策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生41

「易幟」(国旗を変えること)

 五更(午前四時から六時)、女官が帷の外で柔らかな声で水時計の時刻を告げた。外の空の色は深く濃く、銅の灯りの覆いは外され、動く光りの光線はだんだんと明るくなっていた。女官の跪く姿の影が細長く引き延ばされ、壁にゆらゆらと揺らめいていた。
 それから内侍たちが次々と入ってきて、袁術が身を起こすのを待っていた。彼の髪に櫛を入れ、顔を洗い着替えさせるために。
 袁術はすでに天地の間の新しい主だと自ら認識しており、おおよそ以前より勤勉になっていた。衣冠は華麗で荘重になったことは疑う余地がない。しかし、尊い位についてからすでに半年、彼の情熱はいささか減退してきていた。
 事務は繁雑で、戦事は思うようにならない。さらにはこの一年江淮の間の天気はとても寒くなるのが早くなっていた。空がまだ未明の頃に、寝台の布団から身を起こすのは確かに辛いことである。

 重々しい銅の門が彼の目の前には戸が次々と開け放たれていく。背後にまといついていた暖かな空気が湧き出でて、顔には寒さがまっすぐに当たった。白玉の階段には無尽蔵に灯籠が二列に並べてあり、夜ごと火をつけられ、銅柱の下には戟を手にした兵士が立っていた。火焔の中にはかすかにヒハツが音を立てていた。
 あるものが玉の階段の末端で頭をもたげて彼を見つめていた。

 遠く離れていて、彼は知っている顔なのかはっきりとは見えなかった。しかし、その火の光に照らされた両眼は間近に思えた。
 孫策は鎧兜をきっちりと着込み、ずっと立っていたかのようで、銀色の兜の下の眉毛にはうっすらと白いものがくっついていた。目はさらに明るく輝いている。
 袁術は一段一段下り、孫策は頭を低くした。伏せた睫毛はまわりの灯火に染まり金黄色になっていた。彼の口もとにはうっすらと笑みがこぼれていた。孫策はこの場での再会に、袁術ほどの歓喜を表してもいなかったが、あきらかに対抗するような敵意もなかった。

 袁術は喜んで言った。
「やはり、策児はまことにわたしに背かなかったな。孫家の人間はみな恩を知り報いようとする。そなたの舅父従兄はそなたとは再会し江を渡った、まことに当然のこと。劉繇も王朗もみなそなたの敵ではなかった。本当にそなたの父よりもさらにすぐれた虎将である。今帰ってきたからには、さらに大きく助けとなってくれ」
 孫策はただ笑っていた。彼は以前別れたときに身につけていた上着を着ていた。あの初夏の季節がきらりと目の前に蘇った。背後の赤色の大氅(マント)も鮮やかでまるで新しいもののようである。これもあの日袁術が贈ったものである。
 袁術は心を込めて熱心に言った。
「王甫が与えたそなたのあの明漢将軍は、筋が通らないものだ。そなたが帰り次第、わたしをよく助け、天下に名を轟かす呂布と一戦し、もし勝てたなら、どんな将軍封号も、袁叔はすべてそなたに与えよう」

 孫策が唇を開いたとき、袁術は空気が揺れ動くのを感じた。だが声ははっきりと聞こえない。それから目の前の景色も水紋のごとく散り散りになって、だんだんぼやけていった。
 袁術が驚くと、手を伸ばした。冷たい空気の中柔らかく細い手が受けとめた。

 彼は目を見開いた。大きくため息をこぼす。
「皇后はどうしてきたのだ?」
 馮氏の美貌は変わりなく、この薄ら寒い朝に頗るしっかりと装いも厳重にしていた。問いには答えなかった。
「陛下は今日西苑にお出かけにならないのですか?」

 西苑は寿春の西に位置し袁術の即位の一年前から着工していた。両京賦のなかの漢の武帝の上林苑を彷彿とさせ、湖池を開き、林木で囲み、その中に五色の楼閣を建てた。また数多の珍しい鳥や獣を放った。
 袁術はとてもこの場所を気に入り、完成した後は、三日、五日と開けずに来ていた。
 そのなかでも最もお気に入りなのが、扶南から送ってきた三対の孔雀である。

 暖かく湿った地方からやって来た巨鳥は感動するほど艶やかで、華美な様は喩えることができないほど。袁術は若いとき洛陽で漢の宮廷で見たことがあった。数十年忘れ得なかった。
 彼は手に持った凍った梨を集まっている孔雀の前に放り投げ、彼らが静かに啄むのを見ていた。その様子は高貴で争わない。彼は明け方見た夢を思い起こした、心の中でそろばんをはじき、たぶん吉兆だと思った。

 一人の侍者が慌ただしくやって来て、奏上した。
「楊弘長史が参られました」
 楊弘がもってきたのはよい知らせではなかった。

 今年の夏は大日照りで、収穫も不足し、寒い冬が訪れるのが異常に早かった。今ある役人が上奏した。おそらく民は暮らしが苦しくなり、飢えと寒さにこもごも迫られるだろうと。民心を安撫するために、彼の早い決断を求めていた。  
 彼は上奏文を見てから、笑って言った。
「舒仲応はちっぽけな沛相ながら、想ったより多くもっていたな」
 楊弘は身を屈めて問うた。
「その陛下の御意志は……?」
 袁術は言った。
「よい、よい、吉日を選んで、再び郊祀を行う。必ずや上天の加護を得られて、無事冬を過ごせるだろう」

 時は仲家元年、秋。