策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 10 亮瑜啊亮瑜先生「伴君左右」

 平和な日々はいつも早くに過ぎて、まもなく秋となった。諸葛亮は長く続く細雨の好天気に乗じて周瑜を連れて出かけた。いわく『民情の視察』であると。実際にはこっそりと市場に行ってその賑わいを見ているに過ぎない。趙雲諸葛亮について長いので、かれの性格も知っており、軍師が気分転換しているならいいと思い、黒い顔もますます才智が優れた民や国を思う軍師だと尊敬した。

 秋風がこっそり荊州に吹き込み、一つの厚い大きな灰色の雲を運んできた。これは舒城の風情のある詩的な風景とは比べがたい。今日の煙のような雨で朦朧とした詩情や絵心を誘うような景色は比較的得がたい。細かな雨は空から空へ融け、楓の紅葉を艶やかに透かす。街行く人も傘を差さずに、音もない雨に服を濡らしている。一面に広がる黄金色の落ち葉を踏みながら、諸葛亮の気分は楽しくなっていた。こっそりとそばの周瑜を盗み見る。ずっと顔をしかめていた人も気分が明るくなり笑いをこぼしている。彼の身につけている喪服はいつもは全身もの悲しい雰囲気を漂わせている。しかし、今日見ると、意外に周瑜の清楚で華奢さを露わにしていた。
 周瑜が別のほうを向いているときに、諸葛亮は小さな露店で買い物をして袖にしまった。周瑜には見られたくなかった。
「先生なにを買ったのですか」
「公瑾の晩御飯ですよ」
 諸葛亮が振り返ったとき、手には白い蠟燭を持っていた。
「……先生ごくろうさまです。そういうものはわたしはいりません」
 やはり彼に聞くものではない。
 目も飛び出るほどに驚いた露店商を後にして、諸葛亮は愉快に大笑いして去った。周瑜は頭が痛くなった。この人は天下でも特別で、こんなにも明らかにこういうバカをやり、人がどう言おうと恐れない。
 ちょっと考え直すと、笑いがこみ上げてきた。彼だけが傲慢で世間の目を恐れない。今考えると、今物事にこだわっているのは自分でいささかおかしい。自分はもう幽霊なのに。
 愛したいなら愛する、恨みたいのなら恨む。それは伯符がかつて自分に言ったことではなかったか。伯符……周瑜は驚いた。
「どうしましたか」
 周瑜がいきなり停まって、諸葛亮は慌てて一歩下がって傘を差しだした。
「このようにわたしが現世にとどまっている間に、伯符はどうなって……」
「公瑾」
 諸葛亮はまた一歩周瑜に近づいた。街角を真面目に見ながら言った。
「孫将軍のことは、わたしもはっきりとはわかりません。今は帰りましょう」
 周瑜諸葛亮の視線を追って見回したが、何も見えなかった。しかし、諸葛亮の真面目な表情にはきっとなにか事情があるはずだった。
(*ここぬけあり)