策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生22

「帰期」

 孫権はこの頃酷く眠れない。他人の邪魔になるのもいやで、毎日寝台で灯りをつけ、真夜中まで読書していた。疲れて竹簡を抱いたままようやく眠ることもあった。

 彼の精神は落ち着かず、今夜は本をいくらも読めなかった。木簡を寝台に広げて、一人で自分の心臓の音を聴いていた。独りぼっちでどきどきし、寝返りを打って眠れなかった。
 そこで、門外から大きなごうごうという馬の蹄の音がした。近くなってくるに従い、季節外れの重苦しい雷のようである。
 彼はここで、まだ軍隊が夜中に調達する様子を見たことがなかった、驚きを免れない。
 さらには驚いたのは騎士が庭に入ってきて灯りをつけると、しばしやかましい話し声が聞こえた。

 彼は寝台から起き上がり、忙しなく自分の靴を探して、突っかけたまま、部屋に入ってきた人物に押し戻された。
 部屋には薫香の炉と暖炉がおいてあり、孫権はその場に立ち、急に入ってきた冷たい風にあたり、思わずぶるりと震えた。
 けれども歓喜の情は甚だしく、眉も目も綻ばせて、抱きつこうとした。
「お兄ちゃん!」
 
 孫策は入口でどなった。
「近寄るな」
 孫権はびっくりした。
 孫策は少し口調を和らげた。
「オレは一晩中馬を走らせてきた。身体がひどく冷え切っている」

 孫権は長いこと兄に会えず、孫策が寿春に戻ってきたときには、家族を連れて来ようとはせず、さらに孫権にも母上の側にいるようにと言いつけた。彼は家の中の最年長の男子であり、行い振る舞い、一挙一動、みな事細かく考えて行ってきた。
 前回兄弟で会ったのは、孫策が祖郎を討って暫く家に帰った時で、数えると二年近くなる。
 外の月は澄んだ水の如く輝き、地上には銀色に光る霜が降りていた。庭の竹の影は墨の如く黒かった。お兄ちゃんは彼の目の前で立っている。眉目は昔のように秀麗で、身にまとう鎧は冷たい光りを放っていた。
 孫権は夢を見ているようだった。
「お兄ちゃんどうして突然帰ってきたの?」
 兪河が熱い酒を運んできた。廊下からやって来る。
「話があるなら、まず入ってから話せよ。ひどく寒い」

 孫策は部屋の中にゆっくりと入ってきたが、座らなかった。兪河が酒を差し出したが手で断った。
 孫権は座り込み、緊張してきた。俯く。
 やっぱり孫策が訊いてきた。
「なぜ寿春にやってきた?」

 兪河が小声で囁いた。
「まずは座ってから、二公子の話を聞いてくださいよ」
 孫策は言う。
「おまえに聞いているんじゃない、聞いているのは我が二弟孫権だ。オレは始めになんと言いつけた?オレ自らが迎えに行く以外には絶対に一歩も寿春に踏み入れるなと。もう忘れたか」

 孫権は我慢していたが、歯を食いしばり、鼻で呼吸し、俯いて声も出さなかった。 
 孫策はため息をつくと、弟の前に身を屈めて、指先で涙を拭った。
 瞬間、光りが点滅し、孫権はあの日父上が亡くなり、兵が逃散し、山の洞の中で身を隠しているときのことが思い出された。兄の顔は血と涙で汚れ、孫権の顔を拭う力は暖かく優しかった。
 兪河はすでに出ていった。孫策孫権の頭をそっとぽんぽん叩いた。
上着すら着ていない、早く寝台に戻れ」

 孫権は布団の中に座った。孫策も鎧を外し、彼の寝台の足下に座る。
 酒壺の中身はまだ温かく、孫策は二杯飲みまし、孫権にも飲ませた。そして訊いた。
「なんでここに来たんだ?」

 孫権は暖かい酒を手にしながら、答えるときにしばし躊躇った。
「左将軍が書状だけでなく、人も寄越したんだ。自ら迎える。言うには長らく故人の子に会っていないって、断れなかった」
 孫策は冷笑した。また問う。
「ではなぜ子衡を供に連れてきていない?もしあいつがいれば、オレとて安心できるのに」
孫権は答えた。
「ぼくが寿春に来るのに、家の中は翊児、匡児だけになるよ。妹はまだ小さいし。いろいろ考えて、子衡殿には曲阿に留まって貰ったほうがいいと思ったんだ。ぼくはここで、伯海殿たちに世話をしてもらっているし、左将軍の待遇もとてもいいんだよ」

 孫策の顔色がやや変わった。
「どういいんだ?」
 孫権孫策の手に自分の手を重ねた。
「お兄ちゃん心配いらないよ。ぼくは寿春に来て十日近くなるけど、左将軍には二回お目通りして、礼儀正しくしたし、たくさん褒美ももらったよ。袁耀お兄ちゃんは自ら誘ってぼくを寿春の街を案内してくれたよ。使用人も、衣食もなんでも細かく揃っていて、半分も悪いところも無いよ」
 孫策は頷いた。
「袁耀にもオレがいると言っておけ。お前が寿春にいるとき、いつもは何をしているんだ?」
 孫権は言う。
「最近は天気も寒いし、何もないときは読書したり字の練習をしたりしているだけだよ。わからないところがあったら、先生のところに会いに出かけるんだ」
 孫策は怪訝に思った。
「おまえは子綱先生と子布先生の生徒じゃないか。寿春で、またおまえの先生を名乗れる奴がいるのか?」

 孫権は碧い目に喜びを浮かべてきらきらと輝かせた。
「寿春には馬太傅がいるよ」