策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生21

「驟雨」

 孫策の馬は西域の良種で、馬高が高く脚も長い。雪白のたてがみに露の珠のような光りを放ち、着地して葉を踏むときには音もなく、とても柔らかい。

 彼は軽装で出かけた。馬は素速く、瞬く間に従うものたちの殆どを振り払った。遠くから見ても、人影もいない。
 このことは彼を不安にさせることはなかった。却ってこういう時が、もっとも面白かった。
 狩りの楽しみは、彼に言わせると、追うことで有り、殺戮ではなかった。

 彼はもう殺戮は多くやっていた。戦場では、相手をやらねば自分がやられる。山林では、彼はやっと自由になれた。思う存分。
 彼と獲物の間の遊びは、かくれんぼと探すもので、全てが気軽で愉快である。

 孫策は背中から黒と金の模様の長弓を取り出した。密林の深い中では暗殺の矢が飛んでくる事への警戒は無かった。
 駿馬が嘶いて、前脚を起こした。馬も人も一緒に重々しく地に倒れた。白衣に目を刺すような血の跡が広がる。



 窓の外にビンと重い音がした。周瑜は急に寝台から起き上がり、こめかみにうっすらと細かな汗をかいていた。
 暴風と驟雨が庭の竹を巻き込み、バタンバタンと窓枠を打った。屋内でも騒がしく音が鳴っていた。彼の精神はまだ落ち着かず、遠くの稲光が幾重もの黒雲を貫いた。一瞬窓の外の人影を露わに映した。

 彼は起きて窓の前まで歩き、一息に戸を開けた。
 孫策は全身を濡らしており、輝く稲光の下、笑いながら彼を見つめていた。しかし、すぐに手を伸ばしてきた彼の手を良しとしなかった。
「オレのこの様子を見ろ、お前の身体まで濡らしたくない」
 周瑜はふっと笑うと、孫策の肩を抱きしめた。
 水の跡は冷たく、周瑜の白の中衣もすぐに沁みていき、自分の体温で蒸されて一種べちゃべちゃになり、雨か汗かわからなくなった。彼らはピッタリと張り付き、近くてお互いの胸の鼓動の速ささえ感じ取れた。
 周瑜は身震いすると、孫策を押し退けた。
「もう全部湿ってしまった。入っておいでよ。衣服も取り替えよう」

 孫策は中へ入ったが、手を振った。
「衣服は替える必要は無い。明るくなる前に、城を出なくてはならない。

 彼はまた笑った。
「その上、中も外も……みんな湿っている」
 周瑜は横目でちらりと見てから、無理やりに彼の腰帯を解き始めた。

 孫策は着せ替えられ、寝台の足下の方へ座り、周瑜が湿った服を着替えるのを見ていた。
「おまえはどうしてオレが城に入ってきたのか聞かないのか?」
 周瑜は卓上の油灯に火を灯し、寝台に近づいた。
「誰かが城を出て軍営地にきみを刺し殺しにいくのだから、きみだって入ってくる方法があるだろう。この天気の様子では疾風暴雨で、発見される恐れも少ないだろう」
 孫策は臂を膝の上につき、微笑みながら彼の方を見上げた。
「陸康が書状を送ってきた。一族の女、子ども、老人達を送り出して呉郡の家に帰したいとオレの同意を求めてきた」
 周瑜は彼の後ろに回り込み、孫策の髷を解き、尋ねた。
「きみは同意したの?」
「オレは陸康の要請に同意しただけでなく、人をやって城から陸家の車馬を迎えて彼らが盧江の境界線に行くまで見送らせた。オレの命に復命しに来た。だが、このオレの部下が城下で連絡する時が、まさにオレが潜入する機会で、あの守衛もオレが昼間に来たから、ひどくたるんでいる。入城した後は、密偵と隠れて会って、そして嵐に乗じて周家の敷地に乗り込んだんだ」

 周瑜は彼の肩に手を置いた。
「そんなことをして、後の憂いを残す事にならないの?」
 孫策は振り向き周瑜を見つめた。
「おまえはオレがきっとこうするとわかっているだろう。オレが憎む理由は陸康で、奴のが孤児や寡婦を苛めたことだ。どうしてオレ目の前の失敗を繰り返す事ができよう。いつか陸康がもしオレの手で死んで、その一族のものが仇をとろうとしてきても、それは彼らの能力次第であって、孫氏は恨みも悔いもない」

 彼は目を細めた。
「オレは陸康を恨む。陶謙も恨む。話す言葉は皆、大義名分ながら、我が父が亡くなったあとには冷遇し千里の外に拒もうとした。しかし、彼らも愚か者とは限らない。彼らはオレを恐ろしいと理解していた」
 彼の顔に笑みが浮かぶ。眼だけは冷ややかだった。
袁術だけが、オレを畏れない」
 周瑜はため息をつく。
「またどうしてあんな悪辣な誓いなんてする必要があるの?」
 孫策周瑜の手を取り、彼の手の中のしわをなぞった。
袁術のある言葉は正しいな。オレと父上は余り似ていない。父上の人となりは信義を重んじ、盟を誓うの言葉もごく大切にしていた。オレはそんなの信じない」
 彼の指は周瑜の腕の上をさまよった。指先は旋律を刻むように動いていた。
「それから、もし誓いの言葉が本当に効き目があるのなら、袁術自身がとっくに世間に顔向けできてないだろう」
 彼は周瑜にむかって燦然と微笑んだ。
「だからまったく心配することないんだ。それよりオレが舒城を長く包囲するのに、おまえの周家の力は欠かせないものだ」
 
 周瑜も微笑んだ。
「きみには陸康は仇討ちの対象で、それじゃあ我が周家は君を助けたら、きみはどう恩返ししてくれるの?」
 孫策はちょっとびっくりした。すぐに笑って彼の肩を抱いた。
「さっきおまえに身ぐるみ剥がされた。一銭もない。肌身を許すということでどうだ?」