策瑜で三国志ブログ

一日一策瑜 再録しました。三国志、主に呉、孫策、周瑜について語ってます。基本妄想。小ネタを提供して策瑜創作してくれる人が増えたらいいな。

よちよち漢語 四 需要愛先生 「思為双飛燕」

 あらゆる人が皆言う。
 孫策伯符は生まれつき楽観的で豁達で、年齢に似つかず大らかで豪放さがある。友人達の中で孫策のそのような豁達さは更に明らかになり、もし話してみて気が合わねば、彼に冗談の一つであしらわれる。頑固で軽薄な性格でも深く皆に愛された。
 孫策は人とケンカをするのが好きだが、口ゲンカをするのはわずかな人とだけだった。
 ましてや、言葉の上で人ともつれることはなく、彼は罵りたければ罵る、笑いたければ笑う人だった。
 周瑜と一緒の時だけ、孫権は目の当たりにした。この誇り高く、自由気ままなお兄ちゃんがどのように意固地になり、どのように人と冷戦状態になるのかを。
 ある時一度、孫権はお兄ちゃんが周瑜に怒りをぶつけているのを見て、なぜかはわからず、内心ちょっと喜んだ。
 とりわけ最近、二人が言い争う回数は突然増えた。周瑜が来なくなってかなり時間が経った。
 ある時、孫策の友人が尋ねた。
「どうしてしばらく公瑾を見かけないのだ?」
 孫策は乱暴に、
「知ったことか」
と言った。
 翌日明け方、門外に蹄の音が響いたので、孫策が飛び出してあたりを見回した。孫権が後ろからついていた。不意にお兄ちゃんの背後から尋ねた。
「お兄ちゃん。公瑾お兄ちゃんを待っていたの?」
 孫策は曖昧に「おー」と答えただけで、振り返って孫権を見ると顔を朱を上らせて眉をしかめた。
「仲謀!おまえなんでついてくるんだ。さっさと戻れ!」


 学堂の先生はまだ『詩経』鄭風を解説していた。孫権は何度か微かなため息を漏らした。
 学堂から家に帰るとき、孫権が顔を上げると道の枝垂れ柳の根元に一匹の白馬が繋がれているのが見えた。白馬は大きく毛の色は艶々と鮮やかで、白馬の側の少年は姿かたちが美しく衣服は垢抜けていた。
 少年が白馬の側で行きつ戻りつしていて、一人と一匹の馬の姿は通りがかる人を時々振り向かせていた。
 孫権は内心ドキリとした。
(あ、公瑾お兄ちゃんだ)
 俯いて気がつかなかったふりをして、そそくさと通った。
 しかし、周瑜は目ざとく遠くから孫権の小さな姿も見つけて、すぐに走り寄って孫権に笑いかけた。
「権ちゃん、お兄ちゃんは家にいる?」
 孫権は内心自分で家に行ってみればわかるのにと思った。心の中ではそう思ったが、顔を上げて見た周家のお兄ちゃんの無垢な笑顔。背後がきらきらと光る水面の光で引き立つ、こんなに優しい人の切れ長の美しい目もとに憂いを帯びた様子は満開に咲いた桃の花と同じく目を離せないのだった。
 孫権はにわかに村で皆に天仙のようといわれる張家の若嫁も、周家のお兄ちゃんほど美しくないと思った。学堂で習ったばかりの詩が口からこぼれた。
「青々たる子が佩玉、悠々たる我が思い、縦え我往かずとも、子寧ぞ来たらざらんや」
 周瑜は訝しみ、ちょっとびっくりした後、顔に急に孫策と同じくおかしな紅みがさした。
「そ、それはお兄ちゃんが言っていたの?」
「…………」
 幼い孫権はそこに立って、どうして自分の言ったことが、周家のお兄ちゃんがいきなり恥ずかしがることにつながったのかわからなかった。
 周瑜は俯いて考えていたが、顔を上げる頃には、さっきの失態から回復して意外にも微笑んで孫権の手をひいた。
 孫権は手を後ろに引っ込めようとしたが、結局大人しく周瑜にひかれるままにした。
「仲謀、家まで送るよ」
 周兄ちゃんが字を呼んだ。乳名ではなかった。前より仲良くなった。
 孫権も嬉しくなって握られた手があたたかくなった。
 一路家路についた。