策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 竟雲何先生『長河吟断』4

 周異が尋ねた。
小覇王は拙宅には慣れましたか?」
「あなたの家はとてもいいが、あの女の人は凄く残酷すぎる。オレの皮が剥ぎ取られそうだったよ」
 周異はそれを聞いてハハと大笑いした。
「今度からは彼女たちに手を緩めるよう言っておきます。我が子があなたに話しましたか、我が家の来歴などを?」
 孫策は振り返って周瑜を見た、それから周異に答えた。
「あなたの子どもは話せないのと変わらなかったんだ。話したのはぜんぶあわせても十にも満たないよ。あなた方の姓もまったく知らないんだ!この子はこういうと知ってるよ!」
 言うと小皿の中の魚を指でつかんだ。
 周異はまたハハと大笑いした。
「それは鱸魚(ゆ)!我が子は周瑜と言います。我らは淮南の周氏です。先に付近の黄巾軍を掃討し、少なからぬ人数を殺しました。それで、我が子が亡き妻の墓参りに行ったのに目をつけられたのでしょう。幸いにもあなたが助けてくれた。わたし周異には子どもはこの子ひとりしかいません。あなたはこの子を救ったことで我が家を助けてくれたのです。この一杯はあなたに敬意を表して!」
 孫策は内心わけがわからなかった。こんな大人がひとりの子ども相手に礼儀作法通りに振る舞うのを見たことがなかった。伝説の名門大族というものか、振る舞いはあか抜けているなぁ。目の前の酒杯を取り、首を伸ばして飲み干した。この酒はお父さんがいつも飲んでいる濁り酒よりも強烈だった。孫策は頭の中がぼんやりして、顔も熱くなり、周異が話しているのが聞こえた。
「わたし周異は中年に成り、長男は横死し、妻に先立たれ、子どもは瑜がひとりあるだけです。ひとりで弔いをしなければなりません。あなたがここまで一緒にいてくれたように、お願いですから我が家にいてくれませんか。うちの子のために、兄弟となってくれたらよいのですが、これから助け合っていくのはどうですか?」
 孫策は考える間もなく答えた。
「オレはうちのお父さんの子どもで、あなたのうちの子ではない。でも」
 孫策は振り返って周瑜の雪のように白いとてもきれいな顔を見て言った。
「この子と兄弟になることは望むところだ!」
 孫策はきらきらとした大きな目をしていた。火の玉のようで、周瑜の心を温かくした。ちょっと感動もしていたが、何と言ってよいのかわからなかった。
 周異はハハと大笑いした。
「いい子だ、気骨がある!しばらくうちにいて、うちの瑜と一緒に寝起きして、毎日勉強するのにあなたがそばにいれば、わたしは安心だ!」
 周瑜はそれを聞いて、はっとしてあわてて聞いた。
「父上はまたどこかに行くの?」
 周異は語った。
「伯父さんがわたしを洛陽令にと上奏してくれた。十日、半月のうちに出発して着任しなければならない」
 周瑜は突然立って言った。
「一緒に連れていって!」
 周異は首を振って言った。
「お前は家にいて、一族のものから教育を受けるんだ。それに堂兄たちが一緒にいてくれる。もし、わたしと洛陽にいったら、今は天下大乱のときだ、万が一不測の事態が起こったら……」
 周瑜はまだなにかいいたげだったが、周異は手を振っていった。
「もう言うな、わたしの心はすでに決まっている。さあご飯を食べようか。見なさい、小覇王がお腹を空かせているよ」
 孫策は脇で完全に彼ら親子の言い争いを聞いていなかった。牛肉の羹を見つめてぼうっとしていた。周異の声を聞くやすぐに反応して、嬉しそうに思いっきり食べ始めた。周瑜はいかんともしがたくため息をついた。そして竹箸ををとった。

 孫策の傷はそれほど重傷ではなかった。加えてよく食べよく飲み栄養をつけたので、二十日程度でよくなった。それから彼はどうやってこっそりと抜け出して、皖城の孫堅に会いにいけるか考えはじめた。そのために、毎日、こっそり厨房から干し飯を盗み出し、五、六斤は集めた。持っていって、途中飢えないようにするつもりだった。周異や皆が赴任のための用意をしていたので、誰も孫策の挙動に気にとめなかった。孫策はしめしめとこっそり喜んだ。孫堅と再会できる日も遠くないだろう。
 計画は鳴り物入りで上手くいっていたが、毎回周瑜のことを見るたびに、孫策の決心はちょっと動揺した。周瑜はもとよりしゃべれない訳ではないが、しゃべれないのと変わらない様子だった。周異が家から離れて赴任すると告げたときから、周瑜はがっかりしていた。半日座って勉強して、どうやって笑わせようとしても、話もしなかった。孫策は内心一緒の流浪生活が懐かしかった。あの時はまったく話さなかったが、顔にはまだ笑顔があった。しかし、何度か悩んだ後、孫策は内心思った。兄として申し訳ない、やっぱりお父さんに早く会いに行かなければならないんだ。これからの人生、また会うこともあるだろう……
 その日はみなが周異が舒城を出発するのに見送りに出たのをいい機会だとして、孫策は最後の仕上げをした。自分のほんの小さな荷物をもち貨物車の中に隠れた。
 車が大体半日も走ると、止まった。孫策は這い出して隙間から外を見た。見送りの人達が最後の別れを周異としていた。一隊宗族の子弟が年かさから幼いのまで数十人はいた。おのおの華美な格好をしていて、色は白く背がすらりと高い。一目で同じ一族とわかる。周瑜も人だかりの中にいた。白い服を着て、華やかな衣服の子弟のうち、かえって目立っていた。
 みなで祝杯を挙げ、周異と何かを話し、一斉に飲み干した。順番に拱手して、挨拶を述べ、ごちゃごちゃとなかなか終わらない。孫策はカッカしてきた。頭をめぐらせて周瑜をみると小っちゃな白い影が、父親の側に立っていなかった。従兄弟たちは品のある様子で何かを話しお辞儀をしていた。周異も周瑜を抱いたり、抱っこしたりしなかった。親しみのある熱烈なお別れ、孫堅が行くときに孫策ら兄弟にするようなものはなかった。孫策は思わず感慨を禁じ得なかった。こういう名門の大族は決まりが多くて人間味がない。親子でもそうだ。顔を上げて再び周瑜の顔を見た。孫策は内心突然ドキッとした。周瑜の表情が水のように冷たくしょんぼりとしていると感じた。
 そこで、孫策は無理やりに俯き、二度と周瑜を見ないようにした。
 お見送りもついに終わった。周異は最後のさよならを父老や親友に告げ、洛陽へ向かっていった。堂兄弟と族人、使用人はみな車や馬にのった。周瑜はまだもとの場所に立っていた。爪先で立って父親の背中の影が遠くに消えるのを見ていた。夕方、空の色がだんだん暗くなり、霧が湧いてきた。周瑜の父の隊伍はだんだんぼんやりとしていった。周瑜は我慢できずに裾を持ち上げて走った。驚いて呼び止める声の中ずっと走った。ずっと走って走って草につまずいて転んだ。顔を見上げると、果てしなく広がる空にすでに父の影は飲み込まれていてなかった。
 それから、膨大な屋敷の中は彼ひとりしかいなくなった。周瑜は地面に思わず腰を下ろして、湿っぽい冷たい風が頬をなぶるままにしていた。眼を細めて遠くを見ても、ぼんやりとした田野と林だけでなにも見えなかった。
 屋敷に戻ると、ぼんやりと夕飯を食べた。心ここにあらずで読書もした。夜になってやっとなにか足りない、孫策だ!孫策も見えない!このときやっと孫策がいつも楽しく笑わせ一緒にいてくれ、なぐさめてくれ、ごちゃごちゃとしゃべりかけていたのもなくなってはじめて淋しくなった。現在、孫策も彼を捨てていったのだ。かぎりなくさびしくひとりぼっちで、夜が暗くふけていくにつれすべてが小っちゃな体にのしかかっていった。
 夜の風が戸口の隙間から吹き込んできてみかん色の灯明が消えた。周瑜は壁にもたれかかりながら、膝を抱いていた。流浪していた日夜、それらの声と音を、乳母の物語を思い出し、そして……
 突然、暖かい小さな手が彼の手に重ねられた。
「おそれるな、オレがいる!」
 孫策はまた戻ってきた。周瑜は抱きついた。きつく抱きついて離さない。
「オレを絞め殺す気か!」
 孫策はゼーゼー言いながら腕を外させた。
「いつものお前らしくないな!」
「行かないで!」
「だれがオレが行くって、オレは便所にいたんだ」
「うそつき、君は行ったんだ!君は父上を探しに行ったんだ!」
 孫策は言葉につまった。身につけていた風呂敷づつみを放り投げ、言った。
「オレがいくなら、戻ってこないだろう!オレはもういかないから」
 周瑜孫策を見ていて、自分がわがままであると気づいた。
「きみが行きたいなら行けば。わたしは父上が恋しい。きみもお父さんが恋しいんだろ。きみも探しに行けばいい!」
「あ……そのな、オレもとっても恋しいよ」
 孫策は頭を掻き毟った。
「でもお前の家の牛肉の羹がとってもおいしいから、まだ存分に喰ってない、あきらめられないから、たっぷり喰ってから、オレは行くよ!」
 周瑜が見ると孫策の大きな目玉は暗闇の中でもきらきらと輝いていた。唇はつり上がり、笑みを含んでいた。
「きみが満足するまで食べたら、わたしも一緒に探しに行くよ。堂哥が人を出してくれるよ!」
「約束だな!」
 そこで、孫策は自分でも何を思ったのか上手く言えないけれど、苦労して出て行ったのに、また戻ってきた。でも、周家の人が孫堅はまだ皖城を包囲していると聞いて、内心安心した。
 周家の屋敷での毎日は安逸で豪華なのは本当だが、ただとてつもなくつまらない、死ぬほど。高い壁や門に阻まれ出かけることも難しい。周瑜はまだ幼いから、いやあんまりでかけるのを好まないから、いくらでも毎日大きな屋敷のなかで読書したり字の練習をしたりした。彼はもう習慣になっていた。毎日、順番通りにことをすすめていくのは、孫策には向かなかった。追いつめられた獣のように、書房の中をぐるぐる回った。
「オレが思うにお前の家の子育ては豚を育てるのに似ているな。檻の中で食べさせて動き回らせない?」
 孫策は窓のところに蹲り、周瑜が字を書いているのを見ていた。たまらずに言う。
「だれがきみを動かさないって、昨日騎馬の練習に行ったじゃないか」
「毎日がいいんだよ!」
「毎日行ったら、いつ読書や字の練習ができるんだ?!それじゃ武人にしか、なれないよ」
「どうして武人を見下すんだ?!」
 孫策は怒った。彼のお父さんの孫堅はいくつか字を知らないことで、いつも多くの人に人前で皮肉を言われる。そういう人達は口を開けば武人、もののふと言う。孫堅はそれを聞いてもちょっと笑うだけで、孫策にはかえって怒りがこみあげた。だから、周瑜の口からぽろっとでてきて、カチンときた。
 「ただただ殺し合いだけでは、一世一代の豪傑になれるかな?」
 周瑜は顔を孫策に向けて笑った。
「楚の覇王は力強く鼎をかつぐ、一代の英傑だろう?!」
「楚の覇王も読書せざるを得なかったんだ。きみの学んでいるのは御者とかわらないよ!」
 周瑜は思わずクスクス笑った。
項羽本紀を読んであげるよ!」
 孫策は目を輝かせていった。
「いいな。オレはお話を聞くのは大好きだ!」
「項籍は下相の人なり」
「まてまてまて!めんどくさいのは者とか也だな。人の話をしてくれ!」
 周瑜は眼を細めて孫策を刀で刺すようにチクチクと見た。しかたなく続けた。
「項籍は、是下相の人、小さい頃は勉強字の練習が嫌いで……」
 今度は孫策は真剣に聞いていた。それからそれから、と続けざまに聞いてきた。覇王が烏江で自刎するときには残念がった。周瑜孫策の嘆いたりする様を見て思わず笑ってしまった。突然、孫策は机の上の筆をとってたっぷりと墨汁をつけると自分の顔に描いた。
「気がどうかした?!」
 孫策はさらさらさらと筆を動かし、自分にほおひげを描いた。筆を周瑜の顔の前で止め、得意になって言った。
「我はすなわち西楚覇王の再来!」
「このバカ!」
 周瑜は我慢できずに机を叩いて大笑いした。