策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』十六

比翼 下

 待つことは、普通充実していて楽しい、待つことには思慕と期待が伴うからである。 
 待つことは、また残酷で苦しいものでもある。思慕と期待を除き、不幸と災難をもたらすからである。
 孫策が留守のこの一週間、周瑜は毎晩九時に仕事を切り上げ、いつも時間通りに来る電話のよく知った声を待っていた。あるとき、孫策はチームメイトがまたでたらめな記録データで実験全体のやり直しをやらかしたと愚痴った。またあるときは、孫策は不真面そうに今すぐ周瑜の淹れてくれるローズティーが飲みたいと言った。多くの時に、孫策は口調を一回一回変えて「小瑜児」と呼んでいた。
 暗闇の中特別に長々とした帰り道、周瑜はいつもスマートフォンを握り黙って微笑んでいた。たまに街灯のもと彼の肩を擦れ違う人は思わず脚を止めて振り返った。彼らは何を想うのだろう――あんな幸福な笑顔の青年が、いったい心の中にはどんな深く愛する人を隠しているのか? 
 しかし、孫策のすでに決まった実験が終わる前の晩、周瑜は臨時の接待で九時の電話に出られなかった。夜中に真っ暗な家に帰り、スマートフォンには六件の未読の表示があった。
「また接待か?おい策策哥は今晩徹夜で実験だぁ超疲れる!小瑜児は帰ったらすぐに寝ろよ、明日午後策策哥は刑期満了で釈放だ!」
 スマートフォンを置き、周瑜は明け方二時に実験に集中して机の上で一眠りしているであろう孫策を邪魔しないことにした。「明日の朝メールしよう、わたしも疲れた」
  だが、「明日の朝」にはもう周瑜には電話を掛けるのに憶えきっている数字の番号はもう不要のものとなっていた。
 明け方三時、XX大学化学学院、実験事故により爆発および火事を起こし、研究生実験ビルの建物丸ごと廃墟となり、救出できたのは十二名の学生、うち八名死亡、四名重度の火傷。
 XX大学付属病院に着いたとき、周瑜は透明だが生死とすれすれの境の厚いガラスに覆われた重症看護室の外にいた。彼はとても大勢の医師と看護士がせかせかと自分の周りを通り過ぎてゆくのを見た。とても多くの難しい名前の医療機器が運び入れたり出されたりしていた。側の救急室から出てきた医者が家族に頭を振って深くお辞儀するのも見た。彼の最愛の人が少しも動かず無菌環境で横たわっているのも見た。かつて完全無欠であった身体が廃棄処分の機械のように各種の管を挿されていた。あの若く美しかった顔はミイラのように血の滲んだガーゼに包まれていた。周瑜は世界がこんなに静かだったことはなかったと感じた。死傷者の家族の絶望の泣き声も彼は聞こえなかった。知らせを聞いて駆けつけてきた両親達の説得にも慰めにも彼は耳を貸さなかった。彼は自分のドクドクと耳をつんざくような心臓の鼓動だけが聞こえていた。
 三日の不眠不休で、周瑜は重症看護室から出てきた一人の精根尽き果てた医者が出て来るのが見えた。それから一山の鮮血が滲んだ包帯。
 ほんのわずかな冷静でいられた時間で、周瑜は知っている権力者や金持ちを訪ねた。各種の手段で孫策の医療費、術後の整形費、そして彼らの将来引っ越す長江の上流のあの小さな街の住まいの費用を工面した。彼はすでに自分と孫策の未来のために計画を始めた。あらゆる変化の可能性も考えた。外見、性格、健康。彼は孫策の見た目が凶悪なものになっても気にしなかった。孫策が自分でなにもできなくなっても気にしなかった。さらには孫策が怒りっぽく人嫌いになってももう自分を愛してくれなくてもかまわなかった。彼がただ求めるのは天が孫策を活かし続けてくれることのみだった。
 気がおかしくなりそうな時間の中、周瑜は重症看護室の外から離れずずっといた。ガラスの中の変わり果てた恋人をじっと見つめながら、胸元を押さえて胸の奥の変わらぬ鼓動を聞いていた。だんだんと、彼は自分の胸を叩いていた、そのうち、叩くことからつかむようになり、彼は人の顔色をうかがうことを知らないこの早打ちする心臓をつかみ出し、孫策のすでに自分では動くことのできない心臓と取り替えたいとさえ想った。少なくとも衰弱する心臓と一緒に静かになるだろう。
 ついに、四日目の黎明が訪れる頃、精神は崩壊寸前だが、一滴の涙もこぼれなかった周瑜は重症看護室の外でこんこんと眠った。
 夢の中、周囲には少しの光りもなく、軽やかな女性の声がした。周瑜には彼女が誰なのか見えなかった。だが彼女がなぜ来たのかはわかっていた。
「彼は生まれたときから、天の寵愛を受けた子でした。彼は最も優れた容貌、最も妬まれる才能、思いのままの性格、最も幸福な愛情。そして、天がどうして彼をこの残りの身体で未来の尽きるまで苦難を味あわせるに忍びないことでしょうか。ごらんなさい。上天は彼を物欲にまみれた社会に踏み入れさせたくはないのですよ」
 暗闇が去り、朝日が射して周瑜はしばらく目が開けられなかった。だが、必ず目を開けなければならないとわかっていた。しっかりと見なければならない、自分の逆光に立つ恋人を。
 笑顔は依然として優しくいたずらっぽい孫策がだんだんと近づいてきた。彼はいつものように周瑜を懐に抱き締め、彼の身体は映画を観た日のように温かく少しの傷もなかった。
孫策、十八歳の時にわたしに約束したわたしの生活の支えとなるというのは、こんなに早くに忘れてしまったのか?」
「まさか、小瑜児がオレのことを忘れるとでもいうのか?もしオレがずっと小瑜児の心にいれば、オレはいつでもおまえの支えとなれるよ」
孫策、わたしはある人がわたしに言ったよ茶を傾けるというのは心を傾けるという意味だとね、これからわたしの心はどうやって落ち着かせればいいんだ?」
「ハハ、オレたちの観たあの『めぐりあい』を想い出せよ。オレの小瑜児、あのヒロインの勇敢さが無いわけないだろう?」
孫策、きみは約束したよねわたしと一緒に愛情の天の梯子を見に行くって、きみはなぜいつも嘘をつくんだ?」
「おまえと一緒の日々は、オレは天上の神仙達よりずっと幸福だった。小瑜児は違うのか?オレたちはそんな天の梯子が必要ないんだよ」
孫策、わたしたちは同年同月どうじつに死を願ったよね。気が変わったら来世は馬になるって。きみはわたしを連れて行ってくれないの」
「でもオレもどうしようもないんだ。オレが気が変わってもダメか?」
 孫策の懐で、周瑜はしゃくり上げ、三日分の待ちわびたことと絶望とが声なき涙となり、孫策の身体を通りぬけ、冷たい地面に当たりひとつひとつ哀しみの記号を作り出した。
「かわいこちゃん、もしこれからの日々が辛かったら、おまえはオレがどうして安心できると思う?」
 孫策はそっと周瑜の顔の涙を拭った。口調は心配で仕方なさそうで、「ずっとずっと後にオレはきっとおまえを迎えに来る。そのときおまえはオレにまったく魂のない人間を迎えに来させるつもりか?」
「それじゃあわたしはどうしたらいいんだ?言ってみろよ!」
 震えながら孫策の胸を叩いた。周瑜の声は涙声だった。
「あの女戦士みたいに、自分の平凡な生活をして、オレのことは心の奥にしまっておくんだ。そうだ、小瑜児が年老いたら、スイーツ店を開くといいぞ。オレが聞くところによると、いつもスイーツを友とする人は、ないがしろにされやすい小さな幸福やささやかな喜びを見つけるのを得意としている、と。」
 繰り返し繰り返し周瑜の黒髪を撫でながら、孫策はまるで寄り添う感覚を魂に刻みつけるかのようだった。
「うん」
 涙は止まることなく流れ、周瑜は我慢できずに孫策の未来への構想を止めた。
「それからな、スイーツ店の名前は『蜜月』はどうだ?甘い月、一年十二ヶ月中、毎月小瑜児もみんな甘々に過ごすんだ」
 孫策の声はだんだんとちょっとはっきり聞こえなくなってきた。しかし、甘いと話すとき、彼の少しぼんやりとしてきた顔にはまだ嬉しそうな笑顔を見ることができた。
「それからな、小瑜児これからはあまり暗い色の服は着るなよ、鮮やかな色がおまえには似合う。そうだそうだ。蜜月もインテリアは広く明るくだな。ある種の人はいつも明るいのは浮ついて派手だとか言うが、奴らはわかってないな……」
孫策!」
 孫策の懐の温度がだんだん冷たくなっていくのを感じて、周瑜の声は掠れた。
愛する人、オレはもう一つ願いがある」  
 声はだんだん小さく聞き取れなくなっていた。孫策周瑜の耳元で力いっぱいに言った。
「もう一度策策と呼んでくれ、この名前は昔おまえが付けてくれたな……以前おまえがオレを策策哥と呼んでお願いしてたよな、今回はオレが代わりにお願いだ……」
 涙はもう眼からあふれ出て、周瑜はぎゅっともう孫策の見えない身体を抱き締め、繰り返し叫んだ――策策、策策、策策哥……
 その日の早朝、その場にいた人すべてが床に這いつくばり、嗄れるほど孫策の名前を呼ぶ周瑜の姿を見ていた。
 看護士は清潔な白い布を孫策の顔に掛けた。彼はそっと周瑜の側を通り過ぎた。誰も忍びなく夢でうなされる周瑜を起こせず、ずっと目覚めない孫策の目の縁からはぽとりと血の混じった涙が流れ落ちた。

 

「でもわたしはやっぱり孫策を失望させたかな」
 手の上にはまだあの写真があった。周瑜は肩を小刻みに震わせる陸遜を見て言った。
「わたしは女戦士みたいにあんなに勇敢ではないよ。わたしはただ彼の願い通り彼を心の底にしまい隠しているだけで、もう他の人と生活はできないよ。わたしも老いるまでスイーツ店を開くのは待てなかった。それはね、彼はとっても甘い物が好きで、わたしがもし毎年彼のためにスイーツを供えなかったら、今の彼がつまらないとわからないだろう」
「瑜兄さん……」
 まだ適当な言葉が見つからず、陸遜は自分の揺れ動く心をもはやコントロールしようとしてもできなかった。
「うん?遜くんは比翼の意味を聞きたいのかい?」
 白鳥のシュークリームの皿を自分の方へ引き寄せ、周瑜は一人言のように言った。
「その実そんなに深い意味はないんだ。ただのわたしの気持ちだけだよ……わたしは彼と一緒に一生を過ごしたかった。もしこの望みが七年前にすでに灰となっていても、わたしはやはり彼と共にありたいと願う」
 目線は陸遜を通り越し、周瑜は窓の外の老木からの若芽に向けられていた。
「彼はわたしを迎えに来ると言った。どのくらいわたしが待つにせよ、わたしたちはいつか本当の比翼になれる日が来る、そうだろう?」