策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生19

「懐橘」

 あるものが殿上にやってきて、袁術の耳元に小声で何事か囁いた。すぐに大喜びして満面笑顔になった。
「戻ったのか?」
 報告した侍者が答えた。
「はい。すぐにいらっしゃいます」
 陸康はその顔色を見て取り、我が子と甥と一緒に立ち上がり、袁術に向かって暇を告げた。
 大人と同じ格好の、ゆったりとした袍で広袖を着た陸績が身を屈めた時、袖からころころとみかんが転がった。
 彼は年もまだ幼く、生まれつき眉目秀麗で、賢く端正である。袁術咎めようとする気もなく、ずっと大人っぽく振る舞っているのをちょっと揶揄おうとした。笑いながら言った。
「陸郎、陸郎よ、すでに我が家の来客となっておるのに、どうしてわたしのみかんをまた盗もうとするのだ?」

 陸績は彼に答えて、いくつかの転がったみかんどころではなく、側に居た陸議が拾おうとして、入り口まで走っていった。
 彼はしゃがむと、長い袖が大きく滑らかな青い煉瓦に擦れた。指先が滑ってかすかに冷たく感じた。

 一個、二個、彼の手はたちまち止まった。
 雲を登るような靴の両脚がだんだん近づいてきた。一歩一歩重い音がした。すぐ彼の目の前で停まった。
 背後では袁術の大きい笑い声が聞こえてきた。
「孫郎が戻ったか、来い、早く来い!」

 孫策は屈んでみかんを拾い、陸議の手に渡した。彼の肩にそっと触れ、彼をつれて前に進んだ。
 陸議は顔を起こして、火花の影で彼の顔を見つめた。少しずつはっきりと明るくなっていた。美しい額、烏の濡れ羽色の髪、つんと立った鼻梁、薄らとあるかなきかの微笑みを浮かべた唇。孫策は目は高みから見下ろしていた。陸議はすぐに振り返った。
 彼は自分がこの人をかつて見たことがあると思った。いつだったかは覚えていないが、その目は、彼を少し怯ませた。その鎧兜は冷え切った光を帯びていた。

 袁術は微笑んで手招いた。
「孫郎、陸季寧陸太守にご挨拶せよ。季寧兄、孫郎は孫文台の長男で、今は天子より懐義校尉に任じられておる。まことに虎の父に犬の子はないという」
 孫策は拱手して一礼した。
「我が家が盧江にいたとき、かつて陸太守をお訪ねしたことがあります。それで存じております」
 袁術は重ねて言った。
「そなたの父と陸家の付き合いはそこまでにとどまらない。文台兄が長沙太守だったとき、越境を恐れず、宜春県令に援軍に行った。あれは陸家の従子、いうなれば元から恩義がある」
 孫策は顔を上げたが、微笑み、却って答えなかった。

 陸康は面の皮を強ばらせていた。目の端は細かく痙攣していた。しばらくして言う。
「孫郎は長年会わぬうちに、もう立派な虎将だ。すこぶるお父上の生前の風格がある」
 孫策はハハと笑う。
「太守のおほめの言葉ありがとうございます。太守は長年お会いしていませんが、とても矍鑠としている」
 彼は頭を下げて、二人の幼児を見た。
「お宅の子ども達からは、きっと英才を輩出するでしょうね」
 袁術は口を挟んだ。
「そなたは知るまい、いまさっきわたしが陸郎にどうしてみかんを懐に入れたのか尋ねたが、彼は慌てず騒がず、わたしに答えた。持って帰り、母に贈るのだと。まったく孝道をよくわかっておる」
 袁術は大笑いして、陸康も笑った。ばつの悪さは免れず、決まり文句の挨拶をし、ふたたび袁術に別れを告げた。

 袁術孫策と軍営の入口まで送り、陸康一家が車に乗るのを見ると、戻った。
 袁術はほろ酔いで満心得意で自慢した。
「陸康のじじいは今まで強情で傲慢だったが、今回はわたしと語り合い、我らが徐州を攻めるときには、必ずや助けると」
 孫策は彼の側に寄ったが、笑ってしゃべらなかった。

 陸家の人馬は車輪を軋ませ寿春を出発した。夜は遅く暗く、陸績は侍従の懐の中で眠っていた。
 陸議は逆に眠れず、陸康のそばに近づいた。そっと呼んだ。
「おじい様」

 陸康は思い沈んだ。突然びっくりした。
「何事だ?」
 陸議面を伏せ、しばし考えて、やっと答えた。
「今日あの孫校尉は、わたしが思うに、会ったことがありますか?」

 陸康は言う。
「そなたが盧江に来たとき、孫家の親子はすでに北上し出発していた。お前がなぜ会ったことがあると?」
 陸議は首を振った。
「あの時ではありません。孫文台将軍が亡くなられたあと、あの方が陸家に来られました……」

 陸康はやや顔色を変えた。
「そなたは当時彼を見たのか?」
 陸議は言う。
「わたしは当日も平和な時と同様、出かけて先生のところへ伺いました。出入りするときに、孫校尉が前堂で待っておられるのを見ました。従祖父に会見を求めていると。どうして今日はまた会ったことがないと」

 陸康は重々しくため息をついた。
「そなたは休みなさい。気にすることはない」
 陸議はそれ以上言葉を重ねず、車の隅に横になった。
 彼は眠れず、声は出さず、眼は従祖父が帳をはね上げ、遥かに天の星座を望み、半ばため息、半ば独り言を呟くのをみつめていた。繰り返していた。
「福か?禍か?」