この時、益州の牧劉璋が法正を派遣して劉備に張魯を攻めるのに助勢するよう要請してきていた。そこで劉備は諸葛亮と関羽、張飛を荊州の守りとし、趙雲を留営司馬とした。赤壁の一戦、曹操軍は勢いを失っていた。しばらくは大きな動きもないだろう。
(*ここ抜けあり)
諸葛亮はやや迷った、それから趙雲のあとをついて下船した。後ろを見るとやっぱり周瑜の姿はみえなかった。城に入ると赤い顔(関羽)、黒い顔(張飛)を放って置いて自室に入り、窓や扉をぴっちりと閉めた。
「わたしは疲れた。先に休む」
とだけ言い残し、外にいる趙雲を急かして、もう見向きもしなかった。
「公瑾……」
諸葛亮は周瑜が自分の身体からすり抜けてくのが見えた。いや、自分の身体から推し抜けて出てきた。ゴトリと地面にぶつかる。比較的大きな動きだったが、そばにあった低い机はなんとも動かなかった。
「公瑾」
諸葛亮は少々急いで助け起こしたいと思った。しかし、船でのことを思うと、そばに座り込んで周瑜の様子を窺った。
周瑜は胸元を抑えて地面でひとしきりもがいた。痛みがだんだん和らいでくるとゆっくりと身を起こした。そばでみていて助け起こしたいのだが、諸葛亮は手を伸ばすこともできないので気が焦った。
周瑜は小声で囁く。
「大丈夫だ」
「どうしてこのようなことに」
「先生がわたしの霊堂に来たときからこうなのだ」
簡単にいえば全部おまえが悪い。
「まさか、ほんとうに道士を呼んで公瑾を退散させようなどとは思いません」
諸葛亮はしばし苦笑した。天のみぞ知るどうしてこんな状況になったのか。しかし、急ぐことではない、毎日周瑜に会えるのは……とてもよいことで、ましてや他のものはかれの姿をみることができないのだ。
周瑜はいまだに諸葛亮の考えを推測することができなかった。ただいささかこれは良いことではないだろうと心配していた……今の自分はただ天命に従うのみだった。あれこれと考えて、ふと目を上げると諸葛亮が何かを自分の方へもってきた。
周瑜は諸葛亮が自分の目の前に蠟燭を差し出していた、頭をあげて聞いた。
「これはなんだ」
「これは公瑾のお昼ご飯ですよ」
諸葛亮は笑っていて、親切心ではなさそうだった。
「ありがとう先生」
周瑜は眉をひそめた。
「どうもどうも」
諸葛亮は扇を揺らして賢しげに笑った。
つぎの瞬間、まさに戸を叩いて諸葛亮の昼食を持ってきた趙雲は部屋の中でなにかが倒れる音がして、慌てて中へ入っていった。中では諸葛亮がまるで罪のない顔をして座っており、そばには蠟燭がくるくると転げ回っていた。
「軍師、どうかされましたか」
「子龍よ……周郎の幽霊はどうもわたしにまとわりついているようなのだよ」
依然として春風駘蕩として笑っている。趙雲はもう軍師の言うことは信じないぞと、ご飯を置いて出ていった。