策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 竟雲何先生『長河吟断』3

「間に合うな!偵察のものが言うには皖城は堅固で、孫堅が包囲して早一ヶ月、ちっとも動じない。さらに何日でもどうということはない。官軍が疲れて耐えられなくなったそのとき、我らの好機だ、奴らをやってやる」
「オレがおまえらがお父さんを襲うなんてできなくしてやろうか?!」
 周瑜が反応できないうちに、孫策はコロンと飛びだしていった。周瑜匕首を握り締めて着いていった。農園をでたらすぐに、手でつかまれて吊り下げられてしまった。赤々と燃える火を顔に近づけられて、顔が熱くて目が開けられない。
「おまえら何を聞いていた?!」
 頭領の男がギョッとするような刀傷のある顔で睨みつけ、大声で問いただした。孫策は突然飛びだしたことにはなんの後悔もなかった。ただ話そうとはしなかった。それにしたがって周瑜も何も言わずに黙っていた。刀傷の顔の男は髪をつかんで無理やり顔を上げさせた。
「おまえ、さっきなんと言った?孫堅はお前の父ちゃんか?」
 孫策は大きな目で何の好意も見せることなく憎々しげに相手を睨みつけ、つばを吐いた。
 刀傷の顔の男は孫策の髪をぎりぎりとつかんで地面に叩きつけた。顔をあげて顔に着いたつばをハハハと大笑いしながら拭った。
孫堅にこんなざまのお坊ちゃまがいるのか?お前の父ちゃんは孫堅の手下のどっかの農民だろうが!」
 言うなり、目を周瑜に向けた。不意に驚きすたすたと近づいてあごをつかんで細かく観察した。周瑜の顔は泥汚れでいっぱいだった。このとき、お父さんが見てもきっとわからないだろう。
 刀傷の顔の男は周瑜の顔を見つめて振り返らずにどなった。
「水をもってこい」
 手下は慌てて盆に水を入れて捧げもってきた。刀傷の男は周瑜の総角の髷をつかみ水の中に押さえ付けた。周瑜はもがき、吹き出して、窒息しそうになった。孫策は飛びだそうとしたが、人に押さえ付けられ、罵り続けた。周瑜がもうそろそろだめかなと思い始めると、引っ張り上げられた。
 泥が水で拭い去られると、彼の本来の清潔な肌色が現れた。刀傷の顔の男は周瑜を見つめて、細かく衣服もよくよく調べた。急に首をつかんで問うた。
「言え!お前は周家の子どもではないのか?!」
 周瑜は唇を噛んで答えず、刀傷の顔の男はそれを見て残酷にも何発か顔にビンタをくれた。耳がぐわんぐわんと鳴り響き、孫策がわーわーと叫んでいるのだけが聞こえた。大きく叫んだ。
「そいつをぶつな!おれの弟だ!」
「お前の弟だと?おまえのような物乞いにこんなきめ細やかな柔い肌をした弟がいるとでも?」
 刀傷の男は獰猛に笑った。周瑜の落とした匕首を拾い、ちらと見て言った。
匕首の上にも白玉が散りばめられている。売っていたとしてもお前に買えるものか!……しかしな」
 その男はさっと匕首周瑜の首に突きつけた。
「惜しいことにおまえはあいつの弟ではない。周異のあのアマや仲間がおれの女房や子どもを殺しやがった。おれの顔もこんなにしやがった。おまえが奴のこどもならおれはどうやって仇を討つべきなのか言ってみな?」
 というなり残酷に笑って周瑜の頬をつかんだ。周瑜はぎゅっと目を閉じて、悪夢のような瞬間を耐えていた。
 何かが空気を裂いて飛んできた。それからぱたりと音がしたかと思うと匕首が湿った泥の上に落ちていた。周瑜は閉じていた目を開けると、あの刀傷の顔の男は顔の真ん中を矢で射られているのがみえた。数本の矢が刺さり、その男は目を大きく見開き、質問に何と答えようかしているかのようで、でも何の音声も出ることはなく、落胆したように大地に転がっていた。
 第二の矢、第三の矢……続々と素早く人馬が狙われた。黄巾の人の群れは大声でわめきながら続いて武器を拾い避難できるところを探した。乱闘も一かたまりに成り、火も迅速に消火された。混乱と暗闇の中、孫策はよたよたと歩きながら、周瑜をつかまえた。
 周瑜の心臓はまだドクドクと飛び跳ねていた。孫策はしっかりと抱きしめてやり、耳元に近づけて囁いた。
「おそれるな!オレがいる!」
 衣服を隔てて、周瑜孫策の小さな胸でもドクンドクンと飛び跳ねているのを感じた。周瑜も声には出さないけれど孫策に呼びかけていた。
「こわがらないで、わたしがいるよ……」
 二人は腰をかがめて飛び交う矢と黄巾軍がみなごろしになっていくのを避けていた。農園を飛びだしてすぐに動けなくなった。草むらに伏せって互いにしっかりと抱き合っていた、全身震えながら。
 どのくらいの時間が過ぎたのかわからないが空はついに明るくなっていた。すぐに太陽が雲を突き抜けて顔を出すだろう。昨夜の悪夢を追い散らしながら。
 周異は人馬を率い、農園での昨夜の戦果を調べていた。黄巾の大きな旗が倒れて大地を埋め尽くしていた。そして家畜の糞に汚れていた。農園の中央の空き地にゴロゴロと死体が転がっていた。周異は周家の者の首がぶら下がった牛車を見て、苦しげに歯を食いしばった。人に命じた。外して……清めて安葬せよ、と。
「報告します旦那様!」
「見つかったか!」
 周異はすぐに振り返って急いで尋ねた。
「見つかりました!」
 探索の者は満面に笑みを浮かべて頷いた。
 周異が周瑜を見つけたとき、周瑜孫策の耳に顔を押しつけて深く眠っていた。二人の子どもは指を絡め合って互いに寄り添っていた。周異は彼らを起こしたものかわからなかった。周瑜の飢えて痩せた小さな顔を見て、内心何とも言えない辛さを感じた。
 孫策はもともと警戒心が強く、先に人馬の騒がしさで目が醒めた。目を見開くと、不意に背の高い衣服が豪華な中年の男性が立っていた。自分を見つめているのに気づいて、ぶるっと身震いした。それから周瑜も目が醒めた。周瑜は目を擦り、周異を見て、またあわてて目を擦った。そうだ、あれは父上だ!
 周瑜は口をぽかんと開けてまた夢を見ているのではと思った。周異はドサッと蹲り、周瑜を懐に抱き寄せた。嗚咽し、話すこともできなかった。ただ一言、
「瑜、わたしの瑜……」
とつぶやいた。
「父上……」
 父親の体温を感じて、周瑜はやっとこれは夢ではないとわかった。あのつらく恐ろしい思いが一度にわき上がり、周異の懐で大声で泣いた。
 孫策は側で見ていて、事情を理解し、また自分のお父さんの孫堅を思い出して辛くなった。
 周瑜親子は思う存分泣いて、周異はやっと赤い眼を孫策に向けた。笑いながら話しかける。
「こちらの小英雄には、本当にありがとう。あなたが、ずっとうちの子の面倒をみてくれたのですね!」
孫策は口ごもって言った。
「なんて言うこともない。ついでだよ」
 周異は孫策を面白いと思い、笑って聞いた。
「小英雄のお名前を伺ってもよろしいかな?」
 孫策は首を伸ばして言った。
「オレの姓は……」
 考えをあらためた。言わない方がいいかも。孫堅は常に言っていた。外に出たら敵と友と分かちがたい。仲間のようでも、振りかえるなり刀を振るってくることもある。この人は関係性がわからない。うちのお父さんとどんな関係なのか、言ったら罠にはまるかも知れない!
 そこで、孫策は「孫」の字を飲み込み、言った。
「項籍!」
 周異は笑い出しそうになった。孫策の頭をくちゃくちゃと撫でると言った。
「これは小覇王でしたか」
 孫策は藻掻いて起きると、拱手して言った。
「こうしてあなた方の親子の再会もできたし、オレはじゃましないでおくよ。またな!覇王はまだ用事があるのでお先に!」
 言うなり、足を上げて歩き出すと、おうと一声上げて倒れた。周異と周瑜が見ると、足に折れた矢が刺さっていた。
小覇王、やっぱり拙宅で養生してから出かけては。あなたが行きたいどこにでもわたしは送り届けますよ!」
 周異は笑って二人を抱き上げると高々と肩に担ぎ上げた。孫策はなんだか可笑しいような気がした。周瑜は生まれて初めてこんなに楽しそうな父上を見た、嬉しくて顔まで赤い。ぎゅっと周異の手を握った。
 初夏の田野は、戦争のピリピリとした雰囲気はまだ消えていなかった。大地の立ちこめる煙雲の生気はだんだんと広がり雨となり露となり、陽光と清風となり舒城へ進む一行を吹きかすめていった。荒れ果てた田野には野花が咲き、戦争で亡くなった人達はすでに肥沃な土の養分となっていた。

 年かさの婢女が孫策を木桶に押し込み刷毛と石けん水でゴシゴシと垢じみた皮膚を洗った。熱水の熱さに孫策はわーわーと叫び、ばしゃっと水があちこちに広がった婢女の罵声が混じった。うちのなかで殺人がおこっているみたいだった。
 三回水を替えて、婢女はやっと孫策を解放した。孫策を拭いてやり、まっ白な絹の服に着替えさせた。使用人が孫策を背負って寝室に入ってきたとき、周瑜はすでに榻に座り机の上の本を読んでいた。周瑜も体を洗ってまっ白な衣服を着ていた。髪にはまだ水気があった。誰かが入ってきたので顔を上げた。孫策を見るとびっくりして目を丸くした。
 使用人は孫策を榻の上に座らせると、薬を塗ってやり、ひらいた傷口の上をしっかりと包帯で巻いてやった。孫策周瑜の髪を引っ張ると言った。
「お前の家の女はどうしてあんなにきついんだ!力もオレのお父さんよりずっとあるんじゃないか!」
 周瑜は振り返って笑った。
「力が強くなきゃきみを抑えておけないだろう?きみの叫びは殺される豚みたいで、わたしはここにいてもはっきりと聞こえたよ」
 孫策は面白くなく鼻をゴシゴシ擦っていた。
「覇王さまは洗われるのに慣れていないんだ」
 不意にびっくりした。震えながら驚き尋ねた。
「おい?!お前口がきけないんじゃなかったのか?!」
 周瑜は髪をつかんでいる手を退けようとした。
「きみのほうが言葉をうしなっているよ!」
 目と目が相対し、孫策は何かを思い出したようだった。
「さっきオレが入ってきたとき、おまえは幽霊でも見たみたいに、目ん玉を鳥の卵より大きくさせていたな」
 周瑜は言った。
「陰険だな!……わたしははっきりと初めて君の顔を見たんだよ。ちゃんとした姿をね」
 孫策は得意になって笑った。
「そりゃもちろん、あちこちの街で皆が自慢する孫郎の美貌なのさ!」
「君の姓は孫なの?!」
 周瑜は驚いて目を見開いた。孫策は失言したと自覚した。あわてていいつくろう。
「誰が孫だって!オレは……字が孫郎だ。だめかよ!」
「きみには字があるの?!」
「どうして、オレにあったらだめなんだ?!オレに聞いてないで、お前が話せよ、お前の姓はなんだ!」
 周瑜は机の上の筆をとり、墨汁を含ませて言った。
「手を出して!」
 孫策は面白そうに大人しく手を伸ばした。周瑜は俯き、孫策の手のひらに小さな二つの字を書いた、孫策にはくすぐったく、冷たかった。顔を近づけてみると、二つの字はよくわからなかった。けれども端正で優美なことは言うまでもなく、目の前の人と釣り合っていて、手のひらをじっと見ていた。頭を上げて周瑜に言った。
「何と読むのか教えてくれ。一生忘れないから!」
 周瑜は言葉に出さず、首を傾げて彼に微笑んだ。漆黒の髪はまだ湿っており、水滴が頬を伝って雪のように白い首に流れていった。孫策は無意識に手を伸ばして周瑜の髪をかきあげた。突然使用人が進み入ってきて伝えた。周異が彼らと一緒に堂室で食事をしようと。
 周異を見て、孫策は内心やっぱり親子だなぁと思った。自分に向ける表情が、周異もとても驚いていて、彼の顔をじっと見つめていた。独り言を言った。
「そんなにいい顔かな?」
 孫策は喉をすっきりさせて言った。
「こんにちは。……その、おじさん」
 周異はまた笑って彼の頭を撫でた。人に命じて彼を座らせた。