策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 五十七 需要愛先生「思為双飛燕」

三十四章 噩耗 凶報

 建業に着いてから、孫権は将軍府に常駐することになった。孫策は兵を率いて黄祖討伐にいき、孫権は建業で留守を守った。各種の内政を処理した。以前孫権が陽羨に勤めて、積み重ねてきた一定の経験があったが、この時孫氏の基盤は凡そ江東六郡を統括していて、日常の事務は繁雑で内部は混乱し、往々にして孫権が気がおかしくなりそうなほど複雑だった。幸い彼ひとりで対応するのではなく、張昭や他の人達の補佐もあったが、忙しさに頭を悩ましていた。この前花嫁が公瑾に似ていなかった失望も少しは和らいだ。
 このとき、六郡の豪族士族達は表面上孫策を江東の主として尊んでいたが、実際には不服とするものも多かった。孫策は自分の基盤がいまだ落ち着いていないことをよく知っていた。常に孫権には一切の事務は江東を固め平穏にすることが肝要で、殺すべき時は殺す、婦人の仁というようなつまらぬ優しさは不要である。ただし、赦すときは放し、人心の離れることはしてはならない。
「お兄ちゃん、そう話しているけど、殺している人は少なくないよね。前にもお母さんが許貢を殺してはならないととめたのに、お兄ちゃんは聞かなかったよね」
「おまえに何がわかる」
 孫策は唇を歪めた。
「許貢と曹操は手紙のやりとりをこそこそしょっちゅうしていて、ずっと曹操に我々を攻めるようにそそのかしていたのだぞ。もしオレが奴を除いていなかったら、安寧の日はなかったのだぞ!」
「曹丞相かぁ」
 孫権はちょっと考えた。
「お兄ちゃん、ぼくたちは朝廷に貢ぎ物をして、朝廷もお兄ちゃんを侯に任命しているし、曹操は北方であちこちと転戦しているよ、彼に渡江してわれわれのところまで、攻め込んでくる暇があるかな?」
「防備するにこしたことはない」
 孫策は満足げに孫権の頭を撫でた。
「見たところ建業でぼさっとしていなかったようだな。また成長したようだ」
「お兄ちゃんがあんなに多くの事務処理をやらせるんだもの、ぜんぜん成長していなかったら、笑いものになるよ」
「もっともだ」
 孫策は周りをみて誰もいないのを確認すると、秘密の話を始めた。
「今、曹操は北方で確実に手を放せないでいる。あいつがわれわれを攻められないのなら、われわれが奴を攻めてやる!」
「え?」
 孫権は声を低めた。
心臓は大きく震えた。
「本当に?」
「このことはオレと公瑾と何度も密談して計画した。北方にいる張紘もオレに手紙を書いてきた。許昌の城の中では人心が安定せず、多くの文臣武将が袁紹と密かに密書のやりとりをしていて、曹操に二心を抱いていると。今、曹操は官渡で袁紹と膠着状態で、許昌は空で、まさに急襲するべきいい機会だ!」
許昌を急襲……」
 孫権は俯き、しばらく沈黙していたが、やっと顔を上げた。
「お兄ちゃんずっと前から狙っていたの?」
 孫策は笑った。
「そうだ、もちろんこんな大事なことはどうして前もって準備しないことがあろう」
「でもぼくはとても冒険に感じるよ。徐州の地はどうするの?」
「張昭に建業を留守番させ、おまえは公瑾と広陵を強襲する。曹仁が必ず救援に来るだろう。オレは軽騎兵で隙を狙って襲う!」
 孫権ははっとして息を飲んだ。背中には冷や汗が滲んでいた。
「お兄ちゃんがこんなに手を込んだことをするのは、まさか許昌のなかのあの人のため?」
 孫策は笑った。
「秦はその鹿を失った。天下は共に逐う」*史記
 孫権の両目はきらきらと光り出した。
「ぼくはお兄ちゃんの希望が偉大なことがわかったよ、志は天下にあり!ただ……
軽騎兵で許を急襲するのはぼくはお兄ちゃんの身が心配だよ。他の人をやることはできないの。お兄ちゃん後を断たれたらどうするの?」
「誰を遣るって?」
 孫策は眉をはね上げた。
「このことはオレでなくてはならない。オレでなくて、他の誰ができようか?」
「それもそうだ」
 孫権は頷いた。
「敵陣に突撃して千里を急襲する、このやり方はお兄ちゃんしかできない」
「おまえもオレ一人だと考えるだろう」
 孫策は笑って頭を揺らした。
「天下の片隅にいる劉備ですら毎日許昌を襲撃したいと考えているんだ。六郡の主で雄壮なオレがなんでことをなせないことはあるまい?」
「お兄ちゃんはきっと成功するよ!」
 この数年戦って負けなし、攻めて勝たざることなしの孫策は、孫権にとってはうちのお兄ちゃんへの自信を満々にさせていた。孫権が思うに、お兄ちゃんは現在かつてのお父さんのように、すでに戦神のような統帥になっていた。そのうえ、お兄ちゃんは若く、今後領土を広げ、きっと孫氏のためにさらなる偉大な覇業をなすことだろう。孫権は安心してお兄ちゃんを補佐しよう。今まで何年もあちこちで受けてきた無念がなんだというのだ。孫氏はまさにさらなる輝かしい未来があるのだ唯一残念なのは孫権が自分の指揮能力が足りないことだ。しかし、それも関係ない。お兄ちゃんがいるんだもの。
 兄弟二人でまた密談しながら、いっしょに食事をした。
 このあと孫策はますます忙しくなった。従う武将たちも練兵、陣形練習に いそしみ、各地で紛争時々あり、孫策は人を派遣して平定させていた。彼は深く自分がいったん許昌に向かったら、江東の内部は内乱が起こったりと情勢がかなり危うくなるだろうと十分警戒していた。数ヶ月後、ずっと孫策の身辺にいた周瑜も巴丘の地を抑えに派遣された。
 孫権はもっともいい機会がくるのを焦りながら待っていた。あるときある豪族が二股膏薬であるのを深く恨んだ。明らかにお兄ちゃんに助力すると約束しておいて、数日も経たないうちに反抗した。幸いにお兄ちゃんは英明神武の持ち主で、背いたものは尽く誅殺された。
 しかし、孫権はまったく予想しなかった。彼にはあの天子を奪う機会は来なかった。かえって孫権の身を凍えて震わす凶報が伝えられた。
 孫策が狩りの途中で許貢の門客に襲われた。急いで孫権を屋敷に召し返すようにと。
 はじめ孫権はちっぽけな刺客がどれほど腕前があるものか、お兄ちゃんは必ず軽傷だと思った。しかし、病床で横たわる孫策を見たとき、みな驚いた。矢傷は頭部を貫通しており、孫策は息も絶え絶えに横たわり、顔は紙の如く青ざめ、唇は青黒かった。
「お兄ちゃん……!」
 孫権は心臓も肺も張り裂けんばかりに叫んだ。ベッドの近くに倒れ込んだ。そのときは天地も暗く日月の光もなかった。まるで濃い藍色の晴れた空ごと落ちてきて、重々しく孫権を打ちのめしたかのようだった。孫権は恐怖で身が震えた。これは現実じゃない。これはきっと嘘だ!数年前のお父さんの顔は孫権の記憶の中ですでにぼんやりとしたものになっていたが、このときはかえってはっきりと浮かんできた。昔、お父さんが息を引き取る情景が……それから、孫権は自分が話すこともできないことに気づいた。唇が震えてやっと一言。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ、きっとよくなるよ」
 孫策は聞こえるか聞こえないかのため息をつき、そして突然厳しく言った。
「泣くな!」
 孫権の目は潤み、すっかり口はむせてしまっていた。孫策はもぞもぞと身を起こそうとした。孫権は慌てて助けた。孫策は傍らの張昭の方を向くと言った。
印綬を持ってこい」
 張昭は三つの太守、将軍、呉侯の印綬をを取り出して、孫策の手に握らせた。孫策孫権の首に直接かけてやった。
「おまえたち今後は心を尽くして仲謀を補佐してくれ」
「はい。主公!」
「補佐、ぼくを?」
 孫権は首に掛けられた三つの印綬が千斤の重みがあるように感じた。顔を上げられずにただ呟いた。
「お兄ちゃん何を言っているの?何を話しているの?」
「事がここに至って、おまえはまだわからないのか!」
 孫策の厳しい口ぶりも軟化してきた。両眼から涙を流した。
「母上、わたしは不孝ものです」
 側に居た呉国太はすでに泣いて声もだせなくなっていた。孫権は突然立ち、傍らの人に急いで言った。
「おまえたち立って何をしている。医者を呼んでこい。おまえがいかないのなら、ぼくが行く」
 言うなり外へ飛びだそうとした、孫策の声が低くゆっくりと響いて無視できなかった。
「仲謀はこっちに来い」
 孫権は突然立ち止まった。ゆるゆると振りかえる。振り返ったときには顔中涙で濡れていた。
「ゴホ!ゴホン!」
 孫策はあたかも一息をむりやり出すようにして語る。
「オレの話をよく聞け。天下はまさに乱れている。呉越の衆をもって三江を固めれば、大いに可能性はある。おまえは賢能の士を採用して江東を保つことに尽力せよ。両陣の間で機を判断して、天下を争うのはおまえの長ずるところにあらず、功を貪り猪突猛進はけっしてするなかれ、ゴホンゴホン!」
「お兄ちゃん、ぼくははっきりと聞いたよ、うう……」
「今後、決断できないことがあれば、内事できめられないことは張昭に問え、外事で決められないことは周瑜に問え、おまえはわかったか?」
「ぼく、ぼくはわかったよ」
 孫権は袖で涙を拭いた。
「おまえたちもみなきいたか?」
「はい、主公!」
「みな下がってくれ……」
 孫策はベッドに横たわり、目を閉じた。
「お兄ちゃん」 
 孫権はむせび泣きながら言った。
「ぼ、ぼくは行かない、側にいるよ」
「みんな下がれ……」
 孫策の声は物寂しい響きを帯びていた。その他の人々は黙って下がっていき、孫権だけが頑固に去ろうとしなかった。人が連れていこうとしても動かない。
 しばらくして、孫策が気力をなんとかあつめて、口を開いた。
「おまえはどうしてガキみたいなんだ?オレが安心できないだろう」
「お兄ちゃん」
 孫権は頭が痺れてきた。突然一つ重要なことを思い出した。
「お兄ちゃんは、ねぇ、何かこっそり公瑾に伝えたい話しはないの?ぼ、ぼく……」
 ぼくが伝えるよの一言が言えなくて、孫権はただただ泣きつづけた。
 孫策はしばらく黙っていたが、何かを言いかけて止め、最後に小さな声で言った。
「オレが死んだ後はおまえは公瑾を兄だと思え、おまえは一言公瑾に言ってくれ……伯符は嘘をついた、とな」
 その晩、孫策は将軍府でこの世から旅立った。享年二十六歳。