策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 四十三 需要愛先生 「思為双飛燕」

二十一 情讖 恋占い

 世間では、いつも満足できないことが多くて、思いが満たされることは少ない。たとえば半月前、孫権が朝も夜も毎日周瑜に一目会いたいと願っていたのに、その時は周瑜の影を待っても現れなかった。それが今、避けようと恐れおののいている時に、周瑜は人に手紙を持たせて、道すがら曲阿に寄り、義母のご機嫌伺いに来ると知らせてきた。
 ちょうど周瑜が来るその早朝、呉夫人は孫権に家僕を連れて大量の乾物を街へ買いに行かせた。孫権は市場をぐるりとめぐり、時間を潰した。夕方までうろうろしてから帰ろうとした。
 予想だにせず、後ろに十数人の家僕と一台の乾物を載せた車の孫権一行が帰る途中、意外にも周瑜の一行と出会った。
 遠くから、周瑜の馬の背に爽やかに騎乗しているさま、一群の随従が取り囲んでいる様子が見えた。目元には微笑みを浮かべ、きょろきょろとして孫権を見つけたときには、周瑜は上半身をやや屈めて高らかに叫んだ。
「仲謀!」
 周瑜は馬から身を翻して下り、孫権はやむを得ず馬を下りてあいさつするしかなかった。
「公瑾、ここで遭うとは思わなかったよ」
 孫権はちょっと笑った。
茶店で少し話さないか?」
 周瑜の微笑みは爽やかで優しく、孫権は内心誤解したのも、自分は仕方がなかったと思った。公瑾の顔は悪くなく、あの両眼は笑っていなくても愛情がこもった様子で、笑ったら自然と人をぎゅっと引きつけてしまうのである。このことを考えると、心が千々に乱れた。悶々としながら周瑜の後について茶店に入り、二人とも席についた。
 周瑜はいつも通り孫権の学業について少し尋ねた。孫権は何気なく周瑜が尋ねてくるのを聞いた。ただ、……口が答えるままに返事をした。孫権に尋ね終わると、周瑜は二言三言目には伯符の話を始めた。孫権孫策がまた袁術の元で大功を建てたこと、袁術孫策に九江太守を約束しておきながら、守らなかったことは知っているかと問うた。孫権は頷いた。そして言うには、袁術は愚昧で、急に止めて、でまかせをいっても、不思議では無いと思う、と。
 周瑜は笑い、仲謀このことで、どうしてきみの言うことを疑おうか。わたしから見ると、きみは気分が浮ついているようで、昨夜はよく眠れなかったのかい……周瑜の話が終わらぬうちに、孫権は突然両手を伸ばして、テーブルに置かれていた周瑜の左手を握った。周瑜はびっくりした。無意識に手を引き抜こうとしたが、孫権は思いっきり強く握っていた。周瑜は顔を上げて、わからないという顔で孫権を見つめた。
「あっ……」
 孫権は自分でも驚き固まった。自分ではぜんぜん周瑜の手を握ろうなど考えていなかったのに!しかし、どうしてか自然と手を伸ばしていた。触れたら離さず、内心ドキリとした。それから周瑜に向かって一人の弟として微笑みをひねり出した。唇の端をはね上げ、両えくぼを、きゅっとつくった。
 ついには対策が思い浮かび、
「あ、公瑾。ぼくは最近少し手相を観るのを学んでいてね、ちょっとぼくに見せてもらってもいい?」
「ああ」
 周瑜は眉を上げていたが、聞くなりとてもおもしろがってきた。
「それじゃあ、仲謀にお願いするよ」
「えー……、手相を観るには、まず手の形状を観る」
 言いながら、孫権周瑜の手を広げてみた。手のひらを上にして、片手は周瑜の指を握り、もう片手は親指と人差し指の間を抑えていた。
「公瑾はこのように、手の指が細長い、指の腹がつやつやしている。何年もずっと武術を嗜んでいて指先も親指と人差し指の間もみな硬いタコがあるけれど、皮膚はきめ細やかで骨がないみたいに柔らかく、形が美しい……」
 周瑜孫権に言われて顔をほんのりと紅くした。褒められているけれど、聞いているとなぜかちょっと腑に落ちない。そこで、孫権の話を止めて聞いてみた。
「この類いの手は何を表しているのかな?」
 孫権は目をあげて周瑜がまたニコニコ笑って、目で促しているのをみた。おもわず口からこぼれた。
「愛だなぁ」
「えっ?」
「その、その公瑾あなたが……ん……美人の運命で、一生の恋愛にめぐりあい、終生その愛で困ることになる」
 孫権はひと息に言い終え、手のひらに冷や汗をかいた。自分がどうしてこのような失敗を犯してしまったのか。もし、反応が迅速でなければ、周瑜に破綻を見つけられるところだった。もし見破られたらまずいことこの上ない!
「愛で困ることになる?」
 周瑜は俯いて、何か考えていた。表情にはほんの少し恥ずかしさとさらなる疑問が浮かんでいた。
「ふふ、根拠のない話だね」
「ん、根拠のない話、根拠のない話さ、これはみな田舎の言い伝えだよ。正確じゃない」
 孫権は照れくさそうに笑った。
「ちょっと聞くだけでもかまわないよ」
 周瑜は目をきらきらさせて言った。
「仲謀続けて」
「ごほん」
 孫権はぎこちなく続けた。
「さりながら、公瑾の手のひらのしわをみると」
 孫権は右手の人差し指で周瑜の手のひらのしわをなぞった。 
「線ははっきりとしていて、しわは深く刀で刻んだかのようである。これは公瑾の心が鉄石の如き心の持ち主で、志は遠大、常人の及ぶところではないことを示している」
 周瑜は聞いていて興味津々な顔になって、孫権に笑って尋ねた。
「愛で困ることになれば、一日中気骨もなく酒に溺れるのを免れない。一日中気骨もなく酒に溺れる人が、どうして鉄石の心を持てるだろうか?一日中若い女の子のことを考えて、高邁な抱負を持って翼を広げることができるだろうか」
「そ、そうだね」
 孫権はそう言うしかなく、
「ぼくは浅学非才で、見方も正確ではないんだ。公瑾も笑っていいよ」
と言った。
「あ、仲謀自分を責める必要はない。わたしときみ二人で茶店でのんびりおしゃべりしているんだ。堅苦しくする必要はない」
 周瑜孫権が自分の手を握ったまま放さないのをみて、いささか訝った。
「仲謀この手はまだ何か言うことがあるのかな?」
「あっ!」
 孫権はこっそり孫仲謀よ孫仲謀よ、間違いも甚だしく、見込みがないと思った。たとえ触ってとても心地よいとしてもずっと放さずにいられないよなぁ。いかにすべきか。
「外ももう暗くなった、細かなところははっきりとは見えないから、もうちょっと見せて」
 孫権は照れくさそうに笑うと俯いた。上下左右細かに見つめ始めた。鼻も周瑜の手につきそうなほど近づけた。
「別のことはやっぱりないよ」
 がっかりして自分の手を離した。これ以上放さないのはずいぶんおかしなことになってしまう。
 二人はしばしおしゃべりをした。周瑜はまだ道を急ぐといい、そこで孫権に別れを告げた。孫権は突然何を思ったのか、期待のこもった目で周瑜を見た。口からするりとこぼれた。
「公瑾、ぼくはちょっと骨相を観る術も勉強しているんだ。全身の骨を触って運勢を観るんだけれど、ちょっとみせてくれる?」
「……」
 周瑜はちょっと目の縁をピクピクさせた。
「わたしはまだ駅宿まで急がなければならないんだ。次回会ったときにまた仲謀に教えを乞おうかな」
「いいよ……すごくいい」
 孫権は言い出してから、自分でも恥ずかしくなって顔を赤くした。あわてて袖を顔にあてがい、立って揖礼して、お別れの挨拶をした。

 周瑜は馬に乗り、駅宿へ向かった。走りながら細かく吟味していた。
「愛に困ることになる?鉄石の心のごとし?ふ、逆でもおもしろい」
 側に居た随従が口を挟んだ。
「公子、これは愛情ひとすじで、心は磐石のように動かないということでは」
「そうか?」
 周瑜は口の端にほんのり甘い微笑みを浮かべて、その随従に言った。
「この次は仲謀に伯符も観てもらおう。伯符が磐石の心の持ち主か」
「公子、わたしが思うに孫校尉はタラシの顔です。決して公子ひとすじではありません」
「バカをいえ」
 周瑜は小さく笑って馬にひと鞭くれて走った。