策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

(術策)「有花堪折直須折」by潜規則之路先生12

「太傅」

 宮殿の灯りはキラキラと輝き、装飾は一新され、盛大な宴会が開かれ、卓上には美酒佳肴が並んだ。武将が片側に座り、文臣がもう一方に座った。主座と次席が空いていた。
 袁術はまだ現れず、部下達はこもごも囁き、ぺちゃくちゃとおしゃべりしていた。知り合いの間で成されるのは暇つぶしであり、うわさ話だった。張勛がそちらを見ると、橋蕤が顎を上げていた。孫策の席はまだ空いていて、思わず眉をしかめた。ふたたび姿を探す。

 宮殿の外側から侍衛が大声で呼ばわった。
「左将軍、陽翟侯袁術お成り、太傅馬日磾お成り」

 皆の者はささっと立ち上がった、入ってきた二人に対して身を屈めてお辞儀した。
「お出迎えいたします左将軍!お出迎えいたします太傅!」
 袁術はカカと笑って馬日磾の手を携えて入ってきた。殿内にはいると次席を示した。
「翁叔どうぞお座り成されて、長年お目にかかっていませんが、今日は思う存分飲みましょう」
 袁術はまさに得意で、部下の異常にも気づかなかった。下々のものは表情は変えずに視線をさまよわせ、またあるものは手で口を覆ってひそひそ囁きあった。みな想いが乱れていた。

 馬日磾は名門の出身で、馬融の子で、また蔡邕、盧植とも関係が浅からず、天下の名士にとって名実ともに首魁であった。王允の死後、太傅、錄尚書事となった。今回は節を持って都を出てきたのは、天下を安撫するためである。寿春につき、袁術に左将軍、陽翟侯の位を与えた。
 彼はすでにその身は太傅であり、また節を持っている。袁術は寿春の主といえど、自分の席の下に置くとは、無礼の極みであった。袁家四世三公、子弟もまた多く経書を学んでいるのに、かくの如く不適切だとは。ただ袁術の性格は誰もが知っていて、みな口には出さなかった。

 袁術が主座に入り、さっと席を見回すとまだ空席があった。不機嫌さを露わにした。
 腹心の侍者がすぐに近づいた。
「孫郎がまだ着いておりません」
 袁術はふっと息をつくと、問うことなく、ただ手を振った。
「始めよう」

 張勛はこっそりとほっと一息ついた。周りを見渡すと、あるものは失望し、またあるものは微笑して髯をなで、またあとでなにか引き起こしそうでもある。
 宮殿の皆の者の酒杯は交錯して、飲んで賑やかだった。幕の後ろでは準備万端に楽人や歌い女が用意しており、鐘や笙、太鼓といった楽器が明るい音色を奏でていた。ひととおり揃い、また舞姫達が宮殿に進み入ってきた。瞬間朱赤、翠緑に視界は満たされ、ウグイスやツバメが鳴くようで楽しそうな雰囲気となった。
 宮殿の片隅で突然叫び声が聞こえた。馬が嘶く。がやがやとした足並みの音。侍衛が奔ってきて跪き急報を知らせた。
「主公、あるものが騎馬で兵を率いて大軍営に突入しました。我々では阻むことができませんでした」
 その侍衛は地面に跪き、頭も上げられずにいた。
「主公、これは……その……」
 声は震え、最後まで言えなかった。

 袁術はふうと息をつくと、目の前の卓を避けてそとに向かった。皆の者も反応して、武将達は前に進み出、文臣達は後に付き従った。袁術に群がったまま外へと出ていった。
 外ではガヤガヤとしていて、多くの兵が松明を捧げ持っていた。一隊の人馬がその中に囲まれており、近づく者はいなかった。

 袁術は宮殿の階段で立ち、目を細めて遠くを見回した。
 孫策の白馬は他の馬よりいささか背が高く、人も優れて美しく、衣も鎧も鮮やかで明るく、十分人目を引いた。彼は火の燃えさかる光のもと袁術の方を見つめてきた。袁術孫策が口もとにかすかな笑みを浮かべているように感じた。

 袁術の側のある者が叫んだ。
孫策のガキが、何と無礼なことをしておる。呼んでも来ぬし、自ら兵を率いて主帥の大軍営に立ち入るとは。また主公の宴会を邪魔した。いかなる罪かわかっておるのか?」
 孫策は馬に乗ったままで、声ははっきりとして聞こえた。
「主公ややお待ちあれ、あの悪者をとらえ次第、もちろん謝りに参ります」
 話しているうちに、数人に抑えられた髪がザンバラにほどけている者が現れた。兜が乱れた兵士がやって来た。
「捕まえました。なんと左将軍の厩に隠れていました。それでわれわれに捕まえられまいというのです」

 袁術の側のものがまた叫んだ。
孫策のガキめ。主公と太傅とともにここにいらっしゃる。おまえはなんと大胆不敵な。あえて彼らの目の前で殺人を行おうとでもするのか」
 孫策は馬を降りた。人の群れが自然と散った。あたかも袁術の前まで一本の道筋をつくるように。
 袁術は咳払いをした。
「孫郎はどうして遅れたのかね?目下騒がしいのはなぜかね?」
 孫策は片膝を着いて、跪きお辞儀をした。
「主公ご明察。主公の宴会に遅れた訳を申します。軍営中に犯罪を犯したものがおりまして、なんと主公の大軍営に逃げ込み、わたしはやむを得ず、まっすぐ追ってきた次第です」

 先ほど怒鳴った人物はまた責めたてた。
「それほどの大事なのか、主公と太傅の宴を邪魔立てするほどの?お前は責任をとれるのか?」
 孫策は面を上げた。冷笑を浮かべていた。
「軍を乱すこと。将軍からご覧になってまさか大きい小さいがあるとでも?もしこの者が正しい法で裁かれなければ、軍紀の厳正さは、伝わり広まり袁氏の軍隊の軟弱無能さが天下の人々に笑いものになりませんか」
 その者は言った。
「明らかにお前の制御が厳しくないからだ、どうして袁氏の軍隊に罪を及ぼす?」   

 袁術は無言で、ただ孫策を見ていた。
彼は地面に跪き、飛び跳ねる火花が彼の顔を影を落としていた。鼻梁は美しく、唇はふっくらとして潤んでおり、頭の上には玉冠をつけ、髪はひと筋も乱れていない。顔を上げてこちらを見たとき青緑の光彩が流れるように動いた。
 それから孫策は彼に対して微笑んだ。
そしてやっと答える。
「わたくしめはもとより誤りがあります。ですがわたしは年若く、兵を率いて間もなく、威名を失って兵権を取り上げられても、何ともありません。しかし、わたしは左将軍の部下であり、手許の兵ももちろん袁氏の兵です。主公がわたしを罪とするなら、わたしは何も言うことがありません。しかし、今日軍営を騒がせたものを斬らねば、さらに主公の軍の権威を損なうことになります」

 側にいた馬日磾が落ち着いて話した。
「言うことはもっともだ」
 袁術もその通りだと感じた。一匹の虎を飼うのは一匹の猫より威風百倍であると。さらにはこの虎は自ら躾けたもので、別人の前では猛獣でも、自分に対しては素直に服従する。
 彼は数歩前に進み、孫策を助け起こした。
「わしがどうしてそなたを罪に問おうか。軍営を騒がせたものをは、当然軍紀に照らして処分するがよい」
 彼は腰に佩いていた剣を外すと、自ら孫策に手渡した。
「わしが皆の者の前でそなたに命ずる。この剣で綱紀を正し、軍の権威を高めよ」

 孫策は階段の下に戻り、叫んだ。
「連れて来い」
 彼の手はまったくやることに迷いがなく、数尺の範囲に鮮血が飛び散り彼の銀甲にも点々と紅いシミをつくった。
 孫策が歩いてきた様子は今しがた捕食してきた獣のようで、身体についた血生臭さが袁術の鼻腔を刺激した。そして急に彼も少し興奮してきた。

 彼は笑いながら孫策の手を握り、宮殿へと戻った。心中いくぶん得意であり、また少し感慨めいていた。
「この袁術に孫郎のような子がいたらなぁ、死んでも悔いはないものを!」