策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 五十四 需要愛先生「思為双飛燕」

三十一章 親征
 
 孫権は二日後、山に住む匪賊の討伐に出発した。その集落は五、六十人のの山賊が集まっていた。時々孫策の軍営地の周辺の住民たちを襲っている。孫策は民のためにその害を除くことを決めた。しかし、こういう細かな小事に大将が出馬することは必要なかった、ちょうど孫権に鍛錬させるいい機会だった。出発の時、孫権は背の高い大きな馬に乗り、金色の鎖編みの鎧を着込み、はじめて自分でも威風凛々としていると感じた。周瑜も見送りにきて、孫権の側仕えの護衛たちにくれぐれも孫権を守るように注意していた。孫権周瑜の言付けが十分細かいのを聞いていて、我慢しきれずに言った。
「公瑾、安心してね。ちっぽけな山賊はこの手で捕まえてくるよ。ぼくが賊の首を取ったらあなたと祝杯をあげよう」
「わかったよ」
 周瑜は頷いて微笑んだ。
「何事にも用心するんだよ」
 そこで孫権は三百ほどの人数を率いてぞろぞろと出発した。
 
 次の日の昼、孫権は藤の担架で護衛に担がれて戻ってきた。全身泥だらけで顔も土まみれ、太ももには刀傷を負っており、布できつく巻かれていた。鮮血が衣服に赤く染みていた。その時は孫策は巡視で軍営地に戻っておらず、周瑜がその有様を見て思わずびっくりしていた。慌ててどうしたことかと問う。
 護衛が言うには、孫権は彼らを率いて夜に勇猛に山の寨を攻撃にかかったが、予想だにせず、山賊がとても凶悍で、その人数は少ないといえ、少数で多くの敵と戦うことができるほど強かった。孫権は戦闘中にケガをしたが、幸い大ケガではなく、何でもないだろう。
 孫権は藤の担架に横たわり頭を俯けて声を立てた。目の縁にはかすかに赤みがあり、半日頭を上げなかったが、とうとう最後に勇気を出して公瑾と呼んだ。頭を上げて見たが、さっき立っていた担架前にいた周瑜はもういなかった。
「ああ」
 孫権はため息をついた。内心思った、公瑾はぼくの無能が嫌になって許してくれないんだ、ここで担架に乗せてテントに運ばせて医者を呼んで傷口を手当てさせただけなんて。 
 一時間後、孫策が軍営地に戻ってきた。孫権のこの様子を見るなり自分の額を打った。
「仲謀おまえ!」
「お兄ちゃん……」
 孫権はボロボロと泣き出した。孫策は一言叱りつけたかったが、口の先で飲み込み、ただ一睨みした。
「おれはおまえに言っただろ、敵を軽んじてはならぬと!」
「ぼくは敵を軽んじてなんかいないよ……」
 それから孫権は言うべきこともなく、人生が灰色で困り切ることはこれ以上ないんじゃないのか、目立とうとしてかえって面目を潰し、もっとも最悪なのは周瑜の目の前で顔を潰したことだ。もともと周瑜は二日後には行ってしまう、だからこそ、孫権も急いで出発したのに……。
 夜になって、周瑜がやっと孫権の目の前に現れた。側に一人の兵士が付いていた。その兵士の手には丸々とした粗布に包まれた包みがあり、孫権の目の前で、周瑜は彼に包みを広げて見せるように示した。その兵士が手をパッと広げると、一つの首が地面に転がった。周瑜は恨みのこもった声で言った。
「これがきみを傷つけた匪賊の頭の首だ!」
「え?」
 孫権は驚き固まった。
「公瑾、それじゃあ、それではあなたは山の寨に攻めに行ったの?」
 周瑜は側の孫策の方へ振り向いて言った。
「このことはわたしが悪かった。仲謀が兵を率いて出兵するのをわたしがすすめておきながら、かえって考えが十分でなかった。このことは謝罪いたします」
「公瑾、仲謀に兵を率いさせるというのはおまえ一人の考えではない、どうしておまえを責めることがある……」
 孫権は頭を垂れて、顔を赤く染めて呟いた。
「ぼくのせいだ……」
 二日後周瑜孫策と名残を惜しみながら別れ、軍営地を離れた。つづく数日間は孫権はがっかりしていた。太もももかすり傷で殆ど治ったが、孫権の気持ちのほうはどうしても回復してこなかった。ベッドに座りながら竹簡を取り出して苦しみながらよくよく考えた。いったいなにを教訓とすべきだろう?記録しておこう。周瑜が自分のケガを見て眉根を寄せたことに思いが至った。孫権はキュンとなった。内心思った、大丈夫が立身出世しようとして、功を建て業を成し天下を震わそうとするのに、もしこんなちっぽけな挫折を克服できないでどうするか、はたまたどうして公瑾を抱きしめられようか?お兄ちゃんの初めての出兵を思いだした。あれだって勝ち戦ではなかったよな。思いだして孫権は思わず目が輝きだした。そういうことか、自分はがっかりなどしていられない。ますますがんばらなければ!そして竹簡に描き込んだ。『こんどはきっと出征に成功して、公瑾の心を慰める』
 書き終わって孫権はこれがまさしく適当だと思った。自分は気落ちしていてはならない、小覇王孫策の弟として、戦もできないではすまない!勝利は必ずや自分の手でつかまないと!竹簡のこのことは正しい筋道だ!
 しかし、どういった才能が千里の外でよく戦いよく敵に勝つのだろう?これまでは孫権はその方面には向上心がなかった。幸い師匠は目の前にいる。謙遜の心で、孫権は竹簡を持ち孫策に成功の道を教わりに行った。
「軍を率いるものの道は勇にあり、狭き道に逢いては勇者が勝つ」
 孫策は語る。
「ただし匹夫の勇で見せびらかすようなのはいらん」
 勇者となるべし、孫権は書き込んだ。
「将と帥は仲良く相親しみ、よくこころをひとしくして協力すべし」
 将と帥は仲良く相親しみ、孫権は書き込み終えて顔を上げた。
「お兄ちゃん、でもお兄ちゃんは公瑾とだけ仲良しだよね」
「誰がオレが公瑾とだけ仲がいいって?」
 孫策は驚いた。
「だって公瑾だけが寝巻きで夜に訪ねてきたでしょう」
 ふだんまったく顔を赤くもしない孫策もこの話を聞いて耳のところまで熱く熱を持っていた。すぐさま怒った。
「バカなことは言うな!オレと諸将は深夜膝を交えて話合っているぞ、これからおまえも兵を率いるのなら、かくの如くせよ!」
「なるほど」
 孫権はまた書き込んだ。多く部下と親しくなり、夜は膝を交えて語り合う。
 それから、孫策は我慢できずに聞いた。
「仲謀、おまえは何をそんなに竹簡に時間を費やしているんだ」
「なんでもないよ」
 孫権は頭も上げないまま言う。
「書いておくといいんだ。年数が経っても字ははっきりしているし。書くのは遅くても。多くのことを覚えておくのに有利なんだ」
「ん?」
 孫策は興味をもった。
「おまえは以前も竹簡に書いていたな?何を書いているんだ?ちょっと見せてみろよ」
「これは……」
 孫権は慌てて言う。
「お兄ちゃん、ぼくは前に何も書いていないよ……」
 孫策は疑った。
「ほんとか?」
「ほんとだよ!」 
 孫権は内心まずいなと思った。孫策がもし面白そうだと思ったら、追求されるかもしれない。そこで顔を上げて孫策に笑いかけた。えくぼもはっきりと浮かべて笑う。
「兵法はとても大事だから、書いているんだ。別にそんな重要でもないことに、時間をかけていないよ」
「おお、それも道理だな」
 孫策はあくびをした。
「お兄ちゃん疲れたの?早く休めば。ぼくは失礼するよ」
 言うやいなや孫権は煙の如く孫策のテントから逃げ出した。外に出て心臓のあたりを抑える。内心危なかったと思った。万一孫策が無理やり竹簡を差し出すようにいってきたらどうしようもない、自分の心に恥じるところがないけれども、お兄ちゃんには知らせない方がいい!
 このあと孫権は何度か出陣した。しかし一つの功績もあげることができなかった。孫策としても見て取れた。この弟の孫権は兵を率いて戦うのが得意ではない。しかし孫権は謙虚に敗戦から学んでいる、その心意気は褒めるべきである。そうして孫策孫権のために軍の中から一名の猛将を選んで側に付き従わせた。孫権にも訓示した。股肱の将はとても重要である。おまえはよく考えてこれを選び出し、選んだら必ず厚く報いること。
 その実、孫権もそのつもりがあった。彼は自分が孫策のように生まれつき力強くよく敵陣を突破するような人間でないと自覚があった。よく戦えないのならば、よく人を用いることにすればいい。
 側に置く猛将だが、孫策麾下には猛将が雲の如くたくさんいた。孫権は細かく考慮した。彼が考えたのは英知も武勇も優れ忠心一途な人物である。何人か悪くないものがいた。ただし、自分が選ぶのはただ一人、それなら姓が周というのがいいだろう。最後に孫権は迷わず孫策周泰をちょうだいと言ってみた。
 自分も周という副将を得たぞ、孫権は眉尻を下げて体格が堂々としている周泰に話しかけた。
「幼平の補佐があれば、今後きっと勝ちを得ることができるだろう」
「はい、小将軍!」
 周泰は拱手した。
「ぼくはお兄ちゃんが公瑾にするようにそなたに対する」
 言い終えてから、孫権は補完するように付け加えた。
「もちろんそういうつもりはない。誤解しないでね」
「はぁっ?」
 周泰はわからなかった、孫権は何を言っているんだろう?
「そうだ幼平、夜にわれわれは膝を交えて語り合おう」
「はい」
「ぼくが言っているのは次の匪賊の征伐のことで、他のことじゃない」
 周泰は頷いた。内心この小将軍の人となりは部下に対して親切で丁寧、概ねにしてよい、ただし頭がちょっとおかしいようだなあ、彼が自分に話していることはまったく訳がわからない。しかし、周泰は以前から孫権が小さい頃から神童で聡明で賢さはずば抜けていると聞いていた。そして自分は庶民の出であり、学問もしたこともないから、孫権のこういう意味深長ではかりがたい聡明な人の話は、しばらくは理解できないのかもしれない。そう思うと、周泰も釈然とした。