策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 五十二 需要愛先生「思為双飛燕」

二十九章 正宮 皇后

 孫策の大軍は一路破竹の勢いで、横江、当利を攻め下し、その後やや休養して渡江し、笮融、薛礼を攻撃、方向を転換して海陵、南下して小丹楊、湖孰、江乗と進撃、曲阿で劉繇を追撃した。この時、江東を望み、軍中では士気は虹の如く上がり、大いに山河を飲み込まんとする勢いであった。
 しかし、孫権においては、激しい戦闘はまったく彼とは無関係で、孫策孫権がまだ幼いのと、なにも戦争の経験が無いのを良しとせず、ずっと後方の糧秣管理などの軽めの任務だった。孫権孫策に求めたことはまったくかなえられなかった。さらに孫権をがっかりさせたのは、周瑜も毎日軍務に忙しくて、二人とも孫権の相手をする時間もなかった。
 孫権はため息ばかりつづいたので、陣中で戦争から戻ってきた兵士達にお兄ちゃんが戦場でいかにたくさんの功績を打ち立ててきたのか話を聞くことに時間を割いていた。
 ある日、孫権孫策の側仕えの兵士たちが戻って休養しているのを見つけ、自分のテントに呼んで、劉繇との戦況をちょっと尋ねてみた。数人ががやがやとしゃべりはじめた。まず我らが主公を猛烈に自慢した。つづいて孫権はとっても面白い話を聞いた。
「その賊のものは甚だ大胆で、一人で馬に乗って我らが軍営地を探索にやってきたのです」
「当時主公のそばには何人かの偏将軍がおりました。ですが主公は偏将軍達を観戦させ、お一人であの賊と八百回も切り結んだのです」
「攻撃は激しく、主公はあの賊の首の後ろの手戟を取りました。しかし、賊めもかなりすごくて、主公の被っていた兜を奪いました」
「待て待て」
 孫権は彼らをいったん止めた。
「おまえたちはその賊がうちのお兄ちゃんの兜を奪ったといったよな、うちのお兄ちゃんも彼の手戟を奪ったと言ったよな。それで彼らはまったくケガもしていないと?」
「ケガはしていません」
「主公は神の如き武勇の持ち主、どうしてケガなどしましょう?」
「あの賊はきっと運がよかったのでしょう」
「うーん……」
 孫権はちょっと考え込んだ。心の中ではすでに目算があった。
「話を続けてくれ、それからどうなった?」
「それから主公と賊はケンカが盛り上がってきて、二人とも上着を脱ぎ捨て、一つ処で揉み合いになりました……」
 数人の側仕えの兵士が去ってから、孫権はテントの中でさっと立ち上がった。彼は戦争はできないし、武術もからきしだけれど、まったく目が見えないことはない!兜と手戟がなんだ、くびの後ろ、頭の上のものがなんだ、そういうものを奪ってなお相手を傷つけないとは、彼らは戦争をしにきているのか、それともいちゃつきにきているのか!
 孫権は自分が激しく今までにないほど熱い血で興奮しているのを感じた。一目会ってこっそり芽生える好意、それで八百長するとか、けんかしながら服も脱いでしまうとかなんとか、再戦を約束するとかなんとか、すごく赤裸々ではないか!!!
 孫権はテントの中で一人でうろうろ歩き回った。だめだめだめ。そんなに動揺するな。そんなに興奮するもんじゃない。ちょっと落ち着け。言うことを整理してから周瑜に言わなきゃ。彼は大体知らないのでは?お兄ちゃんとその太史慈という賊がいちゃいちゃしていたのを!
 お兄ちゃんは浮気心を起こして、周瑜というひとがありながら満足せず、ほかの花に目移りする。でも関係ない、お兄ちゃんは太史慈といっしょに行けばいい。それからぼく孫権がいるもんね。ぼくは去らないよ、ぼくは公瑾をずっと深く愛して浮気もしないんだ。ぎゅっと手を握った。
 自分の考えをよく整理してから、孫権は少しも待てずに、即座に周瑜のテントに向かった。テントの入口で、ちょうど馬から降りる周瑜とであった。ちょっと疲れた様子で今し方戻ってきたようだった。
 まさに天の助けだ。孫権は表情をきりっと引き締め、公瑾とよびかけた。
「あ、仲謀もいたのかい」
 周瑜は相好を崩してほほ笑んだ。
 あなたはまだ楽しそう!孫権はまもなく自分があのことを告げたら、周瑜が泣くだろうと心の中で思った。
「公瑾、話したいことがあるんだ」
 二人でテントに入ると、孫権は襟をただし、正座し、かれこれこうなんだと、さっきの将兵たちが自分に言ったことをさらに味付けして、周瑜に説明してみせた。八百長とかなんとか、服を脱いだとかなんとかを強調した。言い終えると孫権は胸いっぱいの期待で目を耀かせて周瑜を見つめていた。
 泣かないのかな? ぼくの前では泣けないのかな。驚いてがっかりしないのかな?いやいや公瑾はそんな失態を見せないように取り繕っているのか。ちょっとがっかりして理解した!孫権は自信満々で彼を慰める機会が訪れる瞬間を待っていた。
 しかし、待てど暮らせど、周瑜はなぜだか動揺も悲しみもしなかった。動揺も悲しみもなく、かえって、ハハハと笑っていた。彼はなぜ笑っているの?孫権はぼーっとして固まった。
「仲謀の話は、軍営中の兵士達から聞いたことかな?」
「そうだよ」
「ほんとうは八百回も打ち合っていないんだよ。どうしてそんなに誇張したものか、伯符はずっと速戦即決が好きだよ」
「あ、あなたは怒らないの?」
「わたしがなんで怒るのかな?」
 周瑜はあきらかに訝しんだ。
「だから、だから、その……」
 孫権は顔を真っ赤に染めていた。
「だから、相手は敵で、お兄ちゃんは手を抜いて……」
「それは伯符が相手の人物を惜しんだからさ。英雄は英雄を惜しむ。傷つけるに忍びなかったんだ」
「お、おう。そういうことなの。相手を惜しむとかって、敵に対してどうして惜しむの、お兄ちゃんはあなただけに情をかけるんじゃないの。公瑾はそうじゃないの?」
 周瑜はその話を聞いて我慢できずに笑った。
「仲謀、大事を成すものは人より度量がなければならない。それでなければ天下の英雄を手に入れられないだろう?わたしはただの伯符の中護軍だし、彼はもっと多くの人材の助けが必要だ。きみのお兄ちゃんは相手を傷つけなかったし、相手もまた伯符を傷つけなかったよね。後日きっと必ずわたしの部下になるよ」
「部下に?公瑾はお兄ちゃんに相手を用いるようにさせたいの?」
「だめなことがあるかい?」
「でも、で……」
「その実、あのとき伯符のそばで、わたしは彼の戦袍を預かっていたんだよ」
「目の前でバッチリ見ていたの?」
 不思議すぎる!周瑜のテントから出てきて、孫権はどうしてだろうと心から思った。お兄ちゃんが別の男の人を求めて抱きしめたら、どうして公瑾は少しも怒らずつらい思いもせずにいられるのだろう。彼はどうして嫉妬しないのかな?嫉妬しないどころか、楽しそうで、喜んでさえいるよな。
 孫権が謎に思って、この問題は数日間彼を悩ませた。それからある日軍営中の一群の人が老兵の語る昔話を囲んで聞いていた。その老兵が話すのは昔の漢室の皇帝の物語で、主に賢く控えめで徳のある皇后がいかに皇帝を補佐したか、どれほど教養があり道理に通じているか、さらには佳人を探して後宮に収める事情などである。
 孫権は少し聞いていて、たまらず尋ねた。
「その皇后は皇帝のために美人を探すのか?」
「その通り。あ、これは小将軍」
軍営中の人々は孫権を小将軍と呼んでいた。
「かまわん。かまわん。みんな座ってくれ」
 孫権もそこに座り込んだ。みんなとちょっと検討してみることにする。
「これはどうしてかな?ぼくは皇后は皇帝を補佐して、天下の母として振る舞うのは知っている。けれども、自分から皇帝のために美人を探すのは、皇后は内心辛くはないのかな?」
「皇后となったからには、それが皇后の職責ですよ、小将軍」
「そうじゃ、皇后は嫉妬などしてはならないんじゃ」
「そういうことか!」
 孫権は膝を打った。わかった。彼は全部わかった!目の前が明るく広がった。数日中つきまとっていた謎はここに解けた。
 周瑜は自分を皇后だととらえているんだ、お兄ちゃんとは夫婦ではないけれど、お兄ちゃんの心から愛する人であり、また彼はあんなに徳も才もそなえている人だから、当然賢く善良な人間として振る舞う、そんな嫉妬なんてできない。お兄ちゃんが別の人を手に入れたとしても、嫉妬なんてしないんだ。その上お兄ちゃんが別の人を手に入れる助けもする。皇后の職責といえど、本当にやり遂げる人は数人じゃないのかな。こんな皇后は見いだすのが難しいから、美談として伝えられるんだ。話すだけで、感動される。
 自分のテントに戻っても、孫権は心臓がばくばく言っていた。なかなか平静にならなかった。素晴らしい皇后、素晴らしい公瑾だなぁ。そうだ、こんな大事なことは書いておかなくちゃ!孫権は慌ただしく竹簡を取り出し、十分まじめに書き込んだ。皇后は嫉妬してはならない。それから、ちょっと考えて一言加えた。公瑾の心の如きがよい。またちょっと考えてまだ不満足に思って付け加えた。
『嫉妬する皇后は廃すべし』
 多くの事柄は所属は同じではないけれど、ただし本質は似通うことがある。孫権は一を聞いて十を知る自分の能力に満足した。そして、こっそり誓った。もし今後自分が妻を娶るときにはきっとかならず公瑾のように心が広い人を娶ろう、男子の公瑾でも嫉妬はダメだと知っているのだから、そんな孫権の妻となる女子、正真正銘の正妻は日々嫉妬で争うなんて許されないのだ!
 孫権は思わず感慨に耽った。公瑾は自分に多くのことを教えてくれるなぁ。