策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よぼよぼ漢語 策瑜同人 nashichin先生 『蜜月』四

光源 下

 孫策との家を出てから、携帯電話、MP3と財布だけを持って周瑜は身軽だった。引っ越しする様子には見えず、まるでもう戻らないかのようにも見えなかった。

 寒い冬は終わった南の地方では、夜の帳の中で伸びた枝の上に新しい緑の新芽がふくらみ、また枯れた黄色い落ち葉が積もっていた。周瑜は街灯のない裏路地を歩き、静かな暗闇では彼の重くもない足音とイヤホンから漏れる大きな音だけが聞こえた。それからポケットの鍵がリズミカルにMP3の金属の外枠にぶつかりよく響いた。

 周瑜はいつも自分がまじめな学生のつもりだ――孫策が好んで彼の「よい子の振りをした笑顔」を揶揄った。そこで正式に孫策の家を離れる前に彼は行かねばならなかった。幼いときに兄弟の契りをを結んだ場所へ。あの対の石像の馬に告げなければならない。

「わたし周瑜は、ここに孫策と兄弟関係を断絶し、同年同月同日に生まれていないし、同年同月同日に死にたいとも決して思わない!」と。

「よぉ、どこの学校の奴だ?こんな遅くにまだ家に帰ってないのか?」

 成長してからあの石像の林の方へは行ったことがなかった。周瑜は昔子ども達が騒いでいた小さな場所はもはやなく、大人達のストレスの発散する酒を飲んでたむろする場所となっているのを知らなかった。林の中から周瑜はほど遠くない距離からぶらぶらと人影が自分の方へと向かってくるのが見えた。

(けっ、ゴミが)
 見たところアルコールの力を借りて強がる大人を軽蔑していたので、周瑜は心の中で罵った後、だんだん近づいてくる四人にかまわず、林の中の石像に向かっていった。

「おい――どこの学校だ?おれが聞いているのが聞こえんのか?」
 酔っ払いと肩が擦れ違ったとき、周瑜はその若い顔と不釣り合いなスーツの男が自分に向かって何か喚いているのが見えた。

「あ?」
 右側のイヤホンを取り外し、周瑜はまわりの四人の男たちをぐるりと見回した。周瑜の櫛で整えた髪は風に吹かれて少し乱れていた。

「よお!学生さんよ、夜の自習が終わったら家に帰らなきゃな、わかるか?」
 手を伸ばして周瑜の頭をもみくちゃにして、酔っ払いはこのときまるで「人生のお手本」みたいに語った。

「どけろ!」
 突然知らない人物に髪をつかまれ、周瑜は無意識にさっき孫策を蹴り上げた右足を繰り出し、酔っ払いの両脚の間を蹴った、もし孫策を蹴飛ばしたことにはまだ少し笑える成分があったが、周瑜のこの蹴りには全くの温情がなかった。

「このガキ死ね!」
 酔っ払いが股ぐらを押さえて地面に縮み上がり痛くて何も言えない様子を見て、さっき側で騒いでいた三人はすぐに周瑜を囲み、襟をつかんで勢いよく地面に転がした。

「どけろよ」
 生まれつき人から手を触れられるのがもっとも嫌な周瑜は、数年前に髪を孫策に触られたきりなにもなかった。今や髪がもみくちゃにされるのみならず、襟もつかまれ、周瑜は酒臭い酔っぱらいに殴り倒されていた。

「ちゃんとお勉強しないとは、くずだなぁ!」
 地面に倒れた酔っぱらいは痛みから這い上がろうとしていた。

「こんな若いうちからくずだとは、後々どうなるやら?」
「わたしがなんだって?はぁ……」

今まで自分は一日中ふざけている孫策を軽蔑してきた。初めて他人が自分を馬鹿にしてきて、周瑜は心から孫策に教えを乞うべきだったと思った。

「あいつの顔を見ろよ、一対四だとわかってないんじゃないか?」

ずっと黙っていた角刈りの酔っぱらいが振り返ってまだ地面で苦しんでいるスーツの男を見て言った。

「ああ違ったな、一対三か?十分だ!お前先に……うわっ!」
「口数が多すぎだ」
 無駄話が好きじゃない周瑜はいつも孫策の他の人にはにこにことして見せていた。それは話を少なくしたかったからだった。そこで角刈りの酔っぱらいが俯いた瞬間、周瑜は足元の石を拾うと投げつけた、相手の目の縁から鮮血があふれ出すのが見えた。周瑜は話が長すぎる人を黙らせるには痛みのみだと思った。 

しかし、反応が素早いといえど、一人がたまたまケンカに巻き込まれる事件で、孫策が人前では「よい子」と言ってはいても、体つきでは三人の屈強な酔っぱらいには少し負けていた。数回身をかわしていたが、肋骨と顔にそれぞれ肘を喰らい周瑜は地面に両手をついて倒れた。

「これで終わりか?ここには石ころだらけだぞ。また拾うんだな!」

足で周瑜の首を踏みつけ、鮮血を拭った角刈りの酔っぱらいは自分を大きく見せて十分満足にひたっていた。
「おい――」

周瑜は口の端から流れ出る血を舐め、わんわんと鳴る頭から少しぐっすりと眠り込んでしまいたいと感じたが、踏みつけられた首の屈辱感から却って負けを認めたくはなかった。

「どけろ……」
 石を握った手を人に蹴られ、指を離した。周瑜は痛くて目の前が暗くなった。だがまだ三人の重苦しい顔がだんだん近づいてきた。

「まだ遊ぶか。おれたちは今日はとことん遊んでやろう!」
 地面に這いつくばり、周瑜は手で頭を守った。痛みを我慢し何本もの足蹴りを喰らいながら理由もなく孫策が毎回ケンカに出かけていく時の勝手気ままな顔つきを思い出していた。

孫策のバカ!いつもお前もこんな風に人を殴っているのか?」
 だんだんと、体の痛みも感じなくなってきた。周瑜は頭を押さえる手を緩めた。

 頭の中での孫策のケンカの時の服を翻し残酷な目つきもぼんやりとしてきた。意識を失う前、周瑜はまた幼いときに孫策と兄弟の契りをかわしたことはこの人生で最大の誤りだと感じた。

周瑜よ、報いに遇ったんだな。誰がお前を彼の弟にしたんだ?彼がケンカするなら、今日おまえも報いを……)

 目が覚めた時、空はまだ明るくなっていなかったが、側には酔っぱらい達はいなかった。俯いて襟の血を見た。周瑜は起き上がろうとしたが、肋骨のあたりから激痛が走って動くに動けなかった。

「ひどい目にあった。動けない」
 あきらかに全身殴られて傷だらけだった。周瑜はこのとき一番に考えていたのは早く石像の馬のところまで行って孫策との兄弟の契りの誓いを解除することだった。もしこのとき孫策がいたなら、彼がこのように自分との義兄弟関係を断つことにどんな感想を持つだろうか。

携帯電話を取りだし、かすかに発光する画面が周瑜に幸いにも難を逃れたことを示していた。そこで考えを止め、地面に「敗戦者」としてよこたわり、電話帳から孫策の名前を探し出した。長い沈黙の後、電話の向こうはまだ沈黙していた。

孫策
 そっと二文字を吐き出す。周瑜は口の中に残った血腥さを感じ、口が開きにくかった。

「引っ越しの荷物を運ぶ手伝いが必要か」
 孫策の声は少し揶揄いの色を帯びていた。

それから周瑜が聞くにふつうではなかった。
孫策……」
 言うのもおかしなことながら、自分でも孫策周瑜が好んで笑顔で言葉での大人数との交流を避けていたのを認めた。だが孫策としゃべるのはなんとも嫌ではなかった。
「わたしは感じるんだ……もうすぐ死ぬって」

胸の痛みを耐えながら、周瑜は一言ずつ言った。心の中では得体の知れない興奮があった。

「最後に一目逢いに来てくれないか……兄さん?」
「よい子が、なにをおかしなことほざいてる?」

言葉を惜しむ周瑜とはぜんぜん違って、ワル仲間を多数抱える孫策は揶揄いの言葉には反応しなかった。
「ゴホンゴホン……」

咳をして、耐え難い傷みの胸元を押さえた。周瑜は強がって平気な話し方にしたが起伏がいささか現れた。
「きみは来るの来ないの……ゴホンゴホン」
「おまえはどこにいるんだ?」

あきらかに周瑜の異常に気づいた孫策の声はまじめなものになっていた。だが彼は依然として夜に言い争ったことで心中不快だった。
「兄さん……ゴホンゴホン……ゴホンゴホン」

口から血を吐き出した後、周瑜はもう話す気力もなかった。画面がだんだん暗くなっていく携帯電話を手放し、上を向いても見えない星の夜空を眺めた。まるで孫策が自分を探し出せないことを気にもとめない己のようだった。

 空が明るくなり骨を刺すかのように冷え込んだ。精神を刺すような傷みはゆっくりとけが人の傷みを散らした。深いところでは知ることはないが、この時眠りそうになっていた周瑜は、誰か別人に言いたかった。「羊が多ければますます寝付かれない」理論を。けんかして傷ついた目のまぶたを開けていようと努力し、心の中で数えた――。

孫策がひとり、孫策がふたり、孫策が三人……」
周瑜周瑜!」

三百九十四の孫策を数えたとき、周瑜は突然誰かが自分を冷たい地面から抱き起こしたのを感じた。

彼が寄りかかっているのはもう温度のない土ではなく、しかもよく知っている匂いの久方ぶりの抱擁だった。

「おい……本当に早かったな……孫策、お前はどうして来られたんだ?」

 目を開けるのもむずかしくて、周瑜は抱擁している孫策を見てもはっきりとしなかった。
「……」

 抱擁のなか馬鹿笑いしている人をきつく抱き締め、孫策周瑜にこんなに遅くにこんなところにどうしてきたのかとは問わなかった。いったい誰が手ひどく殴ったのかも聞かなかった。ただ抱き締め、温め、寄りかからせた。

孫策……きみはどうして……ここを探し当てたんだ?」
 孫策の早まる鼓動を感じて、周瑜は彼がきっと電話が切れた後すぐに林に駆けつけたと思い、心中であの夜の口ゲンカに勝った快感がこみ上げた。

「カンだな」
 そっと周瑜の泥にまみれた髪をなでつけながら、孫策は両親にも見せたことのない微笑を浮かべた。

それは嘘ではなく、お愛想でもない。
孫策
「うん」  

周瑜の髪を撫でていた手はだんだん顔に移り、返事をしながら孫策は抱き締めている人の顔に付いた血をぬぐった。彼はいつもは髪を逆立ているが、その髪も目に覆い被さっていた。

仰向いている周瑜のほかは、誰も彼のこの時の眼の中にある優しさと後悔を見ることはなかった。
「キスしてくれ……キスしてくれたらわたしは……痛くない」

 周瑜は以前孫策がそんなに強くなかった頃、毎回小さな子ども同士でケンカして殴られて青や紫の跡をつけていた。負傷した後、にこにこして孫策はいつも目に涙を溜めて目の前でだだをこねて甘えた。

「瑜児、瑜児、キスしてくれよ。キスしてくれたら痛くないよ」
 周瑜は内心自分の幼稚さを笑ったが、こっそり自分もこんな風に強引に甘えてみせる日が来たことを喜んだ。

「……」


 そっと口づけを周瑜の唇に落とし、孫策周瑜のおふざけに付き合った。 

孫策……」
 二つの唇が重なった温度は心の奥まで伝わり、周瑜は突然目の前の自分に頼ってきていた不良が本当はこの二年間感じていた嫌悪感などなかったことに気づいた。
「うん」

孫策の口数は今晩は不気味なほど少なくて、彼はずっと動かず周瑜を見つめていた。
「わたしを負ぶって帰って……」

人は突然温かみを感じたとき、よく感動して涙をこぼす。周瑜は横を向いて孫策に自分の目元を隠し言った。
「帰ろう……わたしたちの家に……」

「うん」
 肋骨にも腹にも傷があって起き上がれない周瑜は、勢いよくそっぽを向いたままの顔で孫策に優しく抱き起こされた。

「帰ろうオレたちふたりのの家に」
孫策」 
 涙がこらえきれずに流れ落ちた。周瑜は思いきり孫策を見ないことにした。

「うん」
 冷戦すること二年、孫策の眼の中では、懐の傷だらけの周瑜は手放すことのできない弟だった。

「わたしは多くの人に微笑んできた。ただひとりきみとだけ悪ふざけをする」
「うん」
「わたしは彼らと話をしたくないんだ……」
「うん」

「わたしはきみには嘘をついたことはないよ……」
「うん」
「ねぇ……嫌わないで……」

「わたくし孫策は」
 周瑜が言い終わる前に、孫策は小さく独りで呟いていた。
「永遠に嫌わないし、周瑜は人前で微笑むよい子だろうが、孫策の前ではワガママでバカな弟です」

「……ありがとう」
 孫策の懐で思わずしゃくり上げた。周瑜は顔を上げて彼のだんだんと明らかになってきた大人の男の輪郭をもつ顔を見つめた。まるで一種の肉親を越えた濃密な感情が溢れた。

舌に感じた苦みを言葉で表すのなら、どんな言葉で表現しきれるだろうか?

心に満ちた甘い蜜を表すのなら、どんな言葉で表現するに足りるだろうか?

 

 陸遜はスプーンを使って堅いナッツのようなものを押さえた。かたまりは割れた後、プリンに似た黄色いクリームが中からゆっくりと出てきた。
「味わってみて」

周瑜はついに陸遜に水を一杯差し出した。
「味わってから水を飲むかどうか決めてみて」

半信半疑でスプーンに半分クリームをすくって、陸遜はクリームを口に入れると同時に水の入ったグラスを受け取った。

しかし、清水がグラス一杯に満たされていたがそれを必要とすることはなかった。レモンの爽やかな香りとヘーゼルナッツのペーストの鮮烈な甘みが口の中を満たした。まさにさっき舌を占領していた苦みを一撃で洗い流した。陸遜は信じられないという顔で笑いがこみ上げている周瑜を見た。

だが、彼がこう言うのを聞いた。
「多くの人がスイーツは最初から最後まで甘いと思う。だけど激しい苦みの後に味わう甘さこそ人の心神に染みこむんだ。アレと一緒じゃないか?暗闇で修行する苦行者が、ある日ついに暗闇の終わりに金色の眩しい光源を見つけるような」