策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十四

 比翼 上

 陸遜は自分がどうやって家まで帰ったのかもわからなかった。寒い夜の中、孫尚香の涙混じりの声がずっと脳内に残り続けた。あのような抑えきれない哀しみ、まるで心臓に針を刺されたかのような。そしてずっと彼に思い起こさせた。周瑜のたまにいたずらっぽい笑顔の中にはどのくらいの絶望と嘆き悲しみが隠されているのか。蜜月のあの空虚な華やかさの装飾の下にはどれくらいの優しい過去が埋葬されているのか。
「明日はわたしの大兄ちゃんの七回忌なの。瑜兄さんは毎年いつも前日にお参りに行って、自分で作った新しいスイーツをお供えするの」
 パソコンの画面はすでに暗くなっており、陸遜は画面を明るくしようともせず、マウスを動かそうともしなかった。彼は自分の心の中で壊れそうなほどの辛さがどこから来るのかわからなかった。自分がどうして孫策という会ったこともない人物のために涙を流しているのかもわからない。

 おまえは今まで彼と兄弟を名乗ったことはないだろう、違うか?
 おまえは今まで彼とケンカして仲直りしたこともないだろう、違うか?
 おまえは今まで彼と肩を並べて夢や理想を語ったことがないだろう、違うか?
 おまえは今まで微笑みながら彼のためにお茶を淹れたことがないだろう、違うか?
 おまえは今まで彼と共に旅の途中の風景を眺めたことはないだろう、違うか?
 おまえは彼と一緒に両親の愛に包まれたことはないだろう、違うか?
 でもなぜ涙は止まらないんだ?
 でもなぜ眼はもう痛くてたまらないのに心の中の激痛は半分にもへらないんだろう?
 それは孫策周瑜幼年時代、少年時代、そして青年時代を身近に追ったからだろうか?
 それは自分の心の中で二人の未熟で青く、多彩で、そして深味わい深い愛情に惹かれたからだろうか?
 それはあのようなあまりにも美しく温かい物語を聞いてしまい、最後になって初めてそれはもうすでに残酷に粉々になってしまったとわかったから?
 
 陸遜はいつも人を春風のように爽やかな気分にさせる周瑜のことを思い起こす。
 すでに自分のような些細な傍観者ですら耐えられない心臓をつかまれるような鋭い痛みを覚えたのに、あんなに本当に孫策と共に美しい想い出を過ごしてきて、さらに輝かしい未来にも向かっていた周瑜が、七年前にどんな姿で真に愛する人がだんだん氷のように冷たくなっていく身体を見守っていたのだろうか?
 冬の早朝、もうすぐ春だが依然として骨に染み入る寒さだった。
 冬の空、もうすぐ春を迎えようとしているのに、暖かい陽光の時間は来なかった。
 眠れない一夜はついに終わり、周瑜との約束を思い出した。陸遜は今日どのようにあのいつも微笑んで自分を揶揄う美しい男性と向き合えばいいのかわからなかった。
 その日の蜜月はとても特別だった。巨大なガラス窓から中が見える。店には孫尚香孫権も不在だった。入口の「本日は休業」の看板も陸遜が唯一の客だと暗示していた。
 陸遜は注意深くドアを推して入った。カウンターには全身黒服の周瑜がいて音に気づいてやって来た。陸遜は自分を招き寄せる彼の手を見つめた、やや青白い顔には依然として人を安心させるような笑顔が浮かんでいる。
 前もって予告もなく、まだ腫れのひかない眼から再びぽとぽとと涙が溢れてきた。陸遜はカウンターには駆け寄り、思った。目の前の優しくたくましい男性に、彼は周瑜の背を叩きながら言いたいと。
「瑜兄さん、泣いてもいいんだよ?」
 だが、陸遜は温かく笑う周瑜はもうそれ以上泣けないのだとわかっていた。涙もすでに七年前に流し渇ききったのかもしれない。過去の二人の甘やかさもすでに未来の独りぼっちの生活を支えるのに足りたのかもしれない。陸遜はさらに自分にはけっして成熟した周瑜をして勝手気ままに喜びや悲しみを表すような振る舞いをさせてあげることはできないと思った。唯一その資格のある人間はこの世界にはもういなかった。
「瑜兄さん……」
 なにもできないという絶望感が心の中に広がり、耐えられなくなった陸遜は口を開いた。だが掠れた声でそっと呼んだ後それ以上何を言うべきかわからない。
「遜くん、彼を連れてきたよ」
 心臓の上のポケットから一枚の写真を取り出した。
「ごめんね。孫策はもういないんだとずっと言わなくて、本当のところいつ言うべきかわからなくて……」
 陸遜はその写真を見つめた。今まで自分の頭の中で想像した人物、太陽の光よりも暖かい笑顔人がいるのだ。なみだがまた溢れてきて、周瑜の手から受け取る勇気が出なかった。
「瑜兄さん、あなた方は……」
「七年だよ、今日は彼の命日なんだ」
 指先で写真をなぞった。周瑜の声は微かで哀しみの色は聞こえなかった。
「これは彼が満二十五歳になったばかりの写真だよ。撮した時もうすぐ就職だからわたしに写真用のスーツを買ってくれと騒いでいたよ」
 まるで写真の中の人物に不満を言うように、周瑜はぶつぶつと言った。
「でもねぇ、年をとらない人はスーツを着る資格もないんだよ。本当にずるいんだからきみは、これで永遠にこの複雑な社会に足を踏み入れることはなくなったんだからね?」
「瑜兄さん」
 周瑜をそれ以上みていられなくて、陸遜は彼の震え始めた手をすぐにつかんだ。
「あ、ハハわたしとしたことがもう少しできみに七つめのスイーツを紹介し忘れるところだった」
 落ち着きを取り戻すと、周瑜はカウンターの下から白鳥の形のシュークリームを取り出した。
「これは比翼だよ。申し訳ないがこのスイーツは本来孫策のためだけにデザインしたものなんだ、でもわたしは本当にこの二羽の白鳥が気に入っていて、比翼という二文字も好きなんだ」
 陸遜はフルーツが添えられた二羽の白鳥を見つめた。一羽は頭を上げ羽を広げ、もう1羽は静かに側に随っていた。見るものには羽を広げた藍色の空だけでなく、ゆったりとした紺碧の波も感じられる。二羽とも影と形のように離れがたかった。

 

 七年前の冬の終わり、突然暖かくなった気候が少し前に大雪の洗礼を受けた街をゆっくりと目覚めさせていった。
 研究生三年目の最後の冬休みが終わろうとしたこと、ダウンコートを鮮やかな薄いコートに着替えた孫策はまた周瑜のマフラーを巻いた首元に顔を埋めて言った。
「小瑜児、もうすぐ大学が始まる、始まったらまた研究室に閉じ込められる、一緒に映画を見に行かないか、どうだ」
孫策、ここは大通りだよ、きみは二十五だよ!」
 くっついてきて離れようとしない上、文句を言うたび甘えてくる孫策をちらりと見て、周瑜は内心こっそり悲鳴を上げた――これのどこがお願いだ、明らかに命令、命令じゃないか。クエスチョンマークもつけない命令だ! 
「大通りがどうしたって、無料のイケメン展覧会だぜ、一度に二人もだ!」
 周瑜の肩に覆い被さってだるそうに身動きした。孫策はウンウンと鼻音をたててまるで我慢している子どものよう。
「きみはなんの映画を観たいのさ?」
 孫策が自分の首元から頭を離そうとしないので、周瑜は彼をくっつけて行くしかなく、おそらく街中の人達がみな周りを囲んでストリートのアートパフォーマンスかと観ていた。
「なんでもいいさ。小瑜児が策策哥と一緒に観てくれるのなら、どんな映画でもいいさ」
 周瑜の手はひどく冷たく、孫策は彼の左手をつかんで自分の大きいコートのポケットに入れた。
「策策哥のあったかい右手がないんだからちゃんと面倒みろよおチビちゃん、冷やすんじゃないぞ」
 午後四時半、人の頭が波打つ映画館には『めぐりあい』という映画の切符しか残っていなかった。ファンタジー映画で大人よりも学生に人気があった。多くの人が腹を立てて帰ってゆく中、孫策は全然興味なさげな周瑜を引っ張って中学生に混じって並び、真ん中あたりに座った。
 血腥い殺戮の場面から始まった。前列の男の子達は美しい女戦士が時空を越えて異世界にやって来て悪魔と戦うさまに興奮し、彼らの側の女の子達は女戦士が異世界での若い勇者との出逢いに両目を輝かせた。戦争が終わると、女戦士は運命により無理やり元の世界へと旅立つ、心より愛する人がだんだんと消えてゆくのを目撃した勇者が独りもとの鏡に立ち尽くす姿は女の子達の涙を誘った。
 百二十分の映画で、百十五分は戦闘、三分は広告と新作情報、最後明かりがつくまで二分、だるそうに座って起き上がろうとしない孫策周瑜が観たのは―― 
 元の世界に戻った女戦士はしばらくして嫁に行き、子どもをなし、平凡な生活を送った。数十年後、真っ白な髪の彼女が孫の女の子に看取られて亡くなった。
 泣き声と祝福の中、武装を解いた老いた女戦士が雪が舞い散る庭を歩く。そこでは、雪の中で彼女を待ち続けた若い勇者が微笑んで両手を広げていた。
「わたしたちはついにまた巡り会った」
 映画館から出て来ると、まだ七時にならない街はすでに夜の色に包まれていた。
 自分のマフラーをちょっと震えている孫策の首に巻いてやり、周瑜はあったかい冬用の帽子を深々と被った。
「きみはこの映画はいったい悲劇だと思うそれとも喜劇?」
「当然喜劇さ」
 考える暇もなく答え、孫策は全身を縮めてダウンコートに身を包んだ周瑜をぎゅっと抱き締めた。
「でも彼らの別々に人生の大半を送ったんじゃないか?」
 孫策に寄りかかりながら、周瑜は何層もの服越しに伝わってくる体温がダウンコートよりずっと暖かいと感じた。
「それでも彼らは最後にはまた巡り会えただろ?それにだな、女戦士には幸福で楽しい人生があった。それに彼女は勇者のことを忘れなかった。平凡な人のように適応した暮らしを送りながら、暮らしの外ではずっと一人の愛してやまない人がいた。どこに残念に思うことがあるんだ?」
 周瑜のまだ冷たい手に息を吹きかけ、孫策は続けて語った。
「宇宙はあんなに無限だし、時間もあんなに無限だったら、本当に会いたい人にいつも特定の時間に特定の地点で会えるのは願いが叶っているだろう。どうしてしばらく別れていてひどく落ち込まなきゃならないんだ。自分を一生閉じ込めて過ごすのか?もし女戦士が元の世界に戻って一生嫁にも行かなかったら、勇者もうれしくないぞ」
孫策、ときどきわたしはマジできみは化学を勉強した理系バカとは思えないときがあるよ」
 孫策の人とは違った思考回路にはまったく驚かないけれど、周瑜は彼がまじめな目つきをしているので思わず揶揄った。
「まるでいっぱい詩を暗記して風流人ぶっては少女を騙す文系女たらしみたいだ」
「オレは孫策だぜ、そんな詩なんぞいらないよ」
 悪ふざけをして周瑜の帽子を引っ張った。ふわふわのつばが周瑜の目線を閉ざした。
「小瑜児がいるから心から抱き合いたいんだな、ハハ」
孫策、きみは二十五だぞ」
 一日のうち二回目の孫策の年齢への注意だった。周瑜はこの人の性格がどうしてその優れた外見や知能と結びつかないんだろうかとわからなかった。 
「そうだ、二日後わたしも一緒にきみがスーツを買いに行くのに付き合うよ。今学期から仕事探しの始まりだろ」
「来週はダメだな、何件か昨晩も急いでいる実験があるんだ」
 悩ましげに頭を引っかき、孫策は大学が始まったらすぐ実験室に閉じこめられるのが相当不満なようだった。
「小瑜児がオレのため選んでくれよ、ついでにオレの他の服も選んでくれ、そうしてくれたらオレは実験を終えたらスーツを着てすぐに仕事探しに行ける」
「それでもいいよ、じゃあわたしが週末大学に届けるかそれともきみが取りに来る?」
 頭の中で孫策のスーツと革靴を身につけた姿が容易にイメージできた。周瑜は自分が愛するこの男こそが理想のスタイルだと認めざるを得なかった。青春のスポーツウェアだろうが、気ままな休日の服だろうが、それとも成熟した職業の制服だろうが、彼はどれでも自分のものに着こなしてしまうだろう。
「当然オレが取りに行くよ、実験が終わったら大学にはいられない。オレはついに戻って仕事探しをしながら小瑜児と……」
 わざと口の端をつり上げながら周瑜の顔に自分の顔を引き寄せた。孫策はもう二人の未来の幸福な生活が手招きしているように見えているらしい。
「きみのその大変な実験を終わらせてからの話だね、色魔!」
 微笑みながら孫策の首にすがりついた。周瑜はやっとディープキスを避けなかった。

学期が始まったその日、孫策が何冊もの専門書と一週間分の着替えをリュックに詰めて出かける支度をしたとき、昼から出勤の周瑜はまだベッドで安らかに熟睡していた。