の上司に硬軟合わせ技で二十日の休みを要求した。そこに法律で決められた春節の休みを足した。一年間働き過ぎで疲れた首席スタイリストはついに一ヶ月近くお休みを得て、家で冬休みの研究生二年の孫策と一緒に他の街へと仲良く出かけた。
 ほかのカップルが旅行に出る前に何日か旅行攻略のためにかけてひとつひとつ決めていくのとは違い、周瑜は休みを取るのに成功したその日の午後の便に旅行鞄を背負い、旅行鞄を手に提げた孫策は会社の玄関で直接待ち構えて埠頭へと向かった。
 除夜からすでに数日も経たないうちに、いささかくたびれた埠頭は夕陽に照らされ暗い黄色に染まるとなおさら懐かしい雰囲気が醸し出されていた。団体で家に帰って年越しをする外地の出稼ぎの人間達は大なり小なりの荷物を慌ただしく埠頭へと通っていった。遠くもないところで微かな起伏のある川面がひとりひとりを古い写真の中の客のように際立たせていた。
「わたしたちはどこへ行く?」
 孫策の乗る一隻は、あとはみな故郷に帰る出稼ぎ労働者の乗る小さな遊覧船で、ついていった周瑜はだんだんぼんやりとしていく埠頭を見ながら、多くを期待していた旅行が始まっているのに気がついた。だが、自分はまだ旅行の目的地もどこか知らないのである。
「わからん」
 周瑜に向かって舌を出してみせ、孫策の前髪は川風に吹かれた。少年のとき意地っ張りな額はこのときも見てもまだ少し奔放さが残っているようだった。
「あ?」

 もともと孫策はどこに泊まるかも最低限予約もしていなかった。周瑜は大きく目を見開いた。「人身売買に遭った」みたいな顔で孫策を見つめた。
「それじゃあきみはわたしをどこに売り飛ばすつもりだよ?」
「おまえはもうとっくにオレに買われたろう?」
 周瑜の川風に吹かれて乱れたこめかみの髪を手を伸ばして耳の後ろへと流した。孫策は少しも自分が旅行前にやることをしていないことを悪いと思ってなかった。
「オレたちはこの舟に乗っていこう、どこかよさそうなところがあったら降りよう。観光地は賑わって騒がしすぎる。オレたちは仲良くするのが目的であって他人が仲良くしているところを見に行くわけじゃないだろう?そうだな、オレたちはこの雄大な長江を下っているが、おまえはどうしてどこかの人に仲良くしているところを見せたくないんだ?」
「きみが言うとおり他人に仲の良いところを見せに来ているわけじゃないよ……」
 孫策に屁理屈を捏ねるのはお手上げだった。すでに船に乗ってしまった周瑜は運命を知った。
「でもどこに降りるかはわたしが決めるからね!」
「いいよいいよ、小瑜児が選ぶ場所なら」
 すねた表情の周瑜を片手で抱き締め、孫策はまた兄貴風を吹かせ始めた。
「策策兄さんが荷物も持つし馬も引くからな!」
 周瑜が選んだ場所は長江の上流の小さな街だった。孫策と想像したものは違っていたが、周瑜はこの風景が気に入って立ち止まったわけではなく、単に二人とも揺れる舟で二日間揺られており、これ以上乗っていられなくて、旅館を探してシャワーを浴びた。
 故郷の埠頭とは違い、ここは長江の上流の小さな街の埠頭で見るからにさらにボロボロだった。藁縄で木切れの桟橋を括っていて、踏んで歩くとギシギシ音がした。孫策はぎゅっと周瑜の手を引き、注意深くいまにもひび割れそうな桟橋を探って歩いた。
「早く行け、何を怖がっとる!踏み板はおじさんが毎年ちゃんと検査しとるがな、おまえさんで壊れることはない」
 ひとりの方言を話す帰省するおじさんがボロボロの段ボール箱孫策の側から引きずり、彼のやかましい方言と重々しい足取りがまさに桟橋に全神経を集中して水に落ちないようにとしているふたりに桟橋が今にも震え壊れるという幻覚を産んだ。
「彼はなんと言っていたの?」
 全注意力をすべて桟橋にむけていた周瑜ははっきりと早口で話すおじさんの話が聞こえなかった。当然、もしはっきりと聞こえていたら、きっと聞いてもわからなかっただろう。
「わからない、たぶんオレたちが道塞ぎだから早く歩けかな?」
 あたりを見回すと足元も軽快な里帰りの人々がいた。孫策はため息をついた。
「小瑜児おまえはほんとうにここを選ぶのか。ここは共通語を話している人もいないぞ?」
 旅行といえども、景勝地にはそんなに興味が無い周瑜孫策は普通の旅行者同様朝から晩まで欲張って動くこともなかった。ましてやこの長江沿いの小さな街には見る価値のある名所もなかった。ごはんを食べる食堂すらもほとんどなかった。そこで、五百元で街の1DKの部屋を借りると、ふたりの怠け者は昼に起きるという堕落した生活を始めた。
 しかし、堕落は堕落にすぎず、昼になれば、押し合いへし合いしてベッドから起き上がり、ふたりはいつもいいかげんに身仕舞いを整えると、まるで現地の人みたいにごはんを買いに市場へ出かけた。夕方頃になると、ごそごそと食事の片付けをし、孫策はまたべったりとくっついて周瑜に街へ散歩しに行かせたがらなかった。
 小さな街は狭く、冬の夜はとても早く降りる。黄昏時、すでに小さな街を一回りした周瑜は街灯が少なくて、孫策に急かされ家に帰ろうとした。
 そう、彼らはあの借りて一週足らずの部屋を家と呼んでいた。彼らはこの知らない街の片隅で、言葉も風俗もよくわかっていないが、障害ともなっていなかった。周瑜孫策がやかましく豚肉屋のお店と値段のやりとりをするのをこっそり見るのが楽しみだった。聞いてみてもわからなかったし、相手の方言ではちょっと慌てる様子があった。孫策は小さな街の唯一のバスが土ぼこりを上げるとき、周瑜のダウンコートのとても大きな襟のついた帽子を被せて、彼を自分の腕の中に保護するのが好きだった。
 除夜の夕方、パチパチと爆竹の音が静かな小さな街を突然騒がせ始めた。単調な色の空をつく爆竹からまだ色褪せない夕陽の空に広がるカラフルな花火が広がる。大きな街の暗闇が白昼のように思える花火ではないが、一度に散らばるとすぐさま暗闇が訪れた。
「小瑜児はあの廟を見たことがあるか?」
 空へと向かう花火の明かりの下で、さっき散歩した小さな丘のふもとの古めかしい廟の建築物を指さした。
「きみは上ってみたいの?」
 嬉しそうな孫策をちらりと見た。周瑜はすぐに孫策が帰りたがらないのがわかった。
「行こういい子だ小瑜児!」
 両手で周瑜の左手をぶらぶらと引っ張り、孫策は愛嬌よく理由を語った。
「今日の除夜はな、山の上ではさらにきれいな花火が見られると思うんだ」
「あの冲天砲……」
 孫策に引っ張られ現地の人の通ってできた道を歩き、周瑜孫策には根本的にこれといった理由がないが、だがいつもいつも彼が甘えてきてはふざけるのにつきあっているのだった。
「そうだ!愛情の天のはしごの伝説をおまえは聞いたことがあるか?」
 歩きながら孫策は突然振り向いた。にこにことした顔はこの年齢の青年には見られない元気さと憧れがあった。
「聞いたよ、この小さな街から遠くもない上流のところだろ、残念だが今回は行けないな」
 その数年、愛情の天のはしごの物語は今のようにはみんな知っていることではなかった。ごく少ない世俗の理念から背いた恋人だけがたまに天のはしごを見られる。愛する人と手を繋ぎ一歩一歩登ると、或いは騒々しい現世から離れて雲の頂の祝福と幸福が得られるのだと。
 周瑜はその山の中の天のはしごを見てみたいと思ったが――とうに家族からの黙認を得ていたので彼らは騒々しい世間から遠ざかる必要もなかった。周瑜はただ単純に思った。孫策と一緒に愛情の天のはしごを歩いたら、きっととてもおもしろいだろうと。