策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 六十六 需要愛先生「思為双飛燕」

四十三章 内殿 

 孫権が建業にもどってからというもの、気持ちは爽やかで、何年も朝な夕なに思っていたことをついに吐き出してすっきりしていた。さらに喜ばしいのは公瑾が拒絶しなかったこと、いやともいわなかったこと、仲謀ダメともいわなかったこと、さらに『恥知らずな。わたしはあなたの兄のもの』ともいわなかった。公瑾は何もいわなかった。ただ孫権に私情にこだわるなとだけ言っていた。こう言う話はその気があるようなないような時に言うもの。孫権周瑜がいつ本当に自分を受け容れてくれるのかわからないけれど、光明は遠からず前にあるようだ。
 すこぶる気分が良く、孫権魯粛を呼んで囲碁の対局をした。魯粛は碁はあまり上手くなかったので、すぐさま負けた。孫権は機嫌が良い余り温酒を一壺持ってこさせて、魯粛と飲みながら話し始めた。話は昔周瑜魯粛が仲良くなったきっかけになった。話に興が乗って、酒量も増え、孫権はややふらふらとしてきた。
「子敬よ、ぼくは、むかしそなたが、北方にいるとき、追っ手に追いかけられて、そなたが盾を地上に置き、三箭の矢で次々と貫いて、賊を大声で怒鳴り散らしたとか、これは真か?」
 魯粛も少し酔っていて、顔が赤くなっていた。手を振った。
「主公、それは昔の話ですよ」
「うむ、年月は経っていても、勇猛!子敬は人並み優れて勇猛である」
 人並み優れて勇猛であると言ったところで、孫権は突然笑い始めた。
「子敬よ、今日はここに他の者もおらぬ、そなたとぼくの君臣でちょっと切磋琢磨してみようじゃないか?」
「主公、いけません」
 魯粛は見るに、酒も飲みすぎているし、主公は機嫌が良くて調子に乗っているところで、今酒のせいでさらに少し素顔が露わになっている。孫家の人が豪放で気ままに振る舞うのは魯粛も知っていたが、ときどきわがまますぎてもてあますのである。
 しかし、孫権は見たところ機嫌はまだ良く、腕比べをすると言って聞かない。刀剣は怪我のもととなるから、もちろん武器は使用せず、二人は思い切りよく拳と足で手合わせした。魯粛は昔の三箭の矢が連続して厚い盾を貫いたことは嘘ではなくて、見るからに細身なのに、とっても筋肉があって孫権の面子を、傷つけないように礼儀で三分ほど譲っていた。
 孫権魯粛と真面目に争うつもりはなくて、昔お兄ちゃんが部下と武芸を切磋琢磨していたのを見ていたから、君臣間の一種の交流で親しむものだと思っていた。
 魯粛は来たとき朝服姿だったが、暴れて衣服は乱れてしまった。孫権は手を打って笑った。子敬はいつもはお行儀が良いのに、珍しくめちゃくちゃになっているな。
 主公からかわないでくださいよ。魯粛は機嫌良く笑った。内心主公はまだお若くて、子どもっぽさが抜けないな。
 この時、周瑜が謁見に来たと知らせがあった。魯粛周瑜と聞いて、内心何事かあるやもと、そこでお先に失礼致しますとあいさつして下がった。門をくぐるとき、周瑜が来るのと出会した。このときの魯粛はまだ衣服が整っておらず、さっき暴れたときに襟が曲がったままだった。加えて、酒を飲んだ後だったので、顔はちょっと紅潮していた。周瑜は俯いて歩いていたのだが、顔をあげて内殿から出てきた魯粛の様子を見て、内心思わずドキリとした。
「子敬!」
 周瑜魯粛を呼び止めた。
「きみ……これはどうしたんだい?」
 周瑜魯粛の襟を指差して聞いた。
「あぁ、公瑾、これは主公が……」
 魯粛はさっき主公が武芸をどうしても切磋琢磨したがったんだと説明しようとしたが、また周瑜がいつも孫権が君臣の礼を顧みないことを好まず、何度もなんども孫権に主君としての威厳をしめすよう上書していて、臣属や年上をないがしろにすることはやめるようにと言っているのを思い出した。もし、自分が周瑜にさっきのことを話したら、孫権周瑜にお説教されるのは免れまい、そして自分は告げ口したことになってしまう。これは特によくない。そう思うと、魯粛は笑って言った。
「なんでもないよ。さっきちょっと転んでね」
 ちょっと転んだ?周瑜魯粛が何か言いかけてやめ、様子がなにか隠し立てしているようで、加えて乱れた衣服と紅潮した顔色、脳にガンと音がした。魯粛周瑜が大業をなすために連れてきた人で、はじめ周瑜魯粛に手紙を書いた。孫権は若いと言っても、優れて聡明で賢者を礼を持って遇する。今後はきっと功を建てる。そこで本来別人に頼ろうとしていた魯粛孫権の身辺に来て、魯粛は甚だ器重され、周瑜もすこぶる安心できた。しかし、まさか、まさか……!
 周瑜にそれ以上聞かれるのを恐れて、魯粛は供手するなり逃げ去った。周瑜は門外に立ったまま、片手で額を抑え、やっとのことで息を吸い、内殿に踏み入れた。
「公瑾!」
 周瑜がこんなに早く自分に会いにきたことで、孫権は予想外の喜びようだった。顔には幸福の輝きが溢れていた。
「ぼくはあなたが会うのを避けるんじゃないかと思っていた。こんなに早く会えるとは」
「主公」
 周瑜は待てずに問題を切り出した。
「わたしはさきほど外で子敬と会いました。なぜ彼は衣服が乱れていて足取りもおかしかったのですか?」
「ああ、そうか」
 孫権は、すぐに言い訳を考えた。またやっぱりだめだと思った。周瑜孫権が馬鹿をやらかすのを一番嫌うし、でも別のことを言うのも微妙だな。
「あぁ、ぼくもなぜだかわからないな、たぶん子敬も急いで家に帰りたかったんじゃないか」
 孫権は自信なく頭を下げた。
 周瑜孫権の顔を見つめた。
「主公!きみ……この……」
「公瑾あなたは何を怒っているの、座りなよ。立っていないでさ」
 孫権周瑜の手をひっぱった。周瑜も避けずに手を引かれていた。
 目線は真っ直ぐに孫権を見つめ、語調は丁寧だった。
「仲謀、きみは子敬に対して、本気なのかい?」
「本気?なにが本気?」
 孫権はびっくりした。ちょっと考えてから、思わず大声を上げた。
「ちがうよ、公瑾。あなたはぼくと子敬の仲を疑っているの?そ、それはどこから話したらいいものかなぁ」
「……わたしはさっきみたところ……」
「さっき?ああぼくはわかったよ、あなたは子敬の衣服が乱れているのを見てぼくと子敬とを、疑ったんだ……公瑾、いったいどうしたんだい」
 孫権は反省して、素早く言いつのった。
「ぼくはさっき子敬と武芸をちょっと切磋琢磨していただけなんだ。ぼくは曹操のようなあれこれと移り気の人間じゃないよ。あなたはどうしてぼくを疑うの……え、待って待って」
 孫権は突然止まった。表情は反省からすばやく喜びへと変わった。
「公瑾あなたやきもちを焼いたの?」
「は?わたしはそんなことありませんよ」
 周瑜は慌てて手を振った。
「あなたはやきもちを焼いたんだ」
 孫権は肯定してにこにこと笑った。顔を周瑜の頬に近づけた。周瑜の決まり悪げな表情がもとから美人の顔がさらに魅力的に風情を増していた。近づくと顔のうぶ毛まではっきりと見えた、逸る心を抑えられなかった。
「公瑾」
 孫権の声は掠れていた。
「なんでもないよ。ぼくはあなたのやきもちをゆるすよ。もしあなたが毎日一回やきもちを焼いたら、ぼくは一日一回騒ぐんだ。あなたは遠回しにわしの気持ちに応えてきたんだよね?」
 周瑜はざざっと一丈ほど後ろに下がった。さっき孫権に怪しくあんなに近づかれて、耳元に熱い息を吹きかけられ、周瑜は鳥肌が立った。周瑜はいささか怒って言う。
「主公!さきほどはわたしがお粗末でした。主公も自暴自棄なことはなさらないで、内殿では馬鹿をなさらぬように!」
 明らかに怒られている話だが、孫権の耳の中では却ってよろこばしく受けとめられた。
「内殿はもちろん内事のこと。お兄ちゃんが亡くなる前に言っていた、内事で決せざることは張昭に問え、外事で決せざることは周瑜に問え、公瑾が越権してわしの内事のことも掌りたいのかな?」
 孫権は頷いた。明らかによろよろと立ち上がった。
「やるといい。わしの内事も以降は公瑾にまかせるとしよう。もっとも、公瑾が何を言ったとしても、わしはあなたの言うことを聞くぞ。公瑾まだなにか指導言いつけはあるかな、わしは耳を洗って拝聴するぞ」
「主公、きみは……」
 周瑜は啞然とした。
「きみはいつからこうも変わって……」
「どんなふうに?」
「理不尽きわまる!」
「公瑾がどうしてぼくを理不尽だというのかな。曹操もさっきの手紙で書いていたけど」
 孫権はあごをさすった。
「そうじゃない。汝から出た者は汝に帰るというし、公瑾はあなたがぼくに教えたんだ。曹操は言ってもいいけど、あなたはぼくをそんなふうに言ってはだめだよ」
「わたしはあなたと曹操の話をしていません」
 周瑜は全身で無力感を感じた。内殿に入るまでは孫権に大々的な説教を一つくらわすつもりが、今では主公はまったく聞く耳を持たない。以前の孫権はこのようではなかった。もっと大人しかった!
十五分後、内殿の外の守衛は大都督の周瑜が怒って息をはずませながらでてくるのを目撃した。さらにすごいのは、主公までも周瑜のあとから走りながら叫んでいた。
「公瑾行かないで、公瑾待って待って」
 その守衛は考えた。大都督は大きな権力を手にして主公も忌みはばかるのか。しかし、大都督があんなに怒っているのに、主公はなぜ一風喜びを禁じ得ない表情なのだろう?足取りもあんなに軽くて愉快そうだ。まるで飛んで行きそうなくらい。実際理解しがたいものだ。