策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生34

「何夕」(特別な夜)

 彼ら二人が俯いて囁きあっていても、誰もなにも気にしなかった。
 それはその瞬間、人々が帷の入口から入ってきたその女子を振り返ってみていたからだった。

 彼女は二十歳前で、身のこなしはしなやかで、柔らかな薄絹を身にまとい髪には鮮やかな絹の毬の簪を挿していた。一歩歩くごとに雲の上を歩くようであった。
 彼女は容色は美しいが、顔にはまったく喜びの色はなかった。伏せた目には哀愁が浮かんでいた。

 彼女は袁術の側に座り、依然とし愁眉をややしかめ、幾分断りたい風情であった。
 袁術は何とも感じておらず、笑いながら彼女の耳に小声で何事かを囁いた。瞬間彼女の面には紅い霞が浮かび、頭は更に下を向いた。

 酒宴は深夜まで続き、その場には舞姫楽人がずらりと並び、音楽の音が纏わり付き、豪奢な楽しみが尽くされた。周瑜は酒の酔いに負けたとして、叔父さんもまた休むと、お先に下がりますと言った。
 彼は周尚が休むのを世話してから、天幕を出て、一人で水辺の林の間を歩いていた。まだかすかに大きな天幕の中から人の笑い声が聞こえてきた。彼は顔を仰のき、目を閉じ、深々と一息春の夜に充満する花や草の香気をまとった清らかな風を吸い込んだ。やっと胸にわだかまる濁りを吐き出した。

 再び目を開けると、夜空に三つ星があった。
 暖かくて強靱な身体が背後からぴったりと張り付いてきた。相手の頬もくっつき、やや熱かった。
 彼は下を向いた。水中に映る揺れる影を見た。
 孫策は彼の背によりかかり、顔を半分見せて、目は星より煌めいていた。

 周瑜は笑った。
「きみもこの姿勢がひどくやりにくいと思わない?」
 孫策はもったいぶってため息をついた。
「オレはちょっと酔った。天幕の中へ戻ろうぜ」

 帷の前には数名の兵士が守っており、兪河が前に立っていた。周瑜に向かって一礼した。
 孫策は言った。
「ここの者はオレの手の者だ。心配いらない」

 今回の上巳の踏青(ピクニック)は、軍事行動ではなかった。孫策はまた新しく袁術から褒美を貰っていた。帷の中には布団が積み上げられていた。中は狭いといえど、却って器物は揃っていた。机の上には筆と墨が用意してあり、一巻の白い絹が広げてあった。

 帷の中で静かに二人は肩を並べて座っていた。周瑜は小声で言った。
「いったいどうしたの?」
 孫策は彼の肩に寄りかかりながら、曖昧に呟いた。
「どうしてオレに必ずや何事かあるとわかる?」
 周瑜は言った。
「きみの呼吸がだんだんゆっくりに、だんだん長くなっている。心に緊張していることがあって、自分を無理やり抑えて、平静に戻そうとしている。別人は騙せても、わたしを騙せるとでも?」

 孫策は突然笑い出し、周瑜は少し温く湿った感触を首に感じた。くすぐたかった。
「おまえはあの女子を知っているか?」
 周瑜は頷いた。
「少し聞いた事がある。先の尚書郎の馮方の娘で、馮家は十常侍の乱の後南下して、一路苦労していた。今は揚州に避難している」
 周瑜孫策がくっついてくるのを躱して、訝しんだ。
「この女子の美貌が、きみの恩寵を奪って、きみは妬いているのかい?」

 孫策は笑って彼を叩いた。
「なにバカ言ってる」
 彼は口をつり上げ、目の底は暗かった。
「あれはオレ自ら袁公路に勧めたんだ」

 上元のあの一夜、孫策袁術に付き従って提灯を観賞していた。袁術は古い事をまた持ち出してきて、言った。
「策児は意中の令嬢がいるのか、袁叔叔が縁談をもちかけようか?」
 孫策は笑った。
「今寿春城には確かにひとり国色の美人がおりますね。わたしは欲しいとは思いません」
 袁術は驚きながら、自分が聞いたことのない話で、好奇心をもち、我慢できずに訊いた。
「なぜだ?」
 孫策は言った。
「この女子は人相が人とは異なっており、言うこともできないほど貴いのです」

 周瑜はため息をついた。
「きみのその一手はよいところの女子を虎狼の穴に送り込んだんじゃないのか」
 孫策は言った。
「馮家ももしその気がなければ、どうしてあの日にお嬢さんの顔をさらして提灯観賞の人の群れに紛れ込ませる?オレはきっかけを作ったに過ぎない、それが人情だよ」
 彼は話を変えた。
「このたび戻ってきてから数日中に、袁公路は楊弘に命じて吉日を選ばせ、オレに加冠の礼を行う予定だ」

 彼は机の前に行って、筆をとった。
「おまえは知っているか。オレの父が昔下邳にいたとき、我が家の兄弟数人に、字を決めていたことを」
 伯符、伯は長を示し、符は竹から。
 絹の上に墨をたっぷりつけて書いた。孫策は灯りのもと、しばし端然としていた。振り返り周瑜に言った。
「叔父上は遥かに遠い。舅父はまた袁術の部下、考えるに反対はしないだろう」

 周瑜は黙っていたが、心の中では幾分予想がついていた。
 孫策は彼の前で膝をつき、彼の袖の中の手をつかんだ。
「義弟は年はオレと一月しか離れていないが、思うにおまえの叔父君ももうすでに用意してあるんだろうな?」

 周瑜は立ち上がり、伯符の側に二字付け加えた。
 公瑾。

 孫策の表情は厳粛で、もう半分も酔いは残っていなかった。
「公瑾、おまえは今ここで、オレのために加冠の礼をしてくれるか」