策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十一

感謝 上

「青梅、光源、繽紛、傾心、蝸牛」
 キーボードで十文字の要旨を叩いた。陸遜はこの五つの多くはスイーツとは関係なさそうな名前をじっと見つめた。頭の中に三月の暖かな陽気のような優しい笑顔が浮かんできた。沈黙すると絵に描かれたかのような美しい顔。
「あなたは何者なんだ?」
 パソコンの側の灰皿はもう吸い殻でいっぱいになっていた。陸遜は頭の中でますますはっきりしてきた顔に落ち着かなくなった。
「あなたは物語の主人公なのだろうか?」
  急に頭を振り、陸遜は現実的でない考えを振りほどこうと試みた。
「瑜兄さんは笑うと春風のように優しく、あの孫策という人はひどく愛想がないようだけれど……」
 また一本タバコを燃やし尽くした。陸遜は椅子に寄りかかり目を閉じた。
「でも春風のような笑顔は優しい暖かな陽気のような笑顔を際立たせるものかな?」
 リン――ごく普通の電話の音が陸遜の持て余したぐちゃぐちゃな思いを打ち消した。電話の相手は「周瑜」の名前が表示されていて、その本人の与えるイメージのように暖かな色合いの光りを発していた。
「瑜兄さん、こんなに遅くにわたしに用とはどうしました?」
 電話を取ると、陸遜は遠くのスイーツ店の主人が意外にも編集者と同じように辛くて寝るのも遅いのかと不思議に思った。
「遜くん、明日わたしは用事があって店を留守にするんだ。きみは来たら直接香ちゃんをたずねたらいいよ」
 電話の奥で、周瑜の声は聞いているといささか疲れているようだった。
「いいよ、その次の日は瑜兄さんは店に戻ってくる?」
 明後日は七つのスイーツのおすすめの最後の一品で、陸遜はフィナーレはきっと周瑜が飾るものだと思った。
「戻ってこれるよ、おやすみ遜くん」
 周瑜の返事はごく短く、いつも陸遜と話している時よりユーモアが少なかった。
「それじゃあ……」
 今にも周瑜が電話を切りそうなので、陸遜はついに口に出した。
「それじゃあ、孫策さんも瑜兄さんと一緒に写真を撮らせてもらえますか。わたしたちの雑誌ではいつも一枚店主の写真を載せたいと思ってるんです。孫策さんはいつもお店にはいらっしゃらないようで……」
「いつも?」
 陸遜から孫策の名前を聞くと、周瑜の平静な声が微かに動揺をみせた。しかし、数秒後の沈黙の後、彼は気を取り直していつもの陸遜の知る口調で言った。
「いいよ、わたしは彼を連れてくるよ、明後日会おう、遜くん」
 電話を切ると、陸遜の心は少しうきうきとしてきた。待ち焦がれてできなかったのに明後日孫策周瑜の写真を取るという考えは陸遜を特別な思いにさせた。
「わたしにまさか問題があるかな?」
 ほっとため息をつくと、さっきの頭の中でとてもはっきりしていた笑顔もぼんやりとしてきた。
「よし関係ない、明後日の最後のふたりのインタビューをよいものにするため集中だ。この記事は注目を集めるいい記事になるぞ!」
 次の日、陸遜が蜜月にやって来たときやはり周瑜の姿はなく、焦げ茶色の青年は今日は紺色の大きめのチェックのシャツを着ていた。活発でよく動く孫尚香は腕をまくり手早く床を掃除していた。
「わたしも手伝うよ」
 鞄をいつものひとりがけの席に置き、陸遜孫尚香の手のモップをつかんだ。
「ハハハ今日のわたしにお願い事をするからわかっているわね?それはいいやり口ね!」
 がさつに陸遜の首を引っ張る。会って一週間にもなると孫尚香はもはや陸遜を普通の客とは見做さなくなった。
「香児、少しは礼儀正しくしなさい」
 冷ややかな声がカウンターから聞こえた。紺色のチェックのシャツの青年が孫尚香に注意すると同時に陸遜にも申し訳なさそうな目線を送ってきた。
「わかったわよ、お兄ちゃん」
 お利口そうに答えながら、陸遜にはペロッと舌を出して見せた。
 孫尚香は小声で文句を言った。
「面倒くさいなぁ、気にしないで。掃除が終わったらわたしが今日のスイーツを食べさせてあげる」
(この孫策って男は、どうも瑜兄さんの話の主役とは重ならないなあ、まさか恋人の目から見たら西施みたいな美人に思えるとか?)
「どうぞどうぞ、早くこのスイーツを食べてみて、これはうちのお兄ちゃんと瑜兄ちゃんが特別に私達両家の家族のために作ったのよ。あのときはこの店もまだなかったの!」
 掃除を終えた陸遜をひとりがけの席へ引っ張り、孫尚香は八枚の花びらがカービングされた丸いケーキをテーブルにのせた。
「なんて大きさだ!これは何人で食べきれるんだい?」
 スイーツ店の誕生日ケーキなどで提供されるケーキの体積とは信じられないほどの大きなケーキだった。
 陸遜はちょっと孫尚香周瑜の不在に乗じて自分を揶揄っているのではないかと疑った。
「八人よ、私達孫家と周家の全員よ。わたしの小さい頃はこのケーキが一番好きなケーキだったわ。瑜兄さんのカービングした花はきれいだし美味しいの」
 一切れケーキを切って小皿にのせて陸遜に差し出した。孫尚香は自分の分の一切れも忘れなかった。
「そうなんだ、仲がほんとうにいいんだね……」
 なぜかは知らず、陸遜はいつもどこかおかしいと感じていた。だがどうしてそんな考えが起きるのかわからなかった。
「そうだ、孫策さんと瑜兄さんはどうして家族のためにこのケーキを作ったのかな?」
 もうどこかおかしいとは思わず、陸遜は軽く直接孫尚香にこのスイーツの裏側の物語を聞いてみた。
「急かさないで、わたしが話してあげるわ」
 注意深くケーキの上の精巧な作りの花を持ち上げ、孫尚香はまだフォークを動かしていない陸遜に手を振った。
「このケーキは名前を感謝というの……」


 同じ父母から生まれた血の繋がった兄弟だが、小さい頃から両親と一緒にいた孫尚香は四歳になってやっと初めて自分の本当の一番上のお兄ちゃんと暮らした。
 あの年の夏、高三になったばかりの孫策は故郷からほとんど離れたことのない周瑜と汽車に乗って両親の働く街へやって来た。駅に入ると、二つのおだんごを結んだ孫尚香が一目で駅の改札から出てくる二人の背の高くすらっとしたお兄ちゃんたちを見つけた。大きな荷物をもっている赤毛の青年はひどく男の子には着こなせないピンクのシャツを着ていた。彼の服の裾は歩くと風に吹かれて揺れ、恥骨の上辺りまで覆ったジーンズが半分隠している炎の刺青が見え隠れしていた。簡単に眺めの黒髪を括った白いシャツの青年は赤毛の青年の後ろを着いて歩いてきた。彼はいささか襟を開けて片方立て片方折れていた。抑えて整えておらず、きれいな鎖骨も赤毛の青年の恥骨の上の刺青と同様に、えりからチラチラと見え隠れしていた。
「策策お兄ちゃんだ!お兄ちゃん見てみて!策策お兄ちゃん達が着いたわよ!」
 待ちきれず側の一回り大きい男の子を引っ張って改札口へと走ろうとした。小さいときから次男の孫権と一緒に育ってきた孫尚香は習慣で自分より七歳上の孫権をお兄ちゃんと呼び、孫策がいるときはお利口さんに策策の二文字を付けて呼んでいた。
「引っ張るなよ、行きたきゃ一人で行け!」
 孫尚香のちっちゃな手を放り出し、両のほっぺたをふくらませた孫権はその場に立って動こうとしなかった。
 今まで両親の口癖の「聡明で格好よくて自立している」お兄ちゃんと一緒に生活したことがなかったとはいえ、幼い孫権は心の中で矛盾を抱えていた。恐れと憧れとを――かっこいいお兄ちゃんと一緒にサッカーをしたい、だがお兄ちゃんは年が離れすぎている。たまにユーモアのある愛嬌をみせたいと思っても、却って自分も堂堂とした男の子なのだと自覚していたりもした。現在自分の方へ向かってくるお兄ちゃんを目の前にすると、孫権は突然ちょっと話もしたくなくなった。
 だが、もし孫権孫策に対して矛盾した感情をもっているとしたら、孫権周瑜に対する感情は単純な嫌悪感だった。孫策と肩を並べて自分の方へ来る周瑜を見ると、孫権は憎々しげに思った。
(ぼくこそが孫策の弟だ。血を分けた弟だ!なぜいつも一緒にいるんだ、お兄ちゃんをぼくに返せ!)
「アイヤー香ちゃんいいこだな、早くお兄ちゃんにキスしてくれよ!」
 軽々と飛びついてきた孫尚香を抱き起こし、孫策は若くてかっこいい顔を起こして、心から愛おしい小さな妹にくっつけた。
「権ちゃんは香ちゃんを連れて私たちを迎えに来たのかい?しっかりしてるね」
 悶々として悩んでいる孫権の側にしゃがんで、周瑜は楽しそうに彼の鼻をつついた。
「一年会わなかったらこんなに大きくなって、権ちゃんはこれからきっとお兄ちゃんよりも背が高くなるよ」
「ふん!」
 不満げに周瑜の手を押しやり、孫権は突然酒に酔ったように顔を紅くした。
「鼻に触るな!よくもぼくの鼻を!お兄ちゃんだってぼくの鼻をつついたことないのに!クソ周瑜!ぼくはこれからお兄ちゃんより背が高くなくても気にしないもんね!でも大きくなったらきっとあんたよりかっこよくなるもんね!」
「小瑜児は権ちゃんと仲いいな!」
 片手で懐に楽しげに笑っている孫尚香を抱きながら、孫策は軽く顔を少し歪ませた孫権の頭を叩いた。
「鼻をつつかれて猿の尻みたいに顔を赤くして、おまえはそんなに小瑜児兄ちゃんが大好きか?」
孫策、子どもの目の前ではちょっとはお兄ちゃんらしくしてよね!」
 孫策を目を細めて見つめると同時に、周瑜は彼のいつでも思ったことをすぐ言う徳性にひどく頭を痛めた。
「本来だったらな、こいつはオレを見ても一言もお兄ちゃんとも言わないのに、おまえに揶揄われて顔を紅くして、節操もないし理不尽だな!」
 孫尚香を降ろすと、孫策はさっきの周瑜と同様に孫権の目の前に蹲り、両手で孫権のふっくらとした顔を包み、にこにこと笑った。
「小瑜児はお兄ちゃんのものだぜ。権ちゃんは邪魔すんなよ」
 記憶の中で成長してから初めてこの近距離でお兄ちゃんと接した。孫権は男として生まれながら、大勢が集まっているところで顔をつかまれるのは大いに恥だと思った。けれども孫策のあの近づいてきた笑顔を見ると、頭の中が空っぽになり嫌がる意識もさっぱりと消えてしまった。
「策策お兄ちゃん、小瑜児お兄ちゃん」
 二人と手を繋ぎ、孫尚香はとてもよく通る子どもの声で孫権を弄っている孫策に声をかけた。
「早くうちに帰ろうよ、パパがお兄ちゃんたちをお迎えしたらすぐに家に帰ってご飯だぞって言っていたわ」
「わかったわかった、香ちゃんおいで」
 また片手で孫尚香を抱き起こし、孫策は荷物を引っ張り後ろの周瑜に引っ張られてぼうっとしている孫権に合図した。
「策策お兄ちゃん、香ちゃんお兄ちゃんが大好き!」
 孫権と同様ぷくぷくとした顔を孫策の首に押しつけた。孫尚香はこのすごくかっこいいお兄ちゃんの胸元から心臓の鼓動が聞こえて楽しかった。
「香ちゃんよ」
 孫策は横を向いて小声で孫尚香の耳元で囁いた。
「これからはオレを大兄ちゃんと呼んでくれ、香ちゃんわかったか?」
「え?どうして策策お兄ちゃんと呼んだらだめなの?策策お兄ちゃんは大兄ちゃんよりかっこいいわ」
 孫策のお日様の下できらきらと光る黒のピアスを触りながら、孫尚香はわからないと言った顔で涼やかな目を輝かせた。
「それはな、この大兄ちゃんが只一人のために与えた呼び名だからさ!」
 振り向いて後ろで腰を屈めて唸っている孫権周瑜を見つめた。孫策は言葉柔らかに言い訳した。
「香ちゃんの大兄ちゃんは嘘をつくか信じられないか、どうだ?」
「うん、大兄ちゃん!」
 孫策の顔にキスをして、孫尚香はまだどうして只一人のひとが自分のかっこいいお兄ちゃんを「策策お兄ちゃん」と呼べるのかまったくわからなかったが、自分にはこんなに格好よくて、優しくて、信用できるお兄ちゃんがいて誇りに思わずにはいられなかった。