策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 竟雲何先生『長河吟断』2

 小さなころから、災いは彼も一手に引き受けてきた。けれども人を慰めるのは得意とするところではなかった。冗談を二言程度いうと、その子どもはさらに強く泣きじゃくるかと思いきや、声も出さずに震えていた。孫策は何を言ったらよいのかわからず、口を噤んだ。口を閉じても黙っていられず、歌を歌い始めた。小さい頃に孫策が泣きわめくとお母さんが歌ってくれた歌で、その後、覚えて孫権をあやすために歌っていたものだった。背中の子どもはひとしきり泣き、ゆっくりと眠りについた。

 三月の昼間の太陽はまだしも、夜にもなるととても寒かった。さらに腹は空っぽで、心も寒々しくなった。彼らは小川の岸辺のとても大きな楠に身を隠した。地面には降り積もった枯れ葉が発酵したような匂いをさせていた。香りはよかったが残念ながら食べられなかった。あの子どもはとうに目覚め、意地のように降りようとし、よろよろと彼の後ろの方を歩いた。地面に座り込み、疲れて動けなくなってしまった。孫策は子どもが動けないのを見て、ため息をついた。オレは動かないわけにはいかないんだがなぁ、そうしないと飢え死にするだろう。そう思いながら、短褐(ズボン)のすそをまくりあげ、草履の足を高く上げながら渓流に飛び込んだ。とても冷たい。骨にしみ通るほどではなくとも、走ってきた熱を冷ますのには十分であった。月光の光を借りながら、孫策は何匹かの魚の金色の鱗が揺れ動くのが見えた。しかし、どうしても捕まえられない。怒って、足で蹴った。その一蹴りで魚はさらに遠くへ驚いて去ってしまった。ひとしきりののしっていたら、ポチャンという音も聞こえた。振りかえると、人参赤ちゃんも飛び込んできた。外套の薄い絹の服を脱ぐと、片方を少年に渡した。孫策は頭を叩いた。「これは思いつかなかったなぁ!」人参赤ちゃんと一緒に腰を屈め、渓流のなかで絹服で漁をした。
 収獲はいうまでもなく豊漁で、独りでするよりもずっと強力だった。孫策は落ち葉を一抱え、二抱え拾うと、石の上で火を起こした。一条炊事の煙が立った。焼き魚の香ばしさが鼻を直撃した。孫策はしばらく弄くり回した後、冷ますのも忘れて魚を噛みちぎり、熱くて吐き戻した。大きな口でふーふーする。人参赤ちゃんは孫策のあたふたする様子を見て、唇を噛んでこっそりと笑った。月光はとても明るく、孫策には冷たいような目が弓なりになって春の景色のように燦然と輝くさまが、昼間の氷のように冷たい様子とは別人に思えた。思わず笑った。
「お前笑った方がずっとかわいいぞ!」
 人参赤ちゃんは聞いてびっくりし、顔がちょっと赤くなった。孫策はその様子がとてもおもしろく思えた。
「オレはまだ聞いていなかったな。お前はなんて名前だ?」
 人参赤ちゃんとよぶのもなんだしな。
 その子どもは細く白い指で渓流の水をつけて石の上に一画一画丁寧に「瑜」と書いた。孫策は目を見開いてその字を見たが、顔をあげて雪のように白い子どもの顔を見た。そして頭をなでると悩むように言った。
「そんな複雑な字は、オレにはわからん!」
 子どもはやや首を振ると微笑んだ。今度は手に持っていた焼き魚を指差した。孫策ははっと気づいた。
「おっ!なにかわからなかったが、魚(ゆ)とよぶのか!」
 それから、孫策はたまたま出会った周瑜と一緒に舒城へ向かった。舒城へ行くという話だが周瑜孫策より心が逸っていたが、走るのは速くなくトテトテと歩き、後には一歩ごとに痛みが骨身に染みて、息も冷たくなった。孫策周瑜を石の上に座らせて、靴を脱がせた、ちょっと見て、こいつめ、小さな足にいっぱい水ぶくれができている。どうして我慢できていたのかもわからない。
「お前我慢しすぎだよ、こんなに水ぶくれができてなんで言わない?こんなままで歩いていたら、二日もせずに足がぼろぼろになるぞ!」
 孫策周瑜の木の底の絹の靴を投げ捨てながら言った。
「こんなぼろ靴履かないほうがまだましだ」
 そう言うと、自分の足に引っかけていた大草鞋を脱いで、周瑜に履かせた。周瑜孫策をみつめながら思った。二人で一つの草鞋しかない。彼が脱いだら何を履くのだろう。孫策周瑜が悩んでいるのを見て笑った。
「オレは履かないでも何でも無い。オレの足を見て見ろ!」
 足を差し出して周瑜に見せた。周瑜が見ると、孫策の足の裏には堅いタコができていて、泥がいっぱい着いていた。何か履いているようにも見えた。
 孫策は得意げに言った。
「凄いだろう!」
 周瑜はうんうんと頷いた。不意に孫策は何かを思い出した。手を伸ばして周瑜の服を脱がせはじめた。周瑜はあわてて嫌がった。孫策は笑って言った。
「おまえがこんなのを着ていたら、万一強盗にあったら、疑われるだろう?」
 言いながら、周瑜の腕を放させて上着を脱がせた。地面の泥をべっとり擦りつけた。その上乱暴に足で踏みつけ、踏んでボロボロになったのを拾って周瑜に投げて言った。
「さあうまくいった……そうだなお前の顔は白すぎる!」
 言うなり泥をつかんで周瑜の顔に塗りつけた。周瑜は殴りかかろうとする寸前だった。孫策はハハハと大笑いして飛び退いた。
「鏡があったらきっとお前に見せてやるのに!いまのお前は物乞いと変わらんぞ!」
 周瑜は袖で顔をゴシゴシこすった。よたよたと歩きながら孫策の楽しそうな歩調に着いていった。
 道すがらの風景はだんだんと見慣れたものになってきた。周瑜はついに舒城へ近づいていることがわかった。ほんの短い旅を周瑜孫策は二十日あまり歩いた。強盗に遭うのを恐れ、そして、方向がズレるのを恐れ少なからず無駄足を踏んだ。ふたりはウサギを捕ったり、魚を捕まえたり、糧食を盗んだり、鳥の卵を獲ったり食べるためになんでもした。孫策のやることは何でもこなれていて、周瑜は一緒にいて楽しくてたまらなかった。心の中ではこのどこにでも現れる流浪の少年を尊敬していた。前に尊敬していた周暉よりもさらに。
 舒城の付近はだんだん平らになってきて、良田が広く広がり、田畑のあぜ道が交差していた。惜しむらくは近年黄巾軍に襲われ、農民は虜にされたりにげだしたりとで、田地は荒れ果てていた。数多の農園も捨てられ、地上には家畜の糞が散らばり、その間には腐敗した人や家畜の死体があった。夜になり、死の気配が満ち満ちて一条の炊事の煙も見えなかった。
 皖城は黄巾軍に占領され、官軍が包囲して攻めているところだった。皖城からそう遠くない舒城も危うくなり、真っ昼間から城門を堅く閉ざしていた。二人は山のように高い城門の下に立ち上を向いて城楼で守備をする軍が行き来するのを見上げた。孫策は大声をあげて開門を迫った。守備軍は彼らふたりを見ても、何も動かなかった。孫策は怒って足を蹴り上げ罵った。その罵り言葉も何時間も汚い言葉をいっても何種類もあることに、周瑜はそばで聞いていて感心していた。守備軍は彼らを笑い少しばかり罵り、それでも開門の意思はなかった。孫策は石頭で行ったり来たりして、周瑜を連れてばちんばちんと門にぶつかった。ずっと交渉は太陽が西に傾くまで続いた。ふたりとも疲れた。舒城が開門することなく、別のところに泊まる場所を探した。

 舒城の付近は茂みのような身を隠す場所はなかった。二人は運良く廃棄された農園をみつけ、踏み入れられる部屋をなんとか探した。孫策は火打ち石で一抱えの柴に火をつけた。周瑜は狭い空き家の中に火が灯るのを見ていた。地面からいうならまだしも清潔で、地面には雨が降った後の水があり、水たまりになっていた。鳥の糞の臭いが消しがたく残っていたが、外よりはましだった。それに木製の板戸もあった。それがなんのためなのかわからなかったが、狭くも広くもなく、彼らふたりが並んで寝るにはちょうどよかった。二人とも二十日以上寝台にも恵まれていなかった。外と同じように湿気があり冷たくとも、四方に壁があるのは、内心ちょっとした家のようでもあった。
 孫策は火を消して、懐から二日前、軍営から盗んできた干し飯を取り出した。半分に割って周瑜に渡した。干し飯は命がけで、両人とも飢えた目で、毎回食べるたびにむせて死にそうになる。しかし、孫策は飢えて死ぬよりもずっとむせて死ぬ方がましだった。こんな程度の低いものでも最後のひとかたまりだった。明日はどこへどうしようか。三口二口で飲み下して、孫策は胸を叩いて干し飯がゆっくり胃に流れるようにした。ため息をつき、木製の板の上に寝転がった。周瑜は手についたかすを払って、横になった。二人とも会話はなかった。あるいは話しても、孫策はおしゃべりもしたくなかった。両人揃って横になった。穴の空いた天井から見える空のお星様が彼らをみつめおろしていた。ほどなくして、誰とも知れず、腹がぐるぐると鳴った。静かな暗闇にこの哀しげな気分の中で聞くと、おかしくもあり、両人ともクククと笑いはじめ抱き合った。
 突然、孫策周瑜の口を押さえた。そっと言う。
「声をだすなよ、聞いてみろ!」
 しーしーさーさー、鼠が這うような、いや鼠の音はこんなにこそこそとしていない、周瑜は乳母の話していた幽霊のお話を思い出した。驚いて孫策の首にしがみついた。いつもなら孫策は彼を揶揄うだろう、または脅かすか。けれどもこの時は、孫策は何かに気づいたのか硬直して動かず、門外の音を慎重に聞いていた。
 しーしーさーさーとした物音はしばらくすると聞こえなくなった。周瑜は息を吐いた。孫策周瑜の口をつぐむ抑えていた手を放した。さっきまでの様子を笑おうとするなり、突然騒がしい音が遠くから近くになり、灯火で明るく照らされ、聞こえる音からは多くの人馬がいるようだった。二人は暗闇で見つめ合い、孫策周瑜の手をつかんで窓の下に身を隠した。こっそりと頭を出して外を見た。
 何が来たのか不安だった。もし、外に来たのが官軍ならまだよかった。この一隊は黄巾軍!人数を見れば三百、五百というところか。孫策はひそかに彼らがちょっとひと休みしているだけだといいなと祈った。周瑜もこっそりと立って外を見た。この瞬間がよくなかった。かれは冷たい手に心臓をつかまれたかと思って叫び出しそうだった。あの二十日ほど前にであった強盗、頭の男には顔に刀傷があり、腰には李英の剣を持っていた。その男の後ろには牛車を囲んで襲った奴らが朽ちずにいるところが認められた。涙がすぐにあふれ出てきた。孫策は振り返って、不意に周瑜のキラキラ光る涙を湛えた両眼見てびっくりした。すぐにあの大勢の人々は彼の父母を殺した奴らなのだとわかった。すぐさま周瑜の口を押さえた。そして蹲った。周瑜は肘の内側で嗚咽が止まらなかった。懐から匕首を取り出して藻掻いて逃げようとした。孫策は慌てて小声で言った。
「馬鹿か!」
 さらに力を込めて抱きしめた。
 二人が窓の下で取っ組み合っていると、あるものの声が大きく聞こえた。
「行け、ちょっと近くに人はいないか見て見ろ、掃除して空き家で休むぞ」
 どうも頭領が命令しているようだ。
「はっ!」
 七、八人が同時に応答した。四方に散り、孫策周瑜は見つめ合って、ドキリとした。
 また、声がした。
「俺たち孫堅が皖城を攻める前に着くかな?」
 孫策はお父さんの名前を聞くと、身震いがした。孫堅、お父さんは皖城を攻めているんだ!