策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』一

nashichin先生 『蜜月』

 序

 グルメ部の編集長の魯粛のオフィスから出てきた、二十四歳の陸遜は顔から喜びが溢れていた――『都市』という雑誌で仕事をすること二年、苦労をいとわず恨み言を言われても気にせず奮闘し第一線の辛い編集者はついに自分のテーマを選んで企画編集することができるようになった。
「今回はきみがスイーツ店の原稿の責任者だ。わたしはすでに彼ら店側にも挨拶はすませている。相手方は話し好きだが、ただ性的な好みはきみやわたしとは異なるだろう。これはきみの初めての企画だ。よく書いて、普通とはひと味違うものを頼むよ」俯いて懐から魯粛のとこから貰った資料を見てみた。陸遜はこの店の主人の身分、そして普通の人から見てすこぶる特殊なスイーツ店とはいったいどんなものだろうかと想像してみた。それは常時腐女子が多く集まりこっそりひそひそ話したりするようなものか、はたまたたまに同性のカップルが語り合う連続ドラマ?
 自分のオフィスのデスクに戻ると、陸遜は資料を開いて、訪問先の一覧表にははっきりと二人の名前がプリントされていた。「孫策周瑜
「本当に、名前までこうもお似合いときた。一人は熱烈な馬にむち打ち狂奔する勇者、もう一人は掌中の玉の如き温潤なお坊ちゃまか?」
 陸遜は女性が好きだが、まったく同性愛者に対して特別な考えはなかった。彼が見るところ、同性だとしても異性だとしてもかまわず、知り合い愛し合うのは同じ一種の形式にすぎない。出世の喜びまたはさらにこの企画への興味により、陸遜は続けて資料のスイーツの簡単な説明にざっと目を通しながら、頭の中で恋人にスイーツを作りながら客を笑顔で迎える様子を想像してみた。
「取材の予定は明日午後三時?ほんとはいますぐ行ってみたいな」
 だが、陸遜の興奮はそんなに長くは続かなかった。これまで彼は同性の恋人がスイーツ店を開くのならきっと静かな路地、あるいは古いムードいっぱいの片隅にするだろうと考えていた。ページの最後の住所に目をとめると、陸遜はこの店が単ににぎやかな中心地の商業ビル内にあるだけでなく、とりわけ俗っぽい名前だと気づいた――蜜月、ハニームーン。
「自分の名前はあんなに素敵なのに、店の名前はこんな俗っぽい名前になんでするんだろう。これはスイーツもあんまり期待できないな」
 資料の整理を終えると、興味が半減した陸遜はまじめに要旨をまとめた。気分に左右されない仕事が彼のやり方なのだ。
 次の日、まずは普通の客の視点からスイーツ店を見てみようと、陸遜は小一時間ほど早めに蜜月へ入っていった。一人の焦げ茶色のハイネックのセーターを着た青年がカウンターで仕事をしていた。みたところティラミスをつくっているようだ。彼の捲り上げた袖の下からは浮き上がった青筋が男としての力強さを示していた。彼のそっと額にかかる髪は女性とは違った柔らかい印象を与えた。じっと集中する目つきは陸遜にこの寡黙な青年はいったい孫策なのかそれとも周瑜なのかと想像した。
 しかし、三時前なので、陸遜は名刺を差し出すつもりはなかった。そこで「青梅」という梅のお茶を注文した。静かに仕切りのある一人がけの席に退き、ノートパソコンを開いて偽装しながら、こっそりと店内の装飾を観察し始めた。暖かな黄色の明るい色調とスイーツ店の店名とが合っていた。しかしながらきれいすぎて浮ついた空虚さも感じられる。陸遜はここが気に入らなかった。彼の理想のスイーツ店は安らぐ家のようではなく、物語が今にも始まりそうな十字路の路地裏で、インテリアも静かで淡泊な感じの、桃源郷でもない、騒々しさから離れた物静かな場所だった。
「お客さん、あなたの青梅よ」
 若い女の子独特の快活な声音が陸遜の思考を断ち切った。顔を上げると見知らぬ少女が楽しげな笑顔を向けていた。彼はノートパソコンのディスプレイを閉じると、礼儀正しく「ありがとう」と言った。
「お客さん初めて来たの?青梅はうちの店のおすすめのお茶なのよ!」
 午後の休憩はピークを過ぎたところで、蜜月の中のまばらな客たちは帰ろうとしていた。ぼーっと見ていると、少女は勝手に隣の座席から木製の踏み台を引っ張ってくると、陸遜の目の前に座った。
「そうなのかい?そうするとわたしは正しいものを注文したということになるね。でも、お嬢さんどうしてわたしが初めて来たとわかるの?」
 内心ドキドキしていた。こっそり店のインテリアをみていたことを見破られたのではと。陸遜は不自然にティースプーンを手に取りカップの中の二粒の青梅をかき混ぜた。
「それはもちろん!ここに来たお客さんはみなわたしの友だちだもの。どこに友だちが来てもわからないことがあるのよ!」
 蜜月のことを語るのに、少女はちょっと主人のようでさえあった。
「かき混ぜないで。梅に嫌われちゃうわ。うちのお兄ちゃんが淹れ立ての梅のお茶は最高なんだから」
 片手で陸遜ティースプーンを持つ手を止めた。少女は無邪気でまったく恥ずかしそうでもなかった。
「わかったわかったよ」
 しかたなくカップを口元へ運び、陸遜は心では裏腹に、ここはやっぱり自分には合わないと思った。目にチカチカするインテリアは落ち着かないし、無頓着な店員はさらに好みではない。
「わたしは孫尚香、いらっしゃい、歓迎するわ」
 陸遜があまり話したがらなさそうなのに気づいたのか、少女は名を名乗るとカウンターに入っていった。焦げ茶色のセーターの青年は水浸しの手を拭くと、コートを羽織り出かけるようだった。二人はひそひそ話をすると孫尚香はカウンターの中を片づけ始めた。

 一口飲むと、青梅の微かに酸っぱい清々しい香りが口の中で広がった。陸遜孫尚香が飛び跳ねている姿をちらと見て、やはり思った。
「蜜月の主人、孫策周瑜、主人の妹、これは普通の店員ではなさそうだ。でもこのお茶は確かにうまい」
 「チリンチリンチリン」ドアベルの音が鳴り響いた。一人の赤のウールのオーバーコートを着た男性が、両手に買い物袋を提げてドアを押し開けまっすぐにカウンターに向かった。
「香ちゃん、雑誌『都市』の編集者がインタビューに来るんだ。二杯青梅を用意してくれないか」
「Yes, Sir !」
 孫尚香は赤い服の男性がカウンターに置いた買い物袋を片づけ始めた。慣れた様子で大きさが異なる包装のコーヒー豆を開けていく。顔にはさっきの気ままさは薄れていて、仕事への真摯な態度が現れていた。
「瑜兄ちゃん、今回の豆は悪くないわね!」
「彼がそれでは周瑜なのか?ではさっき出て行ったのが孫策だったのか?赤のオーバーコートにつやつやの革靴、やはり主人がこうでは店もそうなる。浮ついたところもうつるんだな」想像での周瑜は、彼の名前と同様、温和で謙遜、しかし目の前の瑜兄ちゃんと呼ばれた青年は美しくはあるが、陸遜の期待とはかなり違っていた。
 陸遜が俯いて時間を見るとまだ三時には五分あった。
「しかし時間通りの人だな」
 すでに暗くなっていたノートパソコンを閉じると髪を少し整え、陸遜は名刺を出してカウンターに向かった。
「こんにちは周瑜さん。わたしは『都市』の編集者の陸遜です。魯粛編集長があなたに取材を……」
「あーっ、なんとあなたがうちの店を取材に来てたのね!」まだ周瑜が名刺を受け取る前に、側の孫尚香が騙されたみたいに名刺を取り上げ陸遜をじろじろ見回した。
「お待たせしました。材料を買いに出かけてまして、香ちゃんがちょっとふざけても気にしないで」
 陸遜は元の席に戻ると周瑜はいつも行く取材先の店の主人のように満面の笑みを浮かべるでもなく、しかも少しも人に遠ざけるような不快感も与えなかった。
「おや、すでに青梅を注文していましたか?香ちゃんに二杯用意するように言ってしまったな」
 テーブルの上に残る梅のお茶に気づき、周瑜孫尚香に自分にはレモン水を持って来てくれたらよいと示した。
 周瑜が振り向いて孫尚香に声をかけた隙に乗じて、陸遜は彼の横顔を盗み見た。なんというか、陸遜が心の中で思う同性愛者特有の魅力と言ったものはまったくなく、かえって人の心を穏やかにするような調和の美が備わっていた。ただ目尻にやや小じわが浮き出ていて陸遜に気づかせた。この目の前の美しい男性はもう若くはないのだと。
「遜くんでいい?きみにあわせるにはなにをすべきか言ってくれないか?」

 孫尚香がレモン水を運んで来ると、周瑜は善意から陸遜の愛称で呼んだ。
「ちょっと見てください。これは昨日企画した要旨です」
 ファイルを開いて、陸遜はノートパソコンを周瑜の目の前に置いた。
「きみのことは遜くんと呼ぶね。きみには何度も来てもらって申し訳ないね」周瑜はハハハと笑いながらマウスを滑らせた。陸遜の方はちらりとも見なかった。まるで目の前に居るのが初めて会った編集者ではなく、いつもお茶のみに来る友だちのようだ。

「あの……周さん?」 周瑜が付き合いにくい人ではないと感じていたが、この距離でファッションもおしゃれで整った顔立ちの男性と親しくするのは、社会人になってまだ数年も経っていない陸遜にはまだどうしたらいいのかわからなかった。
「じゃ、それじゃあ瑜兄さんと呼んでもいいですか?」探るようにちらりと周瑜を見た。陸遜は手元の梅のお茶を急にゴクリと飲んだ。
「ハハ、もちろんいいよ」
 周瑜は要旨を見終わると、にっこりと笑って顔を真っ赤に染めた陸遜の方を向いた。
「遜くんは梅のお茶を気に入ってくれたみたいだね。きみの言ううちの店の七種の編集者のおすすめのひとつにしてもいいかな?」
「本当ですか?」
 要旨のなかには七種のおすすめのスイーツと決めてあったが、長期間グルメな店の主人達と付き合っていく中で、陸遜の内心は非常にはっきりとしていて、商売人はマスコミを利用して宣伝したいが、まじめに編集に何種類も紹介したくもなく、さらにはそんな何時間も編集者と話していたくもないのだ。だから七種のおすすめと書いたが、陸遜は四種ぐらいを期待していた。当然、もし暇があり話しもしたい主人なら、陸遜も惜しみはしない。
「瑜兄さん。本当に詳細まで語ってくれますか?後ろの写真を香ちゃんからもらえませんか」
「それではきみはなにを訊きたいんだい、味や香り?原料?作り方?」     雑誌の編集者の原稿のやり方を知らない人はいない。周瑜は巧みに問題を陸遜に放り投げて寄こした。
「わたしが知りたいのは蜜月独特のものです!」
 従来の原稿の作法に不満を抱えていた陸遜の目は真剣なものになっていた。
「きみは物語が訊きたいかい?」
 周瑜はタバコに火をつけた。細長い手指が炎の下で蒼白さを浮き立たせていた。
「物語?それは蜜月のスイーツのですか?」
「そうだよ。きみが今飲んでいる梅のお茶、それらはみんなその物語から名前があるんだ」
 そっと一口タバコの煙が吐き出される。周瑜の細められた両目は白い煙の中少し霞んで見えた。
 職業編集者の血が周瑜の口にした今までのグルメな店の主人とは似ても似つかぬ言葉を聞いた途端沸騰した。陸遜はわかった。スイーツひとつにひとつの物語があり、きっと美しく読み応えのある原稿になると。
「それでは瑜兄さんにお願いします!」
「ハハ、それじゃあきみには申し訳ないが何度も足を運んでもらうことになるね。毎回わたしはきみにスイーツをひとつ出して、物語を語ろう」
 タバコの灰を落とし、周瑜は笑うとさらに美しかった。
「今日はそれについて話そうか、青梅について」