策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生27

「同心」

 孫策が行ってから間もなく、あるものが孫権を呼びに来た。左将軍が孫家の二公子を招いていると。
 孫権は眠れなくて、心の中ではおかしいと思い、何事か尋ねたが、来たものは説明しようとせず、ただ公子が左将軍にお目にかかれば自然とわかるというだけ。
 孫河は押しとどめた。
「夜もすでに遅いのだし、二公子はまだ幼い。校尉がすでに屋敷に伺っているのだから、左将軍が何か仰りたいのなら、校尉を通じて伝達なさればよいし、あるいは明日改めてお召しに参上しても……」
 孫権は手を振った。
「いいよ。左将軍が今お呼びなら、きっとぼくたち兄弟二人に相談したいんだろう。ぼくはすぐに着替えて、お屋敷にお目にかかりに行くよ」

 袁術が遣わした人は馬車も用意していた。錦織の帳は華美で重々しく、しっかりと夜の寒さを防いでくれた。座布団も踏み台も揃っていて、車の中には小さな瑠璃灯も掛かっていた。きしる音と揺れは止まなかった。
 袁術の侍者と孫権は向かい合わせに座った。口の端、眉尻もやんわりとした角度で、揺れる灯りの下では十分におかしな笑みに見えた。
 車輪の音に変化があり、聞く限り石板の上を走っているか、きれいな細かな砂の上を走っていた。しばらくして馬車は止まり、あるものが帳を開けて、踏み台を出し、笑って言った。
「二公子車を降りて面会にどうぞ」

 袁術は主座に座って、酒を飲んでいるところで、部屋には暖かさと濃厚な香りが充満していた。孫権はちらと見て彼の後ろに何名かの女達が側に控えているのを見てとり、すぐに下を向いた。目の隅でさっと伺ったが孫策はいなかった。
 袁術は目を細めて笑い、指を指した。
「権児や、礼儀に拘ることはない、好きに座りなさい」
 孫権は側の席に腰を下ろした。すぐに誰かが蜜餞やお菓子を差し出した。袁術が言う。
「夜も遅い。ちょっとだけおやつだ。酒もあっさりとしたものだ、かまわぬ」
 孫権は返事をして食べものを手にした。何度か噛んで口を開いた。
「左将軍……」
 袁術は手を振った。
「おぉ、左将軍などと呼ぶでない。お兄ちゃんと同じく袁叔と呼ぶがよい」
 孫権は言った。
「はい。でも……袁叔の深夜のお召し、いったい何事ですか?ぼくのお兄ちゃんはどこですか?」

 袁術は微笑んだ。
「かまわんよ。そなたの兄はまだ事情があってな、ほかのものと先に相談があるのだ。わたしはしばらくしたらまた会いに行く。そなたが家で一人でいるのが落ち着かないのではないかと思って、ここに特に呼んだのだ。もし事情が長引けば、そなたもここで同じく休んでいくがよい」
 このときある侍者が入ってきた。孫権が見ると、ちょうどお兄ちゃんを先に迎えに来た人だった。
 彼が袁術の耳元で小声で何事か囁くと、袁術は席を立った。孫権もすぐに身を起こした。袁術は彼が口を開くのを待たず、彼の肩をぽんぽんと叩いた。
「権児、わたしとそなたのお兄ちゃんはまだ相談しなければならないことがある。そなたは安心してここにいて、心配する必要は無い」
 また、振り向いて何人かの女達に言いつけた。
「孫二公子は今夜ここでお休みになる。そなた達はよくお仕えせよ。怠慢などするな」
 言い終わると答えを待たずに、さっさと出て行った。

 孫権は気分を変えて、甘い笑顔を忙しなくつくった。一番近い女の袖を引っ張る。
「こちらのお姉さん、今ちょっとお酒を飲んで、更衣に行きたいんだ」
 その女はびっくりして言った。
「はい、わたくしめが小公子をご案内いたします」
 孫権は手を振った。
「お姉さんをそこまで煩わせずとも、方向を教えてくれるだけで、ぼくは行けます」

 彼は急いで追った。長い廊下の突き当たりで光りは消え、侍者が袁術を案内して方向を変えた。別の方へ向かう。
 彼は近づきすぎないように、人から見つからないようにひたすらこっそりと垣根に張り付いて前のかすかな一点の灯籠の灯りを目指して、暗闇の中隠れ進んだ。
 惜しいかなあちこち曲がっていくうちに、ついにもう人影は見えなくなってしまった。
 
 孫権袁術の屋敷に来たのは二度だが、その都度随従に馬車に乗せられて中庭まで送られ、侍者に案内され、そして袁術に面会した。なので、この屋敷の道筋を彼は全く知らなかった。
 袁術の屋敷は深く広く、彼はこの時すでに前に行くのもわからず、さっきは追うのに精一杯で、さっきの部屋にどう戻るのかも思い出せなくなっていた。

 彼が茫然と庭を歩いていると、静かな冬の夜に細かな砂と霜が彼の足下でかすかな音をたてていた。
 自分がいまどこにいるかもわからない。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生26

「万全」

 袁術は若いとき武芸を習っていた。四世三公の家で、子弟の教育はしっかりなされなければならない。君子の六芸は、みな習熟していなければならない。騎射の道も狩りや遊興で欠かせないひとつである。彼はそれにも十分熱心で学問だって良くやった。
 だが出仕してからは、仕事が少なくなく、身分もまた尊くなり、武芸の稽古はだんだんする気になれなくなった。彼の麾下には猛将が数多おり、自分でも百万の兵を率いるといえど、長剣、鉄弓は身辺にあれど、殆どの時は飾りであった。
 彼の両手は手入れがよく、手指は長く雅やかで、爪はツヤがあって清潔だった。いつもツヤのある肌を撫でていて、自分でも美しいと並々ならぬ自慢だった。

 彼は姫妾が数多おり、色香もたっぷりで、それぞれ美しい姿をしている。容貌体つきは言うまでもなく、心を尽くして陰に陽に、彼に一目みてもらい寵愛をと争っていた。
 彼の目の前に来ると、喜んで迎え、羞じらいながらも、怯えつつ、睫毛を伏せ、臙脂を塗った紅い唇を噛んでさらに紅くし、彼の望むままに身を任せる。
 男はいつもこの一連の行為を食らう。
 しかし、彼は孫策を懐に抱いているとき、かえって自分がいったいどこが好きなのか断言できなかった。

 孫策は幼いとき、眉目は優れて秀麗であり、輪郭は柔らかで、男女の区別ができないような美しさがあった。袁術が考えるに、雨の後の咲き初めの花のように思え、年を重ねたら、すぐに失われていくような麗しさだと思った。
 彼は手段を選ばず、少年を彼の寝台に引きずり込んだ。その場の行為の愉しさだけで、数年も経ったら、全く興味も失せてしまうのではないだろうか?
 だが、世間のことはいつも人の予想を外れ、錦の鮮やかな花が烈火の如く燃えて、彼の骨身まで焼き尽くそうとした。味わいをよく知れば、もう捨て去ることはできない。彼は孫策の願いに応え、盧江に行かせた。疎遠になる気持ちはいくぶんあっても、逆らおうなどとは思わせない。
 彼は何度も召し帰そうとした。孫策は却ってずっと断ってきた。寿春には帰らないと。彼は自分の面子が傷つけられているのを感じた。臣下の目の前で癇癪を起こしたのも何度もある。胸の中の欲望がひっきりなしに騒ぎ立てていた。

 今夜、この石室に入ったとき、その欲望はついに一つの実体となって、彼が今まで何が欲しかったのかわかった。
彼は熱い湯の中で、すでに成長した強靱な肉体をきつく抱きしめ、あれこれとまつわり付き、体はぴったりと張り付き、彼が自分の手の中でもがくのを見ていた。逃げようとして、彼のくるぶしが捕まえられ、再び水の中に引き戻される。

 彼は首の所の若い血と一緒に脈打つ水の珠を吸い取りたいと思った。水に濡れた肌の上に残る暗紅色の跡、それがだんだん深い色に変じ、数時間しても消えることはない。
 彼は石畳に座り、引き締まった腰を押さえつけ、体の下にしている征服された後の淫らな姿態を観賞した。長い指がつかむところがなく、ただ漆黒の牛皮の上を繰り返し滑って、震えが止まず、握り締められなかった。
 ただ欲しいのは彼のこめかみの所で脈打つ熱い血、一波、また一波、つづく高漲。
 なんというめくるめく快楽か。

 彼とて知っていた。このやり方は十分粗暴であるだけでなく、とても危険であると。
 彼の手は孫策にしっかりと握られ水面下では対峙して譲らず、なんの動きもさせなかった。

 孫策は顔を上げて彼を見た。毫も譲る様子はなかった。漆黒の瞳に暗雲が揺れ動く。
「左将軍には自重していただきたい。あまり欲をかかないで下さい」

 彼の指は水に模様を描き、水精の魚を金器で引きつけ、一箇所に集めていた。ただやや動かすだけで、孫策にきつく引き絞られた。

 袁術は俯いて、孫策の肩の所で、深々と息を吸った。
 孫策はいつも薫香はつけなかったが、過去数回肌身を許していると、彼の少年らしい健康な香がした。清潔で爽やか。
 袁術の寝室にいて、情事の後だけ、ほのかな香りが身に染まる。

 そして今回は温泉の中に、侍女によって花の枝や甘露を調合してあり、彼は長く風呂で待っていたので、かつてないさっぱりとした甘い香りが彼の身体から香った。
 袁術は耐えきれず目の前の耳廓を舐め、満足げに乱れた呼吸を感じた。

 袁術はきつく抱きしめていた手を放し、少し距離をとって離れた、得意げになるのは抑えきれない。
「校尉は、わしが万全の策をとっていないと、ここへの召喚に応じないのか?」

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生25

「水精」

 室内は水蒸気が充満していた。湿り気があり、暖かい。しばし立っていたが、服が皮膚に張り付き、呼吸もさらに重苦しくなった。
 袁術は軽く咳払いした。
「孫校尉はついに戻ってくる気になったのかな?」
 孫策は水中で身体を斜めにしていた。あるかなきかの笑みを浮かべていた。
「わたくしめは今は礼をすると不味いことになりますので、左将軍には悪く思わず、どうかお許しを」

 袁術はふっと息をついた。
「悪く思うな?伝令を軽んじ、思いのままに振る舞い、召し帰しに従わない、そなた言ってみよ、わたしがどの一件を咎めるべきか?」
 彼は浴槽の縁に立ち居丈高に孫策が自分の足下の方へ泳いでくるのを見ていた。

 十二月に入り、彼は盧江に人を遣った。孫策に書状を送り、すぐに寿春に戻るように命じた。袁術は腊日に群臣を率いて祭祀と宴会を行うつもりだった。孫策にも書状を送ったが、舒城の戦況は重大であるから、主将が軽々しく離れられないと。半月に及び、袁術が人に命じて伝令を送った。みな功無くして帰ってきた。元旦を目前にして彼は人を曲阿の呉夫人に挨拶に送り、孫権を寿春に迎えた。また袁耀を自ら盧江へやり、孫策に寿春に戻るように言わせた。

 細かな波が縁にあふれて、彼の絹の靴と裾を濡らした。
 孫策の顔は湯気に包まれていた。彼のこれまでの日々の数多の醒めない夢のように、ずっとはなれていたのにこんなに近くて、彼はその苦しさを我慢しなければならなかった。また顔を強ばらせたままでいて、相手が彼の足下に屈服して小声で憐れみを求めるのを待っていた。
 彼はとっくに許すつもりであった。袁耀も必ず孫権のことを漏らすだろうし、孫策は必ずすぐに馳せ戻ってくるだろう。
 思いここに到って、いささかの得意、いささかの怒りを感じた。もしそなたがこうまでわがままをしていなかったら、わたしもこうも下策に手を出すことはなかったのに。

 彼は手に一つの金丹の玉瓶を握っていた。片手は空けておき、指先で孫策の仰のいたかおをそっと摩った。
「策児、そなた当ててご覧。この瓶には何が入っているのか?」

 彼は上着と靴、靴下を脱いで、浴槽の縁に座った。瓶を軽く振ってみると、光りが蠢いて、何かが手の中に落ちて、手のひらを開いて孫策の目の前に見せた。透明な小さな魚の形をしていた。
 孫策は両腕を重ねて浴槽の縁に乗せた。袁術の手の中の精巧な命のないものを見つめた。
「水晶?」

 袁術は笑いながら首を振った。
「もし普通の水晶なら、なんの珍しいものではない。これは数十年前に、胡人の商人が洛陽にはるばる来て、言うにはローマの皇室からでたもので、尊いことこの上ない、当然大漢の天子に献上して、通好を示すつもりだった。それから紆余曲折して、わが袁家の手の物になった」
 皇室のものがいかに他へ流れたかは、当然避けて語らない。彼はしばし間を置いて、言った。
「手を出しなさい」
 
 孫策は長く風呂に浸かっていたので、指先はふやけて、手のひらはうす桃色に透き通り、湿り気で水の光りが覆っていた。その水晶の魚は彼の手の中でちょっと身をひねり、一匹が跳ね飛び、手を握り締めようとする前に身を翻して、風呂の中へと飛び込んだ。

 孫策は驚いた。
「これ……これは明らかに……」
 袁術は玉瓶を取り上げ、びちゃぴちゃとその中のものを流し入れた。
 十数匹の魚が水の中を泳ぎ、あるものは時折水面を飛び跳ね、鱗をきらきらと光らせた。
 彼は心中得意になり、自分を抑えられなくなっていた。
「これは水精という、普段は水晶と変わらないが、一旦水に浸すと、生けるものとなる。この世に得がたき珍しいものだ」

 孫策は冷ややかな顔をしていたが、目の色はいくぶん驚いていた。
「水に入れて生けるものとなるなら、また捕まえられるのですか?大ごとになりませんか」
 袁術は笑った。
「そうはならぬ。そなたわたしの手のこの指輪が見えるか?」
 彼の親指には飾り気のない金色の指輪があった。彼は普段の生活が豪奢であったので、孫策は気にもしていなかったが、この時問われて、頷いた。

 袁術孫策の肩をつかむと、急に持ち上げた。あたかも半身を水面から引き上げ、自分の懐の中にきつくだきしめた。着ているものは大半が濡れていた。
 懐の身体は反射的にもがいた。まるで生ける魚のように。暖かな肌は熱を持ち始め、耳の付け根が充血して紅くなった。

 孫策は背中にひんやりとしたものを感じた。あの指輪が彼の背骨の中間に当たっていて、下に滑り降り、腰際に絡みつき、下腹へ伸ばされた。
 袁術は彼の耳元で小声で囁く。
「この水精は黄金を喜んで食す。金器の存在を感じたら、自ずと先を争ってやって来る」
 孫策は長い息を吸った。袁術の手はすでに水際に滑り落ちていた。
「そなた感じているか?」

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生24

「白玉」
 
 その侍者は孫策袁術の屋敷に連れてきて、ある道を指し示した。
「校尉が長く寿春を不在にしていた間に、将軍府は尊い位に合わせて、また大きく土木工事をいたしました。もし案内するものがおりませんでしたら、途中で迷うことになるやもしれません」
 孫策は答えず、彼の数歩後ろを歩いた。
 袁術の屋敷は以前より奥深く広くなり、前庭には提灯が数十かけてあり、あたりの積もった雪を照らし出していた。松柏の枝には各種の色糸が架けてあり、とても華やかである。廊下にはそれぞれ兵士の守衛がおり、剣や戟が厳めしく、いくぶん寒々しさを添えていた。
 侍者が孫策の手を引き、後院へ入った。ある建物の前に停まった。
「わたくしめはここまでしか入れません。下がります」

 孫策はしばし立っていた。月光の下の階段はきれいな白玉を彷彿とさせた。重なる花樹の影が錦織のように美しい。
 部屋の中では火の明かりが揺れ動き、さらには女達の笑い声が聞こえてきた。澄んでなまめかしいこと銀鈴のごとし。かれはふっと冷笑した。前に進み、戸を開けて入った。

 外の間で待っていた数名の侍女は「あっ」と声を上げ、彼にお辞儀した。また、中へとすぐに知らせに行った。「孫校尉がお見えです」
 中を仕切るのは牛皮をまるまるつかった帳であった。二層に重ねて、また厚く、重かった。中の方は固く仕切られていた。彼女たちは孫策のために通路をつくる。一陣の湿った熱波が顔を打った。全身がすぐにべっとりと湿気に包まれた。
 中にはお湯が満ちた浴槽があった。

 寿春には確かに温泉があるというが、孫策袁術の屋敷の中にもあるとは聞いたことがなかった。
 床と浴槽にはきれいな白玉が敷き詰められていた。浴槽は広さ三丈(約十メートル)、四隅にあるあま龍の首の飾り口があり、絶え間なく熱いお湯が吐き出されていた。壁には十数もの銅の灯りが架けられており、浴槽の靄を白い薄絹のように照らし出していた。
 浴槽の縁の石畳には着物を入れるかごがあり、短い着物を着て両腕を晒した侍女が迎えた。情熱的に彼の前に座り言った。
「わたくしが孫郎のお着替えを手伝います」

 彼女は体つきはしなやかで、声もかわいらしく、孫策は思わずちらと彼女を見た。
 彼女は顔を上げて笑った。
「孫郎は故郷を離れて長く、お国の訛りをお忘れですか?」
 孫策は手を上げて、彼女が腰帯を解くのに任せた。
「あなたは富春のお人か?」
 彼女は立ち上がり、彼の上着を脱がそうとした。
「富春ではありませんが、そう遠くもありません」
 孫策は振り返って彼女を見た。
「なぜここにいる?」
 彼女は笑っていたが、目の中にはひどく恨みがこもっていた。
「わたくしめは袁公がわざわざ呉郡で選んだ姫妾です。悔しいことに寵愛を失い、使用人に身分を落とされました」
 彼女の指は白く丸みがあり、すでに孫策の腰の中衣の結び目にかかっていた。
「ここで校尉に逢えたのは、なんとも奇遇ですね」

 孫策は彼女の手を抑えた。
「もういい。きみは出ていってくれないか」
 彼はあたりを見回し、その他の侍女にも告げた。
「ここにいる必要は無い。みな出ていってくれ」
 彼女らは抗議することもなく、ただ黙々とお辞儀して、次々と出ていった。

 孫策はひとり部屋の中で、着物を脱いで、浴槽に踏み入れた。
 お湯の熱さはちょうどよく、適度な湿気が一晩中筋骨に染み入った寒さを彼からゆっくりと融かしていった。
 浴槽の縁には金の酒器に美酒がいれてあり、純粋で濃く甘い香気を立ち上らせていた。
 彼は思わず目を閉じた。
 袁術がやって来たときには、侍女達は外側で静かに控えていた。なかのものはすでに眠っているかのように静かだった。

 孫策は浴槽の縁に伏せて湿った長い髪を黒々と肩に打ち広げていた。
 肩幅は前より広くなり、肩甲骨の上の引き締まった皮膚は暖かい透明な水蒸気で玉のように光っていた。
 お湯の水量は依然として流れてくる量と出ていく量が安定していて、水面は彼の腰のえぐれたようにひきしまった部分に留まっていた。また少し痩せていた。
 水面のしたに何があるのか、袁術はみたことがあった。
 狭まった恥骨、長くしなやかな脚、丸みのあるくるぶし。ひどく力を入れて、思い切って腰の滑らかな皮膚をとらえようとして、手から逃げ出せないようにした。

 水の音は絶え間なく、壁の灯りが輝き、ゆらゆらと揺れる波光があふれて、袁術に彼の横顔、そして漆黒の眉と鮮やかな紅い唇を見せた。
「ダン」と音がして、浴槽の縁の金の杯が袁術の衣裳の足下のに倒れた。金石がぶつかる音がして、黄玉のような酒が浴槽に流れ込み、靄と一緒に馥郁たる香気が沸き起こった。
 孫策は頭を上げると、波光もゆっくりと目に入った。
 
 そのような光りは双刃の剣のようで、多情で、また鋭い。
 袁術は悩み、恨んだ。この話を聞かない青二才が、彼の数度に渡る召喚を拒み、彼の手厚い褒美を軽視したことを。こうでなかったら、彼とて工夫や方法も必要なかったし、小手わざを使ってまで彼を連れ戻す必要もなかった。
 この時、ただ見ていて、全身が熱くなり、喉は苦しくなった、透明な氷の糸で大網をつくって水中の裸体を絡め取り、包み、自分の手の中でもがき暴れさせ、もう逃がすことはできなくさせたい。

 こういうものは福に恵まれていないひとには所有できない。できてもおかしくなる。
 袁術は思った。自分は天下第一の福に恵まれている人間だと。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生23

「騏驥」駿馬

 孫策は少し驚いた。
「なるほど彼か。太傅は……今はどうなのだ?」
 孫権は目の光りがまた暗く沈んだ。
「おそらく良くないと思う」

 馬日磾は袁術に無理やりに引き留められ、長年のつかえが病となっていた。冬になり、さらに一日と悪くなっている。
 孫権は満天下の大儒を訪問しにでかけている。彼は痩せて骨が目立ち、肩や背中は依然として不屈の如くぴんとまっすぐはっていて、士大夫の身なりを整え、少しもおろそかにすることなく、袖から長い骨張った指を出して、時には咳をしながらでも、流れるような美しい字を書いていた。

 孫権は少し大人ぶってため息をついた。
「大傅が前におっしゃっていたんだ。おそらく長くは保たないって。今に到ったからには、数日で新年だし、春になれば天気も暖かくなるし、良くなるかもしれない」
 彼は興味がそそられたようだった。
「お兄ちゃん。太傅はぼくに勉強を教えてくれるだけではなくて、二匹の子馬も贈ってくれたんだ」
 孫策が眉をつり上げたのを見て、孫権はさらに嬉しくなった。喜んで話す。
「太傅が仰るには、それは普通の馬ではないのだって。西涼人が北方の砂漠から探してきた天馬で、彼は寿春に連れてきて、またここの軍馬に子馬を産ませようと思ったんだって。混血しても、普通の中原の馬よりずっと強いって。彼はぼくと縁があって、また孫氏が兵家の出身だと知って、贈ってくれたんだ」
 彼は布団から出て、すぐに兄を厩に連れて行こうと思った。
「あの馬はやっと半年で、背丈も小さいけれど、たてがみはとても長いよ。毛色は雪白でとってもきれいだ」
 孫策は笑って彼を引き留めた。布団を胸のところまで引き上げてやる。
「もうすでにここに着いてしまったのなら、いつでも見られる。今はもう寒い、明日だな」
 孫権は頷いた。
「はい」
 また何か思いついて孫策の方を見て笑った。
「この馬が大きくなったら、お兄ちゃんの戦馬にあげるよ」
 孫策は首を振った。
「それは太傅がおまえに贈った馬だろう、お兄ちゃんのものにしたら申し訳ないだろう」
 孫権は目を見開いた。
「もうぼくのだもの。お兄ちゃんに贈ったって、みんな孫家のものだもの。違わないよ」

 孫策は笑った。
「まぁいい。まだ馬は小さいのだし、大きくなったらまた話そう。今はおまえもちゃんと寝ろ」
 彼は孫権が横になったのを見て、また布団を整えてやった。身を起こそうとすると、後ろから探るように暖かな小さい手が布団から伸びてきて、彼の手をつかんだ。
 孫権は布団を顎の下まで引っ張って目を大きく見開いていた。その目は光っていた。小声で言う。
「お兄ちゃん行っちゃうの?」
 孫策は笑った。
「灯りを消してくるだけだ」
 孫権は兄上の影が机の前でちらっと動くのを見た、部屋の中がまた真っ暗になった。
 孫策は彼の寝台の所へ戻って座った。そっと額の髪をかき分けた。
「寝ろよ。お兄ちゃんがついててやる。このところつらい思いをさせたな」
 彼は額に暖かな手が載せられたことについに安心して、水のように眠気が湧いてきて、すぐにも寝入りそうだった。彼は目を閉じ、もそもそと呟いた。
「お兄ちゃん、知ってる、どうして西涼には天馬がいるのか?」

「太傅が言うにはね、物語があって、西涼の人達はさらに西北の砂漠に行って良い馬を探していたんだ。天と黄色い砂漠が接するところに連綿と山が連なり、山の上にはずっと雪が覆っている。山の下には湖と緑の中洲があって、雪山の頂上に住んでいる白い神龍が春になると彼らは馬の姿になって緑の中洲に下りてきて、湖のあたりの野生の馬と一緒に遊び、くっつくんだ。生まれてきた子馬は龍の血脈で、天馬になる。この天馬を捕まえられれば、一生の乗り物にできる。さらに天馬は風雲と集まり、龍と化し、天上へ帰るんだ」

 孫策の声は遥か遠くから聞こえる波のように思えた。
「面白い話だ。寝ろ。権児も大きくなったら、いつか自分でその雪山と緑の中洲を探せるぞ、自分の天馬も……」

 部屋の中の暖かさは重苦しい。静寂のなか孫策孫権の次第に緩やかになっていく呼吸を聞き取った。彼は深々とため息をつくと、寝台にもたれて目を閉じた。するとすぐに戸を叩く軽い音がした。
 彼は弟をちらと見ると、手を引き抜き、外へ出ていった。

 部屋の空気がかすかに動いて、孫権ははっと目が覚めた。戸口を見ると着物の袖がちらと見え、戸が合わさるところだった。
 しばらくして、庭のほうで誰かの話し声がしたがとても抑えていて小さく、はっきりと聞こえない。
 彼は寝台から抜け出して、上着も着ないで、靴も履かずに、爪先で立って、そっと音もなく戸に近づいた。一条の隙間を空ける。

足下の青い石床はひっきりなしに冷やしてきた。戸の隙間からは冷風が直接入り込んできた。彼は戸口に張り付き、動こうとしなかった。
 孫策は彼を背にして来た人に対応していた。
「どうしていま急ぐ必要があるのですか。わたしが戻ってきたのですから、夜が明けてから、もちろん左将軍にはご挨拶に参ります」
 相手の侍従の格好をした者は、表情はなごやかで謙っていたが、言葉は却って寛大ではなかった。
「左将軍のお気に入りである孫校尉ならば、あなた様はどうしてダメかはご存知なのでは?速やかにわたしと参りましょう」
 孫策はまた言う。
「行くならば、わたしに髪を梳かして顔を洗い、着替えさせてくれ。身なりが整っていないのでは、将軍の機嫌を損ねてしまう」
 その侍者は深々と一礼した。
「左将軍は校尉が星夜駆けてお戻りになり、道中お疲れだと、すでに使用人に命じて屋敷内で熱い風呂を準備させております。衣服も全て揃っております。このような厚情、どうか孫郎にはこれ以上お断りになりませんように」

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生22

「帰期」

 孫権はこの頃酷く眠れない。他人の邪魔になるのもいやで、毎日寝台で灯りをつけ、真夜中まで読書していた。疲れて竹簡を抱いたままようやく眠ることもあった。

 彼の精神は落ち着かず、今夜は本をいくらも読めなかった。木簡を寝台に広げて、一人で自分の心臓の音を聴いていた。独りぼっちでどきどきし、寝返りを打って眠れなかった。
 そこで、門外から大きなごうごうという馬の蹄の音がした。近くなってくるに従い、季節外れの重苦しい雷のようである。
 彼はここで、まだ軍隊が夜中に調達する様子を見たことがなかった、驚きを免れない。
 さらには驚いたのは騎士が庭に入ってきて灯りをつけると、しばしやかましい話し声が聞こえた。

 彼は寝台から起き上がり、忙しなく自分の靴を探して、突っかけたまま、部屋に入ってきた人物に押し戻された。
 部屋には薫香の炉と暖炉がおいてあり、孫権はその場に立ち、急に入ってきた冷たい風にあたり、思わずぶるりと震えた。
 けれども歓喜の情は甚だしく、眉も目も綻ばせて、抱きつこうとした。
「お兄ちゃん!」
 
 孫策は入口でどなった。
「近寄るな」
 孫権はびっくりした。
 孫策は少し口調を和らげた。
「オレは一晩中馬を走らせてきた。身体がひどく冷え切っている」

 孫権は長いこと兄に会えず、孫策が寿春に戻ってきたときには、家族を連れて来ようとはせず、さらに孫権にも母上の側にいるようにと言いつけた。彼は家の中の最年長の男子であり、行い振る舞い、一挙一動、みな事細かく考えて行ってきた。
 前回兄弟で会ったのは、孫策が祖郎を討って暫く家に帰った時で、数えると二年近くなる。
 外の月は澄んだ水の如く輝き、地上には銀色に光る霜が降りていた。庭の竹の影は墨の如く黒かった。お兄ちゃんは彼の目の前で立っている。眉目は昔のように秀麗で、身にまとう鎧は冷たい光りを放っていた。
 孫権は夢を見ているようだった。
「お兄ちゃんどうして突然帰ってきたの?」
 兪河が熱い酒を運んできた。廊下からやって来る。
「話があるなら、まず入ってから話せよ。ひどく寒い」

 孫策は部屋の中にゆっくりと入ってきたが、座らなかった。兪河が酒を差し出したが手で断った。
 孫権は座り込み、緊張してきた。俯く。
 やっぱり孫策が訊いてきた。
「なぜ寿春にやってきた?」

 兪河が小声で囁いた。
「まずは座ってから、二公子の話を聞いてくださいよ」
 孫策は言う。
「おまえに聞いているんじゃない、聞いているのは我が二弟孫権だ。オレは始めになんと言いつけた?オレ自らが迎えに行く以外には絶対に一歩も寿春に踏み入れるなと。もう忘れたか」

 孫権は我慢していたが、歯を食いしばり、鼻で呼吸し、俯いて声も出さなかった。 
 孫策はため息をつくと、弟の前に身を屈めて、指先で涙を拭った。
 瞬間、光りが点滅し、孫権はあの日父上が亡くなり、兵が逃散し、山の洞の中で身を隠しているときのことが思い出された。兄の顔は血と涙で汚れ、孫権の顔を拭う力は暖かく優しかった。
 兪河はすでに出ていった。孫策孫権の頭をそっとぽんぽん叩いた。
上着すら着ていない、早く寝台に戻れ」

 孫権は布団の中に座った。孫策も鎧を外し、彼の寝台の足下に座る。
 酒壺の中身はまだ温かく、孫策は二杯飲みまし、孫権にも飲ませた。そして訊いた。
「なんでここに来たんだ?」

 孫権は暖かい酒を手にしながら、答えるときにしばし躊躇った。
「左将軍が書状だけでなく、人も寄越したんだ。自ら迎える。言うには長らく故人の子に会っていないって、断れなかった」
 孫策は冷笑した。また問う。
「ではなぜ子衡を供に連れてきていない?もしあいつがいれば、オレとて安心できるのに」
孫権は答えた。
「ぼくが寿春に来るのに、家の中は翊児、匡児だけになるよ。妹はまだ小さいし。いろいろ考えて、子衡殿には曲阿に留まって貰ったほうがいいと思ったんだ。ぼくはここで、伯海殿たちに世話をしてもらっているし、左将軍の待遇もとてもいいんだよ」

 孫策の顔色がやや変わった。
「どういいんだ?」
 孫権孫策の手に自分の手を重ねた。
「お兄ちゃん心配いらないよ。ぼくは寿春に来て十日近くなるけど、左将軍には二回お目通りして、礼儀正しくしたし、たくさん褒美ももらったよ。袁耀お兄ちゃんは自ら誘ってぼくを寿春の街を案内してくれたよ。使用人も、衣食もなんでも細かく揃っていて、半分も悪いところも無いよ」
 孫策は頷いた。
「袁耀にもオレがいると言っておけ。お前が寿春にいるとき、いつもは何をしているんだ?」
 孫権は言う。
「最近は天気も寒いし、何もないときは読書したり字の練習をしたりしているだけだよ。わからないところがあったら、先生のところに会いに出かけるんだ」
 孫策は怪訝に思った。
「おまえは子綱先生と子布先生の生徒じゃないか。寿春で、またおまえの先生を名乗れる奴がいるのか?」

 孫権は碧い目に喜びを浮かべてきらきらと輝かせた。
「寿春には馬太傅がいるよ」

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生21

「驟雨」

 孫策の馬は西域の良種で、馬高が高く脚も長い。雪白のたてがみに露の珠のような光りを放ち、着地して葉を踏むときには音もなく、とても柔らかい。

 彼は軽装で出かけた。馬は素速く、瞬く間に従うものたちの殆どを振り払った。遠くから見ても、人影もいない。
 このことは彼を不安にさせることはなかった。却ってこういう時が、もっとも面白かった。
 狩りの楽しみは、彼に言わせると、追うことで有り、殺戮ではなかった。

 彼はもう殺戮は多くやっていた。戦場では、相手をやらねば自分がやられる。山林では、彼はやっと自由になれた。思う存分。
 彼と獲物の間の遊びは、かくれんぼと探すもので、全てが気軽で愉快である。

 孫策は背中から黒と金の模様の長弓を取り出した。密林の深い中では暗殺の矢が飛んでくる事への警戒は無かった。
 駿馬が嘶いて、前脚を起こした。馬も人も一緒に重々しく地に倒れた。白衣に目を刺すような血の跡が広がる。



 窓の外にビンと重い音がした。周瑜は急に寝台から起き上がり、こめかみにうっすらと細かな汗をかいていた。
 暴風と驟雨が庭の竹を巻き込み、バタンバタンと窓枠を打った。屋内でも騒がしく音が鳴っていた。彼の精神はまだ落ち着かず、遠くの稲光が幾重もの黒雲を貫いた。一瞬窓の外の人影を露わに映した。

 彼は起きて窓の前まで歩き、一息に戸を開けた。
 孫策は全身を濡らしており、輝く稲光の下、笑いながら彼を見つめていた。しかし、すぐに手を伸ばしてきた彼の手を良しとしなかった。
「オレのこの様子を見ろ、お前の身体まで濡らしたくない」
 周瑜はふっと笑うと、孫策の肩を抱きしめた。
 水の跡は冷たく、周瑜の白の中衣もすぐに沁みていき、自分の体温で蒸されて一種べちゃべちゃになり、雨か汗かわからなくなった。彼らはピッタリと張り付き、近くてお互いの胸の鼓動の速ささえ感じ取れた。
 周瑜は身震いすると、孫策を押し退けた。
「もう全部湿ってしまった。入っておいでよ。衣服も取り替えよう」

 孫策は中へ入ったが、手を振った。
「衣服は替える必要は無い。明るくなる前に、城を出なくてはならない。

 彼はまた笑った。
「その上、中も外も……みんな湿っている」
 周瑜は横目でちらりと見てから、無理やりに彼の腰帯を解き始めた。

 孫策は着せ替えられ、寝台の足下の方へ座り、周瑜が湿った服を着替えるのを見ていた。
「おまえはどうしてオレが城に入ってきたのか聞かないのか?」
 周瑜は卓上の油灯に火を灯し、寝台に近づいた。
「誰かが城を出て軍営地にきみを刺し殺しにいくのだから、きみだって入ってくる方法があるだろう。この天気の様子では疾風暴雨で、発見される恐れも少ないだろう」
 孫策は臂を膝の上につき、微笑みながら彼の方を見上げた。
「陸康が書状を送ってきた。一族の女、子ども、老人達を送り出して呉郡の家に帰したいとオレの同意を求めてきた」
 周瑜は彼の後ろに回り込み、孫策の髷を解き、尋ねた。
「きみは同意したの?」
「オレは陸康の要請に同意しただけでなく、人をやって城から陸家の車馬を迎えて彼らが盧江の境界線に行くまで見送らせた。オレの命に復命しに来た。だが、このオレの部下が城下で連絡する時が、まさにオレが潜入する機会で、あの守衛もオレが昼間に来たから、ひどくたるんでいる。入城した後は、密偵と隠れて会って、そして嵐に乗じて周家の敷地に乗り込んだんだ」

 周瑜は彼の肩に手を置いた。
「そんなことをして、後の憂いを残す事にならないの?」
 孫策は振り向き周瑜を見つめた。
「おまえはオレがきっとこうするとわかっているだろう。オレが憎む理由は陸康で、奴のが孤児や寡婦を苛めたことだ。どうしてオレ目の前の失敗を繰り返す事ができよう。いつか陸康がもしオレの手で死んで、その一族のものが仇をとろうとしてきても、それは彼らの能力次第であって、孫氏は恨みも悔いもない」

 彼は目を細めた。
「オレは陸康を恨む。陶謙も恨む。話す言葉は皆、大義名分ながら、我が父が亡くなったあとには冷遇し千里の外に拒もうとした。しかし、彼らも愚か者とは限らない。彼らはオレを恐ろしいと理解していた」
 彼の顔に笑みが浮かぶ。眼だけは冷ややかだった。
袁術だけが、オレを畏れない」
 周瑜はため息をつく。
「またどうしてあんな悪辣な誓いなんてする必要があるの?」
 孫策周瑜の手を取り、彼の手の中のしわをなぞった。
袁術のある言葉は正しいな。オレと父上は余り似ていない。父上の人となりは信義を重んじ、盟を誓うの言葉もごく大切にしていた。オレはそんなの信じない」
 彼の指は周瑜の腕の上をさまよった。指先は旋律を刻むように動いていた。
「それから、もし誓いの言葉が本当に効き目があるのなら、袁術自身がとっくに世間に顔向けできてないだろう」
 彼は周瑜にむかって燦然と微笑んだ。
「だからまったく心配することないんだ。それよりオレが舒城を長く包囲するのに、おまえの周家の力は欠かせないものだ」
 
 周瑜も微笑んだ。
「きみには陸康は仇討ちの対象で、それじゃあ我が周家は君を助けたら、きみはどう恩返ししてくれるの?」
 孫策はちょっとびっくりした。すぐに笑って彼の肩を抱いた。
「さっきおまえに身ぐるみ剥がされた。一銭もない。肌身を許すということでどうだ?」