策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』九

蝸牛 上

「これは?」
 昨日蜜月でもっとも新しいスタイルのイングランドローズティーを知り、今日は孫尚香に無理やり一皿のごく普通のケーキを薦められていた。陸遜はこのらせん状のスイーツを前にしてほんとうに泣くに泣けず笑うに笑えなかった。
「蝸牛よ!」
 フォークを陸遜の手に押しつけ、孫尚香は自分は関係ないといった風情を見せた。
「瑜兄ちゃんがわたしにあなたに食べさせるようにって、編集者さんは食べたくなくても食べなきゃね!」
「ハハハ、遜くんはわたしの腕前を信じないのかな?安心したまえ毒できみが死んだら魯粛に二十元払っておくよ!」
 それを聞いた孫尚香は店の中で大騒ぎした。周瑜は中から出てきて陸遜がケーキを一口すくってのろのろと食べないでいるのを見つけた。
「なんと瑜兄さんの目から見てわたしはたったの二十元ぽっちですか、フン!」
 ただの冗談だとわかっていても、陸遜は「フン」の後に恨みつつ自分の舌をしまった。自信なくカウンターの方を見ると、焦げ茶色の青年がまだいなくて、ほっとひと息ついた陸遜はこっそりと思った。さいわい孫策には聞かれなかった。
「遜くん、大学卒業してからどこかに旅行に行った?」
 いままで大声で冗談を言っていた陸遜が突然ケーキをむしゃむしゃと食べ始めると、周瑜は話題を変え、同時に習慣でタバコに火をつけた。
「わたしは卒業旅行には行ってません……」
 卒業旅行と聞いて、陸遜はクリームのついた顔を上げ、大きな眼に少し影がさした。
「当時、『都市』の実習をするために、わたしはどこにも行かなかったんです」
「残念だね」
 ウェットティッシュ陸遜に差し出し、周瑜は彼の顔にクリームがついているのを教えた。
「これから暇があったらきっと機会を見つけて気になる人と一緒に行ってみるといい、場所はどこでもいいよ」
「でもわたしは結構オタク気質なんで、家でぼんやりしているのも好きなんです」
 漆黒のスマートフォンのディスプレイについたクリームを拭き取り、仕事に取りかかろうとしている陸遜はどうも周瑜とは旅行に対しての考えがまったく違うようだと思った。
「そうだ瑜兄さん、このケーキはなぜ蝸牛というんです?」
「蝸牛はね、どこに行っても家がある、とても幸福だね」
 指先の火がチラチラと光り、周瑜は溜まった白いタバコの灰を落とすのを忘れていた。 
「好きな人と一緒なら、どこに行こうと、どこの家でもいいんだよ」

 

 その年のバレンタインデーはちょうど春節の休みのマイカーの流れとぶつかり、すでに三年は年休を取っていなかった周瑜は会社の上司に硬軟合わせ技で二十日の休みを要求した。そこに法律で決められた春節の休みを足した。一年間働き過ぎで疲れた首席スタイリストはついに一ヶ月近くお休みを得て、家で冬休みの研究生二年の孫策と一緒に他の街へと仲良く出かけた。
 ほかのカップルが旅行に出る前に何日か旅行攻略のためにかけてひとつひとつ決めていくのとは違い、周瑜は休みを取るのに成功したその日の午後の便に旅行鞄を背負い、旅行鞄を手に提げた孫策は会社の玄関で直接待ち構えて埠頭へと向かった。
 除夜からすでに数日も経たないうちに、いささかくたびれた埠頭は夕陽に照らされ暗い黄色に染まるとなおさら懐かしい雰囲気が醸し出されていた。団体で家に帰って年越しをする外地の出稼ぎの人間達は大なり小なりの荷物を慌ただしく埠頭へと通っていった。遠くもないところで微かな起伏のある川面がひとりひとりを古い写真の中の客のように際立たせていた。
「わたしたちはどこへ行く?」
 孫策の乗る一隻は、あとはみな故郷に帰る出稼ぎ労働者の乗る小さな遊覧船で、ついていった周瑜はだんだんぼんやりとしていく埠頭を見ながら、多くを期待していた旅行が始まっているのに気がついた。だが、自分はまだ旅行の目的地もどこか知らないのである。
「わからん」
 周瑜に向かって舌を出してみせ、孫策の前髪は川風に吹かれた。少年のとき意地っ張りな額はこのときも見てもまだ少し奔放さが残っているようだった。
「あ?」

 もともと孫策はどこに泊まるかも最低限予約もしていなかった。周瑜は大きく目を見開いた。「人身売買に遭った」みたいな顔で孫策を見つめた。
「それじゃあきみはわたしをどこに売り飛ばすつもりだよ?」
「おまえはもうとっくにオレに買われたろう?」
 周瑜の川風に吹かれて乱れたこめかみの髪を手を伸ばして耳の後ろへと流した。孫策は少しも自分が旅行前にやることをしていないことを悪いと思ってなかった。
「オレたちはこの舟に乗っていこう、どこかよさそうなところがあったら降りよう。観光地は賑わって騒がしすぎる。オレたちは仲良くするのが目的であって他人が仲良くしているところを見に行くわけじゃないだろう?そうだな、オレたちはこの雄大な長江を下っているが、おまえはどうしてどこかの人に仲良くしているところを見せたくないんだ?」
「きみが言うとおり他人に仲の良いところを見せに来ているわけじゃないよ……」
 孫策に屁理屈を捏ねるのはお手上げだった。すでに船に乗ってしまった周瑜は運命を知った。
「でもどこに降りるかはわたしが決めるからね!」
「いいよいいよ、小瑜児が選ぶ場所なら」
 すねた表情の周瑜を片手で抱き締め、孫策はまた兄貴風を吹かせ始めた。
「策策兄さんが荷物も持つし馬も引くからな!」
 周瑜が選んだ場所は長江の上流の小さな街だった。孫策と想像したものは違っていたが、周瑜はこの風景が気に入って立ち止まったわけではなく、単に二人とも揺れる舟で二日間揺られており、これ以上乗っていられなくて、旅館を探してシャワーを浴びた。
 故郷の埠頭とは違い、ここは長江の上流の小さな街の埠頭で見るからにさらにボロボロだった。藁縄で木切れの桟橋を括っていて、踏んで歩くとギシギシ音がした。孫策はぎゅっと周瑜の手を引き、注意深くいまにもひび割れそうな桟橋を探って歩いた。
「早く行け、何を怖がっとる!踏み板はおじさんが毎年ちゃんと検査しとるがな、おまえさんで壊れることはない」
 ひとりの方言を話す帰省するおじさんがボロボロの段ボール箱孫策の側から引きずり、彼のやかましい方言と重々しい足取りがまさに桟橋に全神経を集中して水に落ちないようにとしているふたりに桟橋が今にも震え壊れるという幻覚を産んだ。
「彼はなんと言っていたの?」
 全注意力をすべて桟橋にむけていた周瑜ははっきりと早口で話すおじさんの話が聞こえなかった。当然、もしはっきりと聞こえていたら、きっと聞いてもわからなかっただろう。
「わからない、たぶんオレたちが道塞ぎだから早く歩けかな?」
 あたりを見回すと足元も軽快な里帰りの人々がいた。孫策はため息をついた。
「小瑜児おまえはほんとうにここを選ぶのか。ここは共通語を話している人もいないぞ?」
 旅行といえども、景勝地にはそんなに興味が無い周瑜孫策は普通の旅行者同様朝から晩まで欲張って動くこともなかった。ましてやこの長江沿いの小さな街には見る価値のある名所もなかった。ごはんを食べる食堂すらもほとんどなかった。そこで、五百元で街の1DKの部屋を借りると、ふたりの怠け者は昼に起きるという堕落した生活を始めた。
 しかし、堕落は堕落にすぎず、昼になれば、押し合いへし合いしてベッドから起き上がり、ふたりはいつもいいかげんに身仕舞いを整えると、まるで現地の人みたいにごはんを買いに市場へ出かけた。夕方頃になると、ごそごそと食事の片付けをし、孫策はまたべったりとくっついて周瑜に街へ散歩しに行かせたがらなかった。
 小さな街は狭く、冬の夜はとても早く降りる。黄昏時、すでに小さな街を一回りした周瑜は街灯が少なくて、孫策に急かされ家に帰ろうとした。
 そう、彼らはあの借りて一週足らずの部屋を家と呼んでいた。彼らはこの知らない街の片隅で、言葉も風俗もよくわかっていないが、障害ともなっていなかった。周瑜孫策がやかましく豚肉屋のお店と値段のやりとりをするのをこっそり見るのが楽しみだった。聞いてみてもわからなかったし、相手の方言ではちょっと慌てる様子があった。孫策は小さな街の唯一のバスが土ぼこりを上げるとき、周瑜のダウンコートのとても大きな襟のついた帽子を被せて、彼を自分の腕の中に保護するのが好きだった。
 除夜の夕方、パチパチと爆竹の音が静かな小さな街を突然騒がせ始めた。単調な色の空をつく爆竹からまだ色褪せない夕陽の空に広がるカラフルな花火が広がる。大きな街の暗闇が白昼のように思える花火ではないが、一度に散らばるとすぐさま暗闇が訪れた。
「小瑜児はあの廟を見たことがあるか?」
 空へと向かう花火の明かりの下で、さっき散歩した小さな丘のふもとの古めかしい廟の建築物を指さした。
「きみは上ってみたいの?」
 嬉しそうな孫策をちらりと見た。周瑜はすぐに孫策が帰りたがらないのがわかった。
「行こういい子だ小瑜児!」
 両手で周瑜の左手をぶらぶらと引っ張り、孫策は愛嬌よく理由を語った。
「今日の除夜はな、山の上ではさらにきれいな花火が見られると思うんだ」
「あの冲天砲……」
 孫策に引っ張られ現地の人の通ってできた道を歩き、周瑜孫策には根本的にこれといった理由がないが、だがいつもいつも彼が甘えてきてはふざけるのにつきあっているのだった。
「そうだ!愛情の天のはしごの伝説をおまえは聞いたことがあるか?」
 歩きながら孫策は突然振り向いた。にこにことした顔はこの年齢の青年には見られない元気さと憧れがあった。
「聞いたよ、この小さな街から遠くもない上流のところだろ、残念だが今回は行けないな」
 その数年、愛情の天のはしごの物語は今のようにはみんな知っていることではなかった。ごく少ない世俗の理念から背いた恋人だけがたまに天のはしごを見られる。愛する人と手を繋ぎ一歩一歩登ると、或いは騒々しい現世から離れて雲の頂の祝福と幸福が得られるのだと。
 周瑜はその山の中の天のはしごを見てみたいと思ったが――とうに家族からの黙認を得ていたので彼らは騒々しい世間から遠ざかる必要もなかった。周瑜はただ単純に思った。孫策と一緒に愛情の天のはしごを歩いたら、きっととてもおもしろいだろうと。