策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 竟雲何先生『長河吟断』7

 周瑜はどきどきする胸元を抑えた。虎の声音は威厳を示すものから怒りへと変わっていた。怒りからあがきへと変わり、首を伸ばしてみると、細くて柔軟な縄が網のように虎を固定して、少しも動けなくしていた。孫策は縄を木にくくりつけ、吼えるように叫んだ。
「早く、やつの胸を刺せ!」
 虎は藻掻きながら立ち上がり、周瑜が構えて飛びだそうとしたとき、匕首を突き出した勢いでぐさりと虎の胸に刺さった。
 虎は怒りのうなり声を発した。手を伸ばして、さらに怒り狂い縄から脱出しようとした。孫策は木にくくりつけようとしたが、周瑜は引きずり倒されてしまった。
 虎の目はもう黄金の火のようでは無かった血走った赤である。孫策に向かって襲いかかった。孫策は顔を上げ、虎の胸に刺さった手作り槍をつかみ死に物狂いでやった。虎は痛みにゴウと吼えた。力を込めて孫策の胸を狙った。
 周瑜は唇の端の血の跡を拭った。頭を木に打ってわんわんと鳴っていた。ちらと見ると孫策が虎に押さえ付けられ、もがいていた。
 孫策は大声で叫んだ。
「来るな!!!!」
 周瑜は目を赤くして言った。
「だれがきみの言うことを聞くとでも!」
 周瑜はそろそろと虎の後ろに回ると、縄をつかみぎゅっときつく虎の首を絞めた。孫策はその隙に匕首を抜き出して、残酷に虎に突き刺した。突き刺すたびにボロボロになった。血が噴き出し虎と孫策の顔が血に塗れた。
 周瑜は今まで自分の力がこんなに強いとは思わなかった。虎が動かなくなるまで、周瑜は身を固くしていた。虎がずるりと倒れてくると、地面に座り込み全身を震わせた。孫策は虎の屍の下から手こずりながら這い出してきた。よろよろしながら周瑜の側に座った。二人は見つめ合い、息を荒くしていた、なにも話すことができなかった。
 心臓のどきどきがおさまり、平静になってから、突然まわりからしーしーすーすーと音がした。一頭の動物ではなく、一群のようだった。驚いた林の中の鳥がけたたましく空を飛んでいった。
 孫策周瑜の手をつかんだ。血がついていて、温かくつるつるしていた。ごそごそと起き上がり馬を繋いでいたところへと歩いた。
 二人とも二ヶ月の書斎での生活は今日のこの一番の危険のためだったと思えた。次々とくる危険に、二ヶ月に蓄えた勢力を全て使い果たした。彼らは小さな馬に鞭をくれ、道を選ばずに周暉の隊列と出会う一縷の望みにかけていた。
 周瑜の白馬が藤蔓につまずいて転んだ。足を折ったようだ、倒れて地面で悲鳴を上げていた。孫策周瑜を引っ張った。
「乗れよ、一緒に行くぞ!」
 周瑜は首を振った。
「だめだ、その子は二人も乗せられない!」
 孫策は飛び降りて言った。
「じゃあお前が乗って、兄貴を探してこいよ!」
「わたしがきみを放っておけるとでも!」
「ばか!早く馬に乗れ!」
 2人がとりとめなくごちゃごちゃ言っていると、突然林に一隊の人馬が現れた。ぐるりと彼らを取り囲んだ。こんなに突然でふたりとも呆然とした。互いにぎゅっと手を握り会う。
「ばかもんが!こんなところにまで来て!」
 大きな鐘か雷のような声が降ってきた。周瑜はまだはっりと見えていなかったが、孫堅は大きな黒い雄馬に乗っていた。隊列から出てきて、馬から降りると、孫策を拾い上げ下着を下ろしてぶつということを一気呵成にやった。
「あ……孫……おじさま、彼を撲たないで……」
 孫策はオウオウと泣き叫んだ。喉からいっぱいに大声で泣きわめいた。周瑜は手加減するようにお願いしようと口ごもっていたが、孫策がこそっといたずらっぽい目で見てくるので、再び様子を見ると、孫堅は手を振り上げているが、そんなに力は入れてなくて、パンパン叩いていても、孫策の尻は赤くもなっていなかった。
 十分に打つと、孫堅はやっと解放した。また血と汗にまみれた小さな顔をよくよくみると、突然ゴウと泣きはじめた。孫策を力を込めて懐に抱き締めて、背中を叩きながら叫んだ。
「ばかもんが!わしとお母さんを死ぬほど驚かせやがって!生きててよかった!生きててよかった!!!」
 周暉の人馬も駆けつけた。ちょうど親子の再会の場面をみて苦笑いした。
 もともと、その前に周瑜はこっそりと周異の名義で孫堅に手紙を送り、孫堅は呉夫人の手紙を受けて孫策が行方不明で一ヶ月以上も姿が見えないとあった。急な悲しみにくれているころ、周家からの手紙を受け取り、危地に突然目の前が開けた思いがした。喜び、軍に三倍の食料を放出して、一気に皖城を落とした。城を抜いた後、少し休息をとってから、人馬を引き連れ舒城にやってきたら、農民たちに聞いたところ東南で巻き狩りをしていると。そこでまた追ってきた。
 夜に、周暉は大宴会を孫堅のために開いた。昼にとったばかりのえものがごちそうである。加えて周家特製の美味い酒、歌舞音楽、仲間たちは夜中まで飲んで、ふらふらになるまでになって帰った。
 周瑜孫策はまだ幼いのでごちそうを食べたら大人達に追い出された。
 婢が木桶にお湯を満たして刷毛を持っていた。周瑜は笑って言った。
「李大娘、われわれで洗えるからいいよ」
 婢は全身血の汚れでいっぱいの孫策をやぶにらみすると納得のいかない様子だったが、こだわることなく、二人を置いて出て行った。
 孫策は彼女が出ていくとほっと一息ついた。ぱぱっと脱ぐと熱い湯の中に入った。振り返って周瑜にいった。
「来いよ。汚いのがいやか?」
「まさか」
 周瑜はため息をついて、そろそろと服を脱ぐと、湯桶に飛び込んだ。
 湯がちょっと溢れた、地面を濡らす。
「オレの背中をこすってくれ!」
 孫策は気持ちよさそうに木桶の縁によりかかった。振り返りもしないで言う。
「わたしのことを使用人だと思っているの?それなら李大娘にいてもらえばよかった?」
「そうじゃない!」
 孫策は慌てて言った。
「お前はちがう。オレはお前に擦ってもらうのがいいんだよ」 
周瑜は本意ではなかったが、孫策の理不尽に迫られ、刷毛を持ってそっと孫策の背中を擦りはじめた。石けん水をかけ、すべすべになった」
「明日、きみは父君と帰るの?」
「うん」
 ふたりともしばし無言になった。
 周瑜は話したいことを考えたが、たくさん彼に話したいようで、でも、何と言ってよいのかわからなかった。みると孫策はつるつるとして日に焼けた背中を向けていた。別れになにも感じていないようで、ちょっと腹がたち、言うこともなく、がむしゃらに背中を擦りはじめた。
「皮が剝ける!」
 孫策はだんだん異変を感じて、周瑜の手から離れた。
「お前の家のものはどうしてこんなに残酷なんだ!」
 周瑜は刷毛を投げると、顔を背けて孫策の方を見なかった。孫策は笑った。
「お前はオレが帰るのが嬉しくないんだろ?お前が嬉しくないなら、オレはいかないぞ!」
「きみはまた嘘をつく」
「オレは本当のことを言っている。お前の家は部屋も多いし大きい。食べものもたっぷりあって、おいしい。毎日服も着換えて、うちよりずっといい。本当に去りがたいんだよ」
「わたしの家が大きくておいしいものがあるから?!」
「お前だっていい奴だ!」
 孫策は言うと、周瑜の顔を自分の方へ向けさせた。
「お前と遊ぶのは、権たちよりもずっとおもしろい。お前は足も速いし、理解も早いし、顔もあいつらよりずっといい!さっきお父さんがオレに周兄貴にはこんなに大きなお嬢さんがいるのかって聞いてきたぜ。オレはそんなのはいないっていってやったら、ばかやろう、わしは信じない!って。どういう目をしているんだかな?」
 周瑜は聞いていて笑いを我慢できなくなっていた。ぶっきらぼうにしているのも悪かった。まじめに孫策を見つめて言った。
「これからわたしのところへ遊びにきてくれる?」
「もちろん!」  
 孫策は慌てて言った。
「君子の言葉は、取り消せない!オレはお前に誓っただろう?!」
 周瑜はしばらく黙っていた。しゃべらなかった。別れは二人の間に広い溝となる。時間がゆっくりと経つごとに深く広くなり、そのとき、そのとき、幾日経てば会えるものかもわからない。
 お湯がだんだん温くなってきた。周瑜は木桶から飛びだして、麻布で身体を拭いた。孫策は後ろから周瑜の白くて長い足をみて驚いた。周瑜が振り返った。
「早く出ておいでよ。お湯が凍っちゃうよ」
 孫策はぴしゃっと音を立てて水からでてきた。背後から周瑜に抱きついた。
「また濡れたじゃないか!」
 周瑜はさっと孫策を撲ちたくなった。孫策は耳元で囁いていた。
「出発もしていないのに、オレはもうお前が恋しくなった」
 
 次の日、太陽が昇った頃、孫堅らは帰り道を出発した。周暉は気前よくあの棗色の子馬を孫策に送った。孫策は元気に乗りこなし、お父さんと並んでいた。周瑜孫策をみて、周異が去ったあの日よりもさらに残念な気持ちになった。
 孫堅は長亭での見送りなどはまったく必要ではなく、城門でお別れすると主張した。
 孫策孫堅が周暉とおしゃべりしている隙に、馬を飛び下りて周瑜の側に来て、そっと手を握った。
 周瑜は俯いて手を見てびっくりした。
「お前はオレを待っていろ。必ずまた来るからな!お父さんと同じく軍を引き連れ威勢よく輝かしくな、もうお前を悪人に指一本触れたりさせない!」
 周瑜も顔を上げた。孫策は笑って言った。
「元気でな。瑜姫がいなかったら。オレは覇王にもなれないからな!」 
 周瑜は目を閉じた。孫策はそっと額をくっつけた。再び目を開けた時には、孫堅率いる隊列は遙か向こう遠くへと進んでいた。
 官道に土ぼこりがたち、前方の様子も曖昧になって見えなかった。