策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生20

「盧江」

 陸議は長いこと楼上に立ち続けていた。眼はぼんやりとしてちかちかとしてきた。彼はよろめき、額を城壁の女墻(凸凹)の上に近づけた。きつい陽射しから少しでも守られるように、わずかな冷たさを求めた。
 痩せこけた手が彼の肩を抑えた。彼は振り向くと、陸康がそっと言った。
「そなたはここにいるべきではない。はやく家に戻りなさい」

 すでに陸康は老いており、ここ半年の間でさらに年老いた。
 彼は袁術の兵糧を貸して欲しいという求めを断り、すぐに将来を予想し、舒城で早々に準備した。城壁を築き兵糧を集め、自己防衛をし、また文書を発布して外援を求めた。
 外援は全く現れず、彼は恨み、怒り、城を守るだけだった。

 陸議は盧江に住むこと数年だったが、こんなに従祖父が急速にやつれていくのを見るのは初めてだった。官服は今まで通りきちんと整っているが、その背骨は痩せこけて曲がり、まるで恐るべき重圧をその身で受けとめているかのようだった。

 孫策は兵を率いて、火の如き速さで盧江郡のその他の地域を治め、舒城と外界の連携を切り取り、城を包囲した。

 彼は城を攻めること二回、功無くして戻った。それからは包囲して攻めず、毎日城の外の軍営地で太鼓を叩き演習をしていた。城の下に人を遣り、降るように叫ばせた。陸康はただ死守し、決して外に出て決戦しようとはしなかった。
 しかし、こうも守戦が長引くと、さらなる問題が出てきた。
 城内の兵糧、秣は十分に足りていたけれど、消耗ばかりで、収入はなかった。城の本部はいつかはもたなくなる。毎日挑発されても、出撃することはできず、士気もだんだん落ちてきた。
 同じく待っているのでも、孫策は待てるが、陸康はそうではなかった。
 彼は悪人の行いを軽視するが、ただこのときは、彼は非常手段を取らねばならなかった。

 彼の従孫は意地になって頭を振った。
「お祖父様がここにいらっしゃるのです、わたしもおります」
 陸康は苦笑いした。
「戻っていないのだろう。少し水でも飲んできなさい」
 陸議は反論した。
「ではお祖父様は?朝も早々に屋敷から城楼に上がり、今まで何も召し上がっていないのでは」

 舒城はもう十数日も雨が降っておらず、酷く暑く、暑気が重苦しく、城郭の中に漂っていた。城下にはもともと樹木や草むらがあったが、すでに伐採し尽くされていた。また軍隊に踏みつけられ、すっかり禿げた一辺の土地が残るばかりである。
 陸議は心配した。もしこのような状態が続けば、城が破れる前に、陸康が倒れてしまうのではないかと。

 陸康は城外を眺めた。
「まだ待っておるのだ。急ぎのことで、食事などしていられない」
 陸議は茫然とし。彼の目線を追った。遠い大軍営地に袁、孫の両方の大旗が立ち、旗竿に掛かって動いておらず、周りが常と異なって静かであった。

 今日は、投降を訴えるものもいなかった。
 陸康はため息をついた。
「もし事が成れば……」
 彼の話し声と応じるようにして、視界から敵の陣営の門が急に土埃を立て始めた。
 太鼓の音は空からの雷のようで、だんだん激しくなる。血のような鮮やかな影が軍営内から馬で飛びだし、単騎で城下までやって来た。

 話すのは一人だが、全部そうだとは限らない。
 彼がますます近づき、陸議は従祖父が自分の肩に置いた手がだんだん震えが酷くなっていくのを感じた。
 馬の後ろには綱で二人が括られていた。すでに死んでいると思われ、土埃の中を引きずられてきたが、血の跡は見られなかった。
 馬上の騎士は上を見上げた。陸議はただ思った。この暑さを、彼はどうして耐えられるのか。

 孫策は兜をかぶっておらず、身なりはきちんと整えていた。鎧は銀に光り、戦裙は鱗の如く、背中の大氅(マント)は目を奪う鮮やかさで、怒れる猛虎が刺繍されていた。
 彼が顔を上げたとき、陸議は彼の額に汗の珠が浮かんで輝くのを見た。眉目秀麗な顔に殺気と嘲りが混じっている。

 彼は城下でしゃべり始めた。城楼の上でも一字一句、はっきり聞こえた。
「陸太守、わたしはあなたを長老として尊敬しております。軍を率いているとはいえ、あなたに対しての礼儀は欠かしたことがありません。あなたの家の何名かの死士は、わたしがここにお返しします。全て死んでおります。でもおとがめ無きよう」
 陸康は歯を食いしばった。昨夜三名の刺客を放った。彼とて下策だとわかってやった。ただ死士達は彼の義のために、危険を冒すことを惜しまなかった。今日この時まで待って、孫策自らひとすじの希望すら、殆ど消えようとしているのを知らせに来た。
 
 孫策は馬の後ろの縄を断ち切り、城の上に向かって朗らかに言った。
「なお、もう一名は息があるが、送り返さないのを許して頂きたい。また今度城攻めするときに、大軍の祭旗となってもらう」

 陸康は驚きと怒りがない交ぜになり、ついに耐えられなくなった。
孫策、お前はまだ若いのに、なぜこうまで残酷になれるのだ?袁公路は漢室を尊ばず、帝の使いを勾留して、不忠をなしておる。お前が彼を頼るのは、先父の希望にも逆らうことだぞ、これは不孝である。一太守のために兵を起こして征伐する、これは無節操である。権力のために刀を挙げて代々の付き合ってきた相手に向かってくるのは、情義がない。不忠不孝、無節無義、お前の父上が地下で知ったなら、必ずやとても失望するだろう」

 孫策は笑い出した。空気中がまるで流れが変わったかのように、一陣の熱風が吹いた。
「陸太守は果たせるかなもっとも孝と義を重んじられる。我が父の生前の数多の友人と同じく、それぞれ言うことは善を説くが、孤児や寡婦は門外に拒むようだ。一人の名節を全うするために、城の数万の生命さえ賭ける事を惜しまない。まことに仁の厚いお方ですね」

 彼の表情はやや変わった。陸議には彼の視線が、骨まで凍らせるほど氷雪の如く冷たく、また肌を焼くほどに鉄を溶かすような熱さも感じた。
 それまでと同じく、このような人物はただ一人で、彼を恐れさせ、心に熱い血が湧き立った。

 黒く重い雲がついに天から垂れ込めてきた。城の旗がびゅうびゅうと音を立てた。
 孫策は拱手して一礼した。
「陸使君にはお元気で、わたしはまた後日教えを乞いに参ります」
 彼は馬首を巡らし、数歩いくと、背中から短い戟を抜き出し、馬上で振り向き一笑した。
 城の上の陸の字の大旗が、倒れてきた。