策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 四十八 需要愛先生「思為双飛燕」

二十五章 双璧(上)

 巡営し、軍容を整理整頓させ、新しく駐屯する場所を確保するのに、孫策はほぼ一晩費やした。孫権は服を着たまま孫策の軍営の中でなんとか数時間睡眠を取ることができた。空がぼんやりと明るくなってきたとき、孫策の大股で歩く足音で起こされた。朦朧としてお兄ちゃんに目を向けると、徹夜した孫策の顔にはまったく少しの疲れも見えなかった。かえって意気盛んな様子である。
 孫策のあとから側仕えの兵が手に光る銅の盆を捧げ持ってきた。銅盆の縁には雪白のタオルがかけられていた。孫権はごそごそと睡いながらも起き出してきた。
「おまえは寝てていいぞ」
 孫策孫権に起きなくていいと言う。
「お兄ちゃん、これは……」
 孫権は目を擦りながら、聞いた。
 側仕えの兵は銅盆を机の上に置くとさがっていった。孫権はうーんと背伸びをしながら覗いた。銅盆の水の中には柳の若枝が一つ浮いていた。孫策は柳の枝をさっと振って取り上げると、机の上の粗塩をちょっとつけて、口の中へ入れた。己のことに集中して歯を磨きだした。
 まもなく、側仕えの兵がまたテントの外から真新しい白色の戦袍を捧げ持ってきた。ゆったりした袍の縁には金糸で刺繍がしてあり、とてもかっこ良かった。
「新しく作らせた戦袍はなかなかわるくないな」
 孫策は満足げに頷いた。古い袍を脱ぎながら、素早く着換えている。その表情は喜びにあふれていた。親兵は着つけを手伝い、孫策の髪を梳き直して髷を結い、頭から足先まできっちり整えた。
 孫策はもとから唇は赤く歯が白く、容貌は衆に抜きん出ていて、このときは特に身だしなみを整えて、体から光があふれ出ている様子で、テントの中はあたかも孫策からの光で明るく輝き出したかのようだった。
 この一連の過程を見ていて孫権はぼうっとそこで座り込んでいた。
「お兄ちゃん、ねぇ……その……」
 ややもして、わかってきた。笑ってベッドに倒れこんだ。
「お兄ちゃん、公瑾に会うから、だからそんなに着飾ってかっこつけているんだ?新しい服に着換えて、顔を洗って、髪を整えて、アイヤー、ぼくのお腹が痛いほどおかしいや」
 孫権はお腹を叩きながら笑った。
「なにを笑う、なにがおかしい!」
 孫策は眉をはね上げた。
「軍の儀容と威儀は同じぐらい重要なんだ。おまえになにがわかる」
 孫策は自分でも笑いを抑えきれなくなった。
「オレは軍を率いて岸壁まで公瑾を迎えにいくけど、おまえはどうする?」
「え?」
 孫権はゴロリと身を起こして座り直した。
「あーお兄ちゃん先に行ってよ、ぼくはあとから追いかける」
 孫策は手を伸ばして白の鉢巻を整えた。ついでに親兵が持ってきた兜を転がした。
「きょうは人を迎えに行くのであって、戦争にいくのではない。いらない」
 そういうと大股でテントから出て行った。
 孫策がテントから出て行くなり、孫権は親兵に小声で命じた。
「ぼくにも盆に水を運んでこい」
 
 孫権が江の岸辺にやってきたとき、遠くに自分のうちのお兄ちゃんが渡し口の一番高いところにすらりと背が高く美しく活き活きとして立っているのが見えた。金糸で刺繍した戦袍が江風で吹かれながら、孫策の全身を包んでいた。中の鎧を遮り隠している。頭の上には長々とした白い鉢巻が自由に風に吹かれて舞っていた。孫策は目元に笑みを浮かべ、あたりを見回していた。このときの様子は行軍中の将軍ではなく、江南三月の春雨の中出かけてきた花見をする、才気溢れる洒脱な若者のようである。
 目の前の若者はよく知っていて、また見知らぬようで、孫権は突然はっと悟った。その実うちのお兄ちゃんは二十をすぎたばかりなのだ、ただここ数年来孫策の肩には家の重責がかかっていて、ずっと一族の長としてふるまい、お父さんのような威儀があった。自分ももうずっとお兄ちゃんのこのように軽々しくノリノリな若者の表情を見せるのを見ることも少なくなっていた。
 感慨に耽っていると、孫権はそばの者達が議論しているのが聞こえた。
「あんたがいっているのがあの殄寇将軍の孫策か?」
「そうだ、ちがいない」
「あんなに若いのか!」
「その上美少年!」
「勘違いじゃないのか、孫策のこどもじゃないのか?」 
「嘘だと思うならおれを江に落としてみろよ、この馬鹿」
「まったく想像もつかないや」
「わしはこんなに若くて美しい将軍をみたことはないねぇ」
「おれもねぇや」
「あたしもないわ」
「そのうえ、孫将軍の軍は軍規が厳しく公正で、これは歓迎ものだね」
「もしこんなに美貌の将軍なら、無論どこでも歓迎されるよ」
「その通りだ」
「孫将軍!」
「孫将軍!」
 もともとここの渡し場は長江の交通の要衝で、毎日朝露も乾かぬうちから、江上には往来する船が頗る多かった。今日孫策が軍を率いて数多の将士を連れ江辺にやってきた。早くに渡し場の周りは見物の人に囲まれた。はじめは軍の一団に威厳があり、ただ見るだけで勝手に議論することもなかった。しかし、みんなこの若い将軍が魅力的であるだけでなく、気性もよくて、特別親しみやすいのにきづいた。見る人達も孫策を眺めていると、意外にもみんなに向かって手を振った、太陽のようにきらきら耀くような笑顔で、これは悪者ではあるまい。見物の人はだんだん多くなってきて、彼らの肝もだんだん大きくなってきた。人それぞれ口々に孫将軍と呼び始め、叫びながら熱狂して、さらにはなんと孫郎と呼ぶ人も現れた。
丘の上の孫郎はこれを咎めようなんて気はなく、春風満面と、のんびりとしていた。
 そこで見物人たちは議論をはじめた。孫郎はここでなにをしているのだろうな?みたところ人を待っているようだな。誰を待っているのだ?この様子じゃおめでたいことで意気颯爽としていなさる、まさか婚礼の日じゃないか?
 もし若くて英俊な孫郎の公衆の面前の江辺での婚礼の日を拝めるなら、これは素晴らしいことじゃ!見物人はますます離れようとしなくなった。きっとかならず孫郎の夫人を見るんだ!さらに気の良いものは歴陽の街々まで走って教えに行き、孫夫人がくるぞ、孫郎の婚礼だ、みんな早く見に行こう!と告げた。
 江上に朝日はすでに昇っていたが、濃霧はまだ消えず、見渡す限り渡し場から一、二里のところは江面だけで、水の流れる音が滔々している。さらに遠くを望んでも返って霧が広がっており、何も見えなかった。
「公瑾はいつやってくるんだろうな」
 孫権孫策のところにたどり着くと、孫策はそう呟いた。なぜかは知らず、たった今やってきたとき聞いた、見物人たちの婚礼だのなんだのが、孫権の心になんとも言い知れぬ気持ちを起こさせた。このとき孫策は長江の川面に目を向けていたが、わずかに焦りの色があった。孫権は我慢できずに口に出した。
「お兄ちゃん、ぼくは公瑾は来ないと思うよ、ぼくたち戻ろうよ」
 孫策はもちろん戻ろうとせず、見物人たちもまた二時間待った。このとき、長江の川面は明るくなり濃霧も優しい手に取りのけられるように、だんだんと両脇に去って行った。
「将軍、ご覧下さい、輜重船です!」
 孫策のそばの一人が霧の中の一塊の影を指差して叫んだ。
 孫策は首を揉んでいるところに、このことを聞くとあわてて目をやった。黒色の船の舳先が霧の中から現れてきた。一艘、二艘、三艘、霧はだんだん晴れていき、輜重船の連なって前進してくるのが見えてきた。どの船も小山のような物資をいっぱいに積んでいて、皆一様に厚い青い幔幕に包まれていた。積み上げ方はきっちりとしていて、形状は画一化され、これらの船の持ち主は周到で注意深いということがわかる。
 長々とした船隊はうねうねと連なり、やや近くなってきたときに、孫権は先頭の大きな船の高々とした帆柱に、黒地に金糸で縫い取りした旗が風にはためいていて、大きく周の字が書かれているのを見た。