策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 竟雲何先生『長河吟断』5

「オレは楚の覇王だ、お前、お前は虞姫だ!」
 孫策は言うなり、ニヤニヤと笑って周瑜の顔を捏ね回した。
「きみはどうしてわたしを范増だと言わないのかい」
 周瑜孫策の手を避けた。
「オレが虞姫と言ったらお前は虞姫なんだよ。不満があるならやるか!」
 そう言うと、庭へと飛び退って行った。周瑜も裾を持ち上げとっちめに出て行った。二人とも庭で飛び跳ねて笑い合い、字の練習のことなど頭からさっぱりと忘れ去ってしまっていた。
 周瑜は足が長く走るのが速い。孫策はすぐに殴られた。振り返って庭の低い塀を見ると、さささと虎のような手足で這い上り、塀の上から周瑜に向かってニタニタと笑った。
「瑜や瑜や、なんじを如何せん!」

 正午の陽光はちょうど孫策の頭の上を照らしていた。まるできらきらと輝いてまっすぐに見ることのできない光る冠をかぶっているようだった。周瑜は目の上に手をかざして、目を細めて孫策を見た。孫策の目を見ると、心臓が急に一瞬止まったかのように思えて胸元が痛くなった。
 孫策はあわてて問うた。
「どうした?怒ったのか?」
 周瑜は一瞬の動悸が収まると孫策を見つめて言った。
「降りてこないなら、わたしは厨に言って以後は豚肉しか食べさせないよ!」
「おれがお前をおそれるとでも?」
 孫策は笑ってあっかんべーとやった。
「聞くが、おまえはふだん屋根の上ですごしたことがあるか?」
「ちゃんと地面の上にいないで、屋根の上で何をするのさ!」
「こんなに長く腕も足もつかわないでいたら、早晩豚になっちまう!オレと来い!」
 いうなり、周瑜の腕を引っ張る。
周瑜孫策がどうしてこんなに力があるのか、はたまたほんとうに覇王の生まれ変わりなのかわからなかった。塀に這いながら、周瑜を引っ張り上げてしまった。塀の上に上がると、雪白の絹の服は全部泥や灰に塗れてしまっていた。周瑜はちょっと後悔していた。孫策はがばっと起き出し、軽快に塀の上をずんずん歩いていった。
「瑜姫、着いてこい!」
「だれが瑜姫だよ!」
 周瑜はかっと怒った。立ち上がると、注意深く孫策の方へ移動していった。

 ついに高所での行動に慣れて、周瑜は汗をかいた額を拭いた。やっといつもとは違う景色を愉しむ余裕も出てきた。孫策周瑜を連れて高い壁や屋根の上、周氏の大きな屋敷の上から猫のように軽快に移動した。周瑜は初めてこの奇妙な角度から自分の成長した屋敷を観察した。厨房では家僕が厨師の不注意に乗じてこっそりと炒めた肉のかけらを盗み食いしているのが見えた。熱くて眉を寄せて吐き出すこともできないでいる。厩を見れば使用人が周暉が宝物のようにしている馬を軽くこっそりと引っ叩いていた。荒っぽい黒の雄馬である。中庭を見れば、青春真っ盛りの婢たちが互いにふざけ合ってわらっている。どこのお坊ちゃまがすてきか議論している。……高い壁の軒上を飛び跳ね、彼らは瓦の間に生えた小さな草花を踏みつけた。軒下に巣を作っていた鳥が驚いて飛んだ。天空へ羽ばたいていく……周瑜はこの巨大な屋敷で、普段は見られないところを見て驚いた。いつもは冷え冷えとした高い塀と四角い空だったのに。
 孫策は周忠の大きな屋敷の屋根の上に座り、遠くから手招いていた。周瑜は邪魔になる裾を持ち上げ、三尺ほどの隙間を通り抜け塀と屋根を飛び越してきた。孫策がそっと捕まえなかったら、転げ落ちているところだった。何枚か瓦が蹴落とされ、落ちてカシャーンと割れた音がした。二人は屋根の上で息をひそめて蹲った。部屋の中からドラ猫めと怒る声がした。
二人は見つめ合い、声を出さずに笑い合った。
 ここが、周家一族でも一番の高さを誇る大きな建物である。一番高いところに立ち、青い瑠璃瓦がずっと続くのが見えた。太陽が照りつけ、瓦は光り輝いていた。初夏の薫風が吹いて、ほかほかと暖かい。書房に閉じ込められていた鬱屈が晴らされた。
 孫策は腰を伸ばして、屋根の上で横になった。周瑜孫策の側に座った。しばらく、ふたりは話もしなかった。話しもしなくても、とても興奮していた。遠くの鳥の声、虫が鳴く声、人々が呼ばわる大声、罵り、笑い声、おしゃべり、そして部屋の隅の風鈴……この屋敷はまるで命を持っているかのようだった……このときは彼らの足下に平伏しておとなしくしていはようでもある。
「オレは前にもいつも下邳の官邸で一番高いところに飛びのっていたんだ。下のほうで兵馬が波打つのを見ていた」
 孫策は目を閉じて見た。まるで夢のことを話すように。
「きっとお前はそんなに多くの兵馬をみたことないだろうな。ピカピカのかぶとと鎧に身を包んで、みな環刀を握り、馬も装甲を着けるんだ。いろんな色の旗を担ぎ、旗の上にはオレでも知らない字もあった。自分の家のものはわかる。惜しいことに我が家の人馬は多くない。オレはみながら思った。いつかこの世で一番高いところに登り、雄大に広がる自分の軍を眺めるんだ。赤色の旗がはためき、その上には、でっかく孫の字がかいてあるんだ!」
「やっぱりきみの姓は孫なのか……」
 周瑜はぽかんとした。
 孫策は眼もぱっちり開くこともなく、横たわりながら物憂げに頷き、言った。
「オレがお前のお父さんに言わなかったのは、万が一おれのおとうさんと仲良くなくて、不利にならないようにするためだったんだ」
「それできみの父上はだれなの?」
「烏程侯、孫堅!」
 孫策はパッと目を見開くと、きらきらと光を放った。
「今皖城の黄巾軍を包囲している孫文台さま?!」
 周瑜は急にびっくりした。彼は孫策の来歴をいろいろ考えてきたが、孫策の父親がこんなに有名だとは思わなかった。
「その通り!オレのお父さんは、すごいだろ!」
 孫策は興奮しながら周瑜を見つめて言った。周瑜も忙しなく頷いた。またなにか思い出し、手を打って言った。
「父上をお見送りするあの日、あの日ちょうど仰っていたんだ。孫文台さまに会って、兵糧と飼い葉を送ったって。孫文台さまはいい人で、二人はうまが合ったみたいだ!」
 それを聞いて孫策は暗い眼になった。後悔するように頭を叩いた。
「早くに知っていれば!早くに知っていればオレは言ったのに!お前のお父さんがオレを皖城に送ってくれたのに!」
 周瑜孫策の不運をちょっと喜んで言った。
「だれがずるいって?」
「ふん!」
 孫策は一睨みすると、這い出して逃げようとした。振りかえると、周瑜の大きな目が見えた。深い泉のようにずっと寂しさを湛えているようだった。孫策はすぐに以前の約束を思い出した。すとんと座り、俯いて話さなかった。
「どうして逃げないの?」
 周瑜は尋ねた。
 孫策はフンと言った。
「疲れた!」
 向きを変えて横になり、太陽に身をさらしながら眠りはじめた。周瑜は注意深く孫策を見つめた。動きがないようなのをたしかめると、眠くなってきた。足下の大きな屋敷もまるでねむっているようだった。軽いかすかな鼾をだしているようだった。それに誘われて眠った……。
 孫策が目を覚ますと、空は暗くなっていた。屋根の上も冷たくなっていた。周瑜も側に横たわり、いつの間にか一緒に寝ていた。孫策はごそごそと立ち上がり、周瑜がしっかりと孫策の裾を踏んづけているのに気づいた。泣くことも笑うこともできない。周瑜の目を覚まさせようとしたが、気持ちを変えて、軽々と負ぶって来た道を飛んでまわって、勉強していた書院の中庭まで戻った。婢たちはちょうど二人を見つけ、孫策に猫みたいに背負われて出てきた幼い主をみてほっとした。
 それから、孫策は再び孫堅を探すことを言い出さなかった。ただ毎日心ここにあらずで、周瑜は彼を見ていると、昔周暉にもらった赤ちゃん狼を思い出した。とても軟らかな肉を食べさせようとしても、ずっと夜通し泣いて、数日もしないで亡くなり、周瑜の心は長いこと傷ついた。彼は孫策を見ていると、自分がワガママすぎると感じた。まるで面白い動物を檻に入れて飼うみたいで、孫策が家族のことを恋しがることに同情していなかった。
「ねぇ、わたしのことを怒っている。行かせまいとするわたしを憎んでいる?」
 夜に寝る頃、周瑜は悶々として楽しく無さそうな孫策に聞いてみた。おそるおそる。
「そんなことはない。オレは食い過ぎた。動くのが億劫だ」
 孫策はぼんやりと言った。
「考えるに、オレはお前の家のこの生活があわない。つらいな。何年もお前はどうやって耐えてきたんだ?」
 周瑜は笑って言った。
「歯を食いしばってやってきたんだよ」
 いいながら布団にもぐり込み孫策の横に並んだ。眠れなくてまた聞いてみた。
「きみは弟がいるって言ってたよね?」
「そうだ、オレには二人弟がいる!翊はまだ小さすぎて、乳を飲んでいる。いつもは権を連れて遊んでいる。権はちょっとお前に似ているな。上品で、落ち着いている。いつもはオレの歩くのに着いてこられないから、それからオレと遊ぶのが嫌になって、権も毎日家の中で読書したり、字の練習をしている……うんざりするな。だからお母さんは権をなおさら可愛がって、いっぱい勉強すれば出世できると。オレはお父さんに似ているんだ。生まれつき人のことを余り気にしない」
「きみの母上の言うことはもっともだ」
 周瑜は頷いた。
「けっ」 
 孫策周瑜の身体に手を伸ばしてちょっと爪を立てた。続けて言う。
「オレは毎日毎日家の中でぼーっとしているのが何の役にたつのかわからない。天地はひろいのだから漫遊すべきだ。大きくなったら、オレは天下をあまねく遊び回るんだ。一つところにいるなんて退屈でたまらない」
「天下か……天下とは大きいな……」
 周瑜は手を枕にした、上を見ると漆黒の虚空の欠片が見えた。
「大きいから面白い!」
 孫策はごろりと起き上がった。周瑜を見ながら言う。
「オレは早くから気づいていたけど、お前は表面は死ぬほど温和しいのに、その実、人のことを気にしないよな。なぁ、オレといっしょにいると楽しいだろ?」
 周瑜は一時無言になった。それまで考えたことも無かった。孫策に聞かれて、はっとわかった。孫策にくっついてあちこちにいったり、鳥を捕ったり犬と遊んだり屋根の瓦の上を歩いたりすることは、ほんとうに情熱のこもった経験だった。自分にも生命力がみたされていると感じた。読書の生活ではなかったことだった。このことにきづいて自分でも驚いた。
「隠すなよ。お前も本当はいっぱい遊びに行きたいんだろ。やっぱりお前は権に似てないな。権はちょっともオレとでかけるのが好きじゃないんだ。あるときちょっと遊びに連れてでかけたら、すぐにお母さんに告げ口するんだ。お前とは全然違う!オレはそう思った」
孫策は顔をくっつけてきた。
「オレたち、お父さんたちに似ているな。そういう話しなら、うまが合うな!」
 周瑜はゴニョゴニョ呟いた。
「うまが合う……」
「言ってみろよ。今後オレと一緒に、満天下を旅してまわるってどうだ?」
「わたしは……」
「いやか、それとも?」
 周瑜は気持ちをかため、すっくと起き出した。
「行きたい!きみはわたしを連れていくって、どこにでもわたしを連れていくって約束してくれ!」