策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』八

 傾心 下

 夏の終わり、過去には忙しくても遅くなっても空が明るくなる前には家に帰ってきていた周瑜が突然頻繁に徹夜して帰らなくなった。一人の夜、孫策は喜んでベットに横たわりオックスフォード辞典より厚みのある化学の専門書を読みふけった。たまに建物の下で車が通り過ぎライトの光りが目に入ると、彼はすぐさまバルコニーまで、車からあの疲れ切った影が出て来ないかと見に行った。
 二人が顔を合わせる時間はだんだん少なくなっていった。孫策は何も聞かず、周瑜も自分から言い訳することもなかった。夏が終わったある日、孫策は朝早く新聞を取りに行った。娯楽版のトップニュースの写真にはよく知った横顔があり、一瞬のうちに彼の注意を引きつけた。
 写真での周瑜は金属が散りばめられた真っ赤なノースリーブと長さが左右不揃いなズボンを身につけていた。足元には銀白色の靴が彼の均整のとれた脚を際立たせていた。手を彼の肩にかけているのは黒ずくめの服の郭嘉。二人の後ろにはあの暗闇でも目を引く白のオープンカーがあった。そしてかれらの目の前には郭嘉が買い求めて間もない個人の別荘があった。
「目撃!同居?郭嘉の新恋人?」と下品な黒の大きなタイトルが娯楽新聞の低級な趣味を示していた。そこで公の人物のプライバシーを報道するのがまた最も読者の目を引きつけてやまない「トップニュース」なのだ。スマートフォンを取り出して時間を見ると、孫策はざっと内容に目を通す時間はなくて、新聞紙を折ってティーテーブルの一番下に放り込んだ。
「ただいま」
 鍵を回し抜き取る小さな音がして、赤い服の周瑜が、銀白色の靴を穿いて孫策の目の前に現れた。
「茶葉がなくなったんだ、一緒に買いに行くか?」
 茶葉の缶を振ってみせ、孫策の口調はまるであの新聞の影響を受けていないかのようだ。
「いいよ、シャワーを浴びるから待って」
 客間に赤のシャツを床に脱ぎ捨て、周瑜は彼の優しげな風貌と似つかわしくない体を隠そうともしなかった。
「Tシャツ取ってきてくれないか、自分で行くのも面倒だ」
「うん」
 床に落ちた毒々しい匂いの香水の染みついたシャツを拾い上げ、孫策は洗濯機に放り込み一人言を言った。
「マジでこんな匂いが我慢できるな」
 夏の終わり秋の初めの昼、天に昇った夏の太陽が大地の最後の涼しさを吸い取った。
 ふつうで着心地の良い綿のTシャツ着て、上品とは言いがたいが休みには最適なサンダルを穿いて、孫策に手を引かれる周瑜は賑わう茶葉の市場を行き来して、彼らはずっとお気に入りのローズティーを探していた。これがなければ彼らは平凡な日常を送ることは難しいだろう。
「明日また大学に戻らなくちゃならないんだろう、少し茶葉を寮に持っていくかい?」
 腰を曲げてイングランドローズティーの茶葉を二袋持ちながら、周瑜は顔を傾けてしゃがみこみそうな孫策に尋ねた。
「いらない」
 にこにこと周瑜の足に寄りかかりながら、孫策はとぼけて頭を振った。もう黒に戻していて短く整えていた髪が擦れて、周瑜は思わず手で彼の敏感な首の後ろを摩った。
「じゃあこれからは毎週毎週飲む茶がないってやって来てわたしのベッドでさわがないでよ」
 周瑜はまた茶葉を目の前のまじめな茶葉売りの人に差し出した。
「すみませんちょっと包んでもらえますか」
「おまえのベッドはオレのベッドでもあるんじゃないのか?」
 顔を上げて周瑜の美しいあごを見上げた。孫策はまだ地面に蹲り、立ち上がるつもりもないようだった。
「そうは言っても、学校に持っていっても誰もオレのためにお茶を淹れてくれないし」
「じゃあきみは毎週来るしかないな、そうじゃないとこんな大きい袋の茶葉が早々に悪くなってしまう」
 孫策が横顔を支えていた右手を引き、周瑜は仕方が無さそうな顔をした。
「立てよ、わたしはお腹が空いたよ」
 周瑜が差し出した手を見上げるなり、孫策の目線は彼の自分を映している両目に止まった。数秒間の静けさの後、突然嬉しそうな笑顔を露わにした孫策は立ち上がるなり周瑜を抱き締めた。
「いいぜ、帰ろう、オレのためにローズティーを淹れてくれ」
 次の日、孫策は多くもない荷物を持ってまた大学に向かった。部屋を掃除しているとき、周瑜ティーテーブルの下からおとといの新聞紙を発見した。思わずおかしくなってしまった。
「ばかだなぁ、見せたくないのはきみの愛情表現と同様に隠すべきなんじゃないのか」
 会社に向かうと、大きなサングラスをはずしたばかりの郭嘉がすでに勝手知ったるとばかりに仕事場で笑って周瑜を待っていた。
「ハローかわいこちゃん、わたしたちは新聞に載ってしまったね、これは大変だなぁ」
「あなたは新聞に載って何を恐れるの?家に人を招くことを恐れるの?」
 部屋に入ると毒々しい香水の匂いがした。首席スタイリストの周瑜としてはいつもこういう多くの人と似つかわしくない濃厚な香水で触れてきた。
「当然恐ろしいさ、かわいこちゃんがもうわたしと家でデートしてくれなくなると心配だね」
 周瑜の目の前に飛び出し口を突き出す様は、スターの輝きを伴わない郭嘉は見たところ二十六歳にはとても見えなかった。
「あ、あなたの曲は完成したのですか?どうです、郭さんはまだ周瑜を想ってあなたの『たからもの』と歌詞を付けますか?」
 郭嘉がかわいそうな振りをしているのも気にせず、周瑜は彼が懐に抱えているファイルを指さした。
「わたしのスタイリストの仕事もけっこう大変なんですよ」
「ハハ、作詞は当然自分でするよ、ラブレターをどうしてかわいこちゃんに代筆させるんだい?」 
 郭嘉はにこにこと笑ってファイルを引っ張り出した。一束の分厚いA4用紙に細かに九曲分の音符がいっぱいに書かれていた。 
「だが、この間はほんとうにきみに感謝しているんだ。わたしが曲を書き換えたあの夜……」
「おや、そんな遠慮深い郭さんはわたしは初めて見たかな」
 周瑜は突然まじめになった郭嘉が初めて見たときのあの軽薄さは大スターと同様に疎遠に感じた。そこから比べると、彼はあの高級レストランや社交クラブでまじめに自分と曲について話し合っている郭嘉や、あの別荘でピアノの側で目を閉じて九つの曲を弾いて徹夜していた郭嘉の方が好もしかった。
「ハハ、かわいこちゃんこれは恥ずかしい?」
 再び周瑜の顔に近づき、郭嘉は嘆く様子で、そっと言った。
「明日わたしは閉じこもって作詞を始めるんだ、かわいこちゃんはまたわたしにもう一度ローズティーを淹れてくれないかな」
「いいですよ」
 郭嘉を押しのけ、周瑜は冷たいミルクと混ざり合ったローズミルクティーを彼に差し出した。
「今回は自分でどうぞ」
「かわいこちゃんさぁ」 
 前回同様甘く香るミルクティーを嗅ぎながら、郭嘉はすぐには飲まなかった。
「わたしはひとつ尋ねたいことがあるんだよ」
「うん」
「わたしはローズティーを希望した。なぜきみは毎回わたしにローズミルクティーをくれるんだい?」
 手の中のガラスのカップを揺らし、郭嘉は意味ありげにピンク色のミルクティーを見つめた。
「それはわたしが只一人のためにしかローズティーを淹れないからです」
 茶葉の缶の蓋をし、周瑜は残ったミルクを冷蔵庫にしまい、頭を振りかえずに答えた。
「えっ?」
 ローズミルクティーとローズティー比べて周瑜にとってどんな特別な意味があるのかわからなかった。郭嘉は一口ミルクティーを飲む。
「でもミルクティーの方がさらに甘やかじゃないかい?」
「そうですね。でもミルクティーというのは底が見えないし」
 ティーテーブルの上のいくつかの美しい茶器に触れながら、周瑜は考えているようでもあった。
「でも漆黒のカップの中のローズティーでは、わたしの姿が映って見えます」
「おやおやわたしのかわいこちゃんや、きみは意外にそんなにナルシストだとはね、お茶を淹れるのにも自分の姿を見たいとは!」
 我慢できずにハハと大笑いして、郭嘉はほんとうにまさかこの二ヶ月曲の構成を助けてくれた天才がなんとこんなに可愛い一面があったとは。
「あなたは知っているかな、わたしが毎回彼のために茶器の中の薔薇色のお茶を黒のカップに注ぐ時、いつもひどく幸せな感覚に陥るんです」
 周瑜の声はとても柔らかで、まるで虚空にたいして自分の気持ちを述べているようだった。
 周瑜の側に座り、郭嘉はこの時の周瑜がいつもとはぜんぜん違っていると感じた。だが、彼は依然としてあの目立つ服を身につけ、強烈香水をつけた首席スタイリストだった。
「それからわたしはバラ色の中に映る自分の笑顔を見るんです。あの笑顔は自分でも思わず考えてしまう――こんな笑い方をする人はきっととても幸せな暮らしをしていると、とても愛し合っている恋人がいるんだと」
 振り返って黙っている郭嘉を見て周瑜は続けた。
「わたしをこんな笑顔にしてくれている人が、まさしくわたしの最愛の人なんだ」
「わたしと一緒にいて、きみはきみの最愛の人生について疑いをもたなかったのかい?」 
 しばらくの沈黙の後、郭嘉は二ヶ月間周瑜はいつも自分と曲について話し合って深夜まですごしていても、行き先を尋ねる電話がなかったのを思い出した。
「もたないですね」
 昨日の立ち上がったときの孫策のこぼした笑顔を思い出し、周瑜は柔らかな口調からリラックスしたものに突然変わった。
「ずっと、彼はわたしを疑ったことなどないよ」
「ハハハ、自信家だなぁかわいこちゃん」
 立ち上がりファイルをつかむと、郭嘉は帰るそぶりを見せた。
「わたしに少しその自信を貸してくれないか?なぜだかわからないがうちの荀ちゃんはわたしがこのアルバムを彼のために作っていても、なんの反応もないんだ」
 荀彧の名前が出ると、郭嘉はワガママな口調から優しく愛のこもったものへと変わった。 
「安心して、荀兄さんはあんなに聡明な人だもの、どうしてあなたが女遊びをしてみせるのは彼をパパラッチから隠しておくためだとわからないわけないよ」
 郭嘉がさっさと帰ろうとすると、周瑜は仕事場のドアを開けた。廊下の奥にマネージャーの格好をした荀彧が静かに本を読んでいた。
「あれがローズティーかぁ……」
 すでに外に出ていた郭嘉はなにかを思い出して周瑜の耳元でそっと一言囁いた。彼が突然顔を紅くすると笑って帰った。
 輝く街灯の下、会社から出てきた周瑜は一目で愛する青年を見つけた。
「今日やっと一緒に帰れるな」
 早くも溶け始めたアイスを差し出し、孫策周瑜の肩にかけたバッグを取り上げた。
「明日は授業はないの?」
 周瑜はアイスを舐めた。清涼感こそ夏の日のもっとも優しい友だちである。
「お茶が飲みたいな」
 繁華街の大通りで肩を並べながら、孫策はゆっくりとした歩調で周囲の慌ただしい人々とひどく違って見えた。
「その、あの新聞は……」
 早朝ティーテーブルの下から発見した新聞紙のことを思い出し、周瑜は立ち止まった。
郭嘉とのあれか?」 
 繋いでいた周瑜の手を突然放し、孫策は相変わらず気にしたそぶりもなかった。
「うん、わたしは……」
 言い終わらなかった話を孫策に止められ、周瑜は彼がこちらに向き直ったのを見た。
「香り付けされたミルクティー周瑜は彼らのもの、強烈な香水と派手な服を身につけている周瑜も彼らのもの、スターやお嬢様の目の前でうまくやる周瑜も彼らのもの」
 孫策周瑜の目を見つめながら、ぽつりぽつりと語った。
「でもオレのために爽やかなローズティーを淹れてくれる周瑜孫策のものだ。オレと一緒に平凡な格好で街中を歩く周瑜孫策のものだ。ほんとうの周瑜は、ずっと孫策のものだ」
孫策
 またぎゅっと孫策の手を握り、周瑜は俯いた。自分の赤く染まった顔を隠そうとした。
「うん?」
 周瑜の気持ちがわかって、孫策は彼の手を引いて再び前を進んだ。
「今日郭嘉がわたしに一言言ってきたんだ」 
 孫策の歩みに付いていきながら、周瑜の声は恥じらっているように聞こえた。
「彼が言うには茶を注ぐ(傾茶)というのは、その実わたしがきみに対して――心をひかれている(傾心)にすぎないんだそうだ」