策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 四十九 需要愛先生「思為双飛燕」

二十六章 双璧(下)

 長江の上に華やかな彫刻や彩色が施された嫁入りの船や花の如く美しい親族が見られると思っていたのに、結果、薄霧の奥から出てきたのは味気ない黒色の輜重船たちだった。
「半日騒いで孫将軍の糧秣が届いたのか」
「無駄な見物だった」
「おれまだ漁網を片づけていなかった」
「おれもだ、時間の無駄だったな」
 がっかりした気持ちが岸辺で見物していたものたちに広がっていった。
 そして、人々の失望も長くは続かなかった。突然ある人が大きい声で聞いてきた。
「あれは誰だ?」
 輜重船はもう渡し場に近づいていた。先頭の大きい船の幕が開かれて、中から身を屈めて燃えるような赤いマントを着た若者が出てきた。その若者は、頭には透き通って耀く白玉の蝉冠を被り、冠の脇からは三つの真珠が連なり、髪を結った絹紐が耳のあたりに自由に垂れていた。手には剣を持ち、足には純金の朝雲模様の靴を履き、腰にはほっそりしたウエストを目立たせるウワバミ柄の帯を巻いていた。背が高く、全身お坊ちゃまらしく堂々と立派である。
 彼の着ている炎色のマントは、黒と金色で貴族のお坊ちゃま達でもっとも流行している鳳凰が九天に駆け登るデザインが刺繍されている。もし燃えるような生地に自由に飛び立つ鳳凰、そしてその船が黒でなかったら、このように大船が衆人の耳目を奪うほど目立つことはなかったろう。
 見物人はこの兵糧を運ぶ船にどうして錦を着たお坊ちゃまが登場してきたのか不思議に思った。しかし、そのお坊ちゃまが岸辺に向かって視線を向けたとき、見物人たちはみな息を呑んで驚いた。白玉の冠もつやつやとして美しいが、このお坊ちゃまの羊脂玉のような頬ほどではなかった。赤いマントも目立っているが、このお坊ちゃまのおっとりとして美しいさまを際立たせているにすぎない。
 この身なりは別人が着れば、むやみに装飾過剰であろうが、この青年の着こなしでは、特別普通の服で、ちょっと引っかけて着ているだけのようである。
 英俊で美しく温潤な顔立ちに一対のつり上がったなまめかしい目が、岸辺に向けられた時、口許はかすかにつり上がった。見るからにひどく艶めきすぎた!
「いったい誰じゃ?」
「都から来たのかな?」
「おまえなんというお方か知っとるか?」
「あの旗には周と縫い取りがあるから、姓は周じゃないか?」
「まさかこんな糧秣の監督官がおるまいて」
「糧秣の監督官にしておくには惜しいのう?」
「おい、はっきり見えん。もうちょっと近くに行こう」
 見物人たちは再び騒がしくなっていた。糧秣担当官の視線が慌ただしくさっと見回すと、すぐにある一箇所に止まった。船の先に立った後、彼はずっとその方向を眺めて、口許に微笑みを浮かべていた。赤いマントは上下に風に靡いていた、あたかも火の中に羽を伸ばす鳳凰のように、長江の上をまっすぐ岸辺の一点に向かっていた。
 兵糧の担当官をしているいささか美しすぎるお坊ちゃまの目線に、人々は再び息を呑んだ。それからやっとして、あきらかにちょっと焦っていた孫将軍がいつの間にか姿勢を変えていた。このとき、孫策は丘の頂上で後ろ手にして立ち、ゆったりと落ち着いたさまで尊大にあたりを睥睨していた。自信満々という気持ちが孫将軍の眼には少しも隠さずに現れていた。まっすぐ大きな船の兵糧担当官を見つめていた。その視線はまっすぐで熱烈過ぎたが、人々には当然のもの、生まれつきそうなのだと納得した。
 こととき、長江は空の青を映し一色となり、霧はすでに消えていた。太陽の光が物憂げに金色の輝きを水面に口づけて、波の光がきらきらと澄んでいた。まさに、長江の景色がもっとも心躍らせるころ、さらに美しい光景が色あせていた。飛び交う白鷺、うねる流雲。それらはまるでただ二人の背景に置かれたようだった。孫将軍の強烈な視線は江上で少しも劣らない反応に逢った。赤い衣の兵糧担当官はほのかな笑みを浮かべ、目は孫将軍を取り囲みその動きを追い、あたかも相手の目をなぞり描くようだった。
 赤と白の二つの人影はあきらかに離れていて遠いのに、かえって人々にはぴったりとくっついているかのように思われた。
 大きな船が接岸すると、落ち着いた風であった孫将軍もいてもたまらず、一陣の風のように丘から駆け降り、渡し場に走った。兵糧担当官も足早に大きな船から降りた。孫将軍は兵糧担当官の手を握ると、感動して言葉が出てこなかった。
 しばらくして自分が何を言うべきか思い出し、兵糧担当官の手を強く握り言った。
「オレはお前を得たからには、すべてがかなう」
 そして、また一言加えて言った。
「公瑾、お前遅かったぞ」
 兵糧担当官は眉を跳ね上げた。
「将軍、進軍が早すぎます。わたしは盧江からあなたを追いかけて、八百里も追いました。やっとここで追いつきました」
「へへっ」
 孫策はずっと相手の手を握っているのはちょっとおかしいかなと気づき、握手から肩に腕を回すことにした。応じて言う。
「とうにこうなることを知っていれば、お前をもう八百里追わせてやったのに」
「お兄ちゃん、もう八百里なんて言ってたら死んじゃうよ」
 突然別の声が孫策の後ろから出てきた。
「仲謀も来ていたのかい」
 兵糧担当官の話が終わらないうちに孫策に引っ張られ進んでいった。正確には抱えられて進んでいるようだ。
「公瑾、行こう!軍営地に行ってちょっと見て見ろ、おまえも我が軍の雄壮さを深く理解するだろう」
「義兄の率いる軍はもともと雄壮でしょう」
「オレは昨晩お前からの書状を受け取ってから、準備一切させて、おまえを待っていた」
「先に渡し場に糧秣を下ろしてから話しましょう」
「糧秣のことなら李軍官たちがちゃんとやってくれる。オレ達は先に軍営地に戻って話そう」
 言いながらすでに周瑜の乗る馬が大きな船から下ろされてきた。両人は馬に飛び乗り、わずかに一小隊を率いて、軍営地まで駆けていった。
「あー」
 二人の後ろにいた孫権はため息をついた。周瑜が船から降りてから今まで周瑜は一瞥したきりで、お兄ちゃんに邪魔されてしまった。この二人はお互いに見つめ合ってもまったく終わりそうもなく、いったいどれだけかっこいいんだか、出逢ってから何年経つのだろう?
 しかし、孫権は認めざるを得なかった。今日のお兄ちゃんと公瑾は特別かっこ良かった。彼らが軍営地へ去ってしまった時まで、一隊の暇人たちが後ろから囲んで見ていた。お兄ちゃんも追い払ったりせず、見せびらかすように充分に見せていた。公瑾さえも「孫郎!周郎とは誰ですか?」と誰かが大きく叫んだときに、耳をちょっと赤くしていた。傍らの親兵が少し怒って騒ぎ立てる熱狂する人々を殴ろうとして、孫策に遮られていた。にこにこ笑って言う。
「民の口を防ぐのは、水を防ぐよりも甚だ難しいものだ。かまわん、かまわん」*『国語』
 孫策周瑜がぴったりくっついて軍営地に入るのを見て、孫権はいよいよ意気消沈した。本当は腹の内で周瑜に話したいことがあったのに、話しかける機会さえ全然なかった。終いには孫権は目をさりげなくさまよわせていても、無意識に周瑜の動向を追っていた。周瑜の腰のウワバミ柄の帯を締めた白色の中衣からのからなにかはみ出していた。濃い茶色で緑松石色の縁飾りがあった。ハンカチの角のようである。孫権は退屈でたまらず考えた、公瑾は好んでハンカチを持ち歩くのかな、潔癖なのかな?
 孫策周瑜をあちこちへと連れ回し、孫権はちょっとむしゃくしゃした。彼らにはついていかない。自分で何人かの兵士を選び、彼らを連れて野兎狩りに出かけていった。
 孫権が軍営地に戻ってきた夕方ごろ、自分の荷物がまだ孫策の大きなテントにあることを思いだした。今晩は移る場所を探さないと、ずっと孫策のベッドで寝るわけにもいかないし。そう思って孫権孫策のテントに入っていくと、中は人がいなかった。ただ何人かの兵士が入口で当直しているだけである。
 孫策と側近らは別のところで周瑜を歓迎するのに宴を開いていた。孫権は賑やかなところに近づくのが億劫になり、荷物をささっと片付け、直接孫策の副官に自分の居場所を見繕ってくれるよう言いつけた。副官は自信をもって請け負った。大丈夫です。荷物を持ち上げ、孫権は立ち上がり、さっさとその場を去ろうとしたとき、視線が突然何かにひっかかった。
 孫策のベッド、昨日自分が寝ていたところに、朝のあの銅盆が置いてあった。銅盆のなかにはまだほんの少しの水が残っていた。ただし、水面上浮いていたものは孫権のまぶたをけいれんさせた。
 それは濃い茶色のハンカチで緑松石色の模様が刺繍してあった。これは周瑜の中衣に挟んでいたハンカチでは?孫権は燭台を持ち上げて細かく観察した。銅盆の浅く残った水はあきらかに濁っていた。孫権はちょっとためらいながら、顔を近づけてにおいを嗅いでみた。なまぐさいようなにおいがして、孫権の心は急に震えた。さっとベットに振り向いて見ると、夜具は十分に乱れていた。自分が朝に起きていった時には夜具はこんなにも乱れていなかった。上掛けをつかんで開くと、白い鉢巻がその中に横たわり、傍らには一粒のつやつやとした真珠が転がっていた。
 孫権はその場で驚き、しばらくして、顔が焼けるように熱くなってきた。あわててテントを離れた。副官が自分のために用意してくれたテントに行き、荷物を整理すると、暇になり宴席へ様子を見に行った。やっぱり、孫策の白い鉢巻は褐色に変わり、周瑜の頭の上の白玉の蝉冠の傍らの真珠が一個少なくっていた。
 ふぅ。孫権は自分のテントに戻り、長い間放って置かれた竹簡を取り出して、一つ一つ念入りに書いた。『衣冠禽獣(不品行な人)』